FUCK YOU GOD!
わたしたいものは
EXTRA STAGE:I cannot do anything for you.
――ああ、そういえばそんな時期か。
任務に任務を重ねて私を熱くし白い光になって消えていくAKUMAを見送ることに慣れる日は来ない。
団服は相変わらずボロボロにして何度も新調し、科学班、主にリーバーさんにはいよいよ頭が上がらない。
お礼に、何か送ってもいいかもしれない。
自分でも珍しくそんな殊勝な気持ちが生まれたのはそれほど勝手に負い目を感じているからだろう。リーバーさんや科学班にとってはあの室長が仕事をサボって判子を押さずに書類を溜めるほうがよほど面倒に違いないとわかっていながらそれでも手間をかけさせている意識が消えるはずもない。
幸いにも金銭の類ならば『世界平和』のために働いている黒の教団にはヴァチカンが結構な予算を割いているようだし私としても桁外れの物品を買う予定はない。それにどれほど小さなものであっても探索部隊にまで何かを送ろうとは思わないから、メンバーは自然と少なくなるはずだ。リーバーさんに、リナリー、ミランダに、不本意ながらまあコムイさんにも渡すべきだろうここまで来ればうるさそうだし後々敵にまわしておくと厄介な相手には違いない。ああラビもきっと何かやらないとうるさいかもしれないから一応考えておこうか。
思いながらふらりと街に出た。
普段ならエクソシストは任務がない場合黒の教団に待機が絶対原則だ。しかしながら今私は一等車両に紛れ込んで教団に帰る途中でその列車は停車駅で大人しく黙っていて、暇を持て余した私は時刻がくるまでは何をしていてもいいというわけだ。
団服に必ずつけられるエクソシストの証、銀の十字架の所為でここ暫くまともに買い物という買い物をしていない。恐らくは今回もそうなるのだろうと思いながら不意に目に飛び込んできたショーウィンドウに興味が移った。
そこにはありきたりにも華麗に着飾る甘味の数々が美しく輝いている。
リナリーとミランダには何がいいだろうか。リナリーは髪の毛が長いから髪留めやヘアピンがいいと思う。意外に髪の毛で遊ばないタイプなのかいつも彼女は同じくくり方をして、任務がないときくらいは変わった髪結いで遊んでもいいだろうにと思うことが時折あった。と言って単に私が見たいと言う根本的な下心はこの際脇に置いておこうと思う。
ミランダには何がいいだろう、ああ不眠の気があるようだからリラックスのためのアロマオイルなんかいいのかもしれない。アイラインにしては薄く感じるクマをとるのに、顔のマッサージもできるだろう。
リーバーさんにはよく世話になっているから出来れば汚れてきてしまっているよれよれのものを一新して白衣なんかどうだろうかと思うものの、生憎とそういう類のものは教団の支給品でまかなわれているしここはひとつ個人的な贈り物なのだからもう少し考えるべきか。普段使っているペンや万年筆も同じだろう。『泡』を書いた炭酸の入ったジュースを好むリーバーさんにはコーヒーカップも不向きだ。そんな入れ物で炭酸を飲むリーバーさんも別段見たくない。髭剃りも同様の理由で却下だ。まあ剃れといってもそんな暇はないのだろうけど私としてはそんなに剃れ剃れと言いたくなるような不衛生なものには映らない。やはり完全に趣味の範囲だが仕方ない。
そう考えるとプレゼントと言うのはなかなか決めにくい。
うっすら、そこまで真剣に考え込むことではないだろうと的を射ている自分の声が聞こえてくるものの、相手は私の色眼鏡の所為もあいまって頭がまったく上がらないあの科学班のリーバーさんだ。
あれもだめ、これもだめと頭の中で候補が浮かんでは消えてゆく。コムイさん相手ならもういっそパーティ用のふざけたヒゲメガネでもいいと思えるが。
リーバーさんの喜びそうなもの。金で買える、あるいは私で用意できる範囲のものとなると難易度は高い。
ネクタイピン。つけてくれるだろうがリーバーさんのネクタイがきっちりしまっている所を見たことがないしささやか過ぎる。
マッサージチェア。そんなのに座ってる暇もないし場所もない。
安眠グッズ。ミランダと少しかぶるし、たぶんリーバーさんには気休めでしかない。贈ってももっと抜本的なものを、と思う。コムイさんの脳をいじって仕事熱心にさせる薬とか。冗談だが。
アイマスク、いやアイピローならどうだろう。案外いいかもしれない。
もちろんジェリーには手に優しいハンドクリームを。
そこまで決まって、私は傍から見ればただショーウィンドウを見つめて突っ立ってる人間だと言うことに気づいて出来るだけうろたえないように装いつつその場を離れた。
少し顔も緩んでいた気がする。
慣れないことはしないほうが賢明かもしれないとは思いつつ、それでも私は目当てのものを見るべく足を動かすのをやめなかった。
黒の教団へは一見して進入不可能に見える。一般人ならば。
悲しいかな私は既に一般人とは呼べない身体能力を得てしまったものの、断崖絶壁になっている教団への壁と呼ぶには若干抵抗のある――そうか、まるで自然の要塞、城壁のようだ――を登ってしまったというアレンのような振る舞いは決してすまいと心に誓っていた。
そのためにいまだ私が教団に出入りするときは地下水路を使っている。出るのはいいとして一体どうやったら戻ってこれるのかと言う疑問は錬金術が幅を利かせているこの世界では愚問以下なのかもしれない。私としてももうあえて何も言うまい。
ぎぎ、と小船が軋んで顔はもちろん名も知らない探索部隊に頭を下げて先に教団へと足を踏み入れた。いつもなら完全に手ぶらだが、今日ばかりは荷が多い。持ちますよ、と言われたものの私的なものだからと断ったのは随分前のことになる。
「鞠夜!お帰り!」
階段を上がっていると、明るくて穏やかな声がまさしく降って来た。
「リナリーも無事で何より」
言って、お互いの生を喜ぶ、そんな風に挨拶をするようになったのは何時からだったのか、もう私には思い出せない。
「リナリー、今時間良いか?」
「ええ!あ、それじゃ鞠夜の報告が終わったら談話室に来てくれる?コーヒーか紅茶、どっちがいい?」
「コーヒーかな。サンクス」
「オッケー、じゃぁまた後でね!」
リナリーは何故だか相当ご機嫌な様子で器用にも私に手を振りながら走っていった。私の荷物に関して言及してこないと言うことはやはり彼女も女の子だからだろう、クリスマスプレゼントを待つ子どものように楽しそうな顔がそれを報せていた。
私は荷物を引っ提げたまま面倒なので直接科学班の所へ行くことにした。ひょこりと中を伺えば直ぐ近くにリーバーさんが居て、書類に埋もれ疲弊しきっている彼に声を掛けた。
「只今戻りました、ミスターリーバー」
「おお……鞠夜か、お疲れさん……」
「ミスターリーバーこそ。はい、これは日ごろお世話になってる、心ばかりのお礼」
軽く手を挙げて応えてくれるリーバーさんの目に、買ったばかりのアイピローを載せた。
リーバーさんは直ぐそれを手に取ると、私の顔とそれとを交互に見た。
「鞠夜、これ」
「そう言う時期でしょう。他にもいろいろ考えたんですけどね」
リーバーさんにとっては実用的じゃなかったのでと言おうとする前に既に彼の目は少しばかり潤んでいて。
「あー、もう、オレ鞠夜好きだわ」
あ、奇遇ですね、私もです。付き合っちゃいましょうか?
などと、そんな風に軽く言い返せるはずもなくて。
「……そりゃ、どーも」
愛想無くそう答えた。相手がユウならばまだ可能……寧ろ積極的に言っていただろうけれどどうにもリーバーさんには言い辛かった。恥ずかしかったのかも知れない。
思いがけないこんな言葉に動揺する自分に笑ってしまう。スキ、と、面と向かってストレートに言われるとどう返せばいいのか分からない。だから本当は苦手なのだけれど、相手がリーバーさんと言うこともあって、余計に上手く言葉が出てこなかった。
「……あ、報告がてらコムイさんの所に書類持っていきましょうか?」
「あー……寧ろ連れてきてくれるか」
「……りょーかい」
あの馬鹿室長、どうもまたサボれるだけ、否サボれる以上にサボっていたようだ。一気に病人も健康に見えるほど悪くなったその顔に、私は手を振って応えた。それから科学班の陣地中に散らばる書類という書類を出来るだけ踏まないように飛び跳ねつつ司令室に向かった。
「コムイさん、戻りましたよ」
「……あ、おかえりー」
おやおやと思うのは思っていた以上にコムイさんの声が疲れ切っていたからだ。かといって別に心配するよりは寧ろ何故そうならないように普段からこなすべき分の仕事をこなさないのかという呆ればかりが先行する。室長という身分は私が思っている以上に本来は高いものらしいものの、こんな時に心配にならないのは普段の素行が悪い所為だ狼少年だと私は思う。
農民は生かさず殺さずではないものの、自業自得の癖に体調を崩されたものでは彼の部下も大変だろう。特にリーバーさんの苦労が簡単に目に浮かんでしまうあたりが不憫でならない。
「街の様子はどうだったかなー」
「基本的にAKUMAとは街の外で戦うようにしましたけど、数体のAKUMAとは街で戦わざるを得なかったですね。損害はそこまで酷くないです。被害者数も少なかったと思います。夜だったので」
「念のためだけど、イノセンスについてはどうだった?」
「シロです。真っ白。噂程度なら聞きましたが確証はありませんし、探索部隊のやりとりでもあの付近には昔から伝わる他愛もない噂のようです。ただ、少し同一のものの噂が近辺にもあるらしいので、もしかすると、あるのかも知れないですね。直に探索部隊の方から書類が送られてくるはずなので待っていて下さい」
「んー、有り難うね、お疲れ様でした」
こう言う時のコムイさんは卑怯だと思う。普段バカやりすぎてる癖に、たまに酷く、おっとりと優しげに笑うのだ。リナリーに向けるような、表情で。声だって繊細で今日は少しばかり疲れの所為か掠れているけれどいつもよりも少し低めの声なのに少しも重くなくて何か痒くなる。
時折それは私の心を必要以上に揺さぶってしまうから、苛立ちにも似た不快な感情が身体中を駆け抜けることがある。けれど何故か、大半は泣きたくなるくらいわけの分からない胸の苦しさも併せ持って、だというのに心はどこか空っぽで満たされないようで、苦手だ。その満たされない部分を、コムイさんは満たしているような錯覚をするから。
「そーだ、コムイさん、これ」
「うん?」
毒気を抜かれて一気にヒゲメガネを渡す気力を失ってしまう。私は代わりにとある物を手渡した。
中国人だというリー兄妹にしかしそう都合良く中国的なものなど無くて、それで目にしたのがそれだった。
「髪留め?」
「リナリーに渡す予定のものとほぼ同じものが色違いであったので。精々気分転換にでもつけて下さい」
言えば、だらけきった顔を更に溶かしてコムイさんは笑った。
「有り難う、鞠夜君。本当に、お疲れ様だったね」
やはり、こんな時のコムイさんは卑怯だ。
司令室を出て談話室に行く直前、さっと厨房に立ち寄ってジェリーにハンドクリームを手渡すと、今晩は超張り切っちゃうと熱い抱擁とキスを受けた。全く何時だって料理に手を抜かずに奉仕してくれているのに割に合わないと言えばまた快活に笑われた。
笑顔で厨房を後にする。余り邪魔をするのも良くない、規則正しい生活など忘却の彼方に飛ばされてしまったここでは厨房にからっきし暇な時間などあるはずもないからだ。
そうして談話室にはいると、ほんのりと甘い香りがして、やはりリナリーがティーセットの側にケーキというケーキ、否、甘味という甘味を用意してソファに腰掛けていた。その前にはミランダもしっかりと腰を落ち着けていて。
「あ、鞠夜!」
「お帰りなさい、鞠夜」
「お待たせリナリー。ただいま、ミランダ」
声を掛けて、ミランダが空けてくれた席に着く前に嬉しそうな表情のリナリーの前に綺麗に包まれたそれを渡す。
「髪留めとヘアピン。あと爪磨きセット」
「わぁ……」
「ミランダにはアロマセット。安眠シテクダサイ」
「まぁ」
渡せば、思い思いの声で嬉しそうな顔をしてくれて、ああ、用意して良かったと、私の方まで何か満たされた心地になるから不思議だ。
そこでようやく腰を落ち着けて、リナリーが淹れてくれたコーヒーに口を付ける。
リナリーとミランダは二人顔を合わせると、やはり楽しげな表情のまま
「あのね、鞠夜へのプレゼントは私とミランダ二人で決めたの」
「へえ?私に何かくれるのか?」
言えば勿論、とミランダが笑う。
「はい、コスメセット!」
――。
そこで、一瞬思考が止まったのは許して欲しい。
コスメセット?誰に?私に?
「ほら、鞠夜普段お化粧しないでしょ?」
「や、私は化粧はちょっと」
「折角睫毛も長いんだし、きっと映えるわよ」
それは初耳だがそこに反応できるほど余裕があるはずもなくまたコスメセットなどと言う単語が私に送られただけで既に私のキャパはオーバーしてしまっていた。ただミランダまですっかり楽しそうだと言うことは分かっていて、きっと二人して私のこの反応も含めまさにこの時期よりもこれが楽しみだったに違いないと思うくらいには。
「それにお化粧はもう百歩でも、一万歩でも譲っていいとして、お肌のお手入れは大事なんだからね?」
「いや、」
「そうよ?若いうちからしておくのが大事よ」
どうしてこう、女の子や女性は美に関して熱くなれるのだろうか。身だしなみはきちんとしていた方が良いに決まっているし私はそろそろ化粧イコールマナーという歳だと言うことも重々承知しているがどうしても好きになれない。
面倒臭いというのが一番の理由だが、言ってしまえば終わりなどと言うことは明白で私は口を噤むしかなかった。
「鞠夜の肌が弱いといけないから肌に優しいものを選んだけど、慣れてきたら自分に合うものを探した方が良いわよ?」
と、そんなミランダの配慮でもって私は完全に逃げ道を塞がれてしまった。
まさかそこまで気を配って貰っておいてそれを振り払えるほど私は二人のことが嫌いではないし悲しげな顔は出来れば回避したい。
「……どーもありがとーございます。トッテモウレシイナ」
「ふふ、今度お化粧したところ見せてね」
「……さぁ、それはどうかな」
苦笑気味でも楽しそうな二人の顔はそれなりに私の好き嫌いを理解していると言うことがはっきりと出ていて、何か腑に落ちないと言えばそれはそうだ。少しのやりにくさを感じる。
「……まぁ、食べようか」
話をあからさまに変えればやはり全て分かりきった風な笑みが返ってくる。
やはり少々の気まずさを感じつつ、改めてコーヒーを口に含んだ。砂糖とミルクが混じっていて、苦みの少ないそれは独特な甘味と後口で、まるで今の心境を味覚で感じているように思われて、瞬間少し苦みが増した気がした。
綺麗に洗われた銀色のフォークでケーキを崩す。
「鞠夜ってチーズケーキが好きなの?」
「んー……生クリームとかよりはムースとかレアチーズが好きかな」
「ガトーショコラなんかも余り食べないわよね?」
「スポンジ分だけのケーキも却下」
食い意地が張っている割には私の胃は随分と選り好みをするらしい。甘いものは断じて嫌いじゃなくケーキも無論好きだが、余りにも生クリーム分が多いと胸がむかついてくる。味がチョコレートなら尚のことだ。
昔はそんなことはなかったのだから老化現象の一つかも知れない。時間というのはかくも恐ろしいものなのか。まさかこの年にしてそんなことは実感したくはないし私より年上であるミランダに聞かれでもしたら呪われそうだ。いやミランダの思考回路なら自分の方が酷いと言い出して自殺を図ってしまうかも知れないがどのみち口にはすまい。
「よーッス」
「ラビ!」
「やーっぱこのイベント楽しんでんのネ?俺も混ざってイイ?」
言って、私の背後の声の主、ラビは私がラビの方を今更むくこともないのを知ってか私の頭の上に顎を置いた。
「重い痛い邪魔ウゼェ」
「鞠夜若干ユウ化してるさ?」
くつくつと笑う気配が頭から伝わってくる。首筋も含めて頭のあたりが物凄く暖かい。重いが。
「まさかこの私がユウみたいに可愛いわけないだろ」
「つるぺたはソックリさ?」
「わーいこの超無神経野郎」
「だぁって鞠夜はついイジメたくなるんだもーん」
俺の愛だヨ。愛。
そんな愛なら是非とも喜んで。
喜んじゃうの!?
ラビはまぁ苦手とはいえこういう適当に距離を保つ癖がある点においては有り難い存在でもある。ラビがこうやって他愛もないことで軽い調子でストレートにものを言う時は私も軽い気持ちで居られる。
力の暴力に訴えないだけ俺ってやさしーのよ?とまだ言ってくるラビを軽く無視してケーキを頬張ると、不意にラビが私の首を両手で包んだ。
「っ!ぅ、ご、ふ」
「やーん汚いさー」
「誰の所為だ!」
その指先のあまりの冷たさに、鼻腔の奥、気管へと繋がるあたりでケーキがつまって大変に鼻が痛い。吹かなかっただけ偉いものだと自分を褒めてやりたくなる程度には少しばかり酷かった。
「ま、それはそれとして鞠夜ちゃん」
「ケーキは私のだから」
「や、違うって!そうじゃなくてー、俺への愛のプレゼントは勿論あるっしょ?」
私って案外人を見る目があるのかも知れない。これで渡す物がなかったらきっとラビか私が任務で物理的に離れるまで、ラビは何かと言ってきたに違いない。
「……ラビ」
「ん?」
「はいよ」
私の頭に顎を載せたままのラビに贈り物を。そろそろ頭が痛いが彼はまだ離れてくれそうにない。
ラビへの贈り物も少しばかり考えた。マフラーやバンダナ、物凄くファンシーで可愛い眼帯、エトセトラエトセトラ。
「……へェ、俺鞠夜とシュミ合うかも」
結局選んだのは単純なチェーンネックレス。ラビという名は今だけのものだといつだったか教えられたため、そこについている小さなプレートの上に誰の名も刻んでない。何も彫っていない、銀色のそれ。
「甘い。私が見抜いただけ」
「……これは恋の予感?」
「残念ですがそれはないですよラビ」
予想してなかった第三の声に、私は声がした方を見た。そこにはアレンが平然と座っていてラビの相手をしていた私が単に気付かなかったらしい。既にリナリーに入れて貰ったらしい紅茶を優雅に口にしながら、アレンはとても綺麗にということはつまり相当胡散臭く笑っていた。
ミランダもリナリーもようやく気付いたのかとでも言うように苦笑しているから、これは失敗だったかも知れない。
「鞠夜、僕も何か下さい」
「直球さ……」
「……んー」
お茶を濁したように、参ったねえと呟くラビを頭に載せたままコーヒーで口元を隠した。
さて、どうしようか。
正直アレンの分の贈り物まで考えが及んでいなかった。と言うか食べ物さえあればそうだみたらしが好きだと言っていたか、あれさえ大量にあれば幸せだと言わんばかりの人間という認識があるのも手伝って何も思い浮かばなかった。元より物欲がまるきり無いようだし、贈り物の相手としてはあまり向いていないのかも知れない。
「……あ」
そこで思い至った。ユウは置いておいて、まだ手元に残っていたものの存在。
「ん、アルにはこれ」
「……」
「……」
「……」
「……鞠夜さ、コレどーした……?」
沈黙に辺りは支配されて、私はようやっと頭の上から聞こえた来た声に答えた。
「コムイさんにネタとしてあげようかと思ってたけど、別のものを送ったから、手元にはコレしかない」
「……あのね、鞠夜、こっちのは……?」
「それはユウ用だけど」
リナリーに聞かれて素直に答える。それにアレンの身体が一瞬動きを止めたのを私は見逃さなかった。
「……ま、もしそれをコムイさんにあげてても、アルが貰うのは髪留めになってたけどな」
「どっちにしろネタさー」
「そう言うこと」
またコーヒーを啜る。というか、全て飲み干しておかわりを貰った。
二杯目を飲みながらケーキを食べていると、不意にアレンが酷いと声をあげた。
「なんで僕だけコレなんですか!?」
「……贈り物として相応しいものが思い浮かばなかったから?」
「じゃぁせめてオーソドックスにチョコレートとか……!」
「え?アルみたらし団子が好きなんだろ?」
「チョコレートも食べられます!」
少しばかり涙目のアレンに、まあそれはそうかと思いを巡らせる。別にチョコレートが食べられることくらいは知っている。何時だったかもう覚えていないがチョコレートパフェやらティラミスやらトリュフやら生チョコやら手当たり次第に食べていた日もあったから。
「……鞠夜、カンダ君に贈るものはなんなの?」
「え?ベタ甘のチョコだけど」
「鞠夜――!!!!!!!!」
ミランダの声に答えればアレンが悲鳴とも絶叫とも雄叫びとも取れないような声を出したのだけれど、生憎と私はこれと決めたものを変更する柔軟な頭の持ち主ではない。
そこまで残念がられると少々申し訳ない気もするが、贈る側がこれだと思うものがなかったのであれば渡さないと言うのも一つの考え方であるし今回は仕方がなかったのだと諦めるよう諭しておいた。その後に、今晩の夕飯はジェリーが気合い入れて作ってくれるんだって、と気休め程度に言葉だけを贈ると、少しばかりアレンの表情が浮上し、ああ育ち盛りはやはり食に関しては単純になるのだとしみじみと感じた。ノアであっても餌付け次第でついていってしまいそうだなとぼんやり思いながら、私はまたケーキを口に運ぶ。いつユウに甘いチョコレートを贈ってやろうかと考えながら。
後日八つ当たりのようにユウに例のメガネを掛けようと奮闘するアレンの姿が見られたが、当然そんなことが出来るはずもなく、結局教団の一部が破壊されるだけに終わった。
無論発端は私であるからリーバーさんに泣きつかれ、次に何かの機会があったとしたらその時こそはきちんと何でもいいから贈らねば、と彼に詫びた。
2008/02/16 : UP