鼓膜を打つ声の優しさが痛かった。

「ねんねん ころりよ おころりよ」
 低く掠れた声と共に、優しく身体を叩かれる。押し殺したわけでもない彼の声は、情事の時とは打って変わって獣を思わせる熱を解いていて、柔らかいようにも、どこか気怠そうにも聞こえた。
 すう、すう、と一定の呼吸を繰り返す自分の息遣いと、彼の深く穏やかなブレスが混じる。拗ねるから言わないけれど、肌を合わせる時以外でこうして二人布団に潜り込んでいるのが面映ゆい。彼が子守歌を歌ってくれていることも。
 なかなかどうして小慣れたそれに彼の顔が見たくなってそっと目を開ける。そのままそろりと視線を上げると、なんとかち合った。てっきり彼も目を閉じているものだと思っていたから少し眠気が飛ぶ。それを分からない彼ではない。驚きを抜きにして、私が余程意外そうな顔をしていたのか、彼に軽く小突かれた。
「わしにゃあ弟がおったき、子守によう歌うちょった」
 知らなかった。
「別に知らんでもえいろう……知ったところで益にもならん」
 それはそうだけれど。
「えいえい、おまんはわしだけ分かっちょったらえい」
 どこかぶすくれた様子の彼に、おや、とまた更に眠気が遠のいた。少し拗ねたような振る舞いに、頭を働かせる。
 ――まさか、弟に嫉妬している? どうして?
「……こがな話、やめじゃ、やめ。ほれ、しゃんしゃん寝え」
 もう少し話をするのも悪くないと思ったけれど、以蔵さんの重い足が乗っかって来て、素直に従わないと強制的に寝かされそう――無論性的なあれでそれな方法で――だったので、大人しく目を閉じた。
「……ねえ、わたし、もっと以蔵さんの……生きていたときのこと、知っていた方がうれしい?」
「なんも嬉しゅうない」
 こういうとき、意地っ張りの見栄っ張りの言葉は信用できない。直球でしか聞けない私も私だ。今は特に眠りの時間だからだろうか、頭の回転が緩い気がする。
 彼の温度に引き寄せられるようにして頭を傾けると、綺麗な指先が髪を優しく掃ってくれた。現れた肌に、柔らかなものが触れる。どんな顔をしているのか見たかったけれど、抱き込まれるようにして視界を覆われて、それは叶わなかった。
「……目移りされても困るきの」
 本当に微かな、囁きほどの言葉が耳を打って、意外に過ぎるその内容に、彼の着物を掴んだ。
 どんな人かは知らないけれど、その人はきっと、こんな風に私を甘やかしてはくれないだろう。
 上手く言えていたかは分からない。けれど、彼がついた特大のため息と
「めったにゃあ……」
 そこに混じる言葉を拾った。ねえ、私を早く、寝かしつけて。私にしかしない方法で。

2019/01/07 公開 2025/04/26 UP

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