チョコレート・ミニアチュール
ライト
若い子達の間ではチョコレートを送って告白をする日、らしい。学校も学年が上がってクラス分けがあったり、入学や卒業で一気に生活が変わる時期が近いから、そういう習慣ができたのだろう。
しかし、そう言ったイベントは今をときめく子達からすれば一気に楽しむ口実に成り果てる。
友達に、家族に。お店もこの時期は色んなラッピングのチョコレートを売り出すものだから、誰も彼もがチョコを楽しむ日と化していた。
そんな私もまた、ルミナモールの催事スペースで、色んなブランドが様々な価格帯でチョコを用意するのを眺めていた。
赤く敷き詰められた天鵞絨の布が、郊外の彼を思わせて目を惹かれてしまったのが運の尽き。
気づけば吸い寄せられて、あれやこれやとチョコを買い込んでいたのだった。
『――そんなわけで、バーニス。チョコに合うお酒はあるかしら』
『あるよ~』
事前にノックノックで都合を聞いて、お酒を飲むつもりだったから一泊する旨を伝えて。
郊外の走り屋・カリュドーンの子たちの現役メンバーはその殆どが女の子たちだ。甘いものも嫌いではないだろうとチョコを手土産に車で向かうと、そこで待ち構えていたのは唯一の男であるライトだった。
「珍しくコッチに来たかと思ったら、可愛い恋人ほっぽって大将たちとパーティとは」
「う……」
「それで? 俺は愛しのハニーから何がもらえるんだ?」
「え、知ってたの?」
「……」
ライトがサングラスの向こうで目を丸くする。
「あ、えっと、ほら、これは都会の流行だし、郊外じゃあんまり馴染みがないかなって。それにライトは今でもモテるんだし、若い子たちからはいっぱいもらったでしょ? 全部食べるのは大変……」
「俺はあんたからのを全部欲しいんだが」
「……それは、……でも、カロリーも凄いし……」
どうしてだかライトの目が恨めしそうに見えてくるから不思議だ。
無言の圧に、私ははぁ、と息をついた。
助手席から紙袋を引っ張り出す。ライトの前に突き出すと、殆ど反射のように受け取ってくれた。
「こいつは……」
「それ全部チョコ。……本当に食べるの? 賞味期限もあるし、そもそもチョコって甘い以外に油分も多いわよ……?」
流石に予想のものよりも多かったのだろう。言葉を選んでいるライトを見て苦笑が漏れた。
シーザー達と食べる想定だったから、食べ比べができる体験重視のチョコをたくさん買ったのだ。
無理だろうけど、気持ちとしては全部欲しいというのは嘘ではないのだろう。
いじらしくねだってくれた可愛い恋人に、私は紙袋の中から一箱取り出すと、その一箱を彼の胸に押しつけた。代わりに、紙袋を引き取る。
「そっちは色んな味とお酒が入ってる奴。全部一つずつしかないから、一緒に半分ずつ食べてくれる?」
「……ああ、分かった」
困惑と躊躇いの目が喜色に染まる。赤いマフラーに口元を埋めて隠しているけれど、隠す直前、口元に笑みが乗っているのは見えていた。
昔よりもずっと目を離していたくなくなった彼の腕を片手で抱きしめて、シーザー達の所まで案内を頼む。……ブレイズウッドで一泊すると伝えたのに、当然のようにライトの家を宛がわれて甘い夜を過ごすことになったのは……予想してなかった私が悪いのかも知れない。
***ライトはチョコレートを臆面もなくせがめるのが強いと思います
ライカン
ささやかな品としてチョコレートを、とは思ったものの、お菓子作りと言うものは普段食卓に並べるおかずなどの料理と比べて遙かに難しい。本格的なものをいきなり作るのは現実的でなく、無難な手作りチョコ――製菓用のチョコを溶かして型に流し入れて、ちょっとしたトッピングをしたものだ――を、彼は喜んで受け取ってくれたけれど。
イベントにかこつけてチョコを送るより、自分の得意な料理を振舞った方がよかったのではないかしら、と悩む私を知ってか知らずか、ライカンさんからお礼にと言われてつれて行かれたのは、雰囲気のいい喫茶店だった。
いや、喫茶店という感じではない。殆どバーだった。大きな窓から入ってくる太陽光のせいで薄れているが、足元を照らすライティングや間接照明の数、そしてカウンターにずらりと並んだお酒の瓶の数々がそれを物語っていた。
カフェメニューにも対応できるため、昼間は喫茶店寄りの営業をしているらしい。甘味の種類も豊富で、美味しい紅茶とケーキをいただいた。
ヴィクトリア家政で培われた技術ならば、ライカンさん本人も負けず劣らずのサービスも可能だっただろうけれど、私が気を使ってしまうならと彼はしばしばこうしてデートに連れて行ってくれる。本当のところは、私がまだ二人きりの部屋に対して緊張して、遠慮してしまうからなのだけど。
けれどそれもまた困ることが増えた。彼が連れて行ってくれる場所は大体とても居心地がよいからだ。
今回のお店も高いビルの上の方の階で、窓際の席を押さえてくれていた。革張りのソファは窓へと向けられていて、肩を並べて座ることができる。パーティションで区切られているため、席に座る客同士の目線はカットできるが、店員からはある程度客の様子が分かると言った、工夫が凝らされた店内。
ライカンさんのふわふわの尻尾が私の後ろを通って、脇を固めていた。彼の尻尾の収まりを気にした私が提案したのだけど、これは良くなかった。
気持ち良すぎるのだ。ふわふわが。
店内の心地が良くて、彼の尻尾が気持ち良くて。
本当に、失礼だとは思いつつも、温かくて、眠たくて眠たくて。
いつもライカンさんとデートだと思うと緊張してしまうのだけど、その糸が切れたように抗いがたい眠気が瞼の上で徐々に重くなって困る。
「どうかしましたか」
「いえ……あの、すみませんライカンさん、そろそろ……お店を出ませんか」
「なにかありましたか」
本当に眠ってしまうよりもいいだろうと思って提案すると、ライカンさんが目を丸くする。当然だ。今日はここに来てゆっくりお話しする。その予定しかなかったのだから。
まだまだ寒い日が続いている。だからこそ彼は外ではなく中で過ごせるように手配してくれたのに。
けれど、今の私には寒い風に吹かれながらポート・エルピスを歩くくらいが丁度いい。
気遣ってくれる彼に嘘をつくのは躊躇われた。
「いえ、その……心地が良すぎて困っていると言いますか……ご、ごめんなさい。美味しいものをいただいて安心してしまったのか、凄く眠たくなってしまって。眠気覚ましにどこか外を歩くのはどうかと」
仕方がなく白状した私に、ライカンさんはふむと考える素振りをして、それからふと目元を緩めた。
「……では、いっそのこと、もっとゆっくりできる場所に行きましょうか」
「え?」
「これより上はホテルになっておりまして。そこならば暖かいですし、気兼ねなくゆっくりとできますから」
ぽ、と私の頬に火が灯るのを感じる。
それって、それって、……それって?!
「貴女様がお望みとあらば、このライカン、明日の朝ご自宅へお送りするまで側にいますが……どちらがお好みですか?」
判断を委ねてくるライカンさんに、眠気なんて吹き飛んで一気に思考が固まってしまう。
彼の尻尾がふわふわと私を撫でるように動く。きっとホテルに行けば、この尻尾を優しく抱きしめることも許してくれるのだろう。
こくりと飲んだ固唾は、妙に大きく聞こえた。
***翌朝起きたら指輪がはまってたり部屋に薔薇の花束が届いてたりしそう(偏見)
ジンジャー
「ジンジャーくんってチョコ食べれる?」
「はぁ……食べれるけど」
「やった! じゃあじゃあ、今日のお茶請けはチョコレートね!」
ジンジャーくんが珍しくお仕事がお休みで、新エリー都の方まで来られるというから私の部屋に招待した。初めてではないけれど、ジンジャーくんに淹れてもらうお茶の方が美味しいので、自然とお茶はジンジャーくんが、お茶請けは私が用意するようになった。
今日はチョコレート。なぜなら女も男も意中の相手にチョコを送って、告白したりする時期だからだ。最近じゃ感謝を伝えたり、友達とチョコを交換したりもするらしいけど。
昔から縁遠いイベントだなあと思っていたけれど、それはそれとしてこの時期は多種多様なチョコレートがずらりと催事場に並ぶ。いつもそれを楽しみにして、シーズンの間にいくつか買っておくのだ。
「チョコねえ……ああ、そういやそんな時期だったな」
「衛非地区の方でもメジャーなイベントなの?」
「飲茶仙の客がよく騒いでるな」
「ああ……あそこ若い子も多いもんね」
ローテーブルにチョコの箱を並べて、一番気になっていたものから封を切っていく。中に甘い果実のジャムが入ったもので、パンの上に乗せて、焼いて溶かして食べても美味しいらしい。私は普通に食べる派なんだけど。
お茶を淹れてくれたジンジャーくんが私の隣に座る。ラグの上に直座りする私に合わせてくれるのが嬉しくて、ぴとっと肩をくっつけた。
「これ、一粒500ディニーのチョコ」
「はあ? そんな手間が掛かってんのか……どっか有名なブランド?」
「有名なパティスリーのとこがこの時期だけ出してるやつ」
「ああ、あそこか」
なるほどね、と私が持つ箱の中身を眺めながらジンジャーくんが納得したように頷いた。うーん、お菓子のブランドまで押さえているのは流石。
「ねえ、知ってる? 旧文明時代の中でもかなり古い時代、カカオは飲み物として上流階級に親しまれていて、媚薬扱いもされていたんだって」
「へえ」
「苦みのあるものだから、蜂蜜とかと混ぜていたみたい。後世で今みたいな固形チョコレートが出てきて、甘いものが主流になったんだとか」
すり、と肩をずらして、ジンジャーくんの方へ頭を傾ける。彼も調子を合わせるように、私の頭にすりすりとこめかみ辺りを押しつけてくれる。その腕に自分の腕を絡めて、箱をテーブルに置く。
一粒を摘まんで、彼の口元へ。
ジンジャーくんはどこか視線に躊躇いを乗せたのも束の間、そっと唇を開けてくれた。
そこに、私の唇を押し当てて、チョコに歯を当てて砕きながら押し込んだ。
「……っ、ちょ、っと」
「ん、」
駄目押しに、絡めていた腕に力を込めてもっとあからさまに胸を押し当てる。チョコでべたついた唇を丁寧に舐め取ると、真っ赤になった彼が眼鏡を外した。
「あんたの誘い方はいっつもギア上げるのが早いんだよ」
「いや?」
「……だったらそもそも部屋に来てない」
黙って、と彼の方から唇を塞がれて、私は力を抜いて目を閉じた。
あ、まだお茶飲んでないや。
***常識人は振り回される運命なのであった。
狛野
「はい、アオくん、ツキちゃん」
「わあい!」
「やったあ!」
狛野くんのお家でご飯をいただいて、食後のプレゼントにチョコレートを出した。子どもの口でも食べやすいサイズだけど、ちゃんとこの時期にしか売ってない催事コーナーで選んだものだ。
アカデミー生達の間では、チョコを好きな人に渡して告白、みたいなこともあるらしいけれど、普段の感謝を込めて花を贈ったりもする。
「こっちは狛野くんのね」
「あー! ずるい! おっきい!」
「狛野くんは身体も大きいし、お兄さんだからね」
非難の声を上げるアオくんと、何やらイイ笑顔のツキちゃんの対比に苦笑する。女の子はおませだなあ。
「すんません」
「やだ、そんな謝らないでよ。狛野くんにはいつもお世話になってるし、ほんの気持ちだけど」
「いや、嬉しいッス。大事に食べますね」
はにかむ狛野くんは、私が渡した既製品のチョコに嬉しそうに目を落とした。……正直、料理系は狛野くんの方が上手い。お菓子作りは分量とかがかなりシビアだし、私は早々に手作りを渡すことを諦めていた。
それでも、こんなに柔らかく目を細めて嬉しそうにしてくれるなら、用意してよかったと思う。
「ってか、オレからはなんも用意してねえんスけど」
「美味しいご飯、いつもありがとう」
「……ッス」
照れくさそうにする狛野くんは誤魔化すように包装紙に包まれたチョコを軽く掲げた。
「ねえねえ、今食べてもいい?」
「いいよ。後で歯磨きしようね」
「はーい!」
いいお返事をする子ども二人に、ホットミルクでも作ろうかと立ち上がる。
と、狛野くんが着いてきてくれた。
「飲み物ッスね」
「うん。二人にホットミルクはどうかと思って」
「イイと思います。オレらは何にします?」
「私はお茶でいいかなあ。あ、狛野くんも今食べる? それにあわせて飲み物を……」
「いや、オレは後で……。その、味わって食いてえし」
「……ありがとう。そんなに喜んでくれるなんて思ってなくて」
来年、もしまだ一緒にいられるなら、溶かして固めただけであっても手作りにしてみよう。
静かに決めて、電子レンジに子供用のマグカップを入れる。
子ども達がチョコにはしゃぐ声を遮るように、狛野くんが側に立った。
「? どうし、」
上を向きながらどうしたのか尋ねる前に、狛野くんが屈むのが分かって口を閉じる。予想に違わず唇に当たる柔らかな熱に、私からもちゅ、と吸い付いた。
「……急にすんません」
「ふふ、狛野くんてば謝ってばっかりだよ」
ぎゅ、と彼の腰に手を回すと、おずおずと彼の腕が回される。
あ! とアオくんの声が聞こえたけど、すぐにツキちゃんに塞がれたのか、くぐもった声がもごもごと響く。
思わず狛野くんの胸に向かってくつくつと笑ってしまった。
「見つかっちゃったね」
狛野くんを見上げてそういうと、熱を持て余したような困った顔で笑われる。
電子レンジがちん! と鳴った。
***狛野くんある日突然ほぼ接点ないアカデミー女子から本命チョコ渡されて首傾げながら受け取るけど柚葉からそれほぼ告白だよって教えられて動揺して欲しさがある。
照
「はい、これ」
俺の部屋。
ぽす、とザオから渡されたのは、いかにも高級店がやりそうなブランドの光る小さい紙袋だった。光沢のあるボルドーの紙に、金色でなにやらロゴが印字されている。手提げは細かく編まれた紐で、中には同じボルドー色でラッピングされた何かが入っていた。
「開けても?」
「いいよお」
許可を得て袋から取り出す。袋に対して箱はぴったりと収まっていて、多分商品のサイズごとに紙袋のサイズも違うんだろうなーって感じだった。
包装を剥がしても、当然のように値札はない。というか、ザオが値札のついた商品を俺に寄越してきたことはない。随分前から俺は彼女から渡されるものがいくらするのかを考えるのを止めている。一度調べて腰を抜かしそうになって以来、無心で受け取るようにしている。
だって彼女からもらったものが高価であればあるほど、売ったらどうなるのかとか、それよりもキャッシュで欲しいとか、そういう気持ちが少しでも湧きそうで怖いのだ。俺は凡俗なので、得難い生活をしていることに慣れたらいよいよガチのクズになってしまう。実際ホロウレイダーなんてものをしていたわけで。
――とにかく、だ。
ザオがくれたのはどうやらチョコレートらしかった。箱の中には綺麗にビニールで封をされた、オシャレな板チョコみたいなのが入っていた。
「あ、これ……なんか最近ショート動画でよく見るヤツ」
なにチョコだっけ。なんか、中にピスタチオとなんかよく分かんねえ食材を混ぜたヤツが入ってて、すんげえ高くて、ぱりぱり? 食感がイイとかなんとか。
俺がそういうと、ザオは頷いた。
「そうだよお。キミにあげるね」
「……いいんですか?」
「ザオちゃんね、最近お友達に言われたんだあ。誰かに何かをあげたい、してあげたいって思ったら、対価のことは一旦置いておいて、やってみたら? って」
「へえ~。なんかザオの人間関係にしちゃ随分ウェットっつーか……手緩そうな発言スね」
「ふふっ」
何が楽しいのか、彼女はクスクスと笑った。う~ん、日に日に可愛さと綺麗さに磨きが掛かってる気がするな。本命ができたとかか?
「自分のやりたいようにやるのも大事だよ、だって」
「その人?」
「ウン」
「まあ、俺もそれには同意しますけど」
ちらりと彼女が俺を見る。すこしもじもじして、目線がすぐに下がる。そうすると急に物憂げになるからドキドキするんだけど、まあ気づいてないだろうな。
「キミもそうしてるの?」
「そうですね。俺がザオになにかしたところで、あんたはもっといいモンもサービスも知ってるし、簡単に手を伸ばせるわけで……だから、料理とか、今更勉強してるのとかも、まあ俺の自己満足っつーか」
そういうと、ザオは目を見開いて、ぱちぱちと瞬かせた。それから、急にご機嫌そうににっこりと笑って。
「フゥン。そっか」
そう言って、俺がチョコレートをかじるのを楽しげに見ていた。
……え? これ女心分かんないと点数もらえないやつ? 黙ってるのが正解か?
「美味いですね。チョコはすぐ溶けますけど、やっぱ中身のザクザク食感が残るんで、なんかすげえ丁寧に作られたチョコスナックみたいな」
「ザクザクなのは小麦粉で作られたカダイフって麺だよお」
「物知りッスね」
「ウーン。流石によく知らないものをキミにあげるのはどうかと思って」
わざわざ調べてくれたのか。やっぱ仕事ができるやつってのはそういう所までできちまうんだなあ。
「俺はいつもなんとなく良さそうだなくらいで選びますけど」
「イイんじゃない? キミが『良い』と思ったなら、なにも問題ないよお」
そう言って、ザオは目を細めた。そういうもんかな。まあ本人が言うんだからそういうもんなんだろう。
俺は納得すると、チョコをバキッと適当な大きさに割って、ザオの口元へ運んだ。
きょとんとしていた顔はすぐに「あーん」に変わり、小さな口がチョコをぽりぽりと食べていく。少し口元に溶けたチョコを、やっぱり小さな舌が舐め取った。……俺の指まで丁寧にペロペロとなめられる。うーん。エロい。今日は俺から仕掛けても良いヤツかな。
試しにそっと彼女の口の中にある人差し指で舌を押さえつけると、満足そうな目を寄越された。ではでは、一つ仕事と参りますか。
***気持ちなんて不確かなもの、欲しがったって手に入らないと知っている男はまだ何も分かってない。
2026/02/14 UP
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