おまけ・一週間後

 突然色男に迫られたからと言って、私の週末は変わらない。
 都会の喧噪を離れ、寂れた郊外をひた走る先。彼女と彼女の酒を求めてふらりとブレイズウッドまでたどり着く。誘蛾灯に惹かれる蛾のように、ふらふらとトラックの後ろを改造したバーへと吸い寄せられていく。

 そこに先客がいて、やっぱり圧もなく静かに佇んでいるのに気づいても、私はゆっくりといつもの席へと陣取った。――そう、いつもの位置だ。ライトさんが先に私のいつもの席の隣に腰掛けているだけ。別に、彼の隣に座ろうと思ってそうしたわけじゃない。身体がいつもの動きをしただけだ。

「お、来たのか」

 意外そうな声に、バーニスに声を掛けるより先に、彼に視線を落としてしまう。
 しまった、と言う気持ちと、とはいえ彼を無視することはできないという理性がぎゅんぎゅんとかけっこを始める。

「バーニスのお酒を避ける理由なんてないので」
「ほほう、強い女は好きだな」
「くっ……」

 恥ずかしげもなくぶつけられる言葉に顔が赤くなる。
 止められない。取り繕うこともできない私に、ライトさんは容赦がなかった。

「ああでも、あんたに関しちゃ、朝まで離しがたいほど柔いところもいい」
「~~っ! へ、ヘンな言い方しないでください!」
「何故だ? 実際、そうだっただろ?」

 まるで身体の関係があるみたいな言い方なのがダメなんだってば!
 声を張りたい気持ちをこらえる。
 そう。どうにかなるんじゃないかなんて私の純情を弄んで、この人は私を抱き枕に朝までぐーすか寝たのだ。
 筋肉がすごかった。熱かったし、重かった。……なにより、嫌じゃないどころかロマンスを期待していた自分に涙が出た。

 次の朝、つっけんどんな態度をとった私に「誤解されちゃ困る」とか言って優しく拘束されて耳たぶを唇ではむはむされて。「手を出さなかったのは、そんだけあんたに真剣だからさ」なんて囁かれて。すっかりその気にさせられましたとも。ええ。
 だから、アプローチされてるのは嫌でも理解している。
 全ッ然嫌じゃないどころか、ドキドキして振り回されて、ふわふわした感覚になってしまって、そのことに戸惑って。まともな返事は何もできてないけれど。
 それでもライトさんが変わらない距離――かなりぐいぐいと来られてはいるものの、キスやその先まではまだだ――で接してくれるから、なんならめちゃくちゃ安心した上で意識しまくっている。
 これも計算尽くなら、もう逃げ場なんてない。そう観念し始めているほどに。

「あんたの可愛い反応が見たくてつい、な」
「うぐっ……」

 余裕の笑みを浮かべながら、ライトさんが頬杖をつく。サマになる人だ。きっとモテるだろうに。

アカリちゃんは結構ベタでも刺さっちゃうんだね~」
「トドメを刺さないでもらえるかな? っていうか、普通に暮らしててこんなマジの口説きを浴びることなんてないからね?」
「じゃあ良かったね! 前に『ここにはロマンを求めてきてるみたいなトコある』って言ってたもんね!」
「ほう。ロマン」
「ふぐぅ……っ」

 誰しも憧れるシチュエーションはあるものだ。そのはずだ。
 何も恥じる必要などないのに、私は気づけばライトさんの表情をうかがい見てしまっていた。
 一瞬でも、笑われないか不安だったのだ。

「ロマンかどうかは分からんが……ロマンスの相手が俺じゃ、不足か?」
「キュッ」

 不安は一瞬で消し飛び、代わりに向けられた甘い笑みと声に喉から変な声が出る。

「あはっ アカリちゃん凄い音でたね」

 バーニスがケラケラ笑いながら出してくれたビールに助けを求めて手を伸ばす。勢いのままジョッキを傾けると、綺麗な夜空の星がチカチカと光っているのが見えた。

おまけ・お迎えナイト

『今日は来ないのか?』
『あー、それが……急遽飲み会につかまりまして。ソフドリでなんとか凌いで、終わったらそっちに行くつもりではあるんですけど、バーニスのお酒は飲めないかもです』
『分かった。どこで飲んでる?』
『ルミナスクエアの……』

 ノックノックでそんなやりとりをして一時間ほど経っただろうか。もうバーニスは寝ちゃったかもなあ、としょんぼりしながら烏龍茶を片手に唐揚げをつまんでいると、突如個室の暖簾を突き破って、ぬっと大男が現れた。

「よお。迎えに来た」
「へっ!? ライトさん、なんで」
「ぼちぼち終わる頃かと思ってな」

 しれっとした言葉に、まあ確かに日付は既に変わっているけれどと時計を確認する。

「おっ、アカリさん彼氏ッスか~?」
「えーっ! いつの間に? いいな~」

 同僚の声が刺さる。顔が赤くなるのを止められず、どう返したものかと逡巡している間に、ライトさんが私のカバンをひょいと持ち上げていた。

「すまんが、週末の時間はいつも俺が貰ってる。……ま、そういうことだ、な」
「あ、う、じゃ、じゃあ、失礼します」
「はーい! 今週もお疲れぇ!」
「次出勤したとき話聞かせてよね~!」

 賑やかな声に背を押されるようにして店を出る。
 店内の熱気とは打って変わって、涼しい風にほっと息をついた。

「あんた、今日、車はどうした?」
「ああ、今日は飲み会に誘われたので、会社に置いてます。一旦戻って――」
「いや、いい。このまま俺の後ろに乗れ」
「えっ、でも……」
「その方が、あんたと一緒に居る時間が増える。だろ?」

 ライトさんの口角が上がる。
 ……本当に、この人は私の心を揺さぶるのが上手い。

おまけ・チャンピオンのオンナ

「へえ、チャンピオンって大変なんですね……」
「まあな。だが、必要なことだ。街の方だって、人が嫌がる仕事、肉体的にも精神的にも辛い仕事ってのがあるだろ? それとそこまで違いはないさ」
「そうなんだ……。でも、因縁がどうのって話聞きましたよ」
「……どいつが言ってた?」
「え? あの六分街のビデオ屋さんの店長さんなんですけど……なんだったかな? 確かルーシーがビデオ屋さんでお客さんを捌いてるのに出くわして、ライトさんもあそこで販促を手伝ったりすることがあるって知ってびっくりして……それで店長さんと話をして……」
「ああ、なるほどな」
「それで、チャンピオンと仲が良いのは一長一短があるねって話になったんです」
「なるほど。安心していい。俺の目の黒いうちは、あんたも守り切る」
「は、はい」
「ただまあ、もし俺の事であんたに絡もうとする奴がいるってんなら……『身辺整理』にちょいと時間を貰うことになるな。
 なぁに。女の支度よりは早く終わるさ」

2025/10/26 UP

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