この話には性描写が含まれるため、18歳未満の方や高校生の閲覧を固くお断り致します。

愛の獣性

 マイルームはいつもとは異なり静かなものだ。ある程度の防音と空調の利いた部屋で、しこたま積み上げられた当面の物資の山から目を逸らした私はそっと自分の膝を見下ろした。
 私よりもあたたかな体温。小さな身体。ふわふわの髪の毛は見た目よりもずっと細く柔らかく、優しく梳くと、ゆらゆらと尻尾が揺れた。
「どうしよっか、以蔵さん」
 そう、今私の膝の上で大人しくしているのはフォウくんではない。サーヴァントとしてこのカルデアに限界した日本幕末の人斬り以蔵、その人――今はポメラニアンのような小型犬の姿をしているけれど――なのだ。

 原因は不明。霊基に何らかの異常が発生したか、他の世界線からこのカルデアへ干渉があったか、聖杯か。兎に角、一部サーヴァントに異変が観測された。
 と、そう言われたのが三日前。一部サーヴァントという言い方をしていたけれど、該当するのはたった一騎。それも以蔵さんだけに現れた異変に、俄かにカルデアが騒がしくなったのも三日前。
 私の膝で大人しくしている以蔵さんの姿が小型犬のようになってしまったのは、もう三日も前の事なのだ。
 判明した当初は混乱もあったためか吠えて暴れて手が付けられなかったが、暴れたところでどうにもならなかったので、今は基本的に私の部屋で大人しくしている。
 霊体化も出来ず、話すことも無理。以蔵さんの人としての知能などはあるらしいのだけれど、如何せん言葉がまるで分からないので、彼がこちらの話を理解していても、こちらが彼を理解できないことが中々に心苦しい。
 更に心苦しいことには――
「……えっち……えっちかあ……」
「くぅん」
「あ、いや、ごめん。えっちじゃなくてもいいんだよね……でもさ」
 一度座に還るのはどうか、という提案がなかったわけではない。カルデアにある英霊召喚システム・フェイト。そこには、一度契約したサーヴァントの霊基データが記録されていて、レイシフトの時などはそのデータを用いることによって、本来であれば記憶や経験を引き継げないサーヴァントたちのそれらを留めている。
 が、そのデータに破損かエラーかバグか……ともかく異常があるかもしれない状態では、彼を座に還し、問題なかった頃のデータをロードしても問題が解決しない可能性は十分にあるし、かといってデータを破棄して再契約は、運も相俟って難しい。しかも以蔵さんの宝具は現界して以降も成長できるタイプの稀有なもので、今まで共に経験してきた記憶や親交もさることながら、何よりもそれがなかったことになる、というのはカルデアにとっても痛手である。という結論から、見送られることになった。
 以蔵さんと深い仲――想いを通わせて、身体を、肌を重ねているということは、こういう時、考慮されない。たった一人のマスターになった以上、それは私にとっても分かり切ったこと。だから、それ以外の要因で私と以蔵さんの絆が断たれなかったことは、彼の異常に対して不謹慎かもしれないけれど、正直に言って物凄く幸福だし、喜ばしいことだったと思う。
「……やらないわけにもいかないよね」
 だから、今回の件である程度は事の全容をつかんだダ・ヴィンチちゃんから説明を受けた私たちは、こうしておとなしくマイルームへと籠った次第で。
『岡田以蔵の霊基グラフのデータに異常がないかは、もう少し丁寧に見るけれど……彼の今の身体を丁寧に視るのは、やっぱり、マスターたる立香ちゃんじゃないとね? 彼も嫌がるだろうし』
 ダ・ヴィンチちゃんの言葉を思い出す。
『魔術師的な観点から岡田以蔵の状態を調べるのは勿論こちらでも既にしているさ。……丁寧に視るって言うのは、気持ちのケアってこともそうだし、あとは君たちの関係も考慮した上で、やれるだけ『魔力供給』に励んでもらいたいワケさ』
『なにが影響しているか分からないし、観測結果も未だに芳しくない。不安定で不確定なのはいつものことだが、兎に角動かなければ変化はもたらされないだろう。外的要因を内的要因で解決する可能性が無いわけでもないしね。カルデアの電力を無暗に使えない以上、君の微かな魔力にも縋る必要がある』
 頭の中でリフレインする声と言葉。
 私の魔力が、という話ならば、逆にたった一人、既に以蔵さんと『粘膜接触による魔力供給』をしていたから、彼だけに異常が出た可能性があるのではないか。
 そう思うけれど、ダ・ヴィンチちゃんがその可能性に行き当たらないわけもないと思い直す。だって、この部屋にこんなに多くの物資が運び込まれている、ということは、彼と二人きりのこの空間に籠って、24時間常に彼と共に過ごせと言われているということだ。それはつまり、以蔵さんの心を安心させるほかに、ありとあらゆる手段をもって極力彼と魔力供給しろというダ・ヴィンチちゃんのお達しが極まっているということで。だから。
「こうして身体をくっつけてるだけじゃ、今度は時間が足りないかもしれない」
 いつ、なにがあるかもわからない状態だ。時間は無限にあるわけでもなく、カルデアの職員も皆次の聖杯を探し、必死になっている。いつか治るでしょ、みたいな悠長なことは言ってられない。レイシフトには、私が必要なんだから。
「以蔵さん、」
 呼びかけると、黒いもふもふした犬になった以蔵さんが私の膝の上で向き直る。愛嬌があるその表情は、今は私の顔色を窺うようで。いつもの金色の瞳は、どこか躊躇うような色を滲ませているように見えた。それがどんな気持ちからくるものなのかは、分からない。けれど。
「始めようか」
 そっと頭と身体を撫でると、以蔵さんは結局、くうん、と可愛い声で鳴いた。



 ベッドのヘッドボードに枕を敷き詰めて、そこに凭れるようにして横たわり、以蔵さんの背中を優しく撫でながら、遠慮がちに唇を舐めてくる彼を見つめる。小さな身体は私の上にあって、かわいい前足は胸のふくらみのやや上に。支えるようにして両手で彼に触れると、ふわふわの毛並みからは明らかに動物特有の臭いがするのに混じって、慣れ親しんだ以蔵さんの匂いがした。
 三日間。
 こんなに長い間、以蔵さんと話をしていないのは……彼が呼びかけに応じてカルデアに来た頃を除けば、初めてだ。特に、両想いだと分かってからは。
 こんな状態になってしまってから問題解決のために意識が向いてしまっていて、以蔵さん自身に心を傾けることがなかったことに気づく。……心のケアは、私にも必要だったのかもしれない。
 以蔵さんにしては大人しすぎるくらい大人しい様子に、やっぱり人と犬とだなんて気が乗らないだろうかと不安だったけれど、微かに彼の身体の右側で揺れる尻尾にほっとする。
 軽く抱きしめると、尻尾の振れ幅が大きくなった。首筋に浅い呼吸と、くんくんと匂いを嗅がれる音が響く。その後ざらつく舌で舐められて、ぞくりとした。人よりも高く感じる熱は、犬特有のものなのだろう。それが以蔵さんに抱かれる時の温度と似ていて、戸惑っているらしい彼には申し訳ないけれど、私の気持ちを高めるのには十分だった。
 だって、肌を重ねる時の以蔵さんは、とても情熱的なのだ。激しいけれど、雑に扱われたこともない。言葉を尽くされて、何度も名前を呼んでもらって、強く抱きしめられて、求められて。
 恥ずかしさよりも喜びが勝るそんな行為を知ってしまえば、それが叶わないことに淋しさを覚えるのも無理はない話だろう。心だけの話じゃなくて、身体も含めて。
 だから、私は久しぶりに感じた以蔵さんに、早々に反応していた。そして幸か不幸か、この状況に待ったをかける要因など、どこにもなかった。なら。
「ね、以蔵さん。これ……使ってみようか?」
 サイドテーブルに置かれた小さく可愛いデザインの小瓶を手に取る。一緒に添えられていた説明書きに目を通したけれど、これは簡単に言うと媚薬だ。元々はサーヴァントでさえもその力に屈するような強烈なもの。今手の中にあるそれの効果は調整してあるようだけれど、今はこういったものの力を使ってでも以蔵さんをその気にさせる必要がある。
 だって、犬の性感帯なんて知らない。この三日間、以蔵さんのブラッシングとか、爪切りとか、お風呂とかのやり方とか、感情表現なんかは付け焼き刃で勉強したけれど、まさかここまでの話になるとは思わなかったから。
 私のお腹の上で所在なさそうに立っている彼を尻目に、小瓶の蓋を外す。ピンク色で、透明で、綺麗な色をしたそれは、仄かに甘い匂いを漂わせていた。小瓶を傾ければ少しとろみがあることが分かる。美味しそうだ。
「きゃんっ」
 まるで制止するように以蔵さんが一つ吠えた。さっきまでの狼狽えた様子はなく、普段の彼を思い出させるような、それは、強い意志を感じさせる眼だった。
「大丈夫だよ」
 でも、彼の小さな身体では私を止めることはできない。宥めるように背を撫でて、少しだけ、唇を湿らせる程度にして摂取する。予想通り口の中に広がる芳醇な香りと、舌の上で染み渡る甘味に思わずじっくりと味わってしまう。結構おいしい。
「ほら、以蔵さんも」
 小瓶を彼の鼻先へ持っていくと、彼は嫌がる様に顔を背けた。まだかすかに唇の上に残る分でもいいから舐め取って貰おうと顔を近づけても同じ。
「……私が全部飲んじゃうよ?」
 仕方なく煽る様にそう言うと、案の定以蔵さんは私の周りを回りながら、ぎゃんぎゃんと吠えたてて抗議の意を示してきた。それから、私が引くことが無いと分かったのだろう、渋々と言った体で小瓶へ鼻先を近づける。
 そのままでは飲みにくいだろうと少しだけ掌に出すと、以蔵さんはそっとそれを舐めた。人間の舌ではない、肉を削ぐためのやすりのような動物の舌を感じて、ぞくりとする。
 ぺろり。ぺろぺろぺろぺろ。
 最初は恐る恐るだったそれも、余すことなく舐め尽して、最後は自分の口元を舐めて終わる。呆れ半分、私への不満半分と言った彼の目は、直にぎらつく獣のそれへと変じた。身体が小さい分、効果が出始めるのが早いのだろうか。滲み出てくる気配に、下腹部がいやに疼いた。
 服の上から私の胸の頂へ鼻先を押し付けてくる以蔵さんを見て、衣服を緩める。短く浅い息が、彼との行為の最後を思い出させて、乳首が少し服と擦れただけで感じてしまう。
 自分で服を脱ぐなんて久しぶりで、以蔵さんの視線を感じながら上を脱ぎ、タイツを脱いで、スカートを降ろす頃には、私の身体はすっかり熱を持っていた。
 それだけじゃない。いつもよりも下腹部の……秘所が、じんじんして、なにか、じわりと暖かいものが漏れるような感覚がある。
 そっと下着まで全て取り払うと、身にまとうものは何もない。以蔵さんの背負っている刀と、首に巻き付けているマフラーを外す。これも霊体化できないらしい。その割にサイズは犬の身体に合うように変化しているけど。本当に、どういう理屈なんだろうか。
 小さな疑問は、けれど深まることもなく霧散する。
 変わることのない金の目に、私の裸が映っている。それだけで、得も言われぬ感覚が背中を這って。
 誘うように媚薬を胸の上にかける。指先で引き延ばして、以蔵さんに見えるように胸を持ち上げ、絡ませて、手についた分を舐める。彼の、目の前で。
「っああ!」
 ぷるんと胸が揺れた直後、以蔵さんに飛びつかれて快感が奔った。ざりざりと舐められ、痛いくらいの刺激なのに、もっとされたいほど欲望が膨れ上がる。胸への刺激なのに、肌を伝って電気が走るように、足先まで痺れてしまう。鼻先でつつかれ、舌で甚振られ、直ぐに乳首が硬く勃起する。いつもならそこまで行くと以蔵さんは力加減を変えるか一度止めてくれるのだけれど、今日は執拗に食いつかれた。
「あっ、だめ、いっ……いんっ、あ、はぁんっ、」
 肌に零したその全てを舐め取る様に、以蔵さんの舌が肌を這いまわる。指先に残る一滴さえ残すつもりはないとでも言うかのように、丹念に。
 手で揉まれるようなことこそないものの、薬のせいかどこを舐められても気持ちよくて、今すぐにでも彼が欲しくなる。激しくされて、滅茶苦茶に乱されたい。暴かれたい。
 膣に触れたい衝動を、膝を曲げて内腿を擦りながら誤魔化し、痛みを伴う胸の痺れに震えていると、以蔵さんは今度は足元へ移動した。丸見えでこそないものの、疼いて仕方がないその場所へ、彼の体毛と息遣いとが触れてくる。
「あっ……、あんっ!」
 止める間もなく鼻先で分け入られて、直ぐに舌で舐められた。奥まで重く響く様なそれにがくがくと足が揺れ、腰が跳ねる。少しだけ開いたそこで、強く舌を押し付けられ、胸以上に何度も執拗なほど舐めあげられる。彼の息と、人では出しえないくぐもった重い水音が、いつもとは全く異なるその状態が。
「っ、い、ちゃ、ぁ、……っあ――!」
 太ももの肉が揺れるのが分かる程、びくびくと下肢を震わせてしまう。中に触れられたわけでもないのに、ひだを舐められただけで、こんな、こんなに。
「やあっ……まっ、あ、だめ、だめっ」
 力が抜けても、彼の舌は止まらなかった。それどころか勢いを増して、クリトリスを包む柔らかな双丘を鼻先と舌で器用に揉んでくる。
 疲れを知らないように散々舐められて、私は中に何もないことに切なささえ感じながら、急速に高まる意識を押しとどめることもできずにもう一度身体を震わせて達してしまった。あっという間の事だった。
「はあっ……はあっ、あ、」
 くたりと広げてしまった足の間からお腹に前足を乗せられ、それにさえも中が反応してしまう。切なく疼いて、今すぐにでも彼が欲しくてたまらない。以蔵さんの息は荒く、激しくて、それは犬の姿だからというだけではなくて。ぴんと立った尻尾に、妖しく光る瞳。そして……毛並みの中から細く飛び出る、犬のペニス。赤くて、ひくひくと根元から頭を振って揺れている。湿り気を帯びて艶めいているそれは、はっきりと大きくなって、勃起していた。
 喉が鳴りそうだった。
 欲しくて仕方がないと脳を急かす身体は、そこから目が離せなくて、じりじりと腰を振りながら秘部を掠める熱い感触に、気がつくと私は手を伸ばして、それを支え導こうとしていた。
「こっち……ここだよ……」
 指で慣らすことさえももどかしかった。いつもなら以蔵さんは必ず指で解して、私の心も身体も、限界まで高めてくれるけれど。今は自分でやる事さえも煩わしい。だって、今すぐに欲しいのだ。彼の猛りが。
 手を添えてそこにあてがえば、後はもう飲み込むだけだった。勃起しているとはいえ人の姿の時よりも細いそれは、以蔵さんの指を二本、まとめたときのようで。薬のせいもあるだろうか、彼を受け入れるために涎を垂らしているであろう私の奥まった場所は、何の造作もなく彼を迎え入れた。
「あぁ、ぁ、」
 彼の後ろ脚が激しくベッドを蹴る。前足が私の腰を抱き、下腹部にしがみつかれ、遠慮も何もない腰の振り方にさえどうしようもなく欲情してしまう。お腹に落ちる彼の息、下腹部と繋がった場所を覆うふさふさとした毛の感触にさえ。そこから伝わってくる高い温度まで重なれば、もう、以蔵さんしか感じられるはずもなかった。
 激しい律動は絶頂には程遠く、なのに時折中の良い場所を掠めて、焦れったくて、腰が揺れる。つま先で腰を浮かせて、もどかしさを補おうと身体が勝手に動く。ふらつきながらも離れようとしない以蔵さんに、より大胆に足を開いて、彼の背を右手で支えて、もっと深くへと望んでしまう。
 言葉はもうなく、意味のない音がお互いの喉を震わせるだけ。
 むず痒く感じるほどの刺激は、積み重なることもなく弾けて散っていく。徐々に私の中で大きくなっているのを感じるのに、当たる場所が違うせいか、快感を思うように拾えない。どうしようもないことなのにそれでも頂上が欲しくて、泣き縋ってしまいたくなる。身体の中で、奥で解き放たれることを教え込まれてしまった私は、それを求めてどうにかなりそうだった。
 いつもと同じ匂い、いつもより浅く早い息遣い、いつもと同じ温度、いつもと違う形、いつもと違う身体。
 この小さい犬は以蔵さんなのだと思えば胸をかきむしりたいほどの恋しさが募るのに、表情がいつもよりも読み取れないこと、言葉で通じ合えないこと、名前を呼んでもらえないこと、声が全く違うこと、余りにももどかしいことが多すぎて、淋しさが後を追いかけてくる。
 生理的なものか、感情的なものか。涙が一つ目尻から流れた時、以蔵さんの動きが止まった。
「んん、……ぁ」
 中でぴくんと動く、良く知る感覚。大きさの所為かそれは少し鈍いように思ったけれど、断続的に続くそれに、彼が達したのだと分かった。
 疼きは収まらないけれど、なにか、彼の根元が膨らんでいるのを感じる。そこだけぴったりと塞がっているようで、そのことに僅かに充足感を覚えた。
「ん……」
 ふるりと身体が震える。以蔵さんの頭をなでると、くぅんと甘えるような声で一つ返事を。
「気持ちよかった?」
 手を滑らせて、顎の下を指先で掻く。以蔵さんは繋がったまま、うっとりとした表情で尻尾を揺らした。……そう言えば薬の効果は、何時切れるのだろう。こういうのは達するとある程度発散できるものだと相場は決まっているのだと、誰からだったか、聞いたような気がするけれど。
 未だに私の身体は火照っているし、彼に動いてほしくて、じりじりと飢えにも似た不満が繋がった場所に溜まっていくのを感じる。足りない。まだまだ足りない。足りるわけがない!
 一度抜いて貰って、以蔵さんには本当に申し訳ないのだけれど、彼を好きになるまで自分を慰めるのに使っていた大人の玩具を引っ張り出した方がいいだろうか、などと考える。そりゃあ、以蔵さんにたっぷり愛されたいのが一番だけれど、今の状態ではそれは難しい話だ。私の身体の炎を鎮めるには最早、それしかないように思えた。
 まだじっとしている以蔵さんに声を掛けようと口を開いた直後、以蔵さんは前足に力を入れて私のお腹を押すと、腰を引いた。
「んっ、ぁ――?!」
 ごぼ、と彼のペニスが引き抜かれる。根元はコブのように大きく膨らんでいて、密着感があったのはその所為かと頭の隅で思う。彼の出したものが流れ出る感覚が遠い。けれどそれよりも頭を占めたのは強烈な快感だった。
 急に大きい刺激を与えられて、私は声もなく叫んで、意識が一瞬なくなる様な浮遊感を覚えた。
 ぼふ、と、同時に音が遠くで聞こえる。瞬けば、実際に視界は白く染まって、霧とも、煙ともつかないその中に浮かぶシルエット。小さくもふもふとした小型犬は、その遮られた視界の中、ぬっと顔を突き出してきた。
「ひゃっ……!」
 ぺろりと唇を舐められる。その舌は、随分と大きくなっていた。
 舌だけじゃない。白いもやが晴れると、身体も成長していることが分かった。犬種まで違う気がする。黒い毛並みと金色の瞳はそのままだけれど、明らかに小型犬の時の四倍はあろうかという大きさだ。だって、四足で私の身体をまたぐようにして見下ろしてくる様子は、普段の、繋がって揺さぶられるときのようだと思うほどなのだ。仄かに彼の匂いが落ちてきて、やはりこの犬は以蔵さんなのだと思う。
 ふさふさとした毛が脇腹にあたる。大きくなっても変わらない特有の浅い息のまま、以蔵さんはふんふんと私の匂いを嗅いで、胸元をぺろりと舐めた。
「ふぁ、」
 ざらざらとした舌は大きくて広くて、舐められた場所から肌が粟立つ。以蔵さんはそのまま、丹念に私の身体を舐め始めた。
「あっ、やあっ! だめ、感じ、ちゃうっん! は、あ、あっ、んん、あ、そこ、だめぇ」
 嬌声の合間にどうにか抵抗の意を示せども、以蔵さんは止まらない。胸の脇を、丸みを帯びるその形をなぞるように舐めあげ、腋の方まで舌が這う。二の腕の内側まで丁寧に舐め尽されて、片側だけでももう中をぐちゃぐちゃにしてほしくて泣いてしまいそうだったのに、左右両方ともをそうされて、私は、わたしは、
「なかっ……ナカに欲しいのぉ……早く入れて、奥まで、来てぇ……!」
 前足の奥に見える、大きく飛び出すもの。てらてらと妖しく光るその肉棒に、私の理性は瓦解していた。一度雄を受け入れた場所が物欲しそうにヒクつくのが自分でもわかる。彼が雄なら、私は雌だった。
 くうん。控えめな返事では、その機微を感じ取ることが難しい。人だった時は言葉が無くてもあんなにも感じることが出来たのに。……言葉があったから、そうだったのだろうか。
 分からないなりにも腰を動かそうとする彼の挙動に、私の望みを叶えようとしてくれていることは伝わってくる。背中に敷き詰めた枕の一つをお尻の下に敷いて高さを調節すると、彼のペニスをゆっくりと受け入れた。四足で、少しずつ位置を調整してくれる。
「はっ……ぁ、う……」
 大きい。比べ物にならないほど。絶対に言わないようにしようと思うけれど、以蔵さんの、否、人のよりも。
 少し痛い……のかもしれない。でも、それさえも興奮材料にしかならないくらい、気持ちいい。快感をそうだと受け取る事に慣れた身体は、多少痛んでも、快楽を優先しようと私自身を煽る。
 少し時間を掛けて再び収めた彼のペニスは、動かれてしまったら内臓がどうにかなるんじゃないかと思う程に感じた。それでも、先ほどの小さな姿の時を思えば、動かれないことはあり得ないと分かる。
「んっ……あ、あっ」
 枕のおかげで、身体はさほど辛くはない。以蔵さんの大きな体躯が私の上にあるのが、普段を思い出してぞくぞくする。黒い前足に手を添えると、以蔵さんはぺろりと自分の口元を舐めて腰を動かした。
「あっ! あっあっ、あ、あん、っ、んっ、あ、いい、いいの……!」
 充分に過ぎるほどの質量で中を擦られ、今まで満足できなかった分を補うように快感が迸る。入口も、奥も、全部を彼のペニスが擦ってくる。
「あ、いっちゃ、あう、あっ、あんっ! あ、ああっ!」
 いつもなら徐々に蓄積される快感の飛沫は、あっと言う間にいっぱいになって溢れ出た。身体の奥から染み出す暖かいお湯のような感覚と、足先の冷えが急速に消えていく。
 達したのにまだ果てを求めるように疼く身体。以蔵さんはどうなのだろう。良い所を狙われるでもなくがむしゃらに腰を振られて、その激しさにまた足に力が籠った。
「あああっ、また、い、あ、あ、あ!」
 何度も快感の波に攫われる。絶頂の直前、強く何か圧縮されるように引っ張られて、それを反射的に耐えようとしていると、今度は反動のようにその『何か』が押し寄せてきて、全身をもみくちゃにされるかのような快感が私を襲うのだ。それが以蔵さんの手によって、私の中で生まれている。押しては引き、波が去った後、程なくして再び次の波が来る。その繰り返し。
「ああああああっ! はああ、あ、あっ、も、あっ、だめ、はうっ、んん、っ、やあっ、また……!」
 お尻に敷いた枕でつま先立ちをして踏ん張るけれど、もう、絶頂から逃げているのか追いかけているのか分からなかった。激しくて、なのに小刻みに腰を振る彼の勢いはこのまま止まらないんじゃないかと思うくらい。
 けれど、先ほどと同じように、急に彼の動きが止まる。彼のペニスが中で大きく膨らんで、お腹を圧迫する。それでも、まだ中に入っているだけで、そこにあると言うだけで快感を絞り出そうと、私の中のうねりが止まらない。彼のペニスが跳ねるから。どくん、どくんと、私の中を満たそうとしているから。
「は……ぁ……! ん、ぁ」
 気付けば頭の近くにある適当な枕を握りしめて、上半身だけを捻った状態になっていた。身体の中に燻る火種は未だ鎮まる気配が無くて、少し怖い。怖いのに、気持ちよくて仕方がなくて、快感のことで頭がいっぱいで、今は怖さよりももっと快感を掘りつくすことにしか意識が向かない。
「うご……か、ないで……ね」
 押されるならまだしも、抜かれるのは流石に恐怖を覚える。もっとも、私の言葉は分かってくれているはずだから、大丈夫だと思うけれど。
 何度も果てへ押し上げられ、絶頂の先に放り出されて、私の身体はおかしくなったんじゃないかと思う程敏感になっていた。私が薬を舐めたのは少しだけなのに。だから、これはイきすぎたからじゃないかと思う。
「……ん、」
 中で膨らむ根元が、下腹部を押し広げている。その場所が、クリトリスの裏側だと気付いたのは、動きが止まってから数分は経っていた。
「あ、……あ、うそ、」
 微動だにしない、なんてお互いに無理なことは分かっている。けれど、息遣いに合わせて、快感に反応して、殆ど反射で動いてしまう。それだけなのに、私の中は緩やかに高まり始めた。
 クリトリスの裏側から、脈動に合わせて緩く深い快感がもたらされる。優しい刺激のはずなのに、ずん、と重い。加えて、以蔵さんが中で出しているものの温度が凄く高いのがはっきりと分かってしまう。暖かくて、それが快感の泉の呼び水になっていた。
 大した動きもなく、私を気遣って頬を舐めてくる以蔵さんの目の前で、抗えない絶頂の波を感じて足の付け根が戦慄いた。それが決定打だった。
「やっ、あ、見ないで、やだ、いっちゃう……! あ、あ、うそ、ああ、や、……あっ、ああぁあ――!」
 気持ちいい。きもちいい。
 緩やかな刺激は、緩やかな絶頂を連れてきた。金色の目が私を見下ろしている。吐息が肌に落ちてくる。
「んんっ、みちゃ、やっ、……あっ、やあんっ……!」
 申し訳程度に足をばたつかせもがくものの、逃げ場などない。それどころか、足を動かしたせいで再度波が押し寄せてきた。
「ふあ、あああああっ……!!!」
 腰が跳ねるのを止められない。かと言って快感にも抗えない。下腹部が、胸が切ない。じんわりとした熱が身体中を満たして、穏やかに、繰り返し頭から足先まで温めていく。
 受け止めきれないほどの快感に身をよじりながら、硬く目を閉じた。繋がった場所が、お腹が熱い。ペニスは未だにどくんどくんと脈打って、たくさん中に出されている。心なしか圧迫感が増して、なのに気持ちは落ち着かず、快感の波にいつまでも揺蕩っていたいとさえ思う。
「は、あ、……っん、あ、ああっ」
 目を閉じたまま枕を引き寄せ、顔を埋める。以蔵さんの視線から逃れたいのも僅かにあったけれど、そうでもしないと、気持ちよすぎて、気持ちいいのに、身体が暴れてしまいそうになるのを抑えられなかった。胸の中がむず痒くて、満たされていると感じるのに、かき毟りたくなるほど切なくて。
 どれくらいそうしていただろう。徐々に、本当に緩やかに絶頂はその高さを下げ、以蔵さんの肥大したペニスが随分と収まってきた頃。あるいは、どうしようもなく鋭敏だった快感が、微睡みの心地良さへ変わろうとしていることを感じた頃だろうか。
立香、もう顔見てもえいか」
「!」
 こぷ、とペニスが引き抜かれて、はしたないほどに中に出されたものが零れるのを感じる。けれど、それよりも。
 待ち望んでいた声に、脳が、心が、身体が、一気に熱を奮い立たせた。
 枕から顔を離し、彼を見る。私に覆いかぶさっていた黒い大型犬は、焦がれた人の形をしていた。
「いぞ、さ」
 ずっと声を上げていたせいか、渇きを覚えるほど酷使した喉を震わせれば、ひりついて、掠れてしまう。それでも名前を呼ばすにはいられなかった。
 だって、ずっとこれを求めていた。
「おう、わしじゃ。……まだ余計なもんがついちょるが」
 力強い目は、途端に困ったように眉尻を下げて力ない笑みへ変わる。彼の頭には獣の耳が。腰の向こうにはふさふさとした尻尾がまだ残っていた。
「理屈はよう分からんが……まあ、えい」
 以蔵さんの手が私の頬に触れる。形を確かめるように輪郭をなぞられ、頭を撫でられた。ぞわぞわとして、彼の出したものではない、私の出すものが、秘部から溢れるような錯覚に陥る。直後、彼の硬く勃起したペニスが、ぐちゃぐちゃになっているはずのそこへ差し込まれた。
「んっ……」
 くちゅ、と音が響く。以蔵さんはまるで今まで出したものを掻き出すかのようにゆっくりと……ねちっこく腰を動かしながら、私の両手を、彼の両手でベッドへと縫い止めた。恋人繋ぎのようなそれは、指が擦れるだけで私を再び燃え上がらせる。
「のう立香。わしは今怒っちゅう。どういてか分かるかえ」
 火照り始めた頭は、そんな理性的な言葉を上手く呑み込めなかった。
 分からない。大体、怒っているという割には、以蔵さんは……私が欲しくて欲しくて、たまらないように見える。目はぎらぎらとして、息遣いは興奮を押し殺すようにしながらも堪え切れず口元から漏れていた。
「毒々しい色の、よう分からんもんを気安う口に入れよってからに……精力剤やか」
「……だって、以蔵さん、いやそうだったから」
「まさかわしのマスターが……いんや、立香、おまんが犬畜生にねだるとは思わざったき」
「それはっ……以蔵さんだからだよ」
 ばか。
 小さく呟くと、ちゅ、と唇に吸い付かれた。
「拗ねな。分かっちゅう。……煽ってきたんはおまんじゃ、立香。ちゃんと最後まで付きおうとうせ?」
 こつんと以蔵さんのペニスに中を小突かれる。そのまま律動が始まり、体重を掛けて奥を突こうとしてくる彼に声を上げた。
「やっ、え、このままで……?!」
「わしの下で散々助平に啼いて暴れて気を遣っちょった奴が何を言いゆう」
 重なった手。以蔵さんの親指が私の掌を引っ掻いて、にぎにぎと指と掌を擦ってくる。……手は、人の身体の中でも敏感な方だ。それでなくとも、今は感じやすくなっているのに。
 じんじんとし始めていた身体は、そんな他愛のない触れ合いだけでいとも容易く私を高みへと引きずり上げた。
「ん、ああ!」
「くっ」
 駆け抜けた快感に、再び彼を締め付けながら達してしまった。私の中にいる以蔵さんを締め付けて、肌が触れ合う感覚にくらくらする。
「ああ、そうじゃ立香……もっとおまんを感じさせとうせ。犬っころじゃとおまんの手にも、髪にも、肌にも……よう触れざったき」
 それは――……私も、同じだ。
「私だって……! 以蔵さんに触って欲しかった……っあ、ん、話したかった……名前、呼んでほしかったっ、抱きしめて欲しかった!」
 淋しかった。そう伝えると、以蔵さんの手が離れて、深く抱き込まれた。背中と、頭とを抱えられて、ぐっとペニスが奥まで入って、蕩けそうな快感が溢れる。高い温度に、求めていたものに包まれて、泣きそうなほどに幸せだと思う。私からも彼に手を伸ばして強く抱き着いた。降ろされた髪はふわふわしているのに、彼の顎が肌にあたって、ちくちくして、でも、それさえも愛おしくて仕方がない。彼が彼なのだと感じられる。彼の頭からは、当然、彼の匂いがした。その中に、犬用シャンプーのいい匂いがして、自然と口元が綻ぶ。
「すきって、いって……」
「……好いちゅうよ、立香。おまんが欲しい」
「うん……うん……! いいよ、すきなだけあげる」
 だから、私にもあなたを頂戴。
 言うや否や、以蔵さんに大きく動かれて、私は仰け反った。
「ああ!」
 彼のペニスの先が頭まで貫いていくように感じるほど鮮烈な快感が抜けていく。先ほどまでの会話とは比べ物にならないほど彼の息遣いが、深くて、荒々しい。犬とは違う、けれど獣のようだった。
「あ、っ、あっあっ、すき、わたしもっ、いぞ、さ、ぁ、んっ あ、あっあっあっ、すき、すきっ!」
 ばちゅばちゅと、肌がぶつかり合う音と、水音が乱暴に重なり合う。彼の腰に絡ませた足が尻尾に触れて、かかとが彼のお尻の付け根に当たる。ふさふさとした感触を足裏に感じて、普段ならくすぐったいと感じるのであろうその刺激さえ、今の私には快感でしかなかった。
「ぐ、ぁ、はあっ、あ、立香立香……っ!!」
「あ、いっちゃ、いっちゃうっ、ああっ、だめ、すぐっ、いっちゃうの、やああっ、まだ、終わりたく、ない……っあ、あっあっ! もっと、あ、まだ、いや、いぞさ、いぞ、」
立香立香っ、ああ、っ、こがな……! いっぺんで、終わるわけ、ないろうっ」
「んああああっ!」
 犬の時のピストンとは明らかに違う。私のイイ所を狙って繰り返されるストロークに、膝が笑う。激しくて、寂しくて切なかったところが満たされて行く。激しいまま、揺さぶられるままに足に力を込めて達すると、一際強く、痛いほどに抱きしめられた。断続的に震える、乱れ切った彼の息が耳にかかり、彼も果てたのだと知らせてくる。
 抱きかかえられるようにして久しぶりの……好きな人とのセックスだと胸を張って言えるその余韻に震えていると、彼の頭から耳が、お尻の方から尻尾が消えていることに気づいた。思わず頭を撫でる。
「ん……」
 以蔵さんの気持ちよさそうな声にもう少しと触っていると、彼が腰を引いた。
「あっ」
 小さく声を上げてしまう。勿論、快感で。
「……足、いい加減だらしいろう。体の向きを変えるぜよ」
 幾らか落ち着いた、けれど低く掠れた声が鼓膜を震わせる。
 お尻に敷いた枕の位置を微調整して、うつ伏せになる様に言われる。以蔵さんにしては珍しい。私と対面する体位が好きらしくて、滅多にバックになる事はないのに。
 下腹部に枕を敷き直して、お尻だけつんと彼を求めるような体勢になる。足は少し開いたけれど、それは申し訳程度でしかなく、殆ど閉じたのと変わらない状態だ。上に被さってきた以蔵さんは、私の髪を優しく払って、うなじから肩、脇、肩甲骨、背骨を伝って腰の方までキスの雨を降らせた。乳首がシーツに擦れて、お尻がぴくぴくと跳ねてしまう。胸よりも大きな二つの双丘を、彼の熱い手で揉みしだかれて、ひだが擦れて気持ちいい。かと思えば、かぷ、とお尻の片側に軽く歯を立てられた。
 それに驚く間もなく、以蔵さんのペニスがひだを擦ってくる。
「ひゃ、あああっ」
 中にこそ入ってないものの、熱くて太いものがいやらしくそこで動かされる感覚に頭の中が、どこがどうなっているのか、どうされているのか想像してしまって淫らな気持ちでいっぱいになる。彼のぷるんとした熱い亀頭が、私のクリトリスを優しく押してくる。
 かと思えば、時折中に入るのではと思うほどはっきりと入口を掻き分けて押し入るような素振りに、堪らず中がきゅんと疼く。顔の横についた彼の手が、見下ろされてるのだと私に意識させる。
 呼吸をしやすいように私も自然と顔の横に手をついて身体を支えていたけれど、以蔵さんの熱い肉棒が擦り付けられる度、ぴくぴくと腰を上げてしまう。より受け入れやすいように。身体が、彼を求めてすり寄るように。
 震える私の背中に、肩に、以蔵さんの唇が落ちてくる。勿論熱い息も。唇の刺激と、息が肌を這って広がる感覚と、お尻に当たる彼の下腹部が熱くて気持ちがいい。私の太ももを、彼の太ももが挟んでいる。彼の熱が心地良くて、なのに劣情を煽って仕方がない。
「はあ……っ、素股なんぞどこがえいが思うちょったが……なかなか……どういて、えいもんじゃにゃあ……っ」
「んんっ! あ、あっ、あん、あぅ、以蔵さんもっ、きもち、いい、のっ?」
「ああ……、おまんがいじらしゅう腰揺らして、っ、尻を押し付けてきゆうのを見ちょったら……、げに、ったまらんちや……はあ、っ」
 なら、それなら。
 身体の下に右手を潜り込ませて、秘部を弄ぶ彼の芯を掴む。そうして、散々焦らされて泣き叫びそうな私の、下の、口へあてがった。自分から腰を浮かせて、挿入を促す。
 たまらないのは私も同じなのだ。
 ぐ、と彼の猛る先端を押し込むと、そのままぬるりと一番大きな部分が入り込んだ。
「ふ、ぁああ!」
 足を閉じているせいだろう。足を開いて彼を受け入れる時とは違う、うつ伏せで一人慰める時とも違う、淫靡で、どこか背徳的なまでの快感に声が漏れた。それは以蔵さんも同じで、呻く様な声が耳に届く。
 入った後は手を元の位置に戻すも、以蔵さんに上から押さえつけられた。さっきは掌を合わせていてけれど、今度は私の手の甲に彼の掌がかさなり、そして――指の間を縫うようにして握り込まれる。彼が動くのと同時、深くまで押し入られて、奥のいいところが彼に突かれて喜びに溢れた。
「ああっ」
「はあ、まっこと……っ、これっきりっちゅうんじゃったら、あのいけ好かん色の薬も悪うない……。のう、立香。妙な道具はこれでしまいにせえ……代わりに、こじゃんと助平になってかまん。わしも……ただの『けだもの』になるき」
 さっきまで犬じゃったしの。
 そんな声が聞こえそうなほど彼の声は楽しげで、なのに、快感に震えて上擦って、掠れていて。そんなの……好きにしてって言う他に、なんて言えばいいの。
「……して、いっぱい、気持ちよく……ぅん!」
 散々声を上げて嗄れそうになっている喉から出た声は、自分の事ながらどこか聞いたことのないもののように思えた。私はこんな声だっただろうかと思う程淫らで、彼にねだり、媚びるような音。
 事実そうなのだ、と思う頃には、以蔵さんは大きなストロークで私のお尻へ腰を打ち付けていた。
「んっ、んっ、あっ、あっ、すご、いっ、きもち、いいっ」
 ベッドが軋む音が微かに響く。けれどそれよりも、水音と、私のお尻と彼の身体がぶつかる音が大きすぎた。ベッドの軋みで胸が擦れ、乳首から快感が腰へ走っていく。自分の息が枕に当たって、音が吸い込まれるはずなのに、反響しているような気さえする。私の尻たぶが強く打ち付けられて、腰の方まで肉が揺れているのを感じる。彼のペニスが狭い中を何度もえぐり、その度に肉壁との摩擦で快感が生まれては広がっていく。
「おくっ、おく、いいのっ、ああっ! あたって、あ、あっ!」
 彼の動きが徐々に力強さを増し、小刻みなものへ変わっていく。掴まれている手が汗ばんで、じりじりとした感覚さえも快感として変換される。背をしならせて彼を感じていると、不意に耳を優しく舐められて、彼の掠れた小さな、甘い吐息を吹きかけられ、全身に力が籠った。
「っあ――!」
 びくん、と身体が跳ねる。ベッドが軋む。
 足を固く閉じてイきそうな感覚に夢中になっていると、不意に以蔵さんの手が離れて、今度は腰を強く掴まれた。
「あっ?!」
 引き寄せられ、枕を越える高さでお尻をつき上げる姿勢にさせられる。それだけじゃなくて、私の足をまたいでいたのを、逆に、私の足が彼の足よりも外側になるように開かされた。
 足首を掴まれ、強制的に膝立ちにさせられる。靴を履いたまま、土足厳禁の家の中に忘れたものを取りに入る時のような。
「なに、っ! あああっ!」
 なにをするのだろうという疑問は、直ぐに解決した。以蔵さんが軽く腰を揺らしただけで、深くまで入り込まれ、奥まった快感の源泉を掘り起こされる。
「ふか、ふかいぃ……っ! あ、だめ、だめっ、やだっ、あ、ひぁ、だめえっ、ああっ、あたって、おく、あ、おくっ、あたってるのっ」
「そりゃあ、っふ、当たっちょるんと違うて、当てちょるきの……っ」
「やああんっ!」
 腰を引くことができない、膝が動かない。逃げられない。枕の山に顔をうずめて、今まで出したことのないような、唸るような叫ぶような声が口から出ていく。そうしないと、ちょっとでも快感を身体から逃がさないと、わたし、わたしじゃなくなっちゃう。
 きもちいいのに、こわい。じぶんがどうなるのかわからなくて。
「やらああっ、こわ、いいぃっ、」
「……なんちゃあじゃない。わしがおる……、立香、わしが掴まえちょるき、っ、ぁ、はあっ……思うようによがればえい……っ、ねだられた通り……こじゃんと良うしちゃる……!」
 足首を掴む力が強くなる。私の反応が一番大きいのを知って、以蔵さんが容赦なくいいところばかり狙って、快感の山を勢いよく上るしかない私を更に追い立てる。
「だめ、くるっ、きちゃうっ、あ、やあああああっ! とんじゃ、とんじゃうっ、ああああっ、あっ、いく、いく、い、っあ、っ――!!!!!!!!!!」
 快感に飲み込まれ、勢いよく、それこそジェットコースターから放り出されたような浮遊感。私に合わせてか、最後は腰を押し付け、奥をこじ開けるように中を押されて、私は絶頂の空へ放り出された。

 一瞬の空白の後。太ももを震わせて、断続的に快感に震えていた私は、以蔵さんが足首を降ろしてくれたのに気付かなかった。
 優しくお尻に触れられ、揉まれて、それからゆっくりと彼が腰を引く。
「――っ!!!!!」
 それさえ、眩暈がするほど気持ちよくて。彼のペニスがゆっくりと、私の内壁を擦りながら出て行く。最後は雁首が私の膣口を強く引っ掻いて。ひだを掠めて。
 ぐずぐずに溶けた身体から、絞り出したようにぽろりと涙がこぼれた。
立香、おまんはちゃあんと戻ってきちゅう……。な、分かるろう?」
「ん、ん」
「えい子じゃ」 
 未だに四つん這いになったまま思うように動けないでいる私の後ろから、優しく頭を撫でられる。彼の長い指で、私の髪を梳くように。労わるような手つきなのに、頭皮を伝って、頭全部が痺れるほどの快感が身体の内を伝って腰へ落ちていく。腰を抱かれて、ぞわぞわとするのを止められない。以蔵さんに全てを委ねれば、胡坐をかいた彼の上に横抱きのように乗せられた。
 熱い唇が目元へ柔らかく押し当てられ、同じように熱持つ親指で涙が伝った後を拭われる。
「ちっくと喉がやられかけちょるの……水、飲みとうないがか?」
 ついさっき、あり得ないほどの頂点から空へ放り出されるように達したばかりだというのに、私の身体は未だに納まる気配を見せなかった。いつもなら……もう、とっくに無理だと、寝かせて欲しいとぐずっているはずなのに。
 以蔵さんの首に腕を絡め、彼の熱い胸板に、鎖骨に頬擦りをしながら頭を横に振る。確かに喉は多少おかしい気もするけれど、そんな気分じゃなかった。水よりも、もっと熱いものが欲しい。
「なんじゃ、一人じゃ飲めんかえ?」
 言って、以蔵さんはサイドテーブルへ手を伸ばした。そこには、ピッチャーに入ったこげ茶色の飲み物――多分、紅茶ではないだろう。麦茶かほうじ茶か――と、伏せられたコップが一つ。
 私を抱えたまま器用にコップへ注ぎ、大きな音を立てながら彼がそれをあっという間に飲み干した。間近で彼の喉仏が何度も動き、力強い音も相俟ってそれがとても……色っぽくて、目が離せない。
 飲み終わるか否かのところで、吸い寄せられるようにそこへ吸い付くと、以蔵さんは盛大に噎せた。そりゃあそうなるか。
「げほっ! ぐ、っ、う、……なんじゃあ、なにしゆうがじゃ」
「だって……」
 見下ろしてくる彼に、胸を押し付けて見上げれば、それだけで彼には伝わったようだった。既に散々彼を受け入れた私の場所が、私の心を急かしてくる。両足をすり合わせてそれをいなすのも、限度があった。
「まあ待ちい。ちゃんとおまんにも分けちゃる……」
 以蔵さんはしたり顔でそう言うと、もう一度コップへお茶を注いだ。それをほんの僅か口に含み、そのまま私へ口づける。片腕で後頭部を支えられ、彼の腕に包まれる。
「ん、」
 二度、三度と啄まれて、彼の舌先が私の唇をそっと開かせた。されるがままに彼の舌を受け入れると、唾液ではないものが、唾液と一緒に口の中へ少しずつ流れてきた。
 彼の舌から舐め取るように、私からも舌を這わせる。口の中にたまると少しずつ飲み込んで。太ももに当たる彼の屹立が気になって、足の間から手を入れてそっと撫でると、彼の身体が僅かに震えて口の端からお茶が零れた。
「今日は甘えたじゃの……」
 唇を離して、以蔵さんが自分の口元を舐める。
「いや?」
「いんや。えい気分ぜよ」
 言いながら、以蔵さんはまたお茶に口を付けた。それから、私に口移しでゆっくりと飲ませてくる。
 時折ぴちゃ、と音が鳴って、口移しというよりはキスのついでと言わんばかりの有り様だ。けれど、私にはその方が良かった。以蔵さんの舌先に自分のそれを差し出し、少しずつお茶を飲み下しながら彼のペニスに添えた手を動かす。彼が堪りかねて、次へ進んでくれるように。
 けれど以蔵さんは私が知っているよりもずっと我慢強くキスを繰り返した。彼が意図しているのかは分からないけれど、焦らされて、私の方が堪らない。
 この姿勢のまま、もう彼の先端が中に入る様に掴んでやろうかとさえ考え始めた頃、漸く彼はお茶の入っていたコップをサイドテーブルへ戻した。
 私を抱き直して、彼の口元から笑みが薄くなる。太ももを撫でられ、誘われるまま、胡坐をかいている彼に跨った。M字開脚のように大胆に足を開いて、彼を迎える。
「ふ、ぁ」
 お互いの体液で未だぬるりと濡れているそこへ滑り込んだ彼のペニスに、快感と多幸感が混ざり合い、一つになって、私の中で溶けて、境界が曖昧になる。
 彼を全て飲み込んで、私のしっとりとした肌が、彼のそれに隙間なく張りつく。彼の首に腕を回し、胸に胸を押し付けて、見つめ合う。金色の眼が私を欲しがっている。私の中で、私の存在全てで高みへ行くことを望んでいる。
 そっと唇を重ねた。
「ん、……ふ、ぁ」
 両手で腰とお尻を撫でられ、きゅんと一つになった場所が喜びに疼く。そのまま、ベッドのスプリングを使って揺さぶられ、一気に快楽に押し流される。
立香……立香立香、」
「ぁ、以蔵さ、んっ、あ、あっ、以蔵さん、以蔵さんっ……」
 揺り動かされて、その度に唇が擦れて気持ちいい。
 でも、もっと。
 もっと近くに行きたい。深く、深くに彼を受け入れて。
 腕に力を籠めると、以蔵さんの前髪に顔が埋もれた。彼の匂いが強くなる。髪越しに無精ひげが肌に触れる。かき抱いた彼の頭の無造作にたわんで跳ねる髪に指を絡めた。
立香……はあ、立香……」
 うわ言のように名前を呼ばれて、私も呼び返す。しがみついた後、膝裏に腕を引っ掛けられて、そのまま抱え込まれた。
 足を折り曲げられて苦しいのに、気持ちいい。奥まで触れられて、それだけでもうどうにかなりそうで。
 揺られる度に、両足がぷらぷらと揺れ、その揺れがまた快感を呼び起こす。もう何度も絶頂して、なのに身体が、心が、ハイになっているのか、もっと欲しくなる。
「以蔵さん、あっ、すごい、っ……すごいのぉ……!」
「すごい? どう凄いんじゃ」
「わかんないっ……ぁ、あ、あっ きもちよくてっ、すきなのっ」
「ほにほに……っ、そりゃあえいのう、立香
「んっんっ」
 自分でも制御できない衝動にただ突き動かされている。唯一それをどうにかできるはずの以蔵さんは、そんな私を間近で見下ろして、愉悦に満ちた顔をして、私を乱れるままにさせるのだ。
「ん、あ、あ、いきそ、う、」
 身体が強張ってくる。絶頂に備えて、エネルギーを圧縮し、その反動で弾けるように。
 目が、以蔵さんの眼が獰猛に笑う。私を求めながら、苛め抜くかのような嗜虐的な色で。
「たっぷり味おうて、気持ちようなれ……立香っ」
「あああっ!」
 大きく揺さぶられて、瞬間、また足先から絶頂の波にさらわれた。ぞくぞくして、身体の中を快感が大きくなって流れ出す。
「はっ……、ん、ああっ!」
 太い声が響く。肌を伝って外側を、耳を伝って内側を、大好きな人の果てる声で満ちて、征服されたような、征服したような、得も言われぬ充足感が頭の中、心の中に満ちる。
 そうして満たされた私の意識は、そこで途切れた。


******


 次に目を覚ました時、部屋の物資は跡形もなく消えていた。と思ったら、医務室に寝かされていた。側には私の身体を労わる品々が置かれて、以蔵さんがベッドの脇の椅子に腰かけていた。
「え、今っていつ? っ、けほ、」
「おまんが気を遣りすぎて気絶して、っちゅうことなら大体三時間半っちゅうところかの」
 そんなものか。よかった、丸一日寝てたとかじゃなくて。
 掠れ切った喉を詰まらせる私に、以蔵さんがお茶をくれる。上半身を起こして口をつけると、はっきりと麦茶の味がした。美味しい。
「状況の説明が欲しい……」
「……わしは折角やき、おまんともう暫くしけこむ算段じゃったけんど、あの女先生が嗅ぎつけよっての。見てのとおり人の形にも戻った、霊基も異常なしっちゅうんであれこれ事情をほじくり返されそうになったんを、余計な事言わんように思うていっぺん帰らして、今静かになっちゅう」
「うん、分かったような気がするけどよく分からない」
「わしが元に戻る過程なんぞ話してしもうたら、おまんが言うてほしく無いことまで口が滑るかも知れんかったがよ。わしは大人しゅうしちょるき、マスターに直接聞けばえい言うたんじゃ。それじゃったら、おまんが言いたくないことは伏せれるろう。わしは口が上手うないきの」
 なるほど、以蔵さんなりのやさしさでもあったわけか。で、ダ・ヴィンチちゃんはこういう時こういうところに首を突っ込んでこないはずだけれど、以蔵さんの悪だくみ……私とこの部屋に籠城して、えっちなことを沢山しようとしているのを把握して敢えて即行で突撃してきたのだろう。……よく分かったなあ。
「……ひとまず、以蔵さんが元に戻ってよかった。ダ・ヴィンチちゃんは何か言ってた?」
「わしは頭が悪いき、長々と言われてもよう分からん思うて、聞いちょらん」
「そう……他の人は?」
「ロマンがさっきまでおった」
 ああ、だから以蔵さんの声色があまり良くないのか。前に私と以蔵さんの夜の事情について、真正面から突っ込んできたDr. ロマンのことを思い出す。私の身体をもっと労わって、せめて次の日のレイシフトに響かないように抑えてくれと苦言を呈されているのだ。
 もっとも、今回については媚薬を使ったのは私だから、私が悪いんだけれども。
 極端に不機嫌でない所を見ると、Dr. ロマンの立ち回りが良かったのだろうか。
「やあやあ! 二人とも、お疲れ様だったね」
 以蔵さんから話を聞いて、暫くするとダ・ヴィンチちゃんが医務室へと顔を出した。交代するように以蔵さんが出ていく。出ていくと言っても、カーテンの向こうにであって、医務室を出るわけではなかった。
  さっきまで以蔵さんが腰かけていた椅子に、今度はダ・ヴィンチちゃんが座る。分厚いカーテンの向こうに見える大きなシルエットから目を離し、彼女を見た。
「では、早速だけど、話を聞いてもいいかい?」
「はい」

 ――そうして、今回の事態について私の『報告』を聞いたダ・ヴィンチちゃんによる結論は。
立香君、キミ、フグ毒って知ってるかい?」
「はい?」
「ほら、キミは毒に耐性があったのを覚えてるだろう。マシュと契約している関係で、彼女の能力の恩恵がキミにも……ってやつだ。あれは飽くまで耐性であって、積極的に解毒したり、毒そのものをそもそも跳ねのけたりする能力ではない可能性があるね。勿論物理的に君の心身を損なうものではないが、キミの魔力に混じって残留していたってわけさ」
「なるほど……」
「今回の彼の異常状態の直前のレイシフト先はあの魔霧のロンドンだったろう。以蔵はその毒に中てられたのさ。まあ、毒とはいってもキミの魔力に微量残った程度、サーヴァントにとっては大したものじゃないが……生物濃縮の理屈で、毒の混じったキミの魔力を粘膜接触で受け取ったために、外見に影響が出た……。と、私は推測する。で、君たちの迅速な対応により、彼が少なくない量の魔力を放出したから、毒が消えたと」
 なるほど、一応は理解できる。けれど、私たちが行ったのが『粘膜接触による魔力供給』であるとして、以蔵さんの中てられた毒は私に戻っているのではないだろうか。
「まあまあ。まだ説明は終わってないよ。さっきキミの部屋の後片付けにちょいと手を出したんだけど、ピンク色の小瓶、全部使ってあったね。同じものがここにあるんだが」
 言って、ダ・ヴィンチちゃんは香水瓶のような可愛い入れ物に入った件の媚薬を取り出した。
「あのタイミングで説明書に記載する必要が全くなかったから書いてなかったんだが、これには解毒作用がある」
「は?」
 ご都合主義も驚きの種明かしに、目が丸くなってしまう私は悪くないだろう。
「これはパラケルススとの共同開発……になるかな? 元々の効能を抑える代わりに解毒というか……いや、まあ、解毒だな。毒に反応すればその反応で、魔力を放出したくなるようにしてある。毒が消えれば反応はなくなるし、媚薬の効果も一時的なもので、時間経過でも解消可能だ」
「つまり……?」
「基本的には宝具をぶっ放したくなる……んだが、勿論、そうならないように媚薬の効果を残してあるわけさ。ハイになるのは同じだけど」
 あまり聞きたくないことまで聞いてしまった気がする。
「なんでそんな回りくどいことを……」
「いや、そもそも私はある程度原因を予測した上でこれの改良にあたったんだ。一から作るよりは話が早いだろ? 私が君たちにしてほしいことの手伝いにはもってこいだし。勿論、データを取って安全性を確認した上でキミに提供してるから、そこは安心してくれたまえ」
「そうじゃなきゃ流石に困りますよ」
 効能は兎も角、安全性については信頼している。以蔵さんはそうではないようだけれど、ダ・ヴィンチちゃんのそう言う部分は少なくとも疑うことはない。まあ、安全性が信頼できるものとして、彼女の作り出すものがハプニングを誘発しないというわけではないけれど。
「……まあ、丸く収まったってことですよね」
「そうだね。霊基の方も問題はない」
 良かった。
 そっと息をつくと、自然と口元が綻んだ。
「ま。今回の件についてはデータも集めたし保存もばっちり。以蔵の犬の姿の再現も可能にして見せよう!」
「黙って聞いちょれば、おまん何を言いゆうがぞ! 要らんことしなや。用が済んだらしゃんしゃん去ね!」
 ダ・ヴィンチちゃんの看過できない発言に、以蔵さんが思わずと言った感じでカーテンの向こうで声を荒らげた。それでもこっちへ入ってこようとしないのが、なんだか彼らしいというか。
「つれないねえ。ま、今はいいさ。次の特異点もまだ見つからないし、立香君は身体の調子が戻るまではゆっくりしてくれたまえ」
 以蔵さんの怒声にもダ・ヴィンチちゃんは悠々として、私の肩を優しく叩くと医務室を出て行った。
 残ったのは、私と彼だけ。
 以蔵さんはダ・ヴィンチちゃんが出ていくのを見送った後大きくため息をつくと、そっとカーテンの内側へ身体を滑りこませた。その顔は何とも渋そうで。
「……まさかおまん、『また犬とまぐわいたい』らあて言わんよな?」
「言うわけないでしょ!」
 どうやらダ・ヴィンチちゃんの言い残した発言で、彼は私が犬といたした、という画が酷く応えたらしい。どこか縋るような弱々しい目を向けられ、思わず窘めるような声が出てしまった。
 その犬は彼であったというのに、彼であるから、そこが大事な部分だというのに、随分な言い方だ。……これは早急に、私の想いを知らしめる必要がないだろうか。否、ある。大いに。
「以蔵さん」
「おん」
「もう大丈夫だから、マイルームに連れて行ってくれる?」
「けんど、」
「いいから」
 私の身体を気遣ってか、躊躇する彼を遮って押しきる。横抱きにしてもらって彼が動けば、後は直ぐだ。
 彼の首に手を回して、髪の毛に鼻先を埋める。獣の臭いはもうしない。代わりに、彼の匂いを肺一杯に吸い込んだ。
 私がどれだけあなたに焦がれていたか、まだ足りないのなら、もっと教えてあげるね。

2018/08/12 UP