エッチな兄さんいい18禁の日(前)

 ノボリさんの家で留守番をしていた時のことだ。家の中にあるものは好きにお使いくださいと言われ、大きなプラズマテレビとブルーレイのデッキに目を付けた。

 ――ノボリさんってどんなのがシュミなんだろ?
 湧き上がった疑問に他意はなく、私は悪くないと思う。ふと目に留まったのは真っ黒なケース。ジャケットも印刷されてなくて、ふたを開けてみても入っていたのはやっぱり真黒なディスクで。これはノボリさんの私物であるということはすぐにわかるというものだろう。そして、私がそれをデッキに入れたのも、ごくごく自然な流れだった。

 そこから響いたのは、ナイスバディなブロンド美女のあられもない嬌声――いや、私の感覚で言うとそれは嬌声というよりも絶叫とかそういうつまり全然そそられない声で、オ~ウイエ~ス! とか言いながらノリノリで腰を振る姿、ええ、まあつまりこれAVですかそうですか。別にそりゃノボリさんだって成人男性なわけだし? おかしなことではない。はず。というかまあさすがにいささか驚いたという意味でショックは隠せなかったけど、私はなんとなくそれを止めもせず流したまま、もしやノボリさんはこういうものに興奮を覚えるのだろうか、などと一人彼の自宅リビングで正座をして物思いにふけっていたのであった。

 その、夜。

「……あの、」

 食事も終えて、ゆったりソファに沈みながら、私はすっとノボリさんの眼の前に黒いディスクケースを置いた。途端、明らかに狼狽する顔。ああうん、なんていうかすごい『ばれた』感のある。

「……それ、は」
「えっと、すみません、見ました」
「!!!」

 隠しても仕方のないことなのでそういうと、ノボリさんはまるでこの世の終わりみたいな顔をした。今日に限って表情が……ううん、感情が分かりやすい。

「それでですね」
「は、い」
「正直にお答えいただきたいんですが」
「……なんなりと……」
「ノボリさんって、こういう内容の方がお好きなんですか?」
「はい?」

 色気のある会話ではないけれど、別に責める気はないし、むしろ今までノボリさんが私とする内容に関して不満を持っていたということなら即刻それを解消せねばなるまい。
 そう思って尋ねると、ノボリさんはまるで予想していたそれとは違うと言わんばかりに目を丸くした。私もそんな反応が来るのは意外だったので、首をかしげる。

「違うんですか?」
「いえ、あの……仰る意図がよく」
「ですから、ノボリさん、こういう、その、だから、ええと、……たくさん声出すような、女の人、というか、プレイ? が好きなんですか、っておたずねしてるんですけど」

 聞いてるうちに恥ずかしくなってしまって、なんだか声が浮ついてしまう。それにつられたかのように、ノボリさんも落ち着きなく視線をさまよわせて。
「あの、……それは、いえ……何から申し上げればいいのか……」
 ぐるぐるといろんなことが頭の中を駆け巡っているのであろうノボリさんは、頬を赤く染めながらも私を伺うように、困ったように眉を下げた。
「何からでも、伺いますけど」
 なんとなく私の気持ちもそわそわしてしまって、奇妙な間があった。

「では……ええ、まず、信じていただくしかありませんが、それは海外にいる顔見知りの所有物です」
「……はあ」
「通信手段はありますが、確認なさいますか?」
「いえ、大丈夫です」
「そうですか。……まあ、その、押し付けられたと申しますか」
「はい」
「わたくしの趣味ではございませんので、どうかそこはお間違いの無いようお願い申し上げます」

 困ったように、でもしっかりと私の眼を見てそういうノボリさんに、私も神妙にうなずいてみせる。そこで、ノボリさんは一度言葉に詰まった。
「ええと、ではノボリさんはこういうのはお好きではないと」
 場が持たず苦し紛れにそう繰り返すと、ノボリさんは意を決したかのようにきりりとした表情で私の肩をつかんだ。

「正直なところ、このような話をあなたさまに向かってするなどとんでもないことだと思っております。しかし、誤解されたままでは不本意ですので、どうかわたくしの言葉に耳を傾けてくださいまし」
「はい」
 初めからそのつもりです、とも言えず、私はまたこっくりと頷いた。

「……わたくしの、その、趣味と申し上げましょうか、好いておりますのは、メグルさまです」
「……はい」
「行為の最中、羞恥心からじっと目を閉じて震えておられるお姿や声を我慢しようとなさって、しきれずに控えめに声をあげられるお姿、快感から逃げるとも、追いかけるともつかない悩ましい腰の動きに、最終、たまらずわたくしにすがる腕の強さ、わたくしの名を何度も口にされるその唇や声……とにかく、その全てにわたくしは、その、欲情するのでございます」

 わあ。飽くまで真摯な姿勢に、私の方がいたたまれずに固まってしまう。

「……じゃ、じゃあ、その、これはノボリさんのその、オカズとかではなくて」
「とんでもございません! わたくし、メグルさま以外を想いながら致したことなど、ただの一度も」
「……」

 顔からかえんほうしゃとはまさにこのことか。どこか上気した頬のまま、ノボリさんは私との距離を詰めてくる。逃げよう、と思っても、逃げ場なんてどこにもなく、ただソファに沈み込むばかりだった。腰が砕けていたのかもしれない。

「あなたさまのそのままのお姿が、何よりわたくしの浅ましい欲を煽って仕方ないのです」

 ノボリさんが覆いかぶさってきて、身体が重なる。

「あ、あの、ノボリさ」

 私の声は、それ以上でなかった。ノボリさんのキスで唇を塞がれ、大きな手が荒っぽく私の腰から太もものあたりを這い回る。
「っ、ゃ、ぁんっ」
 逃げようと足をまげてひっこめても、新たに彼の手が届くようになった裏側をくすぐる様に触られ、
「は、あぁん!」
 さっき、あんなことを言われたのが響いているのか、たまらず身をよじって、声が出るのを止められなかった。ノボリさんは私のわき腹のすぐ横に手をついている。それを軽く掴むと、またすぐにキスが降ってきた。
「……そうです、とても扇情的で……もっと乱したくなるのでございます」
 ノボリさんの吐息が顔にかかる。熱くて、ふるりと体が震えた。

「ノボリ、さん」
「まぶしいですか? でしたら……目を閉じていてくださっても結構ですよ。もっとわたくしを感じてくださいまし」

 耳元でささやかれ、反射のようにワイシャツを掴めば、くすりと漏れる笑み。

「なんでしたら、わたくしのネクタイで塞いで差し上げましょうか」

 優しくも楽しげなその声に、私はノボリさんのシュミというものを、嫌でも分からざるを得なかったのだった。

2011/11/17 UP