À coups de cœur
あの日、タマキさんから言われた言葉がずっと耳に残ってる。
「狛野くんって、仕事が凄く真面目だよね。雑でもないし手を抜いてるわけでもない。かと言って変に丁寧にして効率悪いってこともないから、本当にすごいよ。私、その辺の力加減がド下手でさぁ。
いいな~、力仕事ってキツイけど割が良かったりするの多いから、アルバイトにもそんな困らなさそうだしさ」
タマキさん。インターンで行ったラマニアンホロウ内での作業中に出会った、オレとはちょっと年が離れている人。
見てくれで人から遠巻きにされることに凹んだこともあったオレにとっちゃ、ほぼ初対面でそこまで見てるヤツがいるなんて、全く思ってもいなかった。
その頃にはすっかり厳つい格好にも慣れちまってて、その上でオレのことを分かってくれるダチに感謝もしていた。
そういう意味でタマキさんは友達でもない、それまで接点もなかった大人の、しかも女で、オレにとってはある意味初めての出会いってヤツだった。
新エリー都で就職したものの、水があわなくて戻ってきたらしい。気づいたら、不思議な距離感で気安く話せる仲になってた。
誰かを怒ったり指導したりするのがとにかく苦手で、だったらずっと下っ端で人の指示で動く側の方がいいと、その方が気が楽なんだと教えてくれた。
そんな生活をするには、新エリー都より衛非地区の方がいいそうだ。隙間時間で御用聞きをしながら、日々の生活を送っているらしい。
食べ物や交換条件でもいいと知って、そわそわしつつも提案を持ちかけた。
「じゃあオレがバイトで家を空ける間、少しでいいんで弟妹の様子をみてもらったりとかできます? 手料理くらいしかお礼ができそうにねぇッスけど……」
「え! 狛野くんの手料理興味ある~! じゃあノックノック交換しておこうよ。ってか企業アカデミー通いだし就労日とかもあるでしょ? 今までそういう日はご近所さんに見てもらってた感じ? それまでのお付き合いもあるだろうし、そこに私が混ぜてもらう形からの方がカドが立たないんじゃない?」
快諾と共に交換した連絡先に、特別な嬉しさを感じた。
……その後、オレのテストの点数が振るわねぇのがバレて、勉強を見てもらうことになったのはまあ、ラッキーだったな。
そんでラマニアンホロウのインターンが終わった後も、何かと連絡とったり一緒にメシ食ってテレビ見て、たまに深夜にバイクで流して走ったりして……。
ああ、この人と居るとささくれだった気持ちとは無縁になる。ぽかぽかして居心地がいいんだって実感した時には、すっかり惚れちまってた。
街で見かけて声かけたら笑って手ぇ振ってくれんのがすげぇ嬉しくて、何度も繰り返してたら柚葉に見られちまったのは抜かったけどな。
おかげで何かあったら突かれちまう。まあ、嫌な絡み方じゃねぇし、応援されてんのは分かる。
だからその日も澄輝坪の真ん中でついタマキさんを探しちまって、散々からかわれてた。
しかもいつの間に把握したんだか、アイツの方が接点ない癖に先にタマキさんを見つけちまって、なんか妙に悔しかったんだよな。
その後オレが落ち込んでる風だったタマキさんに声を掛けたら、なんか色々と誤解があった上でイイ感じに丸く収まっちまって……次の日には「おめでと~!」なんて言われたもんだから、一瞬柚葉がセッティングしたのかとさえ思ったくらいだった。
でもまあ、タマキさんを送ったときにちょっとがっついちまったのまでは流石に知られてなかったしセーフだな。
タマキさんの一番近いところにオレがいるってことがすげぇ嬉しくて、今まで年の差をそのまま遠く感じていたのが嘘みてぇに欲が出ちまった。
……抱きしめたとき、すげぇ柔らかかったな……唇も。良い匂いもしたし、オレの背中に控えめに回した手がきゅって服を掴んできたのもかなりぐっときた。
舞い上がってたけど、急がねぇ方がよかったかもしれねぇ。あんな感触知っちまったら、気持ちよくて次は止められるか分かりゃしねぇ。
前も転けそうになってた所を支えたことあったけど、そん時ゃ何も思わなかった。
本当にタマキさんが特別なんだって思ったら、またそわそわしてきた。
「なに? 真斗。そわそわして……あっ、まさかもう手出したとか? うわ~ケダモノ~」
「ばっ、ちげぇよ。何想像してやがんだ」
「そういう真斗は何を想像したんだろうね?」
くすくすと笑いながら柚葉がこっちの様子を窺ってくる。
こういう時は変に否定するとマズイ。
「ちっ……いいだろ、少しくらい」
カレシなんて立場を手に入れて、浮かれてるのは分かってる。柚葉もそれ以上しつこく絡んでくるわけでもなかったから、甘ったるい想像が変に進むこともなかった。
予定ってほど大層なモンでもなかったのが狂ったのは、別に誰が悪かったわけでもねぇ。
柚葉と、つい最近仲間に加わったアリスの因縁にケリをつける時に、ちょっと一週間ほど休まねぇとマズイことになっちまって。
確かにバイトに穴開けたのは財布的にも厳しかったが、オレとしちゃあ、他にでけぇケガするヤツがいなかったってだけで充分なんだが……タマキさんにはしこたま泣かれちまって、流石に反省した。
心配されて嬉しかったって言ったら、タマキさんは泣きながら呆れてた。
そんでまだ五体満足なのを隅々まで確認された後、「よかった、よかった」って縋り付かれて、また泣かれた。
泣かせちまったのは悪ぃと思ってる。でも後悔はねぇ。次も似たような事がありゃ同じようにするだろう。もっと強くなって、泣くほど心配掛けるようなことにならなけりゃいいんだ。
反省したのはそこと、あとはもう一つ。
……タマキさんが、オレがケガしてる間また無茶しねぇか見張るっつって、泊まろうとするんだもんよ。
「なっ、あのなぁ、オレが前に言ったこと、忘れてねぇよな?」
「覚えてるよ。そんな酷い身体でできるものならやってみなさいよ。……狛野くんが動けないなら、私が動くし。お風呂入ったりするのも手伝うし、その、そういうのが溜まったら、私が上になればいいじゃん」
って。
オレの言葉を覚えてくれてたのも嬉しかったし、全部込み込みで言ってくれたってのも、オレにはたまんなかった。
そこまで言わせちまったんだ。それ以上拒否なんてできるわけなかった。
「んなでけぇ口叩いて……オレが回復したら分かってます?」
「……! わ、わかってる。上手くできるかは分かんないけど、とにかく、私も絶対に引かないからね!」
そんな風に鼻息荒く言うもんだから。
まあ、その後は良い思いもさせてもらったし、当然お返しもたっぷりした。学校は行けたし、家事だってできたのに座ってろって言われて、掃除も洗濯もしてもらって……至れり尽くせりでむず痒かったが、贅沢な一週間だった。
休み明けに朝早くからバイトを入れた話をしたらすげぇ呆れられちまったけど……。
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
「ああ。行ってきます」
玄関でアオとツキを起こさねぇように小さくしたそんな挨拶が、どれほどいいモンだったか。
それがあれば、日だまりの中にいるみてぇに身体がぽかぽかして、ほっとして、やる気が湧いてくる。それくらい好きな人からの言葉ってのはすげぇんだって。
背中に受ける太陽の熱は、いつもよりずっと気持ちよかった。
なんでか、すげぇ息がしやすかったんだ。
――いつか絶対ぇ、アンタの『行ってきます』が毎日欲しいんだって言えるように、頑張らねぇとな。
2025/10/23 UP
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