一閃プロバビリティ

 一瞬の煌めきだ。
 それを上手く掴めた奴だけが成功できる。

 仕事も恋愛も、戦闘も――……犯罪でさえ。

 何事にも『成功の瞬間』というものが用意されている。
 特に生き物相手ならば尚のことそうだ。

 例えばそれは、ゲームで言うところの乱数調整。
 難点と言えば、現実でゲームのようなトライアンドエラーを繰り返すことができないところだろうか。

 この力だけで違法なことも乗り切ってきた。

 けれど、ある日突然俺の人生は一変した。
 簡単な話だ。
 世の中には、俺よりもずっと努力ができて、俺のように成功を掴める奴がいた。
 それだけの、簡単な理屈だった。


******


 新エリー都は夜も眩しい。だからこそより影は暗くなる。
 その闇に紛れながら暮らすのは、荒野なんかよりよっぽど性に合っている。嘘くさいネオンの光に寄ってくるのは蝶や鳥じゃない。蛾だ。

 最初自分の力を自覚したときは興奮した。
 何かのタイミングで瞬きをすれば瞼の裏でちかちかと光が明滅する。
 複数回のこともあれば、一回だけのこともある。
 それが『チャンス』なんだと気づくまでに時間は掛からなかった。
 この力があれば他の奴らを出し抜けると思ったし、上手くやれると思った。

 けれど、そんな慢心はすぐに打ち砕かれる。

 狩りが上手い動物は、狩る瞬間だけをただ待っているわけじゃない。
 狩りを成功させるための努力が必要だ。その上で一瞬の成功を掴み取れなくてはいけない。

 そうなると自分より努力の才能を持つ奴はわんさといるわけで。
 生憎そっちの才能がなかった俺は、小手先で小狡いことをするようになった。

 エーテル適性はそこそこ高かったため、ホロウにこっそり入って物資を見繕ったり。
 ホロウレイダーの別グループをぶつけて漁夫の利を狙ったり。
 自分一人を生かすだけなら、そこまでの金は掛からない。ジャンク品を売りさばいたり、ちょっと危険な物品の取引でもやればいい。
 金に困らなくなると、今度は情報屋まがいのことにも手を出した。プロキシ業って奴だ。
 ただ、これは直ぐに性に合わなくて止めた。ホロウレイダーをカモって巻き上げる報酬に比べれば微々たるものだったし、何より他人のサポートをするって言うのにまるで向いてなかった。

 それで、やっぱり落伍者を相手にしようと――虫が騒いだのが運の尽き。
 『ここだ!』って感覚が一切感じられないまま、俺はホロウの中で一人の男に組み敷かれていたのだった。

 当然、色気があるはずもなく。

「ぐっ……!」
「諦めていただきましょうか。こちらとしても、暴れたり逃げようとしなければ必要以上に痛めつけるつもりはございませんので」

 慇懃無礼で小綺麗なオオカミのシリオン。
 ホロウに入ってまで逃げたってのに追いかけられて、すぐに追いつかれてこのざまだ。

「私の雇い主が、あなたの力を求めています。その力を正しく使って頂ければ、治安局に引き渡すこともしないと」
「はっ……それを、どうやって信じろってんだ……?」

 地べたに押しつけられて胸が痛い。
 もう少しでも力を込められてしまえば、どこかの関節が酷い音を立てて逝ってしまいそうだった。
 かといって、このままじっとされてたら腱が伸びそうだ。
 どちらにしても無傷とはいかない。

「当然の疑問ですね。では、こういう言い方はいかがですか?
 『合意に至らなければ、思う存分罪を償っていただきます。今まであなたが行ってきた違法行為全てについて、裁く用意はできておりますので』」
「……っ、ほんと、かよ」
「ええ。大変腕のいいプロキシ様とご縁がありまして」

 オオカミのシリオンの言葉は嘘じゃないんだろう。
 実際、ホロウの中で迷わずに俺を追いかけられるなんて並のプロキシじゃ無理だ。
 微かにでも感じる『成功の感覚』を頼りに行動する俺に勝てるのは、優れた奴が徒党を組んだときだけだ。

「っ……『パエトーン』か」

 伝説と呼ばれる、とんでもなくやり手のプロキシ。今までやってきた仕事で唯一撒くのに手こずった相手だ。
 しっかりした人脈がある所為か、半端な依頼はしない。顔も見せない。ただ、インターノットのスレで困ってる奴がいたら手を出すことがある。恐らく、俺と正反対の性質。
 誰かと組んで力を発揮する、優秀な奴。

『やあ、どうも。久しぶりだね――【フィアト・ルクス】』
「! まさか、本当に……?」

 インターノットのアカウント名を迷いなく口にされ、ざわと肌が粟立つ。
 俺だって、顔をさらすような下手を打ったことはない。

『君のやり口は素晴らしかった。だからどうやっているのか、とても気になってしまってね』
「そんな折り、あなたとの接触を目指していた私どもと意気投合したのです」
「……」

 ふ、と力を抜く。
 俺の能力だって、プロキシの適性はあったんだ。でも俺の個性とは合わなかった。
 悔しい。結局努力できるヤツは強い。誰かと手を組める奴もだ。経験に裏打ちされた能力は限界まで伸ばしていける。最初から上がりようがない俺の力と違って。
 俺は俺の力だけを信じてここまで来た。だからボンプでさえ連れ歩く意味がなかった。

「応じる。応じるよ。だからもうちょっと楽な姿勢にさせてくれ。縛ってでもいいからさ」

 言うや否や、強い力で体勢が変わる。立たされ、後ろ手に拘束されたが、胸を圧迫されるよりは随分とマシだ。

「申し訳ありませんが、あなたの能力を鑑みて、しばらくの間、拘束を解くことは致しかねます」
「はいはい。……念のため聞くが、この交渉に応じれば俺はブタ箱にブチ込まれずに済むんだな?」
「はい」

 目を閉じる。
 一等星なんかよりももっと強い光が瞬いた。――なら、どうするかなんて決まってる。

「了解。アンタらの首輪をつける」

 短いやりとりの末、子細を詰めるべくオオカミのシリオンが用意したというタコ部屋に数日間軟禁された。が、その部屋を出る頃には、俺の身分はヴィクトリア家政預かりの、いち新エリー都市民になっていた。

「改めまして、私は家事代行サービス『ヴィクトリア家政』の責任者を務めております。フォン・ライカンと申します」
「……風見リツ。フリーのプロキシもどき兼、ホロウレイダー。……えっと、よろしく?」
「はい。よろしくお願いいたします。では早速ですが、あなたにはしばらくの間研修を受けていただきます。研修期間中も無休ではありませんから、生活に困るようなことはないとお約束いたします。さしあたってヴィクトリア家政の制服の採寸から行いましょうか」
「ハァ」

 言って、採寸用のメジャーが出てきたところで嫌な予感がした。

「なあ、アンタ男だよな?」
「ええ」
「俺、女」
「……。なんと」

 絶句するオオカミ……ライカンに、やっぱりなとため息が出る。

「いーよ別に。男に見られた方が都合が良いこと多いからさ。ただまあ、採寸は同性の方がお互いいいんじゃねえの」
「……こほん。勿論です。少しお待ちいただいても?」
「うん」

 言って、ライカンがスマホを弄る。程なくしてにっこり笑顔のお姉さんが来て、制服のサイズはすんなりと決まった。
 スカートが無理すぎると言ったら、ライカンに近い執事服って奴を仕立ててくれるらしい。
 両手放しで喜んだが、家事代行サービスとしての研修は落ちた。
 ま、努力の才能がない奴が受かるわけねえよな。こればっかりは瞼が光るとかどうとか以前の話なんだからさ。

2025/11/02 UP

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