燻る熱を炎に変えて

 どうして、と疑問を浮かべれば、それには目が合ったから、というより他ない。
 戦闘訓練で大暴れした後であるにもかかわらず、以蔵さんの眼の奥には闘志が燻っているのが見て取れた。それをいなす方法はサーヴァントによってさまざまだけれど、こと岡田以蔵というサーヴァントについては、少々他とは事情が異なっていて。
 彼と唯一無二の関係になって以降、専ら、彼の欲望の捌け口を私の身体で担っている。――というと、少々悪く聞こえてしまうだろうか。では、言い換えよう。
 彼が腹のうちに溜め込むあらゆるものを、私が一手に引き受けることのできる権利を持っている。これでどうだろう。
 それは私への感情でもいいし、そうでなくても良い。彼が私にそれをぶつけることを良しとしているということが大事なのだ。私は彼の特別で、彼は私の特別だから。だから許されていること。それを感じることができる至福の時間。
 音もなく唇を合わせて、柔らかさを味わうように吸い付き、擦り付ける。
 戦闘で溜めたにもかかわらず、宝具を発動することで発散できなかった魔力を宥めすかすかのようにキスを繰り返す。部屋に帰って座った後、以蔵さんを見たら自然とそうなった。
 いつも通りマイルームで寛ごうとしてた私を黙って見つめる彼の眼に、欲求不満を感じた。私がそれを正しく理解したと言うことを感じ取った以蔵さんが、行動に出た。それだけ。
 二人掛けのソファに座って、中央の空間、距離を詰めるためについた手が触れる。唇を重ねながら、示し合わせたように私の手の上に彼の手が重なって、指の間に指を差し込まれた。
 指先が擦れるその感覚に快感を覚えてピクリと手を跳ねさせれば、そっと軽く握る様にして動きを封じられる。
 唇がくっつく。柔らかいそれがむちゅ、と潰れて、その柔らかさにうっとりする。少しでも顎を動かすとチクリとする髭と対比するように、彼の身体の中では珍しく私と同じように柔らかい場所を味わう。
 唇の柔らかさって、気持ちいい。唇で唇に触れているだけなのに、凄くリラックスできる。ずっと触れていたいと思う。
「ん、」
 ちゅ、と吸い付かれた。それだけでぞわりと腰元から性感が覚醒していく。たった一度の音が唇を震わせて、その音の甘さが耳に入って、薄目を開ければ飛び込んでくる物足りなそうな顔が、私の性愛を呼び起こす。
 それでも、彼には動きが無かった。何を考えているかなんて分かる。物足りないけれど、このキスを止めたくないのだ。唇を舌で割り開いて、押し入って、舌と舌を絡めるようなキスではなくて。この唇の柔らかさをまだ味わっていたい。ずっと、もっと、これを堪能していたい。その為には、性感を煽るなんて必要ないのだ。――まあ、こうやってキスをすればするほど、煽られてしまうのだけれど。
 いつか、以蔵さんが苦笑していた。男は本当にしょうもないのだと。簡単にその気になるし、その気になればそのことしか考えられなくなると。
 少しの悪戯心が無いわけでもなくて、重なった指を私の方から擦ると、彼の身体が揺れた。少し唇を離して、拗ねたように眉間にしわが寄る。けれど、どこか恍惚としたように口は少しだけ開かれていて、そこめがけてキスをした。柔らかくて、同じ温度のそれに触れるのは、私にとっても心地良い。
 指に触れながらキスを繰り返すと、少しだけ以蔵さんの口から嬌声めいた声が漏れ始めた。衝動の捌け口を求めていた鋭い眼は蕩け始めていて、完全にその欲求の種類を変えている。飢えた獣は、私という方向性を得たことによってすっかりその気になっていた。……そうさせたのは私だけれど。
 唇から湿ったリップ音が響きはじめ、そろそろ彼も先へ進みたくなってきただろうかと考える。だったら。
「……っあ、」
 袴の中にある彼の、もう大きくなっているだろうもの。そこを重ねていない手で撫で上げる。と、今度こそ彼の腹筋がびくりとするのが、着物の上からでもわかった。
「なんじゃ、もうちっくと待っとうせ……」
「……じゃあ、根競べ」
 あなたが我慢できなくなるのが先か、私がなりふり構わず『おねだり』するのが先か。
 言うと、以蔵さんは勝気な笑みを浮かべた。
「乗った。負かしちゃるき、覚悟せえ」
 私のねだる姿を思ってか、彼のその顔は酷く蠱惑的で、男の人の色気に満ちていた。
 ――でも、以蔵さんは一つ見落としている。この勝負は、最初から勝負になってないこと。
 私は今すぐにでも負けてしまってもいいんだってこと。足で彼の股間を擦って、彼の手を取って胸に押し付けて、今すぐ無茶苦茶にして欲しいって、あなたがその下腹部に溜めている熱を全部私の中に吐きだして欲しいんだって、あなたの緩く開いた口の中へ叫びたいんだってことを。
 きっとがっかりするから言わないけれど。
 はやく、私に全てをぶつけて。

2018/09/23 公開 2025/04/26 UP

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