All is fair in love and war
※架空のホビアニ(『筆剣!バトルライナー』及び『ENDLESS :|| LINE』)の夢小説です。
ぎし、とラブホテルの大きなベッドが軋む。半裸の男が身を乗り出し、既にベッドの上にいた私に迫ってくる。
普段はきちんと身なりを整えて隙なく佇んでいる男の素肌が丸見えで、どこを見れば良いのか分からない。逃がすつもりはないとばかりに見据えられた目が妙にギラついて見えて、私もまた彼から『見られている』のだと強く感じた。
――どうしてこうなったんだったか。
反射のように後ずさりながらぼんやりと眺めていると、おい、とその唇から低い声が漏れた。
「どこにいく」
「どこって、別に、どこにも、」
「今更怖じ気づいたは無しだ」
「怖じ気づいてなんて」
ない、のだろうか。分からない。少なくともこれから惚れた男に抱かれるのは確かだ。
昔から同期の中でも抜きん出て優秀だったこの男が、もがくように努力をしているのだと知ってしまってから、ずっと持て余していた気持ちが漏れたがために。
「酒臭い」
「それはお互い様だろ」
そう、そうだ。
酒の席で、普段なら弁えて飲めたものを、珍しくこの男の機嫌が良くて、男から勧められた酒が美味しくて、それで、美味い、と口にすれば、更に珍しいことにこいつが、そうだろう、と口元にうっすらと笑みを乗せるものだから。
……動揺して、誤魔化すように酒がすすんでしまったのだ。
酒の席での過ちというものは珍しくはない。自分が女で、相手が男ということもあって気をつけてはいたものの、同僚たちがうっかり男女として、あるいは同性同士で熱い一夜を過ごしたという話は枚挙にいとまがないほどだ。それでも真面目で堅物なこの男に失望されたくなくて、一人勝手に操のようなものを立てていた身として、これは喜ぶべきなのかどうか迷うところだった。
この男が、八神千代丸という男が、この手の話に乗ってきた、というところも含めて。
「ちゃんと自分の目で確かめろ」
「あ、」
言われて、話が話なだけに目線が正直にも彼の股間へ向かう。そこには男の欲望を露わにするものが納められているはずで、八神の手が、器用にも片手だけでベルトを緩めていた。
「やっ、やがみ、」
「お前が、女として興奮するか証明するんだったな」
好きな男が、その声で、とんでもない言葉を口にする。けれど、そもそも八神にそれをねだったのは他ならぬ私自身だった。
私は、私で男として興奮するのかと、挑発したのだ。他の男相手でも愚行以外の何物でもないというのに、それを、私はよりにもよって意中の相手に順番も手段も間違えて。
「うう……」
「川上?」
「は、い」
馬鹿か? と言われないことが逆に辛いまである。会話の間にも股間を寛げる八神から目が離せない。開かれたファスナーの中から、膨らんだものが見えた。こくり、と唾を飲む。言葉が出ない。
――下着の下のものが性的に興奮しているかどうかなんて、分からない。
ただでさえ男性器というものはそこにある。おかげさまでこの男に惚れた頃から男性経験などない。つまり、このレベルの性的なやりとりの経験が私にはないことになる。
私の動揺と困惑を見て取ったのか、八神は私が怯えないようにかおもむろに私の手を取って、自分の『そこ』へ導いた。
指先が、手のひらが、男の急所に触れる。
「……!」
「どうだ、分かったか」
八神に掴まれた手は、振りほどこうとすればできる程度のものだ。なのに動かせない。手のひらの中で、肉感はあるのに芯の硬さを感じ取って胸が疼いた。確かにこの男は勃起しているのだと理解する。いや、かと言って勃起していないときの男性器を触ったことがあるわけではないのだけれど。
うぐ、と小さく言葉に詰まって、縋るように八神の目を見る。八神は私の挙動をつぶさに観察するようにして見下ろすだけで、動く気配がない。
「や、八神」
「なんだ」
「あの、てを、」
「慣れたか?」
「なっ?! な……れ、てはないが」
なんだこの男は。いや、八神千代丸だという事は確かだけれど。どうしてこんなに落ち着いているんだ。こいつだって結構な量の酒を飲んでいたのではなかったか。
「これがお前の中に入るんだ。もっと意識しろ」
ぐ、とその手に力がこもって、より強く押しつけられた。まるで自分以外に意識を向けることは許さないとでも言うかのように。
ひゅ、と喉が鳴る。そこで初めて、目の前の男は眉をひそめた。
「……まさかここまで来て、『こう』なってるだけで証明したことにするなんて言わないだろ?」
その言葉の最後に「いつものお前なら」と含まれている気がして、私は言葉に詰まった。
さっき居酒屋で管を巻いたとき、この男が私の挑発に乗ったときに、その可能性は自分で潰してしまっていた。本当だろうか、途中で怖じ気づくなよ、最後までしないと証明したとは言えない、だなどと、どうして言えてしまったのだろう。
ああ、でも、この男はもうそのつもりなのだ。
シャワーを浴びることさえ億劫で、否、本当はその隙に酒が抜けるのが怖くて、後のことはもう考えたくなくて。
「……そっちこそ、ほ、本当に途中で止めるのは無しだぞ」
「男にそれを言うのか」
「なにで萎えるかなんてわからんだろう」
「否定はしないが」
八神はそこで一度言葉を句切る。そして、手を放すと、ぐっと身体を寄せてきた。……男の身体は、こんなに熱を持っているものなのだろうか。酒の、せいなのか。
分かるのは、酔っていようといなかろうと、八神が真っ直ぐに私を見てくることだけだ。
「色気のない言葉は、そろそろ謹んでもらう」
「は、」
顔が近づいてくる。咄嗟に目を瞑り、顎を引こうとすると、優しくも有無を言わせない力で顎を掴まれた。
次の瞬間、なにか温かくて濡れたものが唇を這う。びく、と震えると、まるで私の身体を押さえつけるかのように八神が体重を乗せてきた。それに合わせて、柔らかな感触が唇に触れる。それがキスなのだと気づいたのは甘く吸い付かれた後だった。
「ん、ぅ」
唇は一度離れたものの、すぐにまた触れ合った。柔らかな感触と重なる体温が心地よくて、力が少しずつ抜けていく。酒を飲んだ後の気分の良さもあって、私は何度も繰り返される気持ちよさに自分からその感触を追いかけるようになっていた。
その頃には、当然その必要のなくなった手は顎から放されていて。代わりに、私の服を寛げて好きなように私の肌を這い回っていた。
「ん、はぁっ…… っあ、ぅん」
普段は手袋に覆われている手が、直接私の肌を撫でている。乳房を揉み、私の弱いところを探るようにしながら、指先が繊細な動きで乳首に触れる。
「……お前がここまで可愛い奴だったとはな」
素面で聞いていれば嫌味に違いないその言葉を、キスの合間に聞く。掠れた低い声で齎されたそれは、酒も入ったベッドの中では、私の心のたがを外すには充分な熱を持っていた。
******
――やってしまった。
散々惚れた男の身体に興奮して喘いだ後に残っていたのはそれだけだった。ただ、まあ、積年の気持ちがある意味昇華されたので、後悔しかないわけでもない。
それはそれとして、お互い体力がある方だ。酒が入っている上に割と長い間盛り上がっていたのもあって、目が覚めたのは鳥が鳴く頃だった。お互い今日が非番だったからと深酒をした身だが、揃って騎士団の宿舎に朝帰りは間違いなく一線を越えた事が露見してしまう。
私はともかく、この手の話に八神を巻き込むのは憚られた。いくら事実とは言っても。
数時間前まで散々目の当たりにしていた八神の胸板から彼の体温を感じつつ、そうしてばかりも居られない。のろのろと起き上がり、微かに痛む股関節に身体が疼いた。……八神は間違いなく私を抱いたのだ。
「もう起きるのか」
変な声が出かけた。少し掠れた声はいつも通りで、情事の最中漏れてきた声とは熱量が違う。
分かってはいても、この男の声も好きなのだから過剰に反応してしまうのは仕方がない。
「そっちこそ起きていたのか」
「目が覚めて早々、なにやら忙しそうだったからな」
「それはそれは。ずいぶんなご趣味で」
「見る目があると言え。これで証明になっただろ」
そっちの話じゃない!
思わず声を荒らげそうになり、どうにか口を開いて息を吸うところで思いとどまった。八神を振り返ると、まあなんだ、好きな男が全裸で、ベッドの上でそこそこに寛いだ姿を晒していたのだから言葉も詰まる。胸板だけなのと、顔を含めた全身を視界に入れるのはまた別の話だ。
素面ではとても見ていられなくて――そのまま舐めるようにその身体を見てしまいそうで――顔を戻した。どんな顔をすればいいのか、まだ分からない。
「……そうだな」
「それはそうと、なかったことにしておくか?」
八神なりの気遣いだったのだろう。
起きて直ぐに言ってこなかった所をみると、どうやら八神の方はそこまで気にするようなことでもない、ということか。それはそれで思うところがないわけではないが、この男は基本的に不義理なことや不誠実なことはしない。間違いなく気遣われているし、正直なところ、ありがたい申し出でもあった。
「いや、……八神は私にとって特別な男だからな。覚えておく」
周囲には知られたくはないが、かと言って当の本人になかったことにされる方がダメージがでかそうだと思う。この男はきっと、本当にそのように振る舞ってくれるだろう事が分かる分、余計に。
素直に気持ちを吐露したところで、酒が抜けたせいで今更気恥ずかしくなって、紛らわすように浴室へ移動した。広々とした浴槽をお湯で満たすのはどうにも億劫で、ただ自分で片付けをしないで良い分、入らないと勿体ないような気もした。元々『そのつもりで』入るホテルだからだろうか、風呂場周りが妙に充実している。
少し迷ったものの、結局湯を張ることにした。ホテル代をどうするかとか、どう宿舎に帰るのかはもう少し後で、八神と話をすり合わせた上で考えた方がいい。今は取り敢えず身体を洗おう。
そう思って頭を切り替えたつもりでも、勢いの落ちたシャワーを肌に当てていると、その温かさと八神の温度を比べてしまう。昨夜はこの身体をあの男の手が這い、舌が舐め、そしてあの屹立が拓いたのだと思うと熱がぶり返すようだった。そして、いくらかマシになった頭で思う。
なんというか、意外だった。確かに私で興奮するのか、とけしかけたが、あんなにも……情熱的に、と言えばいいのか、まるで私を求めるように抱かれるとは思っていなかった。
勘違いするな、と自分に言い聞かせる。酒も入っていたし、一夜限りの関係などザラにあることだ。それが八神にとってもザラにあることかどうかは少し気に掛かるものの、私にとって不名誉なことや、いたずらに誰かに恥をかかせるような男でないことは知っている。
頭からシャワーを被りながら悶々としていると、不意にドアが開く音がした。
「八神っ?」
そんなことをする人間は一人しかいない。振り返ろうとして、まあ行為の後である上、浴室に入るのだから当然だけれど、素っ裸なのを見て動揺する。
思わず胸元で手をまとめて顔を逸らしてしまうが、八神が大きく一歩踏み出して中に入ってきたのが分かった。
――どうしよう?
思うも、逃げ場などない。八神は開け放ったドアもそのままにあっという間に距離を詰めてくる。そうして自然と壁際に寄った私は、追い詰められるまま顔を両手で挟まれた。
無理矢理顔の向きを変えられることはなかったものの、八神の頭が近づいてくる気配に怯んでしまう。目を閉じた瞬間、唇に柔らかな感触があった。顔を掴まれる力の強さとはまるで違う、優しい触れ方。唇を押しつけるだけのキスに、心臓が跳ねた。
なんだ、何が起こってる?
私が事態を把握するよりも先に、八神の唇はその柔らかさを保ったまま私の唇を揉みほぐすように動いて、味わい始めた。
顔を背けようとしても追いかけてくる。シャワーを半端に浴びながら八神から与えられる感触にまごついていると、その隙にとばかりに片手で抱き込まれた。尻たぶを揉まれ、太ももを撫で上げられ、私に考える間など与えまいとするかのようなタイミングで次々に感覚を刺激される。
「ふっ、やがみ、っ……ん、ぁ」
唇が僅かに離れるその隙間を縫うようにして言葉を吐き出す。それも好都合とばかりに舌を差し込まれて、口内を犯された。
八神の肩を掴んでも、その程度で離せる男ではない。この男の協力がなければこの行為を止めさせることはできないのだ。
距離を置きたいという意思表示でしかなかったのに、深いキスと愛撫の手に、徐々に肩を掴んでいた手の意味が変わる。縋り付くようにして、今度は私から八神の方へしなだれかかる。
胸を押しつけるようにして体勢を保とうとすると、足の間に八神の膝が割って入ってきて、咄嗟に足を閉じても、肌が触れるだけで甘い痺れが走るような有様だった。
「ふぁ……、ん、……な、なんのつもり、」
身体の奥に火を灯されて、腰が揺れる。そうなって漸く、八神は手を止めた。
「存外かわいらしいことを言われたからな」
理由になってない。
不満と、理解できない事が顔に出ていたのだろう。八神は口元に笑みを浮かべた。
「酒の勢いでなくとも、お前で興奮するか証明して見せようかと思い立った」
「お、思い立たなくていい……」
恥ずかしいというのもあるが、その、太ももに昨日触れた男の熱を感じるのも良くなかった。
いや、ここで抱かれたら本当に愚かになってしまう。いくらなんでも肌を合わせた感じが『良かった』からって、また応じてしまったら……この男の身体に、溺れるばかりになってしまう。
「喜ばないのか? 俺はお前にとって『特別な男』なんだろ?」
勘違いをするな、とうるさく頭の中で文字が飛び交う。八神は別に、私に対して劣情はあっても、男女の愛情を持っているわけじゃない。けれど理性に相反して、どきどきと胸が高鳴って仕方がない私に、この男は平然と追い打ちをかけてきた。
その楽しげな様子には覚えがあった。
ああ、私は知っている。
「だからお前も、昨日のように千代丸、と呼んでくれ。なあ、トオル?」
――これは相手を追い詰めて降伏させるときの、勝負が決まった時の顔だ。
「やがみっ、お前、気づいて……」
「いや。……確証はなかったが、昨日と今、お前が墓穴を掘ってくれたおかげで確信した」
「はあっ?」
つくづくこの男は食えない。いつもはじゃれるように団長と気の置けないやりとりをする八神からは乖離しているようにも見えて、くらくらした。この男のこんな姿を、一体どれだけの人間が知っているというのだろう。
こんなにあからさまに色っぽい男だっただろうか。
「なかったことにしないというのなら、悪くない話だと思うが」
シャワーが流れ続けている。浴槽に湯が満たされていく。浴室の戸は開きっぱなし。
話をそらすにはさてどれが適切かと、濡れた男の唇を見ながら考えていると、覗き込むようにして八神の顔が動いた。
「人が口説いている最中に考え事か?」
「は、く、どく?」
「今更かとも思ったんだがな。どうやらお前はこの手の機微には疎いらしい」
「八神に言われたくない、ぞ」
「ほう? ……まさかお前、俺がお前を尻の軽い女だと思っている、なんて勘違いはしてないだろうな」
は、と空気が漏れた。八神の纏う空気に圧が増し、それが怒気であると気づくのは容易だった。
分かりやすく――それこそ団長を相手取るときの普段の様子のように、けれど静かに八神は怒っていた。
「お前が男から勧められた酒を安易に口にするとは思ってない。酒の席でも羽目を外さないように節度を守っているのは知っている」
「は、え、え?」
「そんなお前が俺が勧めた酒を口にして、あまつさえ挑発してきたんだ。分からない方がおかしい」
意味のない声しか漏らせない。口説かれている? いや、そもそも八神が口説いている?
言い聞かせるような語気はそのままに、八神は尊大に言い放つ。
「お前こそ俺があんな安い挑発に乗るはずがないと知っているだろう」
むっすりとした口元の割に、八神の目は艶めいていた。
だから、つまり、なんだ?
酒の席とは言え、私たちがやったあのやりとりは立派な合意どころか、告白したも同然、と、そう言いたいのか。……こいつは、私の告白に、応えたのだと。
「し、信じられるわけが」
「だから証明しておこうと思い立ったと言ったんだ」
「『だから』の部分は初耳だ!」
頭が混乱している。いや、動いていない。
けれど口をまともに動かせたことで、空気に飲まれそうだったのをどうにか持ち直すことができた。後ろ手でシャワーの栓を閉める。
「と、とにかくこんなところでまともに話ができるわけないだろう」
この場をやり過ごさなくては、と、焦りが胸を占めた。
自分が想うのはいいが、返されることを全く想定していなかったのだ。こんな展開は狙ってない。そんな男とは思っていなかったが、八神がこれをきっかけに時折欲を発散する相手として私を引っかけようというならまだしも。
私の浅慮は八神でなくとも分かるものだっただろう。当然と言うべきか、私の思惑が叶うことはなかった。
「そうだな。どうやらお前とはまだまだ言葉を交わす必要があるらしい。丁度湯も溜まったことだ。身体を温めて、じっくり話をするとしよう」
「いや、浸かりたいのなら八神だけでゆっくり、」
「湯を張ったのはお前だろ」
「……やがみ」
どうしよう。いやじゃない。いやじゃないどころかうれしさで胸が爆ぜてしまいそうだ。
だが、展開が早くないだろうか。既に身体を繋いだ後でなにを、と自分でも思うが、心を通わせることはまた別の話だ。
困り果て、弱音を吐くように名を呼んだ私を見て、八神は眉尻を下げて柔らかく微笑んだ。
「諦めろ。折角お前が乗ってきたのに、手放せるほど俺は腑抜けじゃないんでな」
ああ、名前で呼べば放してくれるだろうか。……無理だろうな。悪手まである。
「ずるい……」
「それをお前が言うのか」
「ぅぐ……」
正論で殴られる。確かに仕掛けたのは私の方だ。しかも決定的な言葉を言わないまま、いくらでも逃げられるようにと酒まで使って、曖昧にして。
「折角なかったことにするかと聞いてやったのに、それを蹴ったのはそっちだからな」
「それが最後通告だなんてわからんだろう……」
かなわない。
このままいけばきっとこの男はあの手この手で私の胸の内を全て吐かせようとするだろう。そして私はこの思いの丈を吐き出して――この男に連れられて、宿舎に帰ることになるのだろう。
2021/05/10 UP
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