この話には性描写が含まれるため、18歳未満の方の閲覧を固くお断り致します。

書記官殿の大捕物

 ――『アルハイゼンに話しかけられたときは要注意だ。隼の狩りのように、あっという間に隠し事は暴かれ、大マハマトラがやってくる』。
 そんな風に噂されていることを、きっと本人は毛ほども気にしていないのだろう。そう言われるようになる前からあの男の性質はよく知られていたし、有名であったから。

 常に自分を律することができて理性的。感情を排して俯瞰・客観視できるから、やるべきことを淡々とこなせる。人の目を気にせず静かに真理を見つめる男……その上、有能で頭だけじゃなく荒事にもある程度自力で対応できる……なんてうらやましすぎて最早いけ好かないレベルだ。
 その上、アルハイゼンという男は愛想がないばかりか、人の感情の機微もその頭の良さで理解できているというのに、相手に合わせると言うことをしない。少し調子を合わせるだけで人間関係などいくらでも円滑になるというのに、彼はその優秀さ故に、人の輪に入ること自体に全く価値を見出していない人でもあった。助け合い、というものに縁がないというか、彼は基本的に人の助けも、そのために必要な好意も必要としない。なにもかも、彼が秀でているが故に。

 ともかく。
 アルハイゼンという男は用もなく人に声を掛けたりしないし、ましてやカウンターとはいえ酒場の隣の席に陣取ったりしないのである。
 ――なのにどうしてそんな男に声を掛けられ、酒場の隣の席に陣取られてしまったのだろうか。
 え? これ私捕まるヤツ? 何も悪いことしてないんですけど。同窓会に参加して、ゆっくり飲み直しに酒場に来ただけなんですけど?!
「何もそう怯える必要はない。俺は少し聞きたいことがあって声を掛けただけだ」
「それは……分かっているつもり、だけれど」
 からからとグラスに入った氷を回しながら、時間稼ぎのように口を閉ざす。聞かれたこと以外は応えるつもりはないという意思表示だ。賢いこの男なら気づくだろう。そしてこの男が本題以外の話を振ってくるとは思わない。

 スメールシティ、というより、教令院内部の政治にきな臭さを感じて、私は卒業と同時にスメールを離れていた。ティナリ先輩はレンジャーとして雨林で活動していたようだけど、私はモンドで錬金術を学ぶため、伝手を頼って留学のようなものをしていたのだ。遊学者(ダリオッシュ)ほど公的な肩書きはないものの、あちらの西風騎士団には図書館の司書を務めるリサ先輩がいる。彼女は教令院で今なお名前を聞くほどの才女であるからして、同じ教令院で学んだよしみという、なんともか細い糸を手繰ったというわけだ。素論派という共通点もあったし。
 だからといって無策でモンドにまで行くなんて、と言われそうだけれど、それほど教令院内の空気が最悪で、万が一にも巻き込まれたくないと必死だったと言ったら、どんなに最悪な空気感だったか伝わるだろうか。

 それがこの一年ほどですっかり様変わりした。クラクサナリデビさまもご壮健で、セノ先輩は大マハマトラとして辣腕と大鎌をふるっているそうだし、スマートな所作で私の隣の席に座ったアルハイゼンに至っては、臨時とは言え代理賢者だそうじゃないか。大出世だ。
 ちなみに教令院は卒業した年度で先輩後輩と呼び分けるため、アルハイゼン『先輩』なのだが――……年齢はそう変わらないし、接点もないからいいだろう。
「それで、同窓会後の只人に、スメールのお偉い様が何用でしょうか」
「言葉は適切に運用すべきだな。君の口ぶりが俺に影響することはない」
 そうですか。そうでしょうね。
 なんの実もない相づちを飲み込む。お酒はすっかり飲み頃を失っていた。
「アルハイゼン先輩は相変わらずですね。それで、私に聞きたいこととは? あまり有用な情報を持っているという自覚はありませんが」
「ああ。君にしか答えられないことだから問題はない。
 君は俺に好意を持っていたはずだが、何故何も言わない」
 カンッ。
 手を滑らせる前にカウンターテーブルに置こうと思ったグラスが、思いのほか強い音を立てた。
「……は、」
「学生時代、君は俺のことが好きだっただろう」
「……は?!」
 酒が回っただけではない。腹の底、身体の奥から湧き立つような熱が全身へ駆け巡る。一番被害が大きいのは顔だった。
「その反応。好意は今もあるようだが、」
「なんっ、なに、はあ?! いきなり言うに事欠いてなにを……っ!」
 感情の限り声を荒らげなかった私を、誰か優しく、やさし~く褒めて欲しい。
 顔どころか全身が熱く火照って真っ赤なのはもう隠しようもないが、まだ理性は懸命に最善を尽くしていた。
「勘違いの思い上がり、」
「ではないな。君と話をしたことはそう多くないが、君の態度や眼差し、声色には好意があった」
「……そうだとして、何故今そんなことを本人に馬鹿正直に聞いてるんですか」
「俺も君に好意を抱いているからだが」
「――は?」
 は、が多い。語彙が終わってる。学生の頃の方がもっと豊かな語彙があった気がするのに。錬金術の勉強とモンドのお酒で社交性が下がったのかしら。
「とても信じられませんね。でも、学生時代を知る身として、あなたがこういうやり方で何かを探ろうとしているとも思えません」
「そうだな」
「そういうやり方を覚えました?」
「まさか。時間の無駄だ」
 ぐるぐるぐるぐる、なんだか嬉しい気持ちと困惑と、よく分からない挙動をするこの男への、未知への恐怖がない交ぜになっている。
 時間の無駄と斬って捨てるところは変わっていない。そして、この問答を無駄とは思っていない。想いの確認をすることについて、いくらか重きを置いていると言うことは分かる。
「君も分かっていたと思っていたが、卒業後すぐにモンドへ向かっただろう」
「え、ええ……少し前まできな臭かったじゃないですか」
「その嗅覚があるなら、俺と君はすり合わせるべきものがあったと分かったはずだ」
「何一つ分かりませんけど?」
 というか、初耳だ。そしてどういう流れに持って行かれるんだろう。
「もしかして私今口説かれてますか?」
 ああだめだ、そろそろ酒が頭の方にまで回り始めている。
 バカの質問だなあ、と片隅で思いながら、信じられない気持ちで彼を見る。まだ注文さえしていない素面の男は私を見返すと頷いた。
「正確に言うと『確認』だ。俺達はお互い想い合っていたはずだが、それは俺の勘違いだったようだからな」
「そりゃあ私たちの間にはなんの実績も積み重ねもないですからね?! というか、私があなたを好きだという前提で話を進めないでください。あなたが私を好きだという話も今初めて知りました。というか、今する話なんですか、これが!」
「でなければ君はまた何も言わずモンドへ行くだろう」
「行くというか、そりゃ帰りますよ。まだ勉強中ですし、あなたとは恋人でもなんでも無いですし、仮に、百歩譲って、万が一にも恋人だったとしても遠距離恋愛くらいはするでしょうよ」
 半ばやけくそになって、半ば呆れ気味にそう返すと、アルハイゼンは沈黙した。涼やかな顔で何事かを考えている――私を見つめたまま。
 視線に射貫かれて、重なった目から何かを見つけられてしまいそうで、私はふいと目を背けた。
 氷で薄まったグラスの中のアルコールをあおる。ああ、美味しいタイミングは過ぎてしまった。
「君は素直じゃないな」
「あなたは素直通り越して不気味ですよ」
「少し考えれば分かるはずだ」
「残念ですがあなたのことを『少し考える』暇はなかったので……」
「そうか」
 なんか学生時代に抱いていたものと違うな。彼は決して無垢なわけではないから、本当に不気味だ。大体、彼の『少し考えれば』は結構しっかり考えないといけないはずだ。普通の人は彼ほど洗練された思考をしていない。
 アルハイゼンが腕を組んだ。長身で顔も良い彼がそうすると絵になるから悔しい。絶対に見ない。
「学生時代、君は非常に論理的だった」
「はぁ」
「君は相手の不正確性や思い込み、希望的推論に容赦がなかったが、感情にも重きを置いて相手からの反発を避けていたな」
「……」
 は? 見られていた? アルハイゼンに?
「一方で、多くの学生がするようなガス抜きはしなかった」
「……ああ、もしかして愚痴大会とか陰口の話ですか?」
 頷きが返ってくる。断定口調だけれど、この人、私のことどれだけ知ってるんだろう。急に興味が湧いて、耳を傾けてしまう。
「君は真面目かつ実直だが、融通が利かないわけでもない。非常に好感が持てる」
「好感を持っていただいているところすみませんが、私はあなたのこといけ好かないと思ってましたよ」
 どうせまたモンドに戻るし、もう教令院は卒業したのだ。犯罪でもないのだし、少しくらい心境の吐露も悪くないか。
 そう思って呟くと、アルハイゼンが先を促すように片眉をあげた。
「アルハイゼン先輩は優秀で、誰の助けも必要なくて、感情を排せるから迷いもなくて、淡々として穏やかで、ほんっとーに羨ましかったですよ。嫌味が服着て歩いてるなって思いました。存在がもう嫌味。誰にも迎合しない、する必要もない強さがあって、当てこすりや嫌味を言って絡む人の気持ちは本当によく分かったものです。まあ気持ちが分かるというだけで、言いがかりをつけてるのは見てられませんでしたけど」
 一回言ってみたかった。本当にいけ好かないって。
 アルハイゼンがそういう仕草をする人というわけではない。その在り方が歯を食いしばるほど羨ましくて、……だからそう、妬ましいのだ。
 だから、私が彼に抱いている感情は『好き』などと言う甘いものではない。羨望と嫉妬と……憧れや尊敬が混じった、苦みの強い香草みたいなもの。
 でも、本人にぶつけられて結構スッキリした。
 満足していると、アルハイゼンは一人鷹揚に頷いて、
「君が俺をどう思っているのかについては理解した。しかし、そのように言葉を尽くして俺を持ち上げる必要はない」
 そんな、すっとぼけたことを言うものだから、いよいよ私の声は乱れることになった。
「これっぽっちも持ち上げてませんけど?! 私の話聞いてた??」
「どうやら俺は君に高く評価されているようだ」
「ちっがーう! ってば!」
「だが、君が今連ねた言葉はどれも極めて好意的なものだろう」
「だから! そういう所がいけ好かないって言ってるのに!」
「そういうことならば、君こそ自分の感情について承知した上で、それとは別に俺について客観的な評価をしていると言うことになるな。それも君の言葉を借りるなら、評価するに値すると言うことになるが、君は自分のことになるといささか判断が下振れするようだ」
「くっ……!!!」
「賛美も罵倒も俺には興味がないことだ。だが、君が自分の感情を理性の下に置き、俺と言葉を交わしているのは真摯で好ましいと思う」
「うわーっ!!!! そういう所がいけ好かないッ!!! ちっくしょう!」
「君は悔しさを自分に向けることで内省を促し、沈黙を美徳としているようだが、その時間を自分の目的に費やせばより有意義な時間を過ごせるだろう」
「   」
 なんか私が口説いてるみたいな言い草やめて?! あなた今私を好きだって言って、ここは酒場で、黙ってモンド行くなって恋人面して、ああもう一体なんなんだ!
 言葉は溢れてくるのに、舌と喉が全然追いつかなくてパニック寸前だ。
「ああそうだ」
 ぐるぐると渦潮のように混乱する思考の中、アルハイゼンはもう一つ爆弾を投下してくれた。
「今君が吐露した俺に対する感情は正確じゃないな。君は本当に素直じゃない」
「~~っだから、」
「後は君が素直になるだけで俺達は恋人になるが、ならないのか?」
 じっと私を見つめて、アルハイゼンが静かに問いかけてくる。
 ……恋人?
「……は、……ぇ」
 そうして、初めて視界が開ける。
 酒場の様子が妙に明るく見えて、ちらほらといる客がこちらを気にしている気配と視線、私の意識が向く度に逸らされる顔達。
 アルハイゼンの注文を待つために私たちの全ての会話をずっと聞かされているバーテンダー。
 カッ。
 発火するんじゃないかと思うほどの灼熱が頬を貫いた。
 その中で一人、涼しげなまま私の返事を待つ男が、アルハイゼンだけが私を正面からじっと見据えている。

 ――頭が真っ白になって、涙目で酒場から逃げ出した私は、きっと悪くないはずだ。
 けれどそんな行動も、翌朝「酒代は払っておいた」と私の所へ来た彼には無意味に等しかった。私が逃げると思ったのか、嘘みたいに早い時間に起こされて。
「借りにしたくないから払うわ。ちょっと待ってて」
「いや、いい。借りにしたくないというなら、君の気持ちを正しく教えてくれ」
「……あなた、どうしてそこまでこだわるの。そこに真理への道はないわよ」
「君がいるだろう。だから昨日からこうしている」
「……」
 唯一の入り口にはアルハイゼン。部屋に入れるのも嫌。スメールに一時帰国しただけの借宿だから無視もできない。
 そうして逃げ道を失った私が隠し続けた心を暴かれるまで、珈琲一杯分を楽しむ程の時間さえ必要なかった。
 っていうか何でこの人、私が泊まってる宿まで知ってるのよ!

******

 アルハイゼンの顔が近い。近かろうが遠かろうがそのかんばせが良いことに変わりは無いけれど、近いことでより私の心を覗き込まれているような気になって、そんな風に動揺した私が何を考えているのか、全て見透かされているような気がして落ち着かない。
 顔が赤くなっていっている気がする。
 滅多に変わることのない彼の表情は今もいつも通り静かなものだ。窓から差し込む日の光が柔らかく彼の肌を、髪を照らし、私の目を奪う。
 少しでも彼から隠れたくてシーツをたぐり寄せると、アルハイゼンはゆっくりと唇を開けた。
「なぜ隠す必要が?」
「恥ずかしいからに決まってるでしょう……」
「俺は恥ずかしくないが」
「あなたはそうでしょうねっ」
 だから見せろと言わんばかりの言葉に、つい語気が荒くなる。

 ――だって、私たち昨日の夜、一線を越えたんだよ?!

 口説いているんだかそうでないんだか分からない彼の言葉に翻弄され、嫉妬に隠した恋心を暴かれたその日に、だ。あれよあれよという間に説き伏せられ、服を剥かれて好き放題に触れられた。モンドに帰るのが確定してるからって急ぎすぎでしょ、と思うけれど、最終的に「もういい大人だし……」とワンナイトも視野に入れて応じた私も同罪か。
 いや、だめ、恥ずかしいと身をよじって許しを請うても、アルハイゼンには通じない。それどころかどうしてそんな風に思うのか説明するよう求められ、恥ずかしがる必要はないと口説き文句のような言葉で耳を辱められながら初めて肌と肌を重ねたにもかかわらず、深い羞恥プレイに付き合わされたのだ。
 思い出したら恥ずかしくなってきた。
 だって、彼が欲しいと私がはっきりと口にするまで、アルハイゼンは一切先へ進もうとしなかったのだ。愛撫は遠慮無くしたくせに、指を入れるときも、唇を重ねて深く舌を絡ませるときも、……彼を私の中へ挿入するときも。
 いちいち私が「よい」と言うまでとろとろに溶かされて、そのくせ高みへ登る回数の多さにもう止めてくれと懇願しても止めてくれなかった。なのに最後の方になって「いやなんだろう?」とかなんとか言って、ずっと焦らされ続けたのだ。私の理性はそこで肉欲に負けた。
「もうっ、いいから挿入れてっ! あなたの太いので奥を擦ってよぉ……! 意地悪っ、切なくてもう嫌なの……っ!」
 負けた後はもう散々だった。彼の吐息自体もさることながら、吐息混じりに名前を囁かれて過剰に反応してしまったし、あのアルハイゼンが私に劣情を持っているという事実を身体で教えて込まれて、初めてなのに激しく乱れたからだ。

「ひぅ……っ!!! あ、きもちい、」
「名前を……」
「っ、うん? ぁ、っ」
「名前を呼んでくれ、ナーヤ
「あんっ……ん、なに、急、に、っィ!」
「そういえば君は普段、頑なに俺の名を口にしないな。何故だ?」
「それを今、きくなっ! だ、だいたい……っ、なんでそんなこと、気にして、っ」
「君のその声で呼ばれると俺の性感が上がる」
「はあ?! ひ、あんっ、ちょっと、ソコ、やっ……!」
「それに君の方も……名前を呼ぶと、反応が頗る良くなっているが……まだ自覚がないのか? ナーヤ
「ああぁっ! ん、やっ、あ、ゆっくり、やだ」
「名前を……ナーヤ
「~~っ! わかっ……あ、あるっアルハイゼン、っ」
「ん、ナーヤ……っ」
「あぁぁ――っ! い、っ……ある、はいぜ、んんっ!!! も、今だめっ、あ、あっ、はげし、いぃっ」

 ……本当に、この人は手心という物を知らないのか。
「君は行為中あれほどはっきりと要求を口にしたのに、なぜ今そんなにも慌てるのか分からないな」
「……あなたはそうでしょうね」
 そうでしょうとも。
 同じ言葉を繰り返しす。さりげなく私の腰を撫でてくる不埒な手は、ともすれば労ってくれているのかと思う程穏やかだった。
 でも私は騙されない。アルハイゼンが一般に言うような優しさなど出すわけがないのだ。だって、その証拠に私の理性を飛ばした彼のものが兆し始めている。つまり、そう言う流れになるということだ。
「どうしてまた勃ってるの……?」
 昨晩あれだけ好き放題したというのに、朝からまた盛ろうとしているのか。夜も似合うが朝も似合う精悍な顔つきが憎たらしい。涼しげな顔をして、平気で性欲を持っている彼に私は振り回され続けている。
 そもそも、恋愛感情を持っていることだって、一昨日の晩に知らされたばかりだというのに。
「なにもおかしなことはないだろう。君が昨夜を思い出しているように、俺も夜の君の姿を思い出していた」
 相変わらず表情も変えずに、甘いんだか甘くないんだか分からない言葉が彼の口から漏れ出てくる。なまじ声が良いだけに、この男はこんなことをあちこちで言って、他でもふしだらな行為に励んでいるのではないかと思ってしまう。彼がアルハイゼンであるというだけで、そんなことは絶対に無いと即座に否定できてしまうのはいいことなのかはたまた。
「……あなた、仕事は良いの? そうじゃなくたって、本ばかり読んでいた人が」
「ある程度の裁量権はあるし、本についても読みたいものはいくつかある。しかし、今は君を紐解く方が面白そうだ。時間も限られているし――まだまだ君は奥深いようだからな」
「ひぇ……」
 シーツを握っていた手が、彼の大きな手で包まれる。存外温かなそれにくるまれて、ほっとしてしまったのは不覚だった。
 唇が触れ合う寸前、間近にある涼しげな目に熱が籠もったように見えたのは、私の希望的観測かも知れない。



 希望的観測も何もなかった。その後昼前まで貪られて、流石に怒鳴ってしまった。
「あなたねえ! ただでさえ私の方が負担が強い行為なんだから、それを考慮してくれてもいいんじゃないの?!」
「当然している」
「ヒェ」
「?」
 した上であれ?! この人体力まで無尽蔵……まさかこれも神の目のせいじゃないわよね?!
 呆れとも怯えともつかない感情にまじまじとアルハイゼンを見つめ返す。昼になっても澄ました顔はそのままだ。ただまあ、流石にお互い一糸まとわぬ姿で、彼の髪はそれなりに乱れているけれど。
 こんなに求められたら私が持たない。というか、この人、こんな性急に動く人だったかしら。
「あなたが満足するのはまあ、もういいわ。じゃあ仮定の話として、もし、万が一にもあなたが満足して私がまだ物足りないなんてことがあったらどうするの? 当然私が満足するまで付き合うのよね? まさか自分が満足したから終えるなんて言わないわよね?」
「そもそも前提が無意味だな。絶頂が及ぼす消耗を考えても、君は充分達していて、快楽も不足ないはずだ」
「……!!!」
「行為中に出た水分の補給も行っている。痛みに関しても、君が痛みを堪える様子はなかった。発言もそうだな。長い間同じ体位でいることも避けたし、君が行為の負担を感じるとすれば、深い快感の余韻が身体にのこってい」
「うわああああああ!!!!! もういい! もういいわ! やめて!!!」
「……。君が物足りないというのであれば、足りるような手段を講じる。少なくとも欲を満たしていない君を置いて一人寝るようなことはない」
「……ほんとうに……?」
「パートナーというのはそういうものだと思っていたが。君は違うのか」
「……」
 普通である。あの、他人にあわせることのない彼が。
 えっ……おかしいのは私なの?!
 一瞬混乱したけれど、絶対におかしいのはあちらのはずだ。でも、負担が大きいのが私だとしても、アルハイゼンはその、言ってみればかなり私に対して『奉仕』をしてくれたのも事実。
「……じゃ、じゃあ、あなたにばかり動いてもらったのは、フェアじゃないじゃない」
 言ってから、いや何を言ってるんだ、と即座に自分で突っ込んでしまった。まるで次は私がご奉仕しますよって言ってるみたいで、そもそもデートだってしてないうちからベッドで肌を重ねてるなんて、身体だけの関係みたいじゃないか。
「そうでもない。俺は君が行為中に恥じらっている姿を見ると酷く興奮する」
「っ、それ……してるときもそうだったけど、他人事みたいに言わないで」
「君も一度観察してみるといい。存外分かりやすいと思うが」
「~~~っこの……!!! そんな余裕があるわけ、」
「なら、次から君も余裕を持てるよう動いて、声を掛けるとしよう」
「……! もうっ、私がこっちにいるうちにどれだけするつもりなのよ! 信じられない!!」
「残り時間を考えると密度を上げるしかないだろう」
「だからって初手からセックスはどうかと思うわ……!」
 アルハイゼンが黙って私を見つめる。「君も合意の上だったはずだが」とでも言いたげな表情だった。
「こんなに長い間するなんて聞いてないし、もっと淡くて繊細に心を通わせる方法だって、あなたならできたはずでしょう」
「君は俺を買いかぶりすぎている。想いを確かめ合った相手がキスの度に腰砕けになって、甘い声で名前を呼ぶようになるとなればその先を求めるのは至極当然だろう」
 ああ言えばこう言う。そのどれもが、内容自体は甘いものだから私の心はぐちゃぐちゃだ。
 それに、悔しいけれど、行為の最中に私の名前を呼ぶ彼の声は切なげで、感情が乗っているように思えて、その所為で余計に乱れてしまった自覚もある。
 非常に認めたくないけれど、これが惚れた弱みなのだろう。
「……モンドに帰るのは二日後。それまでにセックスしかしなかった場合は関係破棄で。心を通わせるのは別の人とするから」
 それでもどうしても悔しくてそういうと、アルハイゼンは黙ったまま何事かを考えていた。

 ――仕事があるはずの彼が翌日から帰る直前まで、本だの花だのを借宿に持ち込んで居座ったのは完全に私に非がある。懇々と『心を通わせる』とは、というすり合わせに付き合わされて、結果私が恋人にして欲しいことを根掘り葉掘り聞き出されて、最終的に現状できる範囲の全てを残りの滞在時間に詰め込まれた私は完全にキャパオーバーだった。
 悔しいからと彼に負け惜しみを言うと、全部自分に返ってくる。
 散々見かけた光景だったのに、身をもって知ることになった私は、二度と可愛くない言い方をするのは止めようと心に誓ったのだった。

2026/01/18 UP

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