恋は避けれどちり積もり
おまけ1 丹恒・騰荒について
「あ、あのところで丹恒、オンパロスでも勿論いろんなことがあったと思うんだけど……その、見た目? って、どうなったの?」
「……ああ」
私の質問を皮切りに、丹恒はかいつまんで何があったのかを教えてくれた。オンパロスで神様的な力と融合したらしい。角と尻尾はオンパロスの生き物である大地獣と同じものだそうで、それこそが彼がその身体に宿したという『大地の火種』なるものの由来なのだとか。
いや、どっちかって言うと話を聞く限り魔王を倒した勇者が次の魔王になるみたいな話だった。しかも、なんとなのかも丹恒とは別ルートで『もう一人の自分』的なものと出会って融合? したらしい。
うーん、宇宙ってすごい。もうファンタジーじゃん。私はそこで考えるのを止めることにした。世の中には自分が知らない技術や歴史や物質があって、私はその中でも生まれたての赤ちゃん同然。ここから宇宙の真理を追い求めるには、私の人生は短すぎる。
「それで背も高くなったんだ……なんか、心無しか急に大人っぽくなっちゃったよね……っあ、いや、嫌なんじゃなくて! 大人の男の人って感じでよりドキドキしてしまうと言うか、えっと」
わたわたと言葉を重ねるものの、次第に何を言いたいのか分からなくなって尻すぼみになっていく。けれど、丹恒はじっと私を見た後、目元を和らげた。
「分かっている。……それに、この姿になって俺も色々と心境が変わった」
「そうなの?」
「ああ。大地の火種を宿した影響か、……その、前世の事もあってか自分でも知らない間にお前に対する愛情を抑えていたらしくてな。色々あって、お前の愛を乞いたくなった」
その『色々』が非常に気になるのだけど、相変わらず真っ直ぐな言葉に私の胸はドキドキである。なんなら当然のように顔も熱い。
「ソッ、ソレデ、私の愛なるものはいかがでしたでしょうか……」
上擦った声でボソボソと尋ねると、丹恒は今度こそ柔らかく微笑んだ。
「ああ。愛らしくて仕方がない」
その後、私がどうなったのか、私もよく覚えてない。
おまけ2 角に触れ 胸に触れる
丹恒はナナシビトとして、初めて会ったときのヒトの形に戻ることにしたらしかった。まあ列車に乗ってる人達って今のところパム以外は特にケモミミとか尻尾とか生えてない人達ばかりだから、その方が色々と楽なのかも知れない。星によっては角とか尻尾とか生えてると現地の人達にぎょっとされることもあるかもだし。きっとそう。
「お前といる時は、姿を変えてもいい」
でも、一日のうちの少しだけ、恋人としての時間をと私の部屋を訪れるようになった彼はそう言った。
「えっ で、でも、結局丹恒は丹恒だし、えと、」
「オンパロスの時とは別に、持明族としての姿もある」
「えっえっ」
何それ知らない。ていうか、持明族としての姿って、脱鱗の前と同じ姿ってやつなんじゃなかった? 角が生えてて、髪が長くて、なんか雲吟の術っていうので水を操れるんだよね?
「でも……丹恒は、ずっと持明族の……前世? で苦しんだんじゃなかったの? 無理しないでいいよ。別に、恋人だからって踏み込まれたくないこともあるでしょう」
私がそういうと、丹恒は目元を和らげた。……なんだか、今までも優しくて頼もしい人ではあったけれど、最近特に表情が柔らかくなってきた気がする。その、甘い笑顔というか、優しい人が微笑むと物凄く優しい顔になるんだ、と言うことを突きつけられている。
「そう言うと思ったから言ってみたということもあるが……別に全てを受け入れて欲しいという意味じゃなく、お前が望むならどんな姿を取ることも、もう怖くないんだ」
「……前はやっぱり、怖かった?」
「まあ……お前が思っている怖さとは違うだろうが」
「?」
「透子のいた星では、角や尻尾が生えたような種族はいなかったんだろう? 姫子さんやヴェルトさんのような、いわゆるヒトしかいなかったと。初めてパムを見た時にそう言っていた」
「ああ、うん。そうだね。でももう丹恒の人となりを知っているし、羅浮の時は国外追放とか指名手配とか不穏な言葉があったから心配だったけど、でも、丹恒のことを怖いと思ったことはないし、多分知り合ってからなら、いつ見ても怖いと思わなかったと思うよ」
なんの保証もない私の言葉にも、丹恒はくすりと笑った。ほんの微かな、口角を少し上げるだけの笑み。
「そうだな。きっとお前はそうだろうと思った。でもあの時は……俺の方の心持ちの問題で、列車に戻る頃にはこの姿に戻ることにしていたんだ」
丹恒の気持ち、と言うことは、羅浮への入国制限が解除されたこととは別に、やはりそれだけ丹恒にとって前世の自分が行ったことは暗い影を落とすには充分だったのだろう。
私は丹恒が丁寧にまとめたアーカイブでしか触れたことはないけれど、今の丹恒の価値観や人生観にかなり強い影響を与えていることは間違いない。
それを、吹っ切れた様に彼は笑って言ったのだ。
――だったら、彼が大丈夫だと言うのならと、私は答えたのだった。
「わぁ……」
持明族としての姿、飲月君と呼ばれる力を受け継いだらしい丹恒の姿は、なんというか物凄く威厳に満ちていて、表情はどこか冷ややかなようにも見えた。けれど、私を見る眼差しは柔らかい。
身長は……普段の丹恒と殆ど変わってない。でも、髪は長く伸びていて、角も……なんだか透き通ってとても綺麗で、神秘的だった。
これは確かに、羅浮へ飛び出していったときの丹恒だったら、威圧感があったかも知れない。あの時彼は物凄く思い詰めた様子で、鬼気迫ったような表情も見た。
私なんかでは止められないことは分かっていたけれど、さりとて寄り添うこともできず、悔しい気持ちで、パムと共にその背を見送ったのを覚えている。
……そうだった。確かに、羅浮から帰って来た後の彼は、少し憑き物が落ちているように見えた。それまではどこか硬質さを帯びた空気を纏っていた記憶がある。
「すごい……」
「そうか?」
ふ、と丹恒が笑う。私の常識の中で、ヒト――生命のイチ個体はこんな風に変化しないものなのだ。やっぱり銀河って凄い。
「なんか、事前に知った知識もあるかもしれないけど、風格があるね。瞳も……なんだか光ってるみたい」
部屋の照明もあるだろう。理知的な暗い色の瞳は、今は淡い海のような色になっていて、それもあって彼の神秘性を一段高く上げているように見えた。
「神様みたい」
零れた言葉に、丹恒は目を丸くした。
「そういえば、お前の言う神というのは星神ではないんだったな」
「あ、うん。そうだよ」
「……持明族出身の、普通のナナシビトだ。触ってみるか?」
「えっ? い、いい……の?」
「ああ。お前なら、どこに触れてもいい」
椅子に座った状態で軽く両手を広げられて、こちらが戸惑ってしまう。
そうは言ったって、胸元がちらりと覗く服に手をつっこんだりするのは彼の意図とは違うだろう。穹だったらやりそうだけど。
躊躇いがちに、綺麗な石のようにも見える角に指先を伸ばす。つるんとして、少し透けていて、何よりも色がとても綺麗だった。
「わぁ……角には感覚があるの?」
「いわゆる触覚のようなものはない。だが、伝ってくる振動で触れられているのは分かる」
指先でさわさわと触れていたものの、なんか自分の皮脂で汚してしまわないかと思ってすぐに放してしまった。角だけでも触る事なんてないけれど、それが人の身体に、生き物の身体についているのだ。なんか触り方が悪くて痛がらせてしまうのが怖い。
「ありがとう……」
「もういいのか」
「どこでも触っていいって言われて、最初からそんなに色んな所ベタベタ触れないよ。それに、触れる場所で一番変わったのは髪の毛と、この綺麗な角でしょう?」
そこまで言って、もしかして丹恒はもっと触って欲しいのだろうか、と思い至る。そういえばオンパロスから戻ってきてからこっち、丹恒からのスキンシップがべらぼうに増えた。
同じくらい、私からも触れて欲しいと。そういうことだろうか。
とはいえ、ぎゅっと抱きついて彼の胸元に飛び込むのも、彼の頭を胸に抱くのも、それはそれは恥ずかしい。丹恒の手を受け入れるのでいっぱいいっぱいな私には少しハードルが高い。
「あ、そうだ」
「?」
そこで、私は化粧台から櫛を取り出した。
これなら私からのスキンシップとしてハードルが高すぎなくていいと思う。
「髪、梳いてあげる」
そう言って彼の後ろへ回る。……けれど、丹恒は椅子から立ち上がってしまった。きょとんとして彼を見ると、丹恒は私の前でさっと椅子を回して、私が彼の正面に来るように座り直すと、私の腰に抱きつくように手を回した。
「わ、わっ」
「折角お前といるのに、見えないのは勿体ないと思わないか」
……麗しい姿で何をおっしゃいますやら。
さっきちらっと考えていた『丹恒の頭を胸に抱く』ような形になって、戸惑う。いつもよりも深い息遣いのせいで、私の胸元が彼の息で温かくなる。
そう、胸元である。
丹恒は意識してないのだろうけど、特別な人以外に触らないような場所に触れられているのって、それだけでドキドキしてくる。
「で、でもこれだと毛先までしにくいし」
「構わない」
「それに……角にブラシが当たったらどうするの」
「その程度のことで痛みは感じない」
なんとかならないか。せめてベッドで並んで座るとかならまだ、こんなにドキドキしないはずなのに。
狼狽えて、なんとなく丹恒の後頭部を手ぐしで整えるように撫でていると、胸の上でくつりと笑う気配がした。
「すまない。また困らせているな」
「う、」
「だがお前が俺の事で困っているのを見ると……気分がいいんだ」
ふ、と丹恒が私を見上げる。いつもと違う瞳。目元のお化粧のような赤色。左耳の耳飾り。長い髪。綺麗な角。
そのどれもが超常的な美しさで私の前で輝く。
「心臓の鼓動が早いな」
嬉しげにそう言う彼に、私はいよいよ困り果てた。
「い、意地悪しないで……」
「意地悪? 俺の求愛の仕方は嫌か?」
「きゅ……っ! もう、わざとからかってるでしょう」
「お前が困っているときは、俺の事しか考えていない時だと分かったからな」
相変わらず私の胸の上で幸せそうに微笑んでいる美丈夫に、どんな反抗ができるというのだろう。仕方がないから、嬉しそうな彼の前で、彼の髪の毛がとぅるとぅるになるまでブラッシングしてやった。
2026/02/17 UP
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