試験応援

 どき、どき、どき、どき。
 心臓がうるさい。試験までまだ時間があるというのに、もう24時間後には……なんて普段考えないようなことが頭の中を巡って、気がそぞろになっているのが自分でもわかる。
「なんじゃ、面白いカオしよってからに」
 机の向こう側。三人掛けのソファを贅沢に使って寛いでいた以蔵さんが、タバコをくゆらせながらこちらを見て笑った。その煙に慣れてしまったのはいつからだっただろう。
「だって、明日試験なんです」
「ほがあに不安ならバイト休んで自分の机に噛りついて励めば良かったろう」
「うっ」
 ド正論で返されて言葉に窮する。今私がいるのは坂本探偵事務所――アルバイトとはいえ、勤務先なのだ。「事務所で暇な時は、勉強でも内職でも気軽にしてくれていていいよ」という所長の甘言にのってしまい、店番のようなことをしている最中。所長の許可があるのだからと事務所の物とはいえ『机に齧りついて』いるのだけれど、徐々に本当に覚えられているのか、問いに答えられるのか、時間内に終えられるのか、と次々に巡る不安に参りそうで、手と頭の捗り具合は最悪だった。
「……まあ、おまんにとってその試験がどればあ大事かは知らんけんど」
 以蔵さんが言葉を切って、タバコに口をつけて深く息を吸う。そうして、少しの間を置いた後、
「真剣にやっちょればそれだけ、どうすればえいかも分からんようになるがはおかしゅうないことじゃき、えい、えい。精々気張ればえいがじゃ」
 言葉と共に、口と鼻から、紫煙がゆるりと空を漂った。
「気晴らしがしとうなったらわしに言え。いくらでも付きおうちゃる」
 私を見る目が柔らかく細められる。声色は珍しいほどに穏やかで、私はどう返せばいいものか、頭の中が真っ白になった。
「……そこは勉強に付き合ってくれるわけじゃないんですね」
「なんせ、わしは頭が悪いきのォ」
 くつくと喉で笑う以蔵さんに、胸がこそばゆくなる。このやりとりを、彼なりの励ましなのだと分かったのは、ここ最近だ。
「……気晴らしはいいので、試験が終わったら、遊んでください」
「任せえ」
 にんまりと、今度は悪戯っぽい笑みで私を見る。その目を見ていると、なんだか違う緊張で胸がドキドキしてきて、私は唇が勝手に笑いそうになるのをごまかそうとして、また以蔵さんに笑われた。
 ……デートのお誘い、って、分かって無いんだろうなあ。

2019/01/07 公開 2025/04/26 UP

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