今はまだ二人で
「あ、の」
「はい?」
ノボリさんがあまりにも平然とそうするから、私はたまりかねて声をあげた。それを丁寧に受け入れて先を促すノボリさんの声は優しげで、私はなんとかつまった声を吐き出すことができた。
「あの……ご、ゴム、つけないんですか……?」
おずおずと訪ねた声は、不安に揺れていたと思う。ノボリさんはいつもの表情のまましばらく私をじいと見つめると、不思議そうに首をかしげながら口を開いた。
「……わたくしの子は、嫌でございますか?」
二人で作った空気を壊して、彼を興ざめさせてしまうのではないかという危惧は消えたものの、ノボリさんは私がなにか言うより先に、更に言葉を続けた。
「責任を取れと仰るのなら喜んでいたしましょう。いいえ、わたくしは責任をとりたいがゆえに、メグルさまにわたくしの子を身籠っていただきたいのです」
「え、と」
「身勝手だということは承知の上。ですがわたくしはもっと確かなものが欲しい。生涯あなたさまのお側におりたいのでございます。あなたさまの指に捧げた、口約束のようなこんなか細い銀細工では、わたくしは、とても」
どこか熱っぽい声は私の芯を熱するには十分で。彼の揺れる瞳は、私の心も揺さぶった。けれど。
「そんな理由は、嫌です」
「ッ、」
「赤ちゃんは、赤ちゃん自身を望んであげなくちゃ。そんな、道具みたいに言うのは、嫌です。……だって私と、ノボリさんの子なんですよ? 特別な、大切な存在なんですよ」
「……それは、」
「もし赤ちゃんを授かったとき、ノボリさんが赤ちゃんの存在そのものを喜んでくれなくちゃ」
不安そうに揺れる彼の目は、それでも決して私からそれることはなかった。そんな彼にこんなことを言うのは、ただ逃げたいがためだと思われそうだけれど、でも。
「……それに、私は赤ちゃんが産まれたら、きっとその子にかかりきりになりますよ。子育ては大変ですし、ノボリさんの相手をする余裕なんかなくなっちゃいますよ」
卑怯な言い方だと思う。仮にこれで赤ちゃんができたとして、彼を蔑ろにするつもりなんてさらさらない。ただ、彼が口にした理由で避妊をしないことはとても容認できるものではなかった。
「それは困ります」
彼の……こう言って良いかはわからないけれど、情けない顔を、やれやれという面持ちで受け止める。
「ノボリさん、私、ノボリさんのこと大好きです。でも、私はもう少し貴方のことだけ考えていたいです」
いけませんか、と声をかけると、彼は緩く首を振った。
「いけないもなにも……! 嬉しゅうございます」
感極まったのか、彼の声は今にも泣きそうに聞こえた。
「申し訳、ありません」
「いいえ、……ずっと側にって言ってもらえて、嬉しかったです」
はにかんでキスをねだると、顔中にノボリさんの優しいキスが降ってくる。自分からその唇を求めていくと、もう空気は戻っていた。いや、あるいはさっきよりずっと甘ったるくなったかも知れない。
彼の首に腕を回しながら、再び私の体を愛撫する彼の手のひらに声をあげれば、あとはただただ、落ちていくばかりだった。
2011/11/07 UP