white lucian: after glass
「嬉しそうだね」
「そりゃあな」
六分街のビデオ屋のカウンターに立ちながら、ライトはアキラから頼まれたビデオの販促にいそしんでいた。
いつも選ばれるのは三作品。その時々で傾向は異なるが、ライトを慮ってかスプラッタ表現は控えめか、ない作品であることが多かった。
軽口を叩きながらネタバレは避け、男も女もその気にさせてレンタルにこぎ着ける。
毎回成功するわけではないものの、ライトとの会話を楽しみにしている客もいるらしく、そういう客は犬や猫がかわいそうな目にあうかどうかの基準を伝えるだけでも面白がって手に取っていく。
数時間の手伝いを終えてノックノックでメッセージを確認したライトは、機嫌良く口角をつり上げた。
バイト終わりに部屋へ行っても良いかというお伺いに、厳めしい顔つきのイノシシがマルの札を掲げているスタンプが返ってきていた。
「やったぜプロキシ。今日もオーケーだ」
「それはそれは」
バックルームのソファで足を組み、大きな身体を休ませていたライトの声は弾んでいる。アキラはHDDの前のチェアを転がすと、にっこりと笑った。
「僕も嬉しいよ、二人がまとまってくれて」
大の大人の追いかけっこに巻き込まれたのは偶然が積み重なった故のことだったが、いつも飄々とした態度のライトが積極的に助力を頼んでくる姿に目を丸くしたのは記憶に新しい。
『あいつはいつだって俺の前から【逃げる】【消える】って選択を取れちまう。前科持ちだからな。またそうならないように必死なのさ』
ライトなら自力でどうにかできるだろう、と最初にアキラが尋ねた際のライトの返答だ。
駆け引きもなにもあったものじゃない。包囲して、追い込んで、捕まえたチャンピオンは敵に回したくない人間であることは間違いなかった。
真摯に真っ直ぐに愛情をぶつけることは格好悪くも、変なことでもない。寧ろいつ災害で大切な人を失ってもおかしくない世の中だ。多少回り道をしたとは言え、後悔のないように動くことは当然とも言える。
それに、ライトの求愛を受ける彼女はいつだって満更でも無さそうだ。顔を真っ赤にして言葉に詰まっては、言葉よりも余程分かりやすい眼差しで困ったようにライトを見つめている。
恋しい人にああいう顔をされたら、そりゃあどんな娯楽よりも恋人が一番になるというものだ。そのくせ当の本人は一度姿を眩ましてみせたのだから、ライトの気持ちも分かってしまう。
それが今や、憚ることなく好きだと伝えられるのだから。
「ご機嫌なライトさんも最近ようやく見慣れたかな」
「好きな女の、心からの『好き』と『もっと』はどんなクスリよりキマるからな」
「おっと……今はいいけれど、リンの前では過激な言葉遣いは控えてもらうよ」
「勿論さ」
恋に浮かれる男はさっと立ち上がり、振り向きもせず片手をひらひらと振って歩き出す。
アキラはその背中にため息をつきつつも、笑顔でビデオ屋から見送った。
「さて、この後は夜遅くまで雨の予報だったけれど……ライトさんはともかく、彼女は分かった上で答えたんだろうか」
どちらにしても、恋人なのだからそんなことは些細な問題か。
アキラは頼まなくてもそれぞれに送られてくる近況に、またぞろどんな惚気が来るのやらともう一度息をついた。
******
男性用のピルについてよく知らなかったから、ある程度調べた。基本的には女性用のものと服用の仕方は変わらない。緊急避妊薬のように、その時のポイントで服用するタイプと、継続的に服用するタイプ。継続的なものはホルモンに影響するものとしないもの等々、基本的に精子の動きを抑制したり、数を抑えたりする効果がある。
気になったのは副作用のことだ。
「ねえ、ライト。やっぱりピルを飲むのは止めたら?」
再会後、ライトの部屋に誘われてから感じていたことだ。身体が何よりも重要なのに、いくら正規品で質がよいと言っても、健康を保つための服用でないのは気になるところで。
その点女性用のピルは男性用のものよりも種類も豊富で、古くからあるものだ。安全性もさることながら、重い月経で苦しんでいる女性の味方でもある。もちろん、避妊用に使うなら実費だけど、それでも女性を助けるものであることがまず前提にある。……副作用として現れた、服用初期の吐き気は、もう二度と味わいたくないけれど。
私の言葉に、ライトは目を丸くした後、どうしてだか機嫌良く私を抱きしめた。腕の中に囲った私を、甘い眼差しで見下ろしてくる。
「なんだ? 子作りのお誘いか?」
「ち、っが、」
なんでそうなるの。
と喉元まででかかった言葉を飲み込む。確かに、言い方が悪かったかも知れない。
「避妊するならゴムがあるじゃない」
「なんだ、そっちか」
むす、と分かりやすくライトの声が低くなる。……え? まさか、したいのかしら。子作りを? ライトが?
「ゴムを使うならローションも要るな」
「コスト的には下がるでしょ」
「一発で終わることの方が稀なのにか?」
「……それはまあ、確かにリスクではあるけど」
コンドームは基本的に一回射精したら交換するのがセオリーだ。耐久的には問題ないけれど、男性のナニのサイズが変動するからズレたり抜けたりすると一気にリスクは高まる。シリオン向けのコンドームも同じで、抜かずに何発もヤれるシリオンは勃起を維持できることが多く、やっぱり硬さや大きさが変動するヒト向けではない。
「百発百中で妊娠するわけで無し、俺はあんたが孕んでくれてもいいんだが」
「……そうなの?」
「まあでも、そうなるとあんたは今の仕事を辞めるか、完全リモートになる」
「ライト、世の中には産休というものがあるのだけど」
「おいおい、子どもまでこさえてもまだ俺と一緒になってくれないのか?」
拗ねたように唇を尖らせる男に、いい加減上を向いているのも怠くなって、頭を大きな胸板に預けた。すかさずつむじに彼の唇が落ちてくる。むにむにと頭皮を揉まないで。
「もうなってるでしょ」
「都会の奴らにゃ指輪で牽制もできるだろうが、あんたを指輪や戸籍程度で縛れるとは思ってない」
随分な自信のなさだ。
例えライトが目の前にいなくたって、ずっと彼ばかり好きだったという事実を忘れているのだろうか。
……そんなに、彼の前から一度姿を消したのがショックだった……?
「ライトが父親ねえ。あんまりイメージできないな」
「そりゃ、まだ父親じゃないからな。これからあんたと、あんたとの赤ん坊に、父親にしてもらうのさ」
「……決定なの?」
「あんたがその気になったらな」
それまで、じゃあ避妊方法は……と思いかけて、ハッと気づく。
もしかして、今決断を迫られているのかしら。
そろりとライトを見上げると、相変わらずの色男ぶりで私を見下ろしてくる。けれど、圧は感じない。それどころか、その目は再会したときのように少し揺れていて。
「私、いい母親になれるかしら」
「俺だって別に自信があるわけじゃないさ。母猫が一匹で子育てしてるところを見たことがあるが、どんな奴もただ必死なだけで、完璧なわけじゃないだろう」
不安があっても、それでも望んでくれるのか。私の時みたいに。
そう思ったら、ストンとなにか腑に落ちる感覚があった。
「ビッグ・ダディに挨拶しないと」
「なんて言うつもりだ?」
「……かわいい息子分を私にくださいって。それか、今をときめくカリュドーンの子のチャンピオンを誑かした責任を取らせてください、とか」
「そいつはいい」
くつくつと笑うから、私にもその揺れが伝わる。ライトが頭をかがめて、唇が近づく。
私からも彼の首に腕を回し目を閉じると、ちゅ、と優しく吸い付かれた。
2026/02/07 UP
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