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 多分、惚れたのは初めて彼を『視た』時。
 それまでも、視界の中には入っていたはずだ。でも、意識はしてこなかった。
 初めて視たのは、確か個性派揃いの野球部に心底入れ込んでいる友達が、逐一私に教えてくれたのだ。その、野球部の面々を。
 よくもまあ、見事にキャラが重なり合わなかったことだ。
 日常でちょくちょく情報を耳にしていると、徐々に彼らのことを意識し、覚えるようになる。主に友達が言うのは実力のある人だけらしいけれど、それだけでもかなりの量になる。
 私はその野球部の、ある一人に入れ込んでいる。
 名を子津忠之介。
 とっても生真面目で一途な、今時居ないくらい古風で、そして男前な奴。
 友達に言わせるとあの個性派の中で唯一普通で、普通だけど逆に個性的に見えるというポジションらしい。
 けど私はそうは思わない。
 あんなに野球に惚れ込んで、努力の代名詞みたいな奴が、普通な訳がない。

 放課後、私は必ず子津のクラスに立ち寄る。既に日課になってしまっていて、初めの頃は付き合ってるのかとか色々聞かれたものの、今はそれもない。私はあっても良いけど子津が困るだろう。
 彼のクラスの中は、既に人は居なかった。そもそも、私のクラスのHRが長引いて遅れてしまったんだけど。
 でも彼も、教室の中にいた。
「やっほ、子津忠!今日もいい男だねェ」
「あ、前田さんどうもっす」
 ……。私が入れ込んだその日から子津を褒めちぎる所為か、声を掛けた時の反応は大分あっさりしたものになった。抵抗力が付いてきているらしい。それでも恐縮した様子なのは子津の謙虚な姿勢の表れで、同時に照れも完全には抜けない。寧ろ照れが完全に消えて、他人からの褒め言葉を冷静に流す子津は見たくない。個人的に。
 子津は女子と頻繁に喋る方ではないから(別に話せないことはない)、私はよく彼に声を掛ける。お陰で名前と顔を把握してくれるようになった。
「ダーリン、ウチ今日もダーリンのこと愛してるっちゃ!」
「……なんすか、それ」
 私のテンションについていけないらしい子津は、私の言葉に顔を真っ赤にしながら尋ねた。(かーわいいー)
「そう言う気分なの。子津忠は今日は部活無い訳?」
「あ、日直なんすよ」
「分かった、ペアの奴に仕事押しつけられたんでしょー。子津忠は良い奴だねェ」
 言うと、子津は違うっすよ、と否定した。
 私は次の言葉を予想して、子津が何か喋る前に口を開きながら、座っていた彼の側に寄った。
「子津忠は、イエスマンってワケじゃないモンね」
 次の言葉は多分、僕なんて、と自分を卑下する言葉か、誰かがやらなくちゃとか言う言葉だろう。子津は、愚痴は言わない。凄く凄いと思う。
「え……」
 ぼけっと私を見る子津に、笑う。彼の座る前の席に腰掛けて。
「子津のことは、見てるから。……大好き」
 ふふと笑うと。子津は思いきり顔を赤くした。さっきの比じゃない。かなり凄い。
「か、からかわないで下さいよ」
「別にからかってないよ。好きだし、尊敬してるよ?」
「ぁ……」
 子津は、本当にもう、これ以上ないまでに照れていた。でも、冗談で済ます訳にはいかない。彼には真摯な気持ちで向き合わないと、きっと分かってはくれないだろう。
「……手、貸して」
 言いながら、そっと彼の右手を取る。息を呑む気配がしたけど、気にしない。
 子津の手は凄く荒れている。ごつごつしているし、大きいし、肉刺(まめ)と言うか、ボールを沢山投げてきたんだろう。指先はとても硬くて、お世辞にも綺麗とは言えない。
 でも、この手は誇って良いものだと、思う。
 ふと子津の顔を見ると、彼は参ったように眉を下げて、まだ真っ赤な顔をして私を見ていた。僅かにその口が私の苗字を紡ぎ出す。
「本当。大好き」
 きゅ、と。
 子津の大きな手を両手で包んだ。私の手は、子津のような手ではないけれど。
 野球頑張ってね、なんて軽い言葉では言えない。
 子津は今まで十分に頑張って居るんだ。
 だから、そんな言葉は相応しくない。
「多分子津が、野球部のキャプテンが、野球LOVEってくらい。……別に、私の言葉に何か答える必要はないよ?ただ、私が子津のこと大好きって事は忘れないでね」


 あの後、やっぱり子津は困ったような顔をして私を見たまま、戸惑っていた。私は彼にいつものように声を掛けて教室を出た。悪いことをした気分になったけれど、私だって引く気はなかった。冗談じゃないから。
 ……でも、子津のことだから気にしなくても良いって言ったって無駄なんだろうなぁ……。彼のことだから拒絶はしないと思うけど。でも今彼は野球のことしか考えられないだろう。もうちょっとタイミングを考えれば良かったかな。
 ちょっと自分の部屋で悶々と考えていると、不意に携帯が鳴った。誰だろうと思ってディスプレイを開く。  送信者は不明。ただ、タイトルは子津の名前で。
 書き出しは、兎丸(以前に携帯番号とメールアドレスを交換していた)からアドレスを聞いてメールを送ったという旨からだった。頼み込んで教えて貰ったのだろう。兎丸も子津は信用出来ると思ったんだろう。私に確認のメールをしてこなかったのはそれと、何か子津に意図があったのか。多分両方だ。
『それで、今日のことなんすけど……。嬉しかったっす。』
 文字を目で追うと、そんな言葉が視界に入った。もしもを考えなかったわけじゃない。子津のことだから、今後の付き合いを断つという意味の拒絶がないか不安だったのも事実で。ひとまず安堵した。
『今日言った「野球LOVE」の意味は、有り難く受け取るっす。……僕も前田さんのこと好きっすよ。』
 心が躍る。彼の好きには力がある。そう思った。

 明日はなんて声を掛けよう?
 いっそ抱きしめて愛を叫んでやろうか。

 ああ、考えると夜も眠れない。

2006/01/07 : UP