幸せは感染します。
Girl's side
私の好きな人は武軍装戦高等学校に通っています。
顔にはそばかすがあって可愛いと思います。
前髪は長くて、一見目を見るのは容易ではありません。
彼も進んで見せようとしない人で、言うとやはり人と目を合わせるというか、視界から入ってくる人の視線が煩わしいそうなんです。
だから、彼の目を見るのは、私の特権です。
そっと彼の前髪を掻き分けて、ちょっと乱暴に目を逸らしつつ、そして同時に照れつつ、止めろと言って彼は私の手を掴みます。
でも私は知っているのです。
その手の力が酷く手加減されていて、私でさえ痛くないと、寧ろ強く掴まれた手から伝わる彼の体温を心地良く感じるほどで。
思わず笑ってしまうのです。
彼はすると、拗ねたようになに、と言います。
何でもないよと言っても、彼は不服そうに、でも私と目を合わせないまま黙り込みます。
そんな時私は心の中から溢れるようにして私自身さえ満たして行く思いを、言葉に乗せます。
その気持ちは凄く暖かくて、私は彼の手から伝わる体温を受け取って、胸元から作り出されて行くその暖を彼に知って欲しくて、彼に抱きつきます。
「すき」
「……分かんないな、お前は」
乱暴に言われた言葉は、でも、拒絶ではないのです。
証拠に彼は私を抱き返してくれます。
ぎゅ、と抱きしめられた身体は更に暖かくなって、彼に伝わるのです。
「あったかい」
「私も」
その時彼が笑ったような気がしました。吐息が僅か聞こえて、私もゆっくりと息を吐くのです。
とくとくと心臓の音が聞こえます。彼にも伝わっていると良いのにと思いながら、暫く二人でじっとしていると、彼の心音が少し響いて、また暖かくなります。
幸せで穏やかで。
彼は武軍装戦高等学校の生徒なのに、私は彼の優しいところばかりに目がいってしまいます。それは多分彼が私に優しいと言うことで、自意識過剰になっても良いと思うと言うことだと思うのです。
彼は人の目が気になって仕方なくて、だから余り人を見ません。
たまに斜めに構えた言葉を言います。
男の子らしいとは思います。でもたまに私も乱暴さに胸がちくりと痛むこともあります。
でも彼が私と一緒にいてくれて、抱きしめてくれると、そんなことは覚えているけれど、胸の痛みは直ぐに飛び立ってしまうのです。
彼は照れ屋さんで好きの言葉も余り出しません。
でも、私はそれでも良いのです。
私の言葉に彼が顔を赤くしたり笑ったり。拗ねたり怒ったりしてくれると嬉しいからです。私の言葉は彼にきちんと届いていると、そう思えるからです。
多分これから先道を分かつことがあるとしても、私は彼を好きなままでしょう。なんとなくだけれども、そう思うのです。少なくとも今は、そう言う気持ちです。
私が彼を好きだと言うことを、彼に分かっていて欲しいのです。
包み込んであげたいのです。彼の全てを。
無理という人もいるかも知れません。
でも私は私なりに、私が出来るところまでは、彼を愛したいのです。
彼を愛で包んで、私は愛おしいと思うから、やっぱりそれを噛みしめる時に、愛は大きくなるのかも知れません。
ぎゅうと私を包むこの暖かさは。
私と彼のそれで、こうしているとどれがどちらの熱なのかさえ分からなくなって、私は彼と一つになったような錯覚を覚えます。
「……悪ぃ、オレ我慢出来なくなってきた……」
ほうら。
なんてあなたは可愛い人。
Boy's side
オレの彼女は自分で言うのも何だけど、変な奴だ。と言うのは、その、まあオレは口が大概に悪い方で。分かっていながらもつい、ぽろりと相手を傷つける言葉を選ぶ奴で(それで後悔することがちょくちょくあるんだから本気で救えない)。まあ、有り体に言えば女子からはキラワレル”ガキ”だ(一応自分で分かっては居るんだぜ?)。
オレの彼女はオレのそう言うところにいちいち感情的になったりしなくて、正直本当に同い年なのか、たまに錯覚するときがある。むしゃくしゃしてたりするときオレが八つ当たり丸出しで酷い罵声を浴びせても、あいつは軽く流してしまえる奴だ。ただ、それで傷ついていないのかと言えば、そうじゃないことくらいはオレにも分かってるけど。
それでもオレのことを恥ずかしげも無く好きと言ってくるような、そう言う変わった奴であることに違いはない。未だにオレを苗字で呼ぶのも、あいつらしいと言えばあいつらしい。
「ちっス」
「あ、敷島ぁ」
冬休みだった。オレは地元に帰省することにして、あいつ――オレの彼女の、美岬――と会うことにした。
お馴染みになった玄関に入ると、やたら温そうな格好をした美岬がひょっこり顔を出す。上がって上がってと急かすように言葉と手振りでオレを呼ぶ。オレは靴を脱いで揃えて、美岬の家に上がった。
「あら敷島君、久しぶりねえ」
「ちはス」
別に美岬の両親に限ったことじゃないけど、ダチの親とかに挨拶するのは苦手だ。まあ美岬の所は回数こなしてるだけあってまだマシだけど。
美岬はオレをコタツまで引っ張って、今温かいお茶入れるよ、とやたら明るい声でそう言った。
武軍装戦高校は全寮制で、美岬とは普段会えない。山奥だしな。そう言うことも手伝ってオレの頬も自然と緩んで、口元に笑みが浮かぶ。マフラーとコートを外して、コタツに潜らせて貰った。
途中美岬の母親がごゆっくりと言って出かけるのが見える。出がけに見えた大荷物が気になって、オレは美岬に声を掛けた。
「お前の両親どっかいくのか?」
少し遠くの人間に声を掛けるように言う。美岬は台所からオレの所まで来て、湯気を出す緑茶をオレの前に置いて、オレの直ぐ隣に座った。
「ちょっと小旅行。温泉に行って来るって」
「……おまえは?」
気になって聞いてみた。美岬はにこにこ笑って
「私はほら、敷島がこっち戻ってくると思って。折角だし」
そう言った。……畜生、変なところでオトメな奴だな。てっきり温泉とかそういう渋いものをすげえ好んで味わうのかと思ってた。
「だからってひとりかよ」
「まあ、そうそう事件なんて起きないし」
「起きたら困るぜ」
変なところで危機感がないこいつは本当に困った奴でもある。時たま自分が女ってことを忘れるくらいだからな(この間会ったときにトレーニングがてらジョギングするって言ったらついてきて、流石に体力の差で気遣ってやったら驚いた顔をしていた)。
「まあうっかり敷島に襲われるのも良いかも、なんて都合の良いことも考えていたりするけど」
「は?な、ばっかお前、何言って」
「嫌?」
「嫌なわけあるかよ」
真顔で即答すると、帰ってくる笑い声。美岬はそのままオレに抱きついて
「敷島ぁ、私嬉しい」
「は?」
「こうやってでれでれ出来るのも、偶に会うからこそだって、ね」
「……オレとしてはもっとでれでれして下さっても構いませんが?」
「それはだめー。それ以上行くと疲れて寝ちゃって、敷島を意識出来ないから」
オレとしては嬉しい答えが返ってくる。まあオレが暗に何を言いたいのかは美岬も分かってる様だから、それで却下されてしまうのなら無理強いはしないけど。男女の差とか言うレベル越えてるもんな、オレと美岬の力の差なんて。組み敷くのは、欲求に任せるのは簡単だけど、多分オレにはまだ早い。いや、正直したいけど。まあそこはオレが理性的というか、良心的だから美岬のペースにあわせようって言うか?実は普段から浴びせている少し酷い言葉を謝ったりはするものの、ちょっとした罪悪感は感じているからその罪滅ぼしだ。超勝手な話だ。でも、オレなりのケジメって奴だ。
「へいへい、……うわ、本気で美岬久しぶりだな」
「ん……。敷島、逞しくなった?」
「おーよ。お前は肌の張りがいつもと違うよな」
「敷島のためにスキンケアは怠ってませんよ」
「太ったんだろ?」
「……この!」
「全然痛くねえー。いっそ笑える」
美岬からすれば結構力は入れてるんだろうが、そこはタイミングを掴んでいるオレのが有利だ。多分殴ってくるだろうなと思って腹筋に力入れといて正解だった。こう言うのって案外構えていればある程度は平気なもんだ。
オレは喉で笑っていたのが、本気笑いに変わってしまった。面白くなさそうにしている美岬の顔が変に可愛く見えて、その後も笑い転げるオレの肩とか腕を大して力も入れていない拳で殴ってくるその動作が無茶苦茶ツボに入った。やっべえ、それ、ナシ。
「敷島くん、私は今相当に怒っているのだよ。キミはオトメに対する禁句を平然と言ってのけたね?」
「……っ……失礼しました。っだから機嫌直して下さいよ、大将ぉ」
「キミは事の重大さが分かっていないようだね、敷島軍曹」
「ってコラ、なんでそんな格下なんだっつの」
笑いを堪えながら美岬にもたれ掛かっていると、つんつんした美岬が階級のことなんてさっぱりだろうに、怒った声でそう言った。まあ最後のオレの階級は気にくわなかったけど。
「ふふふ、キミに愛想を尽かさない私はそれだけ偉大なのだよ」
珍しくそんなことを言う美岬に、俺は思わず目を丸くした。それから急に変に笑いが込み上げてきて、美岬の頬に手を当てる。
「……はいはい、じゃあ精々飽きられないように頑張りますよ」
肌触りが良いよなあと思いながら、額をくっつけて美岬を見た。……多分美岬から俺の目は見えづらいだろうけど。
頑張りたまえ、と笑う美岬は本気で可愛いと思った。
あと、春先になれば髪の毛を切ろうかという話をすると、美岬は焦ったように駄目だと言い張って聞かなかった。
まあでも、
「だって、敷島の目を見るのは私の特権だと思いたい」
と、そんな殊勝なことを言われては。
彼氏としては、嬉しい限りだろ?
髪を短く切ると案外格好良かったりしてそばかすも良い具合に格好良く見えたりして、どきっとするだろう事は目に見えているのだと、彼女は思っているのですよ。
2006/02/15 : UP