想い一片 おまけ

「ダメ。つけないで」
 暗闇の中伸ばした手をつかまれ、カカシは動きを止めた。
「どうして?」
「……明るいのは嫌なの」
「そう? オレにとっては今も十分シコクの顔が見えてるから、そう変わるもんでもないけど」
 部屋の中は暗いと言っても、カーテン越しに入ってくる僅かな月明かりさえあれば大体は事足りる、とカカシは答え、それに反応して自分の腕をつかんでいた手がひるんだその隙に、目当てのものを探し当てた。
「あっ、やだ」
 ぱ、と点いたスタンドライトは、柔らかい色でベッド脇から二人の姿を照らし出す。
 カカシは恥ずかしそうに身をよじり顔をそらす彼女を愛おしそうに見下ろすと、手の甲で優しく彼女の頬を撫ぜた。
 横たわる彼女の上に四つん這いになるようにしているカカシに、シコクは逃げ道もなくされるがままだ。
「は、はっきり見えるならつけなくてもいいじゃない」
「こっちのほうがもっとよく見えるし。……それと、シコク。なんで隠すの」
「な、なにを」
「はじめて、でしょ」
 どこか怒ったような声に、シコクはベッドに張り付けられたまま身体を強張らせた。
「……ごめん」
 素直にぽろりと転がった謝罪に、カカシはそうじゃなくて、とシコクの柔らかな髪を梳いてやる。
「そりゃ、緊張してるから経験は少ないだろうと思ったけどさ。はじめてって分かってたら、オレだってもうちょっとやりようってもんがあったわけじゃない」
「……だ、だって呆れちゃうじゃないの。この歳になって色恋沙汰がからきしなんて、任務ならともかく、プライベートで」
「だからちがう。情けないでしょ、オレが」
 大事な彼女の初めてを、経験少ないんだぁ、なんて勘違いで終わらせるなんて。
 ため息交じりにそういうカカシに、シコクは少しばかり声を荒げた。
「何が違うのよ! カカシだって結局そう思ってるんじゃない。いい歳した女が、初めてなんてありえないって」
「あー、もー、勘弁して。オレ、今すごいかっこ悪い」
 覆いかぶさるように抱きしめてくるカカシに、シコクはそこで初めて彼が拗ねているのだと気づいた。

 自分よりもずっと年下で、けれど里を代表する、有名と言うにはあまりにも広く知られている優秀な忍。一時は火影にもなりかけた男。
 その恋人であることは時としてシコクを悩ませてきたが、こんな風に恐らくはほかの誰にもしないような姿を惜しみなくさらけ出されると、ああこの男も年下なのだ。可愛いところがあるのだ、と緩む頬を止められない。
「そんなコトないわ。すごく優しかったもの」
 そっとカカシの身体に腕を回すと、触れるだけのキスがすぐに降ってきた。
シコクはよくても、オレがよくない」
 それに、イってないでしょ、とカカシの手がシコクの胸を揉みしだくと、彼女の腰が悩ましげに揺れた。
「ちょっと、」
「外はこんなに敏感なのに、中になるとあんまり反応よくなかったよね」
「は、っん、あ、やだ」
「色の訓練、やらなかった? そんなわけないか。くノ一ならみんなやるし」
「っ、ぁんっ」
 ちゅう、と胸の頂に吸い付かれ、シコクの身体が大きく跳ねる。
 あまりやりすぎては訊きたいことが聞けないと踏んで、カカシは愛撫の手をゆるめた。彼の言うとおり、遠のいていた疼きをすぐに呼び起されてしまったシコクは、カカシの手の動き一つ一つに身をよじりながらも声を上げた。
「幻術ならともかくっ、実際に身体を使っての任務になると途端に寸でのところで失敗して成功率落としちゃうんだから仕方ないじゃないッ」
「はは、それって彼氏としては喜ぶべき?」
 捨て鉢になっているようにも思える彼女と、穏やかに笑うカカシは先ほどとはまるで逆だ。カカシは拗ねる彼女に口づけると、
「でも、悔しくもあるかな」
 と続けた。シコクは意図を図りかねたように眉を寄せる。
「……なんでカカシが悔しいのよ?」
シコクの幻術の腕は素晴らしいよ。だから色の任務のことで見くびられてるのはオレも前から気に入らなかった。まだ中忍なのだって、その一点くらいのもんだよ。シコクだって随分悩んでたでしょ」
「知ってたの!?」
「好きな人のことですから」
 くすり、と笑ったカカシは、自分が口や手を出すべきではないから今まで黙っていたのだと彼女に告げた。
 シコクはますますもって分からないと、眉間にしわがよるのも構わずに訝った。
「……じゃ、どうして今になって、それを?」
「んー」
 カカシの表情が途端に消え、いつもの飄々としたそれに代わるのを見て、シコクはにわかに嫌な予感がした。口元が笑みを形作っているだけに、余計に気をもんでしまう。
 そんなシコクの緊張を察しながら、それに触れてこないというのも、彼女の予感を確信に変えるのは十分で。
「ま、オレたちもようやく一歩先に進んだことだし、シコクのくノ一としてのステップアップもできるかと思って」
「? どういうこと?」
「またまた、分かってるくせに」
「わからないから聞いてるのよ」
 勿体ぶらないでよね! とシコクが声をあげると、カカシはやれやれと苦笑し、それから
「女性が中で感じるには、トレーニングが必要でしょ」
「……うん」
「今までは一人だからうまくいかなかったのかもよ? シコクったら変なところで現実的っていうか、理性的だし」
「……うん?」
 近づいてきたカカシの顔に、シコクはまさか、とカカシの言わんとしていることを察して、迫ってくる胸板に手を添えた。だが遅すぎたその手は、たくましい彼の身体を押しのけるのもかなわず、そのまますっぽりと抱きかかえられていた。否、のしかかるように抱き込まれたと言うべきか。
「オレ相手なら、いいよね? 彼氏だもん」
 20代も後半に差し掛かった大の男が、だもんってなんだ、だもんって。
 そういってやろうと開いた口は、またもカカシのそれによって塞がれてしまった。
「一朝一夕とはいかないけど、オレも手は抜かないから。時間がある限りたっぷりシコクに付き合うよ」
「ちょ、ちょっとカカシ」
「だからシコクも一人の時はできるだけトレーニングしてよ」
「ちょっと!」
 もう、とシコクがより一層大きな声を出すと、カカシはそこでようやっと彼女の話を聞く気になったのか、なあに、と首をかしげた。
「な、なんで私よりアンタの方がやる気満々なのよ」
「今までずっと、オレなりに我慢してきたんだよ。これからはもっと触れるし、シコクのコンプレックスの解消に役立てるならもう、やるしかないよね?」
「で、でも」
「大丈夫。さっきのお詫びも込めて、今から朝まで、みっちり身体に教えるから」
 ちゃんとオレのこと考えながらシテねってわざわざ言わなくても、嫌でも考えるくらい叩き込むから、などと言い放つカカシに、シコクは言い返すこともできずに、ただただ顔を赤らめて口を金魚のように開閉した。
 その様子をからかい半分、愛しさ半分と言ったまなざしで見つめたカカシは、シコクの顎を優しく持ち上げると、
「言っとくけど、厳しくイくから覚悟してて」
 言って、改めてシコクの唇を奪い去った。

2011/09/15 : UP

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