恋は苔むし、愛となりぬる
番外、
お礼参りではないけれど、モンドにはもう一度行きたい。何かと世話になった人達がいるから、稲妻のお土産を持って。
そういうと、万葉は首を傾げた。
「拙者達が海島に行っていたときの話でござるか。どんな御仁だったのだ?」
「西風騎士団のガイアさんと、シスターのロサリアさんだよ。モンドのお酒の飲み方をね、優しく教えてくれたの」
「ふむ……そのガイアという騎士は男性ではなかったか」
「あ、知ってるの? そうだよ」
「なるほど」
少し考え込む万葉に、今度は私が首を傾げる。
「万葉も彼に用事?」
「……用事と言うほどでは……しかし、拙者も共に参ろう。土産物を見繕うのも、荷物持ちが必要であろう」
「そう? まあでも二人ともお酒が好きだから、稲妻のお酒は絶対に持っていきたいもんね。じゃあ、お願いしようかな」
「あい分かった」
快く荷物持ちを引き受けてくれるなんて、相変わらず万葉は優しい。
とはいえ、璃月からは陸路になる。ちゃんと管理出来るだけの量にしないとね。
「お酒に合う料理も覚えようかな。母さんにレシピ教えてもらおうっと」
材料も少し買い込んで、あちらで振舞えば喜ばれるかも知れない。
ね、と万葉に同意を求めると、少し遅れて頷きと相づちが返ってきた。
「……確かによい案ではあるが……その前に、拙者もお主の手料理を味わってみたい」
「あ、」
「よいな? 柊」
「……う、うん」
万葉の手がそれとなく私の指に絡んで、すり、と撫でられる。
……彼の目に滲むのが柔らかな感情だけではないと、最近の私はようやく気づき始めたところだった。
「そんなにも嬉しそうに、他の男に手料理を振舞う予定を立てられていると、少々妬ける」
「ごめん、あの、そういうつもりでは、」
「もう少し詳しく、モンドでの話を聞いてもいいだろうか」
ニコニコとしているのに、万葉は一切引く気がないらしい。
彼の悋気に目を白黒させていると、いよいよ腰を抱かれて、彼の腕の中に収まってしまった。
「あの、万葉」
「どうやら、モンドでも挨拶回りをする必要があるやも知れぬな」
「ごめんってば……!!!」
どうやら、この面映ゆい感覚はもう少し続くようだ。
トドメとばかりに甘い声で名前を呼ばれて、私は砕けそうな腰を彼に支えてもらう羽目になったのだった。
番外、
「おい柊、ほらよ」
家族で雑魚寝をした次の日の朝。久しぶりに稽古だと兄に叩き起こされ、そして叩きのめされたかと思ったら、何かを投げて寄越された。
「え? ……わっ、……とと、なにこれ、神の目?」
「それ、お前のな」
「は?」
ころん、と、私の手のひらで黄色く輝くそれは、間違いなく岩元素のもの。レプリカではないだろう。淡く光を放っていた。
吸い込まれるように目が離せなくなる。
「……本当に? だいたい、だったらなんでおにいが持ってんの」
「昨日万葉といちゃいちゃしてた長椅子の下に転がってたんだよ。俺のじゃねえならお前のだろ。万葉はもう持ってるし」
「……」
手で転がしてみても、空にかざしても、神の目はうっすらと宝石のように煌めいている。
……これが、私に?
「なんで……?」
「お前の頑固さが一目置かれたんじゃねえの」
「えぇ……なんかやだな」
じゃあ、ずるずると初恋を引きずって、挙句、今の万葉を見て一度は絶対に黙っていると決めたのにあっさり手のひらを返して、あっちが何て言おうともう私は一生万葉を好きな気持ちを手放せないって決めたのも全部神様は見てたってこと……?!
「いや、やっぱり誰かのじゃないの? 父さんとか」
「もう聞いたけど違うだろうってよ。元素力を扱えるようになるらしいが……俺も親父も、どうやっても無理だった」
「そんなこと言ったって、私だってそんなの分かんないよ」
急に寄越されて使って見ろなんて横暴もいいところだ。
「おい万葉、そこにいるんだろ? 先達としてなんか言ってやってくれ」
「え?」
兄の言葉を受けて、勝手口が開く。そこに居たのは確かに万葉で、苦笑しつつ外に出てきた。
「相変わらず気配に敏感であるな」
「同心としては必要な能力だろ」
「違いない。……元素力の話だが、最初から上手く扱えたという話はとんと聞かぬな。人によっては愛着のある道具を通してしか使えぬこともあると耳にした」
「へえ……練習が必要なんだ」
ころんとしたそれを、さてどう扱おうかと迷う。というか、今渡されたって……なにかの天啓、なのだろうか? なんの? 早く子ども産めって、そんなわけないし……ないよね?
「じゃ、万葉。そいつの使い方については追って教えてやってくれ」
「あ、ちょっと。おにいはどうやってこれを使おうとしたの」
「同心の間じゃ、そういうのにまつわる心得があるんだよ」
「そうなの?!」
「柊、あれは嘘でござる」
「はあ?!」
また適当言って!
私の声にも兄は振り返らず、そのまま家の中に引っ込んでいった。
「なんで意味ない嘘なんかつくかなあ」
「あれは大方、懇切丁寧な説明が面倒だったと見える」
ふふ、と万葉が笑う。……私にはまだまだ、万葉のように寛容になるのは難しいみたいだ。
「だが……」
「?」
「存外、その役目を拙者に譲った……という線も考え得るな」
「!」
万葉の眼差しが向けられて、胸が跳ねる。昨日の晩から、万葉の視線が優しくて柔らかいだけじゃない気がする。なんというか、これが甘い顔、というものなのだろうか。
照れるからあまりしないで欲しいけれど、惜しみなく注がれる気持ちが嬉しくて、胸が一杯になる。
だめだ、これから朝ご飯なのに。
「そうだ、柊。元素力を感じられるようになれば、ワープポイントというものが使えるようになる」
「ワープ、ポイント? って、あの古代のオブジェの……?」
「知っておったか。モンドでは、錬金術であれの簡易的な装置を作れるそうだ。拙者も旅人からいくつか融通してもらったのだが、折角の旅をさっと済ますのは味気ないであろう? もしよければ、お主に預けたい」
「それはいいけど……。どうやって使うの?」
「一度行ったことのある場所……地脈のある場所にしか設置はできぬし、一時的にしか使えぬそうだが、好きな場所に置いておけば移動出来るそうだ」
「へえ……便利」
「そうだな。……しかし、柊」
万葉が言葉を句切る。万葉に渡された、成功なオブジェクトのミニチュア……簡易的なワープポイントの装置に落としていた目を彼へと向けると、妙に真剣な顔をしてこちらを見る彼の目とかち合った。
「ど、どうしたの」
「移動が楽なものになるとは言え……拙者は、旅路そのものをお主と楽しみたい」
「……うん」
「それ故、緊急事態でもなければ使用は控えて欲しいのだが……これは、拙者の我儘に過ぎぬ」
「うっ、ううん! そんなことない。私だって万葉と一緒だと嬉しいよ。それに、今すぐ使えるようになるわけでもないんでしょう? あのオブジェクトだってどんな風に使うか知らないのに、今すぐ遠いところへぴゅんって行きたいなんて分不相応なこと言わないって」
「そうか」
ほっとしてまた微笑む万葉に、私は何度も頷いた。
「では、再び稲妻を発つときも船旅であるな。拙者も未だ南十字船隊に世話になっていることだし」
「あ」
「確かに自分自身で各地のワープポイントから元素力と地脈を感じなければ、他国へはゆけぬが……なに、船酔いも、長らく船に乗っていれば慣れるものでござるよ」
「……そうだった……」
あっさりと言質を取られてしまったことにため息をつく。
でもまあ、船酔いで弱っているところはもう見られてるし、今更では、ある……か。
「船医の銀杏殿も、新しく酔い止めの薬を仕入れると言っておった。あまり気負うな」
「苦しいのが分かってるのに気負わないでいられる人は中々いないんじゃないかな……」
万葉の手が励ますように私の背を撫でる。
ひとまず神の目は胸の中にしまっておこうと衿合せから差し込む。肌着の内側なら落とさないだろう。
「っ?! ん、んんっ」
「……万葉? え、もしかしてなにかおかしかった?」
慌てて神の目を取り出すも、万葉はこちらに手のひらを見せるようにして『待った』の仕草をして、咳払いを続けた。……単に咳き込んだだけ?
「いや、すまぬ。少々取り乱してしまった」
「……?」
やっぱり、まだまだ知らないことばかりだ。
2025/12/31 UP
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