この話には性描写が含まれるため、18歳未満の方や高校生の閲覧を固くお断り致します。
燭さにあほえろ
戦にと求められて人の姿を持ち、早幾年。遠征から帰り一時的に暇を出されていた燭台切光忠は、ジャージ姿で昼食の後片付けを行っていた。だらしないことを厭うためこのような時には率先して動いているだけなのだが、すっかり家事の得意な男のイメージが定着してしまっていることに関しては最早言うことなど何もない。基本的に他の刀剣男士たちもやるべきことは文句を言いつつ、のらりくらりとしつつもきちんとこなすため、文句などあるはずもない。それに家事のほとんどを担う審神者の式神から感謝されることは気分も良く、審神者からも直々に礼を言われたこともある。だからこの日も食後の運動だと思って式神たちと共に食器を炊事場まで運び、机を拭き、後片付けを行っていた。「燭台切光忠」
落ち着いた女性の声が響き、燭台切は顔を上げた。居住まいを正したのは改まって名を呼ばれたからで、普段は燭台切、と呼ばれるため、何かあったのかと気を引き締めたからであった。
「何かあったのかい?」
よって、少し声を潜めてしまったのも致し方ないことだった。燭台切に声を掛けた女性――彼ら刀剣男士とその住まいである本丸を束ね、取り仕切る主たる審神者だ――は、そんな燭台切を落ち着かせるように掌を見せて緩く振った。
「ああ、ごめんなさい。ちょっと頼みたいことができただけで、別に大事ではないの」
「いや、君の頼みなら話を聞かないわけには行かないな」
短刀や脇差、小太刀ならいざ知らず、燭台切のような太刀は女性に仕えた経験はない。彼女の本丸にやってきたのは彼女が審神者の任を言い渡されてからそう長くない、殆ど初期の頃で、最初こそ勝手が違うと感じる部分はあったものの、刀剣男士たちに丁寧に接するこの人間のことを燭台切は嫌いではなかった。背丈こそ大きくはないが、重傷を負った者を見ても怯んだ姿を見たことがないし、出来る限り公平に扱ってくれる。過干渉、過保護ではないが、本丸で過ごす者の体調や様子などを眩しそうに眺める姿や、それとなく会話をする姿などは見飽きるほどに見かけた。立派な主となるべく邁進し、日々努力をするから助けてくれと面と向かって言われたこともある。そのような姿勢は燭台切の心を酷く刺激した。彼女が主で良かったと思う程には。
まあ、その向上心は主に足を綺麗にしたいと言って加州清光よりもヒールの高い靴で歩行訓練をしたり、そのまま美しい姿勢で歩けるように歌仙兼定に指導を乞うたり、またある時は代謝を上げるためにと唐突に禅を組んでみたりと、「主たらん」というよりは非常に個人的な事情によるものであることが殆どなのだが。
「ごめんなさいね、でも貴方に頼むのが一番いいと思って」
「光栄だな。それだけ僕を信頼してくれてるなんて」
「勿論よ」
ふふ、と笑う審神者に、燭台切は眼を細めて微笑み返しながら、用件を尋ねた。ちょいちょいと手招きをされるがままに後を着いてゆき、審神者の仕事部屋へ足を踏み入れる。
「こんなところまで場所を移して、僕は何を任されるのかな?」
茶化すように目配せをしたのは、彼女のことだから、何か……そう、鶴丸国永が喜びそうなサプライズパーティでも仕掛けるのだろうかと思い至ったためだ。しかし何故このタイミングで企画するのかや誰を対象にするのかなどまるで理由が思い浮かばず、首を傾げた。
燭台切のそんな穏やかな心境は、答えを持つ当人によって盛大に吹き飛ばされることとなった。
「うん、肝心の要件なのだけど……足を開いたまま中イキできるようになりたいから、手伝ってほしいの」
「……うん?」
二人はより自分を磨き上げるために努力を惜しまないという点において結託している。しかしながらこの審神者の提案には流石に燭台切光忠もひくりと喉仏が引き攣るのを止められなかった。
「もう一度お願いしていいかな」
「足を開いたまま中イキできるようになりたいのよ」
一言一句変化の無かった言葉に、燭台切は頭を抱えたいのを堪えた。懸命な判断であった。
燭台切だけでなく、刀剣男士は皆人の姿で顕現した頃より審神者の生きる時代に沿った一定の知識が備わっている。数々の外来語から風習まで多岐に渡るが、それは勿論、男と女の機微や具体的な交わり、それにまつわる用語も同じことだ。よって、審神者が言わんとするところを理解しないではいられなかった。
「……それは、僕に、君の……つまり、セックスの補助をしろと、そう言う認識で間違いない?」
「ええ。ああでも、命令するつもりはないわ。貴方さえよければと思っただけだから」
以前より突拍子もないことを言い出すことはあったが、かつてこれほどまでに度肝を抜かれたことがあっただろうか。いや、ない。
「……オーケー。君がそうしたいということは分かった。僕を指名してもらえたことも光栄に思うよ。ただ……そう言うことなら御手杵くんでもよかったんじゃ? 彼、得意そうだけど」
「悪くないんだけど、厳密に言うと御手杵は刺すのが得意なのよ。私、別に刺されたいわけじゃないし……」
「あ、うん、そっか、そうだね、ごめん」
連想ゲームよろしく閨の行為の印象にまで至った自分の思考回路に、燭台切は慌てて謝罪を口にした。自ら主であり女性である審神者に下ネタを振ってしまったことが信じられず、愕然とする。どうやら冷静でいようとして失敗しているらしいことを痛感し、臍を噛んだ。
(僕、今凄く格好悪い……!)
身体が熱く、顔や耳、首が赤くはなっていないだろうかと取り繕う様にそっと息をついた。審神者が気にした様子が無いことがより一層燭台切をいたたまれない気持ちにさせていた。
「それに燭台切とは普段から何かと意気投合することが多いでしょう? 私のモチベーションを上げることはあっても、下げることはないじゃない。よく気が付いてくれるし、口も堅い」
愚挙に恥じている燭台切に審神者の声がかかる。無意識なのだろうが、主に頼りにされることは燭台切のみならず、全ての刀剣男士の自尊心を心地良くくすぐる。落ち込んでいたのも束の間、燭台切は審神者からの言葉に満更でもない気持ちになった。やはり、信頼されているのはこの上なく嬉しいことであるし、それに応えたいと思うのは刀として、心を持った者として自然な気持ちのはずだ。
「ありがとう。改めてそう言って貰えるとくすぐったいな。えっと、それで具体的に僕は何をすることになるのかな?」
「励まして……いえ、窘めると言った方がいいのかしら……私が足を閉じそうになったらその都度貴方の色っぽい声で「だめだよ、ほら……足を開いて」っていう感じで指摘してほしいのよ」
「……それだけでいいのかい?」
「それがいいのよ。燭台切とならきっと頑張れるわ」
日々目指す高みへ努力する姿は美しいものだ。燭台切は方向性はどうであれ彼女のそのような姿に一目置いていたし、また好ましいと思っていた。今もそう思っている。
しかしこれは認識を改めるべきなのかもしれない。そのような思考が過ぎることに困惑しながらも、燭台切は審神者に歩み寄ってみることにした。
「どうして突然そんなことを言い出したのか、聞いても?」
よもや彼女は自分との間に横たわる全ての垣根を飛び越えようとしているのではないか?
俄かに逸る胸を感じながらも、しかし好ましいと感じているからと言って求められるものと同じ感情を抱いているかと問われれば決してそうではないのだ。これが彼女なりの誘いであるならば傷つけぬよう諭す必要がある。燭台切はひっそりと決意した。
「今の流れで大体分かったと思うんだけど、私ね……足を開けたままでいられないのよ。っていうかまあ言うなれば処女なんだけれどね、でも来たる時に足閉じてなきゃイけないなんて、一人上手なのがバレちゃうじゃない?!」
あ、これ別にそんな決意しなくてもいい奴だった。
少しでもロマンス的なものを想定に入れてしまった自分が少々恥ずかしくなる。そうだった、まさかこれほどまでに前触れもなく突然どうこうなるはずがなかった。春本じゃあるまいし。
羞恥心から一瞬で身体が熱くなるのをやり過ごしていた燭台切に、審神者の漲る声が飛び込んでくる。
「そんなの、格好悪いじゃない!」
「そうだね! 格好悪いのは良くないよ!」
反射的に相槌を打ったが、しまったと思うよりも先に審神者の追い討ちが燭台切を襲う――!
「そうなの。女が中イキするのには訓練が必要なのよ。その成果を見せる場で無様な姿は晒せないわ! だから私は足を開いたまま中イキできるようになりたいの! それを手伝ってほしいのよ」
審神者は主でこそあるが、女性である。やや恥じらいには欠けるものの、それでもここまで言わせてしまうなんて自分は格好悪いのではないかという疑問が胸に浮かんだ。完全に飲まれてしまっているが、それを指摘するような存在は今この場には存在しない。挙句に『格好悪いのは嫌』という一点においてこの上なく気が合ってしまう二人は、そのまま思い切りアクセルを踏み込んだ。
審神者の寝室は和室の風情を損なわないよう工夫された空間になっている。フローリングはベッドを置くために一部にあるだけで、基本的には畳だ。しかしそんなことは今の二人には重要ではない。
改めて主の寝室に侍ることに緊張が走った燭台切であったが、審神者がおもむろに取り出したものを見てそんなものは吹き飛んだ。
「えっ、君、何だいそれ」
「バイブとディルド」
「直球だね?!」
審神者の即答にもめげず言い返すと、「女だって気持ちいいことが好きなのよ」という何とも開き直った言い分が投げつけられた。確かにそのような性癖でない限りは痛みや恐怖など好む者などそういまい。しかし燭台切は別に女性が性に対して開けていることを咎める意図はないのだ。ただ、もう少し恥じらい、もしくはあまりにも開けっ広げになることを避けるなどの配慮はないのかと不意打ちにも似た光景に衝撃を受けただけで。
情緒的な空気を求めるなんて、僕も男って奴になったってことかな? などと若干思考を妙な方向へ飛ばした直後、眼前で更にとろりとした液体の入った容器を取り出し神妙な顔でバイブのスイッチを入れる審神者に、燭台切は強制的に思考も意識も何もかもを戻さざるを得なかった。
「ちょっと待った!」
「なあに?」
「そんなもの持っていつも通りの声色出さないで」
普段の彼女はとても気のよい主である。しかしこのような状況で、普段の主然とした態度で対応しないでほしいと望むことは刀には過ぎたることだとでもいうのだろうか。いや、しかし人の身体である以上は何もおかしなことではないはずだ。
素早く自問自答した後、燭台切はそっとバイブの電源を切る様に『お願い』をした。審神者の手の中にあるバイブは燭台切の知るものとは異なっており、つるりとしていて、どちらかと言えば形そのものはローターを大きくしたようなタイプのものだ。大きさもバイブ程ではない。小さな懐中電灯のように、頭の部分を捻ることでスイッチのオンオフが可能になっているらしく、好意的に見てまあまず防水仕様であろうことが窺えた。特に窺いたくはなかったが。
「えっと、つまり僕は本当に君の側で声掛けをするだけ……なのかい?」
「そうね。流石に何から何までお願いするのは気が引けるもの」
「僕は君のその遠慮と気遣いが未だに分からないよ」
「女心は難しいって言うじゃない」
「その言葉、こういう時に使うんだっけ?」
違うと思う。そう言い切りたいが、そう言うことにしておきたいのかもしれないと深く追求するのを止め、燭台切は話を進めることにした。最早ここで部屋を辞することは格好悪い行い以外の何物でもないというただそれだけが燭台切の背中を突き飛ばしていく。
「……まあ、君が僕を気遣ってくれるのは嬉しいけど、出番の瞬間まで待機するというのも中々に気まずいものがあるよね」
「そう?」
「そう。だから……ここは僕に任せて貰えないかな。ああ、勿論、君が嫌でなければ」
やんわりとそう申し立てると、審神者はふむと考えるように燭台切から目を逸らすと、少しの沈黙の後頷いた。
「燭台切は嫌じゃないのね?」
「どちらかというと待つ事になる方が……その間、どうしていればいいものか分からないからね」
「ふうん……」
「君は? どうかな?」
「ああ、私は別に構わないわよ。ただ、燭台切にそこまでしてもらわなくても準備はある程度できているから……」
審神者の言葉に燭台切は首を傾げた。
準備が出来ているというのは、身体のことだろうか。しかし男と女の高まり方が違うことは知識としては知っている。女性は、心の方が追い付かないと性感を得られないのでは? 心の方までもが既に、つまり今彼女はとてもエロティックな気持ちになっているとでもいうのだろうか。身体が情欲に火照っているとでも? とてもそうは見えない。そんな気持ちを込めた行動だった。
「官能小説をちょっとね。だから適度に濡れてるはずだし。足りない分はローションでと思って」
「……ああ……」
燭台切の疑問を読み取った審神者が、寸分違わずそのものずばり答えを与えてくる。この色気の無さはどうしたことだろうか。そもそも身体の心配をするより、まずこの情緒の無さをどうにかした方がよいのではないか?
まともな方向へ舵を切った思考に燭台切が頭の中で肯定していると、審神者は「あっ」と声を張り上げた。燭台切の意識がそれる。
「身体はその前に綺麗にしたから大丈夫よ! ここで中断して湯あみなんて段取りの悪いことはしないわ」
「あ、うん。君って本当分からないね……」
「『どうだ、驚いたか?』」
「惜しい。もうその段階は過ぎたよ。あと間違っても恋人が鶴丸さんじゃないのなら、こういうところで他の男のことを持ち出すのはマナー違反だと思うな」
「了解です」
場合にもよるのだろうが、身体を清めたい云々のような些細なやり取りも、甘い恋人同士であったならば悪くはないものなのではないだろうか。否、これはトレーニングなのだから、審神者も敢えてそのような情緒的な言動や空気は避けているのかもしれない。
きっと恋人相手であれば彼女も二人で一緒に高まろうと言う発想になるかもしれないし、黙って男に身を委ねることも考えてくれるだろう。好きな女性をリードし、全てを預けてほしい男は数多居るはずだ。それとも審神者の想定する『その時の相手』とは年下の男で、年上の女性に優しく手を引かれるように繋がりたいと思っているとでもいうのだろうか。人の性癖に口出しはしないが、もし既に心に決めた相手がいるのであれば、本丸の皆が納得するような男であってほしいものだ。少なくとも女性が、そして主たる彼女がこのように気を回さなければならない男など格好悪くてとても任せられそうにない。
目合(まぐわ)いは愛情をもって行われるべきであり、百歩譲ってそれを望むことがままならない場合であっても審神者が心身を傷つけられるのは許せない。
まだ見ぬ男の影に悶々とする燭台切であったが、じゃあ、とベッドに腰掛けた姿を見て心を決めた。今は格好悪い男でも、彼女自身が格好良くしていくという道もある。今はただ、果たすべきことに精いっぱい取り組むべきだと。
(――長谷部くんじゃないけどね)
心の中で苦笑を一つ零し、燭台切はそっと彼女のベッドへ膝を乗せた。さり気無くディルドとバイブとローションを枕の影に追いやり、一先ず審神者の身体を優しくベッドの中央へ移動させる。横抱きされるのは初めてよところころと笑う様子に気負いも抜け、燭台切はくすりと笑って彼女の上に覆いかぶさった。手袋を歯で挟み指から引き抜き、脇へ避けておく。
「さて……じゃ、始めようか」
「うん。よろしくね」
畏まりすぎず、かと言って甘くはない。流石にキスから始めて雰囲気を出すわけにも行かないため、軽い挨拶から入ることができたのは精神的にも良かったと言えるだろう。
恋人などいたこともないのだが、さて、ではどこまで許されるのかと思案しながら、審神者の服を寛げる。
「もし君の意に沿わないことをしてしまったら、言ってほしいな」
「ええ、分かったわ」
返事と共にゆっくりと頭を撫でられ、燭台切はほっと小さく息をついた。唇へのキスは現代の常識を鑑みて許されないものとして、しかし、愛撫が手だけというのも味気ない。中イキしたいというのだから、審神者の心身ともに昂ぶるよう奉仕することは避けられぬことであり、結果、燭台切はキスを除く口淫は可と判断することにした。要らぬ苦労をしていることは間違いないが、話を持ち掛けられた段階で正常な判断能力は殆ど機能していないし、また燭台切にとって格好いいと思うものを選択した結果なのだから文句を言うことなどできはしない。そして燭台切光忠と言う男はここで文句を言うことさえ考え付かないほど、自分の信念に忠実であった。格好良くサポートしたいよね。
服を寛げつつも全て脱がせてしまうのは彼女が不安に思うかも知れないと、シャツはボタンを外すだけに留める。現れた柔肌に唇を寄せながら、現代の下着であるブラジャーのホックを外した。白い生地に淡い色の刺繍が施されたそれを上にずらせば、仰向けになっているせいもあるのだろう、緩やかに膨らむ胸が露わになった。脇の方からそっと寄せて優しく揺らすように揉むと、審神者の唇からは静かに吐息が漏れた。手全体で優しく膨らみを包み込み、人肌とその柔らかさに燭台切の口からはため息が漏れる。自身の身体は男のものとはいえ人であるのに、こうも違うのかと驚嘆せざるを得なかった。
暫しその柔らかさに耽りつつ、知識の先導に従ってふっくらとした胸の先を舌先でつつくと、直ぐに乳首がぷくりと膨れ上がる。微かに音が漏れる程度、ちゅ、と吸い付くと、心地よさそうな嬌声が上がった。そのまま、もう片方の乳首を指で挟み、小刻みに指をばたつかせ、弄る。
「ん……はぁ……」
うっとりと感じ入る審神者は目を閉じていた。燭台切への信頼の現れだろうと思い、たっぷりと乳房を愛撫した後そっと顔色を窺いながら手を滑らせ、膝の辺りから太ももの外側を撫で上げる。そのままチューリップスカートの中へ手を忍ばせると、細心の注意を払ってストッキングを降ろした。それに気づいた審神者が少し腰を浮かせたため、燭台切は礼代わりに恭しく審神者の足を取り、甲に口づけた。
「……凄い景色ね」
「君がそれを言うのかい?」
「だって、燭台切みたいな美男子が私の足先にキスだなんて」
容姿を褒められ、俄かに燭台切の気分はよいものになる。普段から身形に気を使っているせいもあるだろうが、毎日「今日も決まってるわね」と言われることはあっても、改めて見目を褒められることなどないからだ。彼女の所有となっている今、主たる存在に「私の刀は美しい」と誇るように言われて喜ばない刀など――まあ、一部はいるが、燭台切としては喜ばないわけはない。
面映ゆく思いながらもふふと笑う彼女に
「奉仕ならいつもしてるだろ?」
そう言えば、
「そうじゃなくて……気障な振る舞いも嫌味なくらい……ううん、嫌味にさえ見えないほどキマってるってことよ」
と機嫌のよい声色が二人の狭間で弾んだ。
「光栄だな」
するりと審神者の足を撫で、燭台切は両手でスカートを腰元まで引き上げた。胸元を守っていたものと同じ意匠のショーツが顔を出す。恥じらいからか、審神者が太ももを擦り合わせる動きをするのが妙にいじらしい様に思われて、燭台切は胸が温かくなった。
「……燭台切は服を脱がさない方が好み?」
「心外だな。君が安心すると思ったんだけど」
「あら、そうなの……」
「皺になるのが気になるなら全部脱ぐかい?」
「ふふ、燭台切らしいわね。大丈夫よ」
「なら、この可愛い下着を脱がせても?」
「ん」
再び腰を浮かせた審神者の足から、手触りのよい白い布地をそっと引き抜く。女性の下着などに詳しいわけではないし、特に強い関心があるわけでもなかったものの、白と言うのは何とも上品に見えるものだと思う。しかし日に焼けぬよう努力している審神者の肌色には濃い色の方がよく映えるのではと益体もないことまで飛ばしかけた思考を引き戻し、枕の影に追いやった『三種の性具(神器)』を取り出した。良い空気ではあるが、燭台切は審神者の恋人ではないし、この後自身の猛りを彼女の身に埋めることもないということを思うと何ともちぐはぐであった。刀剣男士としては構わないはずなのだが、どうも人の姿を持ち、人の常識を持った部分が違和感をもたらすらしい。
(男の僕が男の形をしたものを持ってるのって、なんだかすごい違和感……ローションとバイブだって本当は使わずにできればいいんだけど、女性の身体に初めて触れる僕より、きっといつも通りにしているように勧めた方が彼女も気持ちよくなれるはずだよね。道具を使わずに、って言うのはそれこそ恋人がすべきだ。今回の目標を達成するために、僕が今重視すべきはここじゃない)
既に行為そのものへの躊躇いも失せ、燭台切は手のひらに収まるバイブのスイッチを入れた。ヴヴゥーン、と音が出る。落とさないよう気をつけながら、それを膝を立てた審神者の太ももから這わせ、茂みへと潜らせた。瞬間、審神者の息が乱れ、表情もぴくりと変化する。快感を追うためか目を伏せた彼女は、燭台切の手に自分のそれを重ね、茂みに隠れる敏感な肉の芽へと導いた。
声を掛けることは野暮だろう。そう思い、燭台切は導かれるままバイブを押し当て、小さく動かす。角度を変え、より審神者が気持ちよくなれるよう調整すると、小さな嬌声が零れ始めた。
「ほら、足。閉じちゃだめだよ」
「んっ……」
燭台切の声で、じりじりと中央へ寄ろうとしていた審神者の足が開く。腰が揺れ、悩ましく男を誘う。一般には非常に刺激的な姿ではあるが、格好悪いのを避けるというただその一点において協力している燭台切としては最初審神者から頼まれたように、彼女が目的を達成するために尽力するという最優先事項が存在するため意識全てを奪われるわけには行かない。今の燭台切にとって注意すべきことは審神者が快感を得られているかどうかではなく、足を閉じないよう促してやることである。快感を得ているのは大前提でしかないのだ。
しかし、乞われてそのようにしているだけとは言え、自分の指示に懸命に応えようとする姿と言うものはとても喜ばしく、よいものだと燭台切は思う。いつも審神者は自分たちを見てこのように感じているのだろうか。敵の本陣に乗り込むことが叶わず途中で退却してくることがあっても叱咤されることもなく怪我の心配をされ、手際よく手入れ部屋へ入れて行かれ、労われるのは、「応えよう」というその気概をきちんと見てくれているからなのかもしれない。
胸が熱くなる燭台切であったが、審神者の手がバイブを赤らんだ秘所へずらすのを見て、思わず足の間に身体を滑りこませた。
「待って。きちんとスキンはつけようね」
「だいじょうぶ……綺麗にしてるから……」
「だめ。エチケットだよ」
まさか毎回スキンなしで入れているのだろうかと思いつつ、燭台切はアダルトグッズが隠されていた場所から箱を引き寄せ、大小様々、用途もある程度察することが出来そうな物の中から今必要なものを探し出す。見るからに『お徳用』感のある透明な袋にコットンのように詰め込まれたそれを手に取り、連なる中から二、三ちぎり取った。本来は袋一杯に入っていたのであろう容量がなかなかに減っていることに関しては考えないようにする。
本番でこのような状況になったら僕は自分が許せそうにないな、と思いつつ、目に入ると我に返ってしまいそうな箱を元の場所へ戻し、袋を開けた。
「わ、じ、自分でつけるわ」
「じゃあ、君はこっち」
慌てて上半身を起こした審神者に、ディルドと袋一つを渡す。流石に自分のものではない男性器――を模した道具に被せるのは趣味じゃないから、と思ったところで、それを女性、しかも主につけさせている状況に気づき、べつにだからと言ってそちらの趣味があるわけでもないんだけどと自分で自分を庇いつつ、手のひらに収まるバイブをスキンで包んだ。
(……それにしてもこのスキン、ちょっと大きくないかな……)
「これ、もともと道具に被せる前提のスキンだけど、そっちを中に入れるとなんだかシュールね」
「えっ、あ、ああ……」
一瞬、思考を読まれたのかと心臓がしゃっくりよろしく跳ね上がるような心地になりながら、どうにか言葉を返す。
「それでも、つけるべきだと思うな。君はもっと自分の身体を大事にしてよ」
「うーん」
「僕たちが居る以上、もう君ひとりの身体じゃないんだからね?」
「はぁい」
渋々頷いた審神者にひとまず元々鋭くない舌鋒を収め、燭台切は審神者の内太ももを撫でた。腹の上にスキンを被せたディルドを乗せる審神者の姿に、きっと本来今すべきことは足を開いて達することができるようになる事ではなくて、このどうしようもない色気の無さをどうにかすることなんだろうなと再び思う。尤も、自分に発揮されるのも困るため口にはしない。率直に言って審神者に対し欲情する感覚が今この時でさえ分からないからだ。じわりと股間が温かくなっているような気はするが、それだけである。
後で告げておくべきであろう改善点を心に留めておきながら、燭台切は審神者に手を引かれるままにバイブを秘所へあてがった。うっとりとした声が漏れ、審神者の手はどんどん進んでいく。柔らかな肉はしっとりとして、つるりとしたバイブに突かれてきゅっと収縮するような動きを見せた。
「ローションは要らない?」
「ん……」
とろんとした目で燭台切に頷いて見せる審神者の手がゆっくりピストンを始め、クリトリスとの間を行き来する。
「ふ……ん、」
クリトリスにバイブを押し付けて気持ちよさそうな声を上げる審神者に、きっとそちらの方が敏感なのだろうと察した燭台切は、指先で湿り気を帯びた肉に指を埋めた。
「あっ……」
ぴくんと審神者の腰が跳ね、胸がそれに合わせてぷるんと揺れる。痛いわけではなさそうだと、ゆっくり指の先を出し入れする。爪程しか埋まっていないが、それでも小さく動かせば、既に濡れていたのだろう、彼女の愛液が指に絡みついた。くちゅくちゅと小さな音が出始め、十分に指を濡らしたのを確認して更に奥へと進める。
「はぁ……っ、あ、はんっ」
ぬるりと大した抵抗もなく入り込んでしまった先で、一際審神者の声が高くなる。
「この辺がいいんだ」
「あっ、あんっ」
決して乱暴にならないよう気をつけながら、手首の捻りを咥えながら大きく、肉と指の摩擦が起きるように動かす。ともすればつるりと滑り手から抜けてしまいそうなバイブをしっかりと掴み、狙い、打ち付ける。
「……それとも、擦れるのがいいのかな?」
「ぁ、あ、……っ、いい……きもち、い」
審神者が眉尻を下げながら感じ入る姿を見下ろしながら、燭台切は開いた片手で審神者の内腿を撫で上げた。
「ほら、足。閉じてきてるよ」
「んっ、ぅんっ」
「はい、よくできました」
快感が走る度に閉じたそうに揺れる足をどうにか開こうとする審神者を労わると、審神者がもどかしそうに腰を揺らした。指を増やし、張型を挿入する準備を整える。
かぐわしい蜜は後から後から溢れてくる。経験こそないものの、燭台切の中にある知識が冷静に女性の身体の反応についてを紐解くが、そこそこの大きさを誇るディルドが傷つけず入るほどの量にはならなさそうだった。
(戦のことならともかく、こういうことを、僕はどれだけ知ってるんだろうね……。薬研くん程の医療知識はないからこれも個人差なんだろうけど……経験がないのに性知識が経験したように豊富なのはどうなのかな)
知識があって困らないことは分かってはいるが、違和感がないわけではない。尤も、このようにして審神者の役に立っているのであれば歓迎すべきことでよいのではと割り切る気持ちもあった。
息を乱しながら呼気に混じって響く嬌声と、指から感じる人の体内の熱、柔らかい肉の感触、時折きゅっと燭台切の指を包む力を感じながら、燭台切は考える。
人の温かさ、柔らかさは指でさえ十分感じられる。とろとろと燭台切の指を歓迎するこの中に包まれたいという願望を胸の中に感じるが、かと言って勃起するような興奮はなく、もしかすると人の男と言うものは性器で快感を得ることで初めて、性器を入れたいと思うものなのかもしれない、と。この場所に入るには指では短く、男の太い腕まで収めることはとてもできそうにない。普通、男の身体でぴったりとはまるのは性器くらいのものだろう。
その為の場所だから、と言うのは簡単である。ヒトに限らず動物は皆そうであるからだ。
(僕もそういう感情を知ったら分かるのかなあ)
審神者を大切にしたいという感情は持っている。誰でもよいわけではなく、目の前にいる彼女にこのように妙なことを指示されて乗っかる程度には気を許しているし、また慕っている。それは彼女と培ってきた信頼関係の結果だ。
この熱と肉に包まれれば、きっととても落ち着くことだろう。今でさえそう感じるのだ。けれど、審神者に勃起するような衝動を覚えることなど考えられなかった。
「ぁ、っ奥……ね、入れて……!」
しつこいほど審神者の蜜壺の口を丹念に解していると、堪りかねたように縋られた。念のためもう大丈夫なのかと尋ねれば、何度も大きく頭が動く。バイブを審神者の手に預けると、燭台切はたっぷりとディルドにローションを垂らした。満遍なく絡め、広げ、バイブよりずっと肉感のある感触にこれまた感心しつつ審神者のしっとりとしたその場所に擦り付ける。驚くほどにぬるりと滑ったディルドに、男を迎える肉壁が蠢いた。
「入れるよ……」
クリトリスにバイブをあてがったままの審神者の手の甲を撫で、出来るだけ探る様にディルドの先を押し込んだ。ローションに助けられ、じわじわと彼女の熱い肉が人工的な男根を飲み込んでいく。最も傘の張った部分を通過すると、悲鳴染みた声と共に内部で力を込めたのか、ディルドが動いた。審神者の表情に痛みが無いことを確認し、更に奥へと押していく。と、ある場所で審神者の唇が戦慄いた。
「ぁ、……は……ああんっ」
反射のように腰が跳ね、膝閉じる。燭台切がいるためか緩やかではあったものの、ディルド越しに彼女の内壁の収縮を感じた。
「ここが良いのかい?」
「あ、あっ、あ、はあんっ」
小さくディルドを揺さぶると審神者の足は何度も落ち着きなく揺れ動く。しかし制止の言葉はなく、燭台切は場所を意識しながら、今度はゆっくりとディルドを引き抜き、亀頭部分でその場所を意識的に擦る様に出し入れした。
「あっ……ん、そんな、……っ、ゆっくり……!」
「激しい方がお好みかな」
「ちが……動くの、分かる、から……っ」
「じゃあ、好き?」
「んっああっあ!」
「ああ、足。ね、ほら、閉じちゃだめだろ?」
足を踏ん張り腰を浮かしながら、ぴたりと身を寄せ合おうとする太ももと膝。それを撫でまわし、意識させ、ゆるゆると開いていく様に燭台切は笑みを浮かべた。健気な姿もさることながら、自分の手によって容易く乱れる審神者の姿はたわいなく、愛おしさと言うべきだろう微笑ましさがあった。胸をくすぐるような心地は間違いなく快感の一種に違いない。
漸くこの行為そのものへ興が乗り、燭台切は緩急をつけながら審神者の口から言葉を引き出していく。
「僕に教えてよ……君がどうされれば気持ちよくなるのか」
「あっあ、ああ……っア、ん!」
角度を変え、斜め上から、右から、下から、左からストロークを繰り返す。雁首まで外に出せば卑猥な水音がしたが、審神者の顔には興奮よりも苦しさが目に見えて直ぐにやめた。
(この試行錯誤は好きかもしれないなあ)
相手の反応を見て、最もよいものが返ってくるまでじっくりと探す。そしてそれが得られたとき、燭台切もまた充足という快感に満たされるのだ。
「も、擦って……! あ、そこ、もっと……っ」
「ん、こうだね……」
膨らんだ亀頭で中の良いところを突かれるのも気持ちよさそうだが、少し上の角度から、裏筋を目いっぱい使ってお尻側を強く擦る。こんなことを僕が知っても仕方がないけど、と冷静な部分では思うのだが、それも直ぐに霞んで消えた。審神者の足から力が抜け、互いを支えるように閉じてしまう。
「ああほら、まただよ。足、開いて」
「ふぁ、あ、ああっ、やっ、い、く……!」
審神者の弱く良い場所を的確に捉えつつ、燭台切の声で足を外側へ力なく開ききった審神者は、涙声にも似た声色で顔をゆがめた。上ずった声は快感に濡れ、高まりに比例するように浅くなる吐息が燭台切に限界を教えてくれる。バイブを手にした審神者の指先は白く、燭台切はそのまま焦らすことなく審神者の良いポイントめがけて集中的に、激しく小刻みに突いた。
「ひ、ぃ、あ、ああ、あ、あ」
「いいよ、そのまま……イってごらん、」
「んゃっ! あ、ああ!」
審神者の声が一際大きくなり、腰が大きく痙攣するように跳ねた。ベッドが軋み、燭台切の動きを遮るように膝が閉じられる。審神者の手がバイブから離れ、そのまま足を伸ばしても尚、燭台切は手を止めなかった。
「もっ、あ、あ、いい、いいっ、終わったからっ」
「本当かな、今の方が凄く気持ちよさそうだよ? それに……本当なら男の人はこうして、君の足の間に居るわけだし……そんな風にして止めさせようとしても無駄だよ」
「あっ、ひぁんっ!」
審神者の足を開かせ、燭台切はその間に上半身を滑りこませた。強く中を掻き乱すようにディルドの付け根をぐるりと動かすと、審神者の口からは蕩けそうなほど甘い声が飛び出す。乱れた衣類や普段は露わになる事のない胸の双丘、日に当たらない胴体の肌の白さが眩しく思われて、燭台切は目を細めた。
「やんっ、これ、はぁ……っ りゃめっ」
ディルドを支える燭台切の手に、審神者の手が伸びる。しかし力が入らないのか、手は燭台切のそれに重なっただけで、それ以上の意志は感じられなかった。燭台切は手を止め、苦笑する。
「ねえ、君のそういうところは可愛いけど……人間の男の人は本当は抵抗するつもりがないんだって思いそうだよ。くれぐれも君のことを大切にする相手じゃないと、僕は許さないからね」
意地悪だったかな? と言葉を添え、審神者の中からゆっくりとディルドを引き抜く。ごぷ、と凶悪なまでの音を立て、ディルドの亀頭が姿を現した。審神者が細く息を吐くのを聞きながら、ベッドの上で未だに震えたままのバイブのスイッチを切る。
「さて、お疲れ様。……取り敢えずまず、服を整えようか。その間に僕はこれを片付けるけど……」
「ありがとう。どっちも丸洗い大丈夫だから」
「オーケー」
燭台切はサイドテーブルに置いてあったティッシュの意味を把握しながらも数枚手に取り、審神者の濡れた場所を軽く拭き取った。彼女の腰元に溜まっていたスカートの裾をおろし、ローションの蓋を閉めたことを確認した後、取り払っていたストッキングと下着を審神者の方へ移動させる。スキンを被ったままのバイブとディルドを自分の影に隠し、審神者が外したものを身につけるのを確認してから、持つべきものを持って審神者の部屋の横に設けられた小さなキッチンスペースに立った。
(うーん、本当ならここで蒸しタオルとか渡せたらベストだけど、仕方ないよね……っと、そうそう、一応水分補給はして貰った方がいいか)
ゴミ箱の中にスキンとスキンの包みを捨て、丁寧に流水ですすぐ。本丸の大きな炊事場とは異なり、ここにあるキッチンスペースは審神者にとって馴染みのある仕組みになっていた。竈はIHコンロに、井戸は水道、レンジがあればオーブンもあり、小さな冷蔵庫も備え付けられている。勿論、土間などではない。
シンクで十分に二つのアダルトグッズを清潔にした後は清潔なタオルで水気を取って、そのままタオルにくるむようにして手に持つ。燭台切は冷蔵庫から水の入ったピッチャーとカップを出し、審神者の元へ戻った。
「あ、ありがとうね、燭台切」
「構わないよ。はい、お水」
重ねて礼を言いながら、審神者が燭台切からカップを受け取り、のどを潤す。タオルに使用した道具が挟んであることを告げ、彼女が一息つくのを見計らって、燭台切は切り出した。
「さて、今回の目的は達成されたかな」
「ん、あ、そうね!」
カップをテーブルに置き、審神者は明るい表情を見せた。
「やっぱり燭台切にお願いして正解だったわ。ばっちりよ!」
きっと男としてなら全部任せてくれた上で、うっとりして言われたかったかもしれない。燭台切はそう思った。しかし実際のところ燭台切は刀であり、そうでなくとも彼女に仕える部下と言う立ち位置で、そのように自覚している。彼女が刀剣男士たちをどのように捉えているかは不明ではあるが、非常に心砕いていることは分かるため、彼らが彼女を慕うように彼女もまた刀剣男士たちに心を許していることは窺える。互いに燃え上がるような恋といったものはまるで感じられないが、男と女と言う性別を超越した、家族にも似た愛情、あるいは寝食を共にし、命を預け合う信頼において、そして何より燭台切光忠と言う刀剣の性質として、褒められることは単純に喜びを感じるものであった。
「君に満足してもらえて僕も嬉しいよ」
よって、燭台切は素直に彼女の言葉を受け取った。
「私も頑張れたし何より……『ちょっと』意地悪されるくらいが最高に興奮を得られるらしいのよ。新たな発見だわ」
うん。それは心の中に留めておいてほしかった。
今日一日で知ってどうなるものでもない審神者にまつわる知識が増えていくことに少しばかり遠い目になりながら、燭台切は「よかったね」と無難な返事をした。
「この調子で行けば足を開いたまま自在に中イキが……!」
「ああーっと! そのことなんだけど」
このまま彼女のペースに流されるのはよろしくない、と、遅まきながら悟った燭台切は慌てて審神者の言葉を遮った。もはや手遅れ感が相当強いが、審神者の言葉を待っていれば今後もこのようなことに付き合うことになりかねない。嫌悪感などはないものの、やはりこのようなことは小姓など、それに準じる役職の者が負うべきではないだろうかと感じ始めたためだ。漸く燭台切の頭に冷静さと常識と言うものが帰ってきた証拠である。随分と長い遠征であった。審神者のもたらした衝撃の強さは計り知れなかったということだろう。
「僕からの意見を言わせてもらってもいいかな」
燭台切の美学的に、断りたい理由はいくつかあった。何より、このようなことは本来然るべき相手と行うものである。しかし燭台切はそのようなことは当然審神者も考えているだろうと、敢えて口にすることはしなかった。きっと敢えてのことに違いない。精神衛生上と言う意味でもそう思いたかった。
「どうぞ」
「ありがとう。じゃあ、……あのね、君は凄く気にしてたけど、今回のこれ、練習する必要はないんじゃないかな」
「……というと?」
「体勢にもよると思うけど、僕が最後にやったみたいに相手の人の身体があったら、足を閉じるのはそもそもできない。君は……今、足を開いたまま達することそのものは出来たわけだから、もう無理に開こうと意識しなくてもいいんじゃないかってね」
「なるほどね……世の中にはだいしゅきホールドってジャンルもあるわけだし、一理あるわ」
「僕は突っ込まないからね」
「さっきはあんなに優しく突っ込んできてくれたのに」
「こら。そういうことは言っちゃだめだよ」
大人しく燭台切の言い分を聞き入れていた審神者が茶化したことで、場の空気が解れるのを感じた。悪くはないが、品の無い駆け引きはよろしくない。
燭台切がわざと顔を顰めると、審神者はあっさりと頷いた。
「分かったわ。ちょっと思いついたから言ってみたかっただけよ」
「まさにそれを止めるべきだと思うけどな。……君が突然僕を巻き込んでこんなことをしたのも、思いつきかい?」
もしそうだったらここで一つお説教が必要だと燭台切が気を引き締めると、審神者はそんな燭台切には気づかない様子で、気安く答えた。
「ちょっとね、お友達になった審神者さんに彼氏ができたみたいで。ほら、私たちのサポートとして神職の方々も協力してくださっているのは知っているでしょう? 本丸を現代につなげる時のカモフラージュになってくれてる。その中の一人なんだけど」
「うん」
「その審神者さんと話していたら、まあ、審神者業って一人上手が多くなっちゃうよねって言う話になってね? とてもデリケートな話だから詳しくは省くけれど、一人でするのに慣れてしまうと、男も女もセックスで感じるのが難しくなるのよねって」
「……それで君は危機感を抱いたってわけだね」
「イエス!」
なんて単純なんだ。燭台切は自分のことを棚に上げ、そう思わざるを得なかった。よく今まで誰に騙されることもなくこれたものだ。周囲に恵まれていたか、運がよかったとしか思えない。しっかりしているように見えて、実は自分たちの主はとんでもなく無防備な人なのかもしれない。
この本丸に立ち入れるのが審神者だけである事につくづく安堵しながら、燭台切は審神者の言葉の続きに耳を傾けた。気分は完全に兄によく似たそれである。
「ただ、そうはいっても適当な人に手を出すわけには行かないじゃない。自分のためにも、相手のためにも。その点貴方たちとは良い関係を築けてきたと思っているし、断られたら断られたでそれでよかったし、それに人間の男と同じように興奮しないんじゃないかと思ったから。それに貴方たちが暴走してしまったとしても、それこそ私の腕の見せ所でしょう? 普通の男性なら敵わないけど、貴方たちなら心を宥めることくらいは出来るもの」
「……僕は君から物凄く信頼されているんだって受け取っておくよ」
実際のところ安全牌宣言であり、女ながらいざという時も一人でどうにか出来ると思われていることは存外、燭台切の男の部分や自負を凹ませるものであった。かと言って彼女から迫られれば困惑するより他ないのだから、男心と言うものも女心並に複雑である。
(今日はいろんな発見があるなあ。発見したくなかったことも含めて。)
しみじみとそう思いながら、燭台切は最後にこう締めくくった。
「取り敢えず君は愛し合う時の身体の事じゃなくて、まず素敵な人と恋人になるための自分磨きをするべきだと思うよ」
「……違うのよ! まず一人でするより二人でする方が気持ちいいってことを身体と心で知らないといつまで経っても見つける気にすらならないと思うのよ!」
「はいはい。……まあ、君の身体はとても触り心地が良いから、後は君が好ましいと思う男性の身体に触れることを好きになれば良いと思うよ」
「えっ」
「出来る限り協力はするけど、……僕らを『男』にした後のことはよくよく考えてほしい、かな」
これくらいの意趣返しは許されるだろうと思いながらも、燭台切を見上げて固まる審神者に、苦笑が堪え切れなかったのは致し方ないことであった。
後々になって二人は、否、審神者は「燭台切ほど上手い男でなければそもそも感じること自体が難しい」という問題に直面することになるのだが、それが判明するのはずっと先のことである。
2015.06.05 pixiv掲載