いわゆるバカップルの一コマ
わたくしの部屋にこたつを置こうと提案したのはメグルさまでした。
幸いわたくしのマンションは二足制でしたから、こたつを置くことに抵抗はなく、まったりと新しく増えた暖房器具を堪能していたのでございます。
わたくしがあまりこういった時間をとれないことは彼女もよくよくご理解くださっていて、だからこそたまの休みには二人で過ごすことも多く、そしてそんな日は必ずわたくしの部屋に泊まってゆかれるのがいつからかわたくしたちの生活となっておりました。それから二人で迎える、初めての冬。
「いかがいたしました?」
どうにも不服そうな顔をなさっているメグルさまに声をお掛けすると、彼女はわたくしの顔をじいと見て
「……もうちょっと大きなこたつにすれば良かったですね」
こたつに視線を落とし、そう仰いました。
「そうですか?」
「はい。あ、横幅はいいんですよ? でも、縦が……ほら、長方形のもあったじゃないですか。ああいう」
縦、と言いますと、対面する形で座っているわたくしたちの距離のことでしょう。わたくしはこちらでも十分暖はとれますし、むしろ隣り合って密着もできないのですから、これ以上彼女との距離が開いてしまうのは避けたいのですが……彼女はわたくしと同じ気持ちではないと言うのでしょうか。
メグルさまからしてみれば何の気なしに口にされたのかもしれませんが、わたくしはどうも聞き逃すことなど出来なかったのでございます。
「メグルさま、それはどういう……」
「あ、えっと、……無駄に大きいのもこたつの醍醐味がないですけど、これはちょっと小さすぎたかなって」
メグルさまは困ったように眉尻を下げていらっしゃいます。彼女の仰る『醍醐味』なるものはおよそ検討もつきませんが、わたくしは唯一頭の中に浮かんだ疑問に、首をかしげました。
「わたくしの足はお邪魔でしょうか」
「へっ」
一抹の寂しさや申し訳なさに眉が下がるのを感じながらも、外から見た己の顔は微塵も変わりないのだろうことは承知しております。が、メグルさまはそんなわたくしの胸中を酌んでくださるでしょう。
わたくしの予想通り、彼女は慌てたように首を横に振りました。
「あ、いえ、違うんです。んー、なんといいますか……まずノボリさんの身長だとこれ、短すぎて……ほら、足だって膝を折るか、斜めに入らないといけないでしょう? それだってきっと足先が寒いと思いますけど」
彼女のおっしゃることに、私はええ、と頷きを一つ。
「さっきノボリさんは邪魔ですかって仰いましたけど、こたつはそれも醍醐味なんですよ? だって広々としたこたつに入っても、なんだか寂しいじゃないですか」
「暖を取る方法としても非効率的ですし、それは確かに仰る通りでございますね」
「でしょう? でも、小さすぎるのもどうかなって」
メグルさまはやはり困ったような表情で、こたつに入っていた身体を少し外へとずらしました。たとえば、とその唇が言葉を紡ぎます。同時に、わたくしの足に何かが――彼女の足であることは明白ですが――触れ、くすぐる様に、つつくように這い回りました。
「! メグルさま?」
「へへ、こうやって、中でちょっとしたバトルをするのも『醍醐味』ですし」
掘りごたつならお互いの足をふみふみしたりするんですよ、というメグルさまの御顔は楽しそうなものへ変わり、私の頬も緩みます。
メグルさまは私の顔色や反応を伺うようにしながらも、依然として足先でわたくしの足に触れてらっしゃいます。それはどこか服をつまんで控えめに引っ張られるような感触にも似ていて、わたくしは先ほど彼女がそうしたように体をずらすと、今まで彼女を避けるようにしていた足を彼女のそれに絡めました。
途端、メグルさまの御顔は嬉しそうに綻び、時折こらえきれず漏れる笑みを聞きながら、しばらくの間、わたくしたちは二人揃って戯れに興じていたのでございます。
そうして、わたくしのなかにむくりと頭をもたげたものは、なんだったのでしょうか。
「……ひゃ、」
びくり、と身体を震わせたメグルさまに、私の口角は知らず上がっておりました。それもクダリのようなそれではなく、少々いびつで意地の悪いものでしたでしょう。
わたくしの足先は容易に彼女の内腿を滑り、その下肢が纏っていたスカートを巻き上げました。わたくしは己の意志でそうしたことをおくびにも出さず、素知らぬ体で彼女にどうしました、と声を掛けました。
「い、いえ……あっ、」
これは先ほどメグルさまに足をつつかれ、多少なり驚いたことに対する意趣返しなどではございません。わたくしも一人の男。ささやかな触れ合いに欲が出るのは、致し方ないことでございましょう。
そんなわたくしの思いを察したのか、メグルさまは顔を赤くなさりながらもわたくしへと視線を合わせました。
「のっ、ノボリさん、ちょっと、これ」
何とかわたくしの足から逃れようとメグルさまは身をよじりますが、その御顔が嫌悪ではなく羞恥に染まっていることを見抜いてしまえば、わたくしに引く理由などございません。
彼女が驚いて咄嗟にわたくしの足を挟んでしまう形になったのをいいことに、わたくしはやわらかな彼女の内腿を感じながら、さらに足先を動かしました。
「! っ」
声というにはあまりにもか細い音。
ですが、それが確かに甘さを含んでいたことを、わたくしは聞き逃しませんでした。
「ん、も、もう! ノボリさんずるい」
「なんのことでしょう」
「あ、足の長さじゃ、どうやったって私の負けじゃないですか!」
今ほど感情が顔に出ないことをありがたく思ったことはなかったでしょう。それもメグルさまの前ではきっと漏れているに違いありませんが、この際それでもかまいません。
「おや、メグルさまからそのように積極的なお言葉をいただけるとは思っておりませんでした」
私の足が彼女の両足に挟まっている以上、彼女の足先が私の股倉まで届くことはありないことです。彼女は単にそれが悔しいのだと承知してはおりますが、わたくしと同じことをするおつもりなのでしたら、結局どう転ぼうとわたくしの『勝利』は揺るぎませんことを御理解いただけるでしょうか。……今はそれどころではないようですが。
「ち、ちが、私はっ」
ええ、ええ、分かっております。などとは口が裂けても申しません。
困った御顔を拝見するのも好きだなどと、いささか趣味の良いとは申せませんが、メグルさまに限っては、どのようなお姿であろうと、しかとこの目に焼き付けておきたいのでございます。
それゆえに、言葉尻を捕らえるような卑しい真似も、隙を見せる彼女にも非はあるのだと己を正当化してしまう、わたくしはこうも人の悪い性格でしたでしょうか。
「だって、こんな一方的なの……ち、痴漢、されてる、みたい、ですし」
羞恥心から尻すぼみになっていくその声に、わたくしは正直ハトが豆鉄砲を食らったような顔をしたことと思います。メグルさまがこたつ布団に顔をうずめ、それどころではなかったのは幸いでした。
ご自分で発言なさった『痴漢』という言葉の響きになにを感じられたのでしょうか、彼女は抵抗らしい抵抗をやめ、わたくしの足先の動きに否応なしに集中してしまっているようでした。
メグルさまが所望されているものがなんであるか分からないではありませんが、わたくしはひくりと足の親指を動かすと、意地悪く申し上げました。
「随分と御悦びのようですが」
「……の、ノボリさんですもの」
くぐもった小さな声は、テレビもついていない部屋の中でもはっきりと拾うことができました。
全く、よくよくわたくしを満たすことがお得意なのですから、この攻防はむしろ、どう動いたところでわたくしの負けなのかもしれません。いいえ、これに限らず、この先ずっと、そうなのでしょう。
胸の内に沁み渡るような熱いものにいてもたってもいられず、わたくしと彼女を隔てるこのこたつさえもどかしく煩わしく、おそらくきっとメグルさまも同じ想いでいらっしゃるのだろうと思うと、それを飛び越えることは目下、至上命令のように感じられたのです。
さて、この距離。どう埋めて差し上げましょうか。
2011/11/13 UP