ハロウィン小ネタ

 いつもの時間、いつもの場所、いつも通りでない、空気。
 いつもと同じように、けれどいつもとは違ってサーヴァント直々に淹れて貰ったコーヒー……改め、カフェオレを片手に、私は賑やかな空気に押されるようにして食堂を後にした。
 子どもの姿をしたサーヴァントは流石に眠りに就いているようで姿を見ないけれど、今日はハロウィン。イベント毎に昼夜を問わずお祭り状態になるこのカルデアにあって、誰の邪魔にもならない静かな場所、というのは限られる。それでも無いわけではないその場所へ歩を進めると、案の定、そこには誰もいなかった。
 誓って紙類の置かれている、少し埃っぽい部屋などではない。何を汚す心配もないそこは、何の変哲もない廊下の一角だ。
 今は無き外が臨めるそこは人の集まる場所に比べて暖かさはないものの、それでも手に持ったカフェオレとひとかけらの甘味を携えて、私はそこへ腰を落ち着けた。窓の向こうに何も見えないそこは、薄暗い。節電のためさして明るくもないけれど、そこがよかった。
「毛布の一つでも持って来なかったのかい?」
「!」
 少しだけ笑みを含んだ掠れた声。彼とは時折夜中のひと時を共にするようになって少し経つけれど、気配が全くなくていつも驚いてしまう。
「ビリーさん」
 先客の存在に気づかなかったことを詫びれば、彼は鷹揚に手を振った。
「君なら歓迎さ」
 そうして、どう受け止めたものか図りかねる言葉を貰って、私は曖昧に笑った。

 最近、彼に対して思うところがある。
 こうして静かで人気のない場所で実際に話をする彼と、他のサーヴァントや職員と楽しそうに笑う彼の違い。
 最初は、場所と時間を考慮してのことだと思った。私たちが言葉を交わすのはいつも深夜で、静かな場所であったから。彼はそれに配慮してくれているのだと。
 けれど最近思うのだ。彼はもしかして、静かに過ごす一人の時間というものも、充分に愛せる類の人なんじゃないかと。加えて、人によって接し方を変えることができる器用さも持ち合わせているのだろう、と。

 さて、意図せず彼の一人の時間に闖入してしまった私の居心地の悪さたるや。
 余りにも私の態度があからさまだったのだろう、特に口にするほどの話題もなく、沈黙が耳に痛く感じ始めた頃、彼が笑う気配がした。
「あ、ごめんね」
「いえ」
「……本当に、気にしなくていいから」
 普段よりも幾分か、柔らかな声色。かと思えば、彼は急に指を鳴らした。
「Trick or treat」
「え?」
 鳴らした指をそのまま広げて、ねだるように掌をこちらへ差し向けてきて。
「今日はハロウィンだし、ちょっと乗っかってみようかと思って」
 気安いように紡がれた言葉に目を白黒させていると、彼は笑みを深くして声を潜め囁いた。
「……それで? お菓子が貰えないなら、悪戯してもいいってことかな?」
「!」
 如何にも悪だくみをしています、と言わんばかりに分かりやすく嘯く彼に笑えばいいのか、私も乗ればいいのか。分かりかねたけれど、私の顔を覗き込むようにしてくる彼の表情が妙に色っぽくて。睫毛が長いこととか、氷にも似た、明度の高い、そして彩度の低い瞳がじっと私を見つめてくることとか、緩やかに弧を描く口元から、今にもぺろりと舌を出してきそうなこととか、兎に角、私のキャパを大幅に超えていたことは間違いない。
「……っ」
「ありゃ、残念」
 耐えかねて無言で差し出した甘味。彼の掌に落とすと、少しも残念に思っていないような声色で彼が肩をすくめた。かと思えば、緩く笑って。
「じゃあ、君にも。はいこれ」
「あ、わっ」
 目の前に寄越された彼の手に、おっかなびっくり両手で、水を救うようにして形を作る。と、そこにまろびでたのは、お菓子の包み紙。
「わ、私、まだなにも言ってません」
「ケチ臭いこと言うのは無し。こういうのは雰囲気を楽しもうよ」
 はあ、と曖昧に言いながら包み紙を解く。出てきたのはチョコだった。一部のサーヴァントはレイシフト先でQPを稼ぎ、物資と交換したり、そもそも物資を調達したりすると聞くけれど、彼の持っていたこの小さなチョコもそうだったりするのだろうか。
 以前に聞いたチョコの話を思い出して、有難く頂戴することにする。
 口に含んで咀嚼すると、シンプルかつベーシックなミルクチョコレートであることが知れた。カフェオレとよく合う。
「気に入って貰えたかな?」
 まだ口の中にチョコが残っていたので、頷きで答える。彼は鷹揚に頷いた。満足そうだ。
 もう一口カフェオレを含んで口の中を改める。私は彼に訊ねた。
「ビリーさんは、それでも良いですか?」
 私が彼に手渡したのはチョコのスコーンだ。結構ごろっとしたチョコの欠片が入っている。エミヤお手製のもの。ただ、スコーンは飲み物が無いと厳しい。
 咄嗟に渡してしまったものの、見たところ彼は飲み物らしいものは何も持っていない様子だ。今ここで食べる必要はないけれど、どこかで調達した方がいいだろう。
「うん? ……ああ、いいよ。心配ありがとう」
 私の心配をよそに彼は愛想よく笑うと、徐にマグを持つ私の手を丁寧な動作でもって両手で包んだ。そして、
「……飲み物なら、君のを少し分けて貰えると、嬉しいかなあ」
 ――私には、その後の記憶があまりない。


 割り当てられたベッドで目を覚ますまで、ふわふわとした心地だったことは間違いない。なんとなく、彼がとても……胸がときめく様な雰囲気だったことは覚えている。けど、子細はまるでおぼろげで。
 辛うじて翌日の夜、僕は悪戯なんてしてないのに、と不服そうにする彼の様子から、なんとなく察することができた。
 ただまあ、あの振る舞いの数々は悪戯にあたらないというには余りにも演出過剰というか、『特別』だったのではないかな、とは、思う。それの意図するところは、どうしてか聞けなかった。

2019/11/01 UP

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