夜は更け、朝は白みつ

 旅館の窓が朝日を散らし、柔らかく室内で拡散させている。
 日の光の祝福を受けて、の肌は一際まばゆく光った。まるで月のようで、月よりもなめらかで。
 昨夜は少々口を滑らせたな、と万葉は反省した。不要な気遣いをにさせてしまった。
 昔から一人欲を発散する時は想像の中で彼女を組み敷いてきたため、万葉は彼女が行為の後に涙を流して己にショックを受ける姿を何度も思い描き、その度に罪悪感を抱いてきた。その数は最早数えられるようなものではない。
 夜の営みについては、かねてより男が何の作法も知らないではまずいと座学程度には仕込まれていたものの、そんなものとは無縁そうなを欲のはけ口にした時は、どんな顔をして彼女を迎えればいいのか分からなかったものだ。
 あの頃のは無垢で、雛が親鳥を追いかけるように万葉の元に駆けてきた。
 慈しむべき存在だと思っていたに欲の矛を向けて、万葉は自分の気持ちがどんなものであるかを痛感した。
 浪人になり、彼女の元を離れた後の方がいくらか気が楽だった。もう二度と道が交わることはないだろうという諦念が、寧ろ頭の中で彼女を乱すことへの躊躇いを薄れさせたからだ。
 本人を前に何度も謝罪の言葉を口にしていたのは完全に無意識だった。

 無防備に腕の中で眠る彼女は相変わらず無垢に見えた。けれど、しなやかな肢体に、光に照らされるだけでそうと分かる柔肌は万葉の想像よりも遙かに美しく、欲目を抜いても妖艶だ。
 起きているときの彼女がそれを感じさせないのは、彼女の気質と、そんな彼女を守ってきた家族の努力の賜物だろう。
 珠玉と称したのは本心だ。
 いつまでもこの腕の中で愛でていられれば良かったが、朝餉の支度も終盤を迎えたのか、いよいよ鼻腔をくすぐる美食の香りに、彼女を起こさねばと理性が働く。朝餉を食べ損ねたら彼女が悲しむだろう事は想像に難くなかった。

 そしてなにより、肌で直接彼女を感じていることへの喜びを、弊害が勝り始めた。
 せめて彼女の了承を得てからでなくては、不埒な男と化すのは耐えねばならない。
、そろそろ起きようではないか」
 布団の中、混ざり合った二人分の温もりを静かにかき混ぜながら、万葉は彼女の頬に唇を押し当てた。

 ――まさか「ちょっとだけなら」などと許されるとは思わず、朝から艶事に精を出したのは万葉にとっても誤算だった。
 甘やかな時間はあっという間で、けれどいざ朝餉に向かう頃になってものとろんとした顔が収まらず、朝に事を起こすのは止めようと万葉は固く誓ったのだった。

2026/01/02 UP

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