Give me the Drug.
クダリさんの手が額に当たる。どこか機械じみた印象さえ与えるサブウェイマスターのそれは、人並みに暖かかった。
いつもしている手袋を外した彼の大きな手のひらは私の額をすっぽりと覆っていて、私は目元にまで届くその手の温度を感じながらじっと目を閉じていた。その間にも、とくとくと早く鼓動を刻んでいた心拍数は加速していく。
「うーん、熱はなさそう?」
「そ、ですか」
「でも、ユカリの顔、真っ赤っか。ダルマッカもビックリ」
言われなくても分かっている。これが薬なんかじゃ直らないことも。
けれど黙っているのは、たとえこの症状が悪化しても、それ以上にクダリさんの体温がもっとほしいから、だ。
私の思惑など、クダリさんには分からないだろう。その証拠に、クダリさんはすごく真面目に私の首元に手を当てて、扁桃腺も腫れてないねと呟いている。……やっぱり、彼の手は暖かい。
緊張で息が荒くなりそうなのをなんとか押し留めているけれど、それもいつまで持つか心配だ。でも同時に思いの外優しく私に触れる温度を心地よく感じる余裕はあるから、まだしばらくは大丈夫かもしれないと楽観する気持ちもあった。要は、ずっとこんな時間が続けばいいのに、と
「これ、今すぐ特効薬が必要かも」
「え?」
ぼう、と微睡むように思考を巡らせていると、不意にクダリさんの声が割り込んできた。
「だから、薬。ぼく持ってる」
どこか楽しそうな声に意識が追い付かない。首元にかかったままの手が、そのまま私の頭を優しく固定した。
「? クダリさ――」
ん、は反射的に飲み込んだ息の中に消えた。
クダリさんの、顔が近い。近すぎるくらい。目を閉じた彼の瞼は少し震えていて、睫毛も髪と同じアッシュなのだと思った矢先、すっと離れていった。
「……え」
漏れた声は掠れていた。
「あれ、逆効果?」
首をかしげながらもいつも通り口角をつり上げるクダリさんは、やっぱりどこか楽しそうだ。
「っ あっ、な、なんんっ」
私はといえば、今さら唇同士が触れていたことをはっきり自覚して、『ダルマッカもビックリ』するよりずっと顔が熱くなるのを感じていた。恥ずかしさと驚きとが混じって、顔が真っ赤になっていると思うことがさらに熱を集めてしまう悪循環。
「! わ、」
興奮で涙が溢れそうになろうかというところで、私のそれはクダリさんの白い手袋に吸いとられた。
「ごめんね、ハンカチじゃなくて。ぼく慌ててて、手袋握ってたから」
謝るところが違う。
そう思ったけれど、もしかしてわざとだろうかと考えたところで、はた、と思い至る。……もしやクダリさんには全て見抜かれていたのだろうか。
「ユカリ?」
「く、クダリさん……ど、して」
「んー」
切れ切れに、いっぱいいっぱいになりながら声を絞り出す私とは対照的に、クダリさんは顎に手を当てて何事か考えるような仕草。余裕たっぷりだ。
そんな彼はふと私を見下ろして、その双眸を細めると、
「ユカリ、分かりやすいから黙ってた。でも、ぼく、我慢できなかった」
困ったようにはにかんだ。それは、つまり、
「薬。欲しくなったら、いつでもおいで。ユカリにはいくらでも処方してあげる。ぼくにとっても、ユカリは特別」
私の思考が追い付くより先に、クダリさんの唇が私の頬をかすめて、でもはっきりとちゅっと音を立てたのを聞き取った。
クダリさんの口から夢のような言葉が飛び出すのは一秒後。
それから、駅のホームで何をしているのかとノボリさんの怒声が飛んでくるのは、その五秒後になる。
2011/11/11 UP