Dear, I'm coming!
「――……」
そう言えばジェットがスケボーしてるところ、見たことなかったっけ。
思い立ったのは本当に突然でそれは偶々学校が早く終わる日で。
と言うか、いくつかの例外――私が見たいって誘う時や、道なりに歩く時に滑る以外――で、ジェットがスケボーに乗ってる事は少ない。少なくとも私の視界の中では。
私の部屋に来る時もいつだって私は部屋の中で待っていたし、玄関からやってくるようになってからだってそれは変わらなくて。
その上、いつだってジェットに会うのは彼が私に気付いて声を掛けるパターンで、ある種当たり前のような気がしていたけれど、私が彼に声を掛けることはなかった気がする。
彼に会うには何処へ行けば良いんだろう?
初めて会ってからもう長いのに、私はそんなことも知らなかった。そのくらい彼は私の前に度々現れるから。そうして、私の行動範囲では決してスケボーをしない彼。街にはスケボーをする人で溢れかえっているのに、その中に彼を見たことは一度もなかったんだもの。
避けられているのかしら、と考えて、直ぐにそれはないと首を振った。避けられているならきっと彼の性格上街中で見つけても声なんて掛けないだろうし、ましてや部屋までやってきたりすることもない。
そこで本当に何となく、以前彼に連れられていった大きな公園まで足を運んでみることにした。それは間違いなく『気まぐれ』と呼んで良いくらいの気持ちだったのだ、けれど。
公園に顔を覗かせてみたのは、真剣なカオでそれでも私が見たことのないくらい楽しそうに滑る彼の姿。普段見る顔とは少し違っていて、見ている私でも彼がスケボーが大好きなんだって分かってしまうほど。私、スケボーのことなんてちっとも知らないのに。
私、ジェットのこと全然知らなかったんだな。
スケボーをする彼を見るのが初めてなんだから当たり前のことなのに、何故かショックで、スケボーをする彼が『本物』のような気がして、じゃぁ私が今まで見てきた彼は何だったんだろうなんて、わけも分からずに泣きたくなってしまう。
それでもしっかりと彼の姿は目で追っていたらしい
「アナタもスケボーするの?」
不意に声を掛けられて、私はビックリして飛び跳ねてしまった。
声を掛けた子は可愛い女の子で、制服姿から高校生だと言うことが分かる。
「ずっとジェット見てたケド、知り合い?」
クスリ。
笑った女の子はやっぱりとっても可愛くて、私は彼のカノジョなのかなと思って、浮かんだその疑問を声に出して尋ねていた。すると女の子は物凄く、本当に、心底嫌そうな顔をして
「ジョーダン!アタシがアイツのカノジョとか願い下げ」
「……違うの?」
「アタシ年上が好みなのよネ」
あっさりという女の子はバニラと名前を入ってくれて、私も自己紹介。バニラはジェットを呼ぼうかと聞いてくれたけど、私は首を振って
「いいの。ちょっとスケボーしてるの、見に来てみただけだから」
自分から彼に会いたいって気持ちも嘘ではなかったけれど、それも本当の気持ちには違いない。私の知らないカオだったけれど、年下で可愛いと思っていた彼を、凄く格好良いんだって気付けて、少しくすぐったくもある。
「ふーん?アッチはコッチに気付いたみたいだケド?」
「ユリア!」
私がバニラの言葉にえ、と声を漏らすのと、ジェットが私の名前を呼んだのはほぼ同時だった。彼はいつになく早く私の前まで滑ってきて、少し焦ったようなその顔がイタズラがばれた時みたいで笑ってしまう。
「バニラ、ユリアに変なこと吹き込んだんじゃねーだろうな」
「さあ?変なコトって例えば?」
ニヤニヤ笑いのバニラに彼は顔をしかめたから、自己紹介してただけだよと言えば、あからさまに疑うような目で見られて、そこでようやく私は気付いた。
ああそっか。スケボーやってるジェットは本当に集中していて私に気付かないくらいで、私はちょっと寂しかったんだ。何時だってジェットは私に気付いてくれたから。
「ところでユリア、今日はどうかしたのか?オレに用事とか」
「あ、えっと、ジェットがスケボーしてるの、見に来ただけだから」
特別何か用があるワケじゃないんだけど、と言うまでに、彼の顔は赤くなっていて、え、と鈍い声を出して、ジェットは頭をかいて、バニラは相変わらず笑っていて、私はどうしたものかと声を掛けかねて。
「――……取り敢えず、行こうぜユリア」
「あれ、折角ユリアはアンタのスケボー見に来たのにィ?」
「うるせーよ。ホラ、ユリア。行こう」
「あ!ジェット!?」
手を引かれて、私はずんずん歩いていくジェットの後をついていくしか無くて、慌てて振り返るとバニラがひらひらと手を振っていて、私はバイバイと声で応えるのがやっとだった。
「ジェット!ね、ジェットってば!」
「……」
そのまま引きずられるように手を引かれ続けて、アーケードの中をひたすら歩く彼に、私は声を掛けた。ジェットはその間一度も振り向いてくれなくて、やっぱり部屋から見送る時にしか見たことのないその背中に私は怖くなって
「……ごめん」
と謝っていた。
「あの、ジェット、見られたくなかったならごめん。私もう行かな」
「だぁぁぁぁあああああっ!」
いつでもくるくると表情を変えて接してくれたジェットが普段とは違っていて、私は益々自分がマズいことをしたのだと思った。の、だけれど。
ジェットは急に立ち止まって、アーケードから逸れた細い路地の入り口に私を引っ張り込んで大きな溜息をついた。
「あの、ジェット?」
「悪ィ。別に怒ってるわけじゃないから、さ」
見ると、ジェットは少し困ったふうに笑っていて、私はひとまず安心する。
「オレ、ユリアに見られると困るんだ」
「え?」
「ただでさえ見られてるとキンチョーすっからさ。しかも、来てくれても全然ユリアと喋ったりできねーし」
「……そんな、気にしないで」
「オレが気にすんの。大体、見てるだけならまた変な奴に絡まれるかも知れないし、危ないだろ」
あの辺結構そう言う奴少なくないから。
照れたようなカオから、困ったカオに。いつも私が彼の怪我を注意して心配する時に見せるカオに似ているけど、なんだか男の子のカオっぽくて、私は曖昧に返事をした。けれど彼は少し考えるような素振りの後に急に顔を強張らせて。
「あのさ、ユリア」
決まり悪そうにも見えるその顔に、私は改めて彼を見た。
大して変わらない身長。でも、彼の方が少し高い。
「オレ、ユリアのことスキだ」
一瞬。瞬き一つの間を置いて、私は彼の言葉を理解した。
「え、え?」
それでも掠れた声で意味のない言葉ばかりが音になるだけで。
「……あのさ、フツー好きでもない人の家に、夕方からわざわざ遊びに居かねーし、一々見かけても声かけねーと思うんだけど、やっぱ気付いてなかったか」
だってユリアだもんな、となかなかに失礼なことを言われているのに、私はそれどころではなくて。
「オレと付き合ってくれるってんなら、そしたら、何時でも歓迎するぜ。……胸張ってオレの彼女に手出してんじゃねーって、守れんだろ?」
あ、そう言う流れでスキって、そんないきなりの告白したの。
言いたい言葉は沢山あるのに、どれもきちんとした文章になって並んでくれない。照れたような、困ったような、期待するような、諦めたような彼のカオばかりバカみたいに見てばかりで、何一つ反応できなくて、なんだかもう嬉しいのか悔しいのか、でも嫌だとか困るだとかそう言う感情は全く湧いてこないことに自分でビックリしていた。
「……ユリア?悪ィ、オレ別に困らせようとか、そう言うつもりじゃなかったんだ」
「あ……や、違くて、うん。ビックリして……。……あの、ありがと、ね?」
「え?」
「今まで気付かなかった私が言うのもアレだけど、今まで私のこと、大切にしてくれて」
やっとの事でそれを言うと、ジェットは少しの間呆れたみたいに口を開けっぱなしにして、その後
「スキなんだから、当たり前だろ!?」
「だっ、だから今まで気付かなかったけどって、いったじゃない……」
私は申し訳なさも手伝って、目線を下げた。
「ジェットの気持ちは分かったわ」
「……で、答えは?」
不安そうな彼の声に、私はもう一度目だけで彼を見る。
「保留、じゃ、ダメかな」
「……。は?」
「だって、確かにその、嬉しかったけど、自分の気持ちがまだよく分からないから……」
ジェットはまた黙り込んで、アーケードの方から聞こえてくる賑やかな雑踏がどこか遠くて、少しばかりして彼は大きく息をついた。
「オレ、期待して待ってるけど?」
モチロン、いいんだろ?
そう言いたそうな顔に、私は苦笑しながら、それでもしっかりと頷いた。
ホントは多分、もうオッケーしても良いと思ってるけど、ごめんねジェット、もう少しだけ、その優しさに甘えさせて下さい。
ちゃんとキミには伝えるから。
私がキミを見つけるのがキミよりも早くなったら、大人しくしていて。キスをさせてね。
2008/02/24 : UP