この話には性描写が含まれるため、18歳未満の方や高校生の閲覧を固くお断り致します。

夏の終わりに入る檻は

 背丈ほども草の伸びた河川敷を見ながら田舎の夜道を歩く。夜の帳が降りてどれほど経ったろう。喧騒は遠く、ころころとヒールの高くて丸い形をした高右近型の下駄を鳴らしながら歩くのをかき消すほど、カエルの鳴き声がうるさい。よく分からない、鈴虫のような声もする。蛍の時期はとうに過ぎていた。
 生ぬるい空気が緩やかに肌を撫でてゆき、僅かな清涼感を覚える。昼間の熱が未だに残る、むせ返るような空気の中には湿った土の匂いと、瑞々しい草の匂い。街では感じることのないそれらを鼻から吸い込めば、いわゆる古き良き田舎の空気のようなものを感じた気になれた。――……髪を降ろし、着流しの軽装で隣を歩く岡田以蔵の生きた時代にも、この匂いはあっただろうか。
「ねえ以蔵さん」
「なんじゃ」
 呼びかければ、律儀に彼の声が返ってくる。
「楽しかった。ありがとう」
「わしも楽しませてもろうたき、礼を言うがはこっちもじゃ」
 誰が言い出したのだったか、私が聞いたのはダ・ヴィンチちゃんからの案内で、日本の夏の花火大会の催しが企画されたことを知った。水着だハワイだと浮かれつつも疲労困憊だった、先のレイシフトを踏まえての慰労を兼ねてのことなのだろう。まあ、これも結局は微小な特異点の調査ではあったのだけれど。
 御託はいいから楽しむんだというどこかの誰かによる圧を感じないでもなかったものの、花火大会、夏祭りとくれば私のこの、岡田以蔵が黙ってはいないわけで。
 刀こそ佩いてはいないものの、浴衣に着替えた彼に合わせて浴衣を着て、髪をアップにしてめかしこんだ私は、かき氷に林檎飴にたこ焼き、焼きそば、イカ焼き、チョコバナナ、綿菓子などなどを以蔵さんと二人で分けつつも楽しんだ。……食べ物だけじゃなくて、射的もやったし、金魚すくいもした。水風船とりもしたし、懐かしさのあまり、夜店でよくあるサイリウムのリングを腕につけたりして、自分で言うのもなんだけれど、久しぶりに年頃の娘としてはしゃいだと思う。
 花火を見るまでに歩き疲れたのもあって、途中以蔵さん用にお酒を買って、花火の絶景ポイントとして案内されていた場所を少し外して二人並んで道端に座って。はしゃいだ後の休息のように、そのままメインのはずの花火を見た。会話はさほどなく、ちびちびとお酒を飲む彼の二の腕に頭を預けると、彼も頭を私の頭の上に乗せてきたのがくすぐったかった。
 夜空に火薬が跳ねる画は、何度見ても綺麗なものだ。力強い和太鼓のように空気を震わせる大きな音は、もっと近くで見ていたら満腹な私の胃を震わせて気分を悪くさせていたかもしれない。ちょっと食い意地を張り過ぎたかな、と自分を戒めたものの、後の祭りだしいい勉強になった。来年もっと花火を楽しむならペース配分はよく考えよう。……果たして、来年も以蔵さんが隣にいるかは、分からないけれど。
 とにかく、好きな人と寄り添って静かに花火を見るなんて、なんだか漫画めいてどきどきした。彼の息遣いが分かって、たまに夜空に浮かんだ花火の柄にぽつりぽつりと感想を呟いたりして、声が、触れ合う二の腕を通じて振動して、身体の中まで伝わってくるようで。腕の先で、指同士が絡みあったりして。近くに誰もいないことにもっとどきどきして。
 甘い囁きがあるわけでも、視線を絡ませることもなかったけれど、それでもそこはかとなく漂う『好き同士の空気』みたいなものに、物凄く心を擽られた時間だった。だって、二人きりでならいざ知らず、こんな野外で恋人っぽい空気を醸し出すなんて、あり得なかったから。
 帰り道――レイシフトまでの時間つぶしだ――並んで歩きながら少し前の胸の高鳴りを思い出して、そっと以蔵さんの指を一本、柔らかく掴んでみた。ピクリと反応されるけれど、拒否はない。代わりに、彼は私に指を掴まれながら器用に手をくるりと回して、私の手をしっかりと覆い掴んだ。その後、思わせぶりな動きで指を絡ませてきて、彼が口を開く。
「のう、立香。ちっくと寄り道せんかえ」
 低く紡がれた声に私の名前が混ざって、心臓が跳ねた。彼からのお誘いの言葉に、小さく、けれどはっきりと頷きを返す。と、以蔵さんは私の手を引いて、草が生えっぱなしの河川敷へ足を向けた。
「い、以蔵さん?」
「足元、気いつけろよ」
 呼びかけても、丁寧に先導されるだけ。言われるがままに、暗い足元を睨みつけつつ、彼に支えて貰いながら後をついていく。小さな坂を下りて草を掻き分けていく彼の後ろ姿は、屋台ではしゃぐ時とも、花火を見ていた時とも一線を画していた。
「以蔵さん、こんなところ、あんまり行くと虫に刺されちゃうよ」
 どこに行くつもりなのだろう。まさか今から川で遊ぶわけでもあるまい――。そう思いながら、再びその背に声をかける。と、彼の足が止まった。どうしたのだろう、と彼を見上げていると、頭を屈めた以蔵さんが、私の耳元で囁いた。
「……ここにいっとうふとい虫がおるやか」
「え、」
「他の虫に食わせてたまるか」
「あ、」
 囁く声の甘さに頭の中が揺さぶられ、眩暈さえ感じそうだった。私の心を揺さぶる唇が耳を掠め、頬を、顎を辿って、私のそれへ重なる。少しだけ、アルコール特有の匂いがした。
 そう言う意味で言ったわけではないけれど。もうそう言う意味でしかない。どうやら私は以蔵さんを煽ってしまっていたらしい。
 甘く吸い付かれて力が抜ける。何度も啄まれて、腰を抱かれて、以蔵さんの浴衣にしがみつく。一瞬、皺になると頭の中を理性が掠めたけれど、それさえも以蔵さんに吸い取られて行った。
「ん、ん、」
 何度も唇を重ねる。柔らかくて気持ちいい。以蔵さんの髭がチクチクする。少し汗ばんだお互いの身体から体臭が立ち込め、草のそれと混ざり合って鼻をくすぐった。
 触れる唇から、徐々に小さな快感が湧き上がる。静かに、けれど確実に。
 腰に回された手も、もう片方のそれも、両方がお尻を揉んでくる。私のお尻の形と柔らかさを確かめるような手つきに、どうしようもなく感じてしまう。お尻を揉まれるとこんなにいやらしい気分になるなんて、彼にそうされるまで知らなかった。
 密着した部分から体温が混じり合う。いつもよりも薄手の布地。高い温度――は、いつものことだけれど。熱が重なって一つに溶けていく。
 キスとお尻への愛撫ですっかり蕩けてしまった私の身体を抱いて、浴衣の上から以蔵さんの掌が胸のふくらみを覆う。やわやわと乳房の上の方を揉まれて、中で乳首が浴衣の生地と擦れて声が漏れた。
「あっ……」
 囁きほどの声だったと思う。けれど、場所の所為で妙な胸のざわつきを感じた。
 こんなところで、こんな声を出してしまうなんて。こんな声を出すようなことをしてしまっているなんて。
「だめ、以蔵さん……」
 声を掛けて見るけれど、私の制止は毛ほどの効力もなかった。私の声はもう甘ったるく蕩けていて、こんなに彼の手に喜んでいる私から発せられる「だめ」だなんて言葉、何の説得力もない。私にだってわかる。それでも言わなきゃいけない気がしたのだ。決して私はこんなところで彼に求められて、直ぐに飛びつくようなはしたない女ではないのだと。
 でも、そんなこと。吹けば飛ぶような建前でしかない。
 帯が邪魔なのだろう、それをぐっと下げられて、乱れた襟の合わせから中へと手を差し込まれる。同時に、彼の顔が首元へ降りてきて、舌先で首筋を舐められて膝から力が抜けた。
 完全に彼に身体を預けることになり、そのまま地面へ降ろされる。お尻をつくと、草のちくちくとした感触が浴衣越しに伝わってきた。私を抱える必要のなくなった彼の手が、帯の下、衽(おくみ)から入り込んで私の内腿を撫でる。
「……っ」
 嬌声を飲み込むも、以蔵さんが私の耳元で囁いた。
「いつも穿いちゅう下穿きもないこがな格好で、よう今まで持ったにゃあ……まだ触りもせんちゅうのに、こじゃんと湿りゆうやいか」
「……湿ってるのは汗ででしょ……それに、……パンティライン、出るの嫌だったんだもん……」
 ひそひそと声を抑えるも、蛙の声が五月蠅すぎて、多少のことならかき消されるんじゃないかなんて甘いことを考える。
 浴衣姿の以蔵さんは、着物を着慣れているのがいやでも分かる程に馴染んでいて、その、格好よくて。せめて普段着物を着ることが無くても隣に立った時不自然じゃないように、着物を着慣れていないのが少しでも薄れればいいと願いながら、下着を身に着けるのを控えたのだ。体型をカバーするのに、胸の下にタオルは入れたけれども。
 内腿をすり合わせ、彼の下でそれこそ虫のようにもがくと、それを抑え込むように覆い被さられた。彼の浴衣が帯の下から豪快に開かれて、襦袢の奥に褌が見えた。
「そこまで気にせんでもえいろう。……明るい柄じゃ、おまんによう似合うちょる。髪を結わえちゅうのも」
「脱がしながらそれ言うの?」
「なんじゃ、拗ねゆうがか」
「だって、カルデアに居た時何も言わなかった」
「阿呆。あがな他のモンの目がある所で手放しでよう褒めれんちや」
「……どうして?」
 納得できず、妙なところで素直じゃないな、と思っている顔をされる。ちょっと呆れを含んだ、仕方がない奴だと言わんばかりの表情だ。でも、二人きりの所為か、少しだけ甘さを感じるのは私の願望がそうさせるのだろうか。私の我儘に付き合ってやろうという時の、下がった眉尻と柔らかく細まった瞳と、微かに笑みの乗る唇。私を想ってくれていることが分かるその感情の発露。
「おまんがわしを特別意識して見ゆう時がいっとう可愛いき、わざわざ口に出して他の奴らの目を引くんが嫌でたまらん。誰っちゃあ見んでえいきの」
「――」
 汗ばんだ身体。お互いの放熱が重なる距離で紡がれた言葉に、私の頭は考えるのを止めてしまったようだった。声は聞こえる。何を言ったのかも理解できる。けれど、その言葉に何をどう返せばいいのか、何も思い浮かばなかった。
 ただ、身体は正直で。
「は、真っ赤っ赤じゃ。わざわざ言うた甲斐がある」
「な、は、あ、だって、」
立香
「なに、」
 全身が熱い。茹だったようだ。暗い中、以蔵さんの眼が月のように感じるほど輝ているように見える。逸らせない。動きを、身体を縫い止められている。
「すまんのう、カルデアまで待てんがじゃ」
 謝られたけれど、その謝罪は要らなかった。だって、私も花火大会の空気に中てられて、良く知る蛍光灯が光るあの部屋へ帰ってしまった後では、この気持ちも空気も萎んでいくだろうことが分かっていたから。
 私を見下ろす彼の眼が、艶めいている。その向こうに広がる星空は今まで見たことのないほどに小さく煌めいていて、それが花火の煙で霞むさまが、まるで、草むらに隠れている私たちのようにも思えて。
 蛙の鳴き声がうるさい。私たちとその音の他には、何も聞こえない。
 草の檻と声の網の中、自分の鼓動と彼の微かな息遣いが重なる。熱がこもっているのは身体だけじゃなかった。彼の瞳の中にさえ感じることが出来てしまう。だったら、きっと私も同じなのだ。
「……着付け、出来るの?」
「男も女もほがに変わらん」
 しれっと言ってのける以蔵さんは、どこか澄ましている風だ。これはきっと黙って彼なりのマーキングというか、そう言うものをされる予兆だなと思うものの、嫌じゃないから困ったものだ。
「じゃあ、謝らないで」
 困ってしまうけれど、今ここで、以蔵さんを突っぱねる気が毛頭ないんだから、仕方がない。自分で着付けなどできないないのだから、出来る以蔵さんに任せるしかない。拒否しないし、したくないんだから、困ってしまってもそれは私の所為。どっちが悪いわけでもない。だって、今、触れて欲しいと思っている。
「……私も、待てないから。一緒」
 以蔵さんに乱された浴衣の合わせに手を添えて、そっと左右へ広げる。と、彼の右手が私の手を取った掌を舐められて、思わず小さく嬌声が漏れた。
「一緒か、えいな。まっことえい響きじゃ」
 ちゅう、と吸い付かれて、身体がむず痒くなる。もっと性感を煽る様に、追い立ててほしくなってくる。
 以蔵さんが私に迫るから、引き寄せるように、迎え入れるようにして上半身を倒す。草がちくちくする。……浴衣、汚してしまうかも。
立香
 唇が触れ合って、名前を呼ばれる。以蔵さんの手が私の浴衣を開いて、露わになった胸へ被さる。柔らかさを堪能するように優しく揉まれて、乳首を弄られた。いつもなら出していたであろう嬌声は喉元で押さえて、代わりにそっと息を吐きだす。と、彼の舌と唇が首筋を伝って、えも言われぬ感覚に頭が痺れた。
「あっ……」
 小さかったけれど、嬌声だと分かる声が漏れてしまう。人の気配はないけれど、それでも、こんなところで肌を重ねているのだからあまりにはしたなく声を上げてしまうのは憚られた。
 以蔵さんはそんな私を心得ているのか、ふ、と息だけで笑うと、そのまま鎖骨を辿り、胸を通ってその頂きへ吸い付いた。
 ぴくんと跳ねる身体。詰まる息。黙る彼と、私。
 なのに顔だけは妙にはっきりと感情を伝えてくる。うるさいほどの鼓動と、息と、表情が交差していく。
 暗いのに空が明るい。花火の煙は風で流されたのか、薄まるだけ薄まったのか。もはや月明かりを遮るものがないせいか、逆光を受ける以蔵さんの顔は暗くて見えない筈なのに、彼が瞳に持つ月の光が妙に鮮やかで夕日めいていて、そこから彼の顔が浮き上がっていた。
 貪られる。予感がした。
 ゆっくりと顔が近づき、唇同士が触れる。柔らかな感触。時折舌先が唇を割り開くけれど、中まで無理に押し入られることはない。吐息が混ざって、蛙と虫の声にかき消されるほど小さなリップノイズが響く。それを、私たちだけが知っている。その感覚が擽ったくて、興奮する。
 私が以蔵さんの唇を堪能する以上に以蔵さんに私を堪能されて、彼の浴衣の袖を指先で掴んだ。左右に開くように軽く引っ張れば、大きな口を開けてぱくりと唇を咥えられた。薄目を開けると、彼も同じようにして私を見ているところで、ふと、彼の笑みが息と共に零れた。
 ためらいもなく、自分の手で綺麗に着ていたはずの――最も下は既に私に覆いかぶさっている所為で大胆に開かれていたけれど――浴衣を乱す。それから、私の手を取って、肌蹴た自分の懐へ導いた。
 黙ったまま、私の心を見透かすような笑みで見つめられて、身体に燻った熱が吐く息に混じる。指先が胸板に触れて、熱い。胸を通り過ぎて、鎖骨をなぞり、肩を撫でた。そのまま二の腕の方へ滑らせて、以蔵さんの浴衣を、襦袢ごと脱がせた。落ちた袖から腕を抜きながら、彼が楽しそうに喉元で笑う。
「ほに、おまんはわしの身体が好きじゃの」
 断定されるけれど、否定の言葉は浮かばなかった。逞しくて、分厚くて、私が気持ちよさで身体が思うように制御できなくなってもびくともしない、その力強さが好きだ。しっかりと私を抱きとめてくれる腕が、包んでくれる胸が、私を求めて熱くなるその身体が。
「身体だけじゃないよ」
「知っちゅう」
 以蔵さんの手が私の胸を直接覆う。ふにふにと揉みながら、その唇が乳首を食み、引っ張って、放す。ぷるんと私の胸が揺れる。それを繰り返されて、もどかしいほど物足りない刺激に身体をくねらせた。
 足りないのに、声を抑えている所為だろうか、快感が身体の中に溜まっていく速度がいつもよりも早い気がする。ゆくゆくは以蔵さんを受け入れる秘所が、触って欲しくて疼き始めた。
 いつもと違う場所、匂いがそうさせるのだろうか。それとも、浴衣だから? 分からない。けれど、彼にもっと触って欲しくて、彼が欲しくて、それだけは確かだった。
 既に開かれた彼の下半身へ手を伸ばして、褌に包まれたそこを指先で辿る。つつ、と竿を裏筋へ向けて下から撫で上げると、熱い吐息が降ってきた。
 目を遣ると、もっとしてくれと、物欲しそうにする目とかち合う。彼の腰が淫らに揺れるのを見ると、止めようとは思わなかった。でも、私だって……触って欲しい。激しく掻き乱されたい。だから、さっき少しだけ乱された浴衣の裾を思い切って太ももで押し広げて、右足を彼の太ももの外へと出した。足を大きく開く体勢。丸見えになる恥ずかしさは勿論あるけれど、直ぐに触られてしまう、否、触って貰えるように。その代わり、私も以蔵さんへ手を伸ばしやすくなる。
 心得たとばかりに彼が位置を調整して、左膝を私の上半身側へずらした。その所為で、放り出した右足がもっと開いてしまう。
「こん助平」
 小さく囁かれて、そうさせているのは誰なのという気持ちを込めて、小さく「言わないで」と返す。正しく私の気持ちを読み取った彼が、にんまりと笑みながら、細いけれど長く、筋張った手をこれ見よがしに舐めた。たぷりと唾液をつけたそれを、私の、大きく開かれたそこへ潜らせる。
「っふ、」
 探るような指先は、私の中から溢れる愛液を絡め取って、ひだへ擦り付けた。滑るそれは次から次へ溢れ出して、とても涸れる気配がないのを良いことに、彼の指が徐々に労わるような繊細な動きから、私の快感を掘り起こしてやろうと、強く、制圧的なものへ変わっていく。
「――~~っ……!!」
 欲しがっていた場所へ与えられた快感に、身体が、脳が喜びに打ち震える。喉を引きつらせながら声を抑え、息をしても快感を逃がせない。声の代わりに大きくなる水音が、何よりも雄弁に私の状態を語っていた。
「手が止まっちゅう」
 促されて、掌で押す様にして擦り上げると、気持ちよさそうな溜息が彼の口から洩れた。硬くて、太くなっているその屹立を、両手を使って丁寧に取り出す。ぶるん、と頭を振る様にして出てきた以蔵さんのペニスはピンと勃ち上がって、透明の先走りを溢れさせていた。それを人差し指の腹で押さえて、先端へ広げる。
「う、」
 以蔵さんの腹筋がびくりと跳ねた。一瞬、彼の手も止まる。けれど、一拍の後には彼の指先は私の中を押し広げるようなそれへ変わっていた。二本の指が、私の中に入り込んで内壁を擦りながら、指よりももっと太いものを受け入れるために外へ外へと力を込めて開かれる。その動きに、早く繋がりたいという、彼の意志が伝わってくる。性急な動きだけれど、既に私の心も身体もその先にいるためか、もっとかき回してほしくて仕方がない。
 浅くなる息に嬌声が混じる。気持ちよくて、感じるのに集中してしまいそうになる。ともすれば疎かになりそうな手を動かして、以蔵さんの手の動きに合わせて私も彼のペニスを握って扱く手に緩急をつける。まだ繋がっていないのに、まるでセックスしているみたいな感覚。少し時間差は出来てしまうけれど、気持ちよくて、セックスよりも凄いことをしているような気がして、昂って、高まって、こんなところで以蔵さんの指に中を荒らされているのが恥ずかしいのに止めるなんて考えられない。
 でも――足りない。
 もっと奥に、もっと大きいのが、たくさん欲しい。
 ぐちゃぐちゃに蕩けて、彼の指の動きにただ快感を得るだけのそこが、欲張りになっていく。くらくらするほど淫らなことをしているのに、まだ満足できないなんて。
「ね、ね」
 小さな声で呼ぶと、私の痴態を見下ろしていた以蔵さんの眼が私を捕らえた。笑みはなく、行為と快感に没頭する彼のそれは獣めいていて鋭く、ぞくぞくしたものが腰のあたりを這いまわる。私の身体は、彼に飲み込まれたいと、早く食べてほしいと、彼のために疼きをもたらし、彼により美味しくいただかれようと性感を高めているようだった。
 返事はなく、瞬き一つ。と思いきや、彼の口角がつり上がった。
「……おまんがやらしゅうて、もう気を遣りそうじゃ」
 そんなの、私だってそうだ。でも、手じゃなくて以蔵さんのペニスでイキたい。手じゃ、もう上手く達することが難しいほど、太いのが欲しい。擦って、奥を優しく小突いて欲しい。
「以蔵さん……して、入れて……?」
 溢れる先走りで濡れる彼のペニスを私の方へ倒す。以蔵さんがそれを見降ろすとゆっくり手を引き抜いて、腰を揺らした。彼の左太ももに引っ掛けた私の右足を掴んで、膝の内側に吸い付かれる。くすぐったさの中に快感が奔って身を捩れば、それに従うようにして彼の左肩へ担ぐようにして持たれた。少し身体を捻るような体勢になって、草と土の匂いが強くなる。
 私が支える彼の先端が、散々指で弄ばれた場所を擦り、くちゅ、と音を立てながら中へ入ってくる。
 私の愛液と彼の先走りで、ぬるりとした感触に快感しか拾えない。熱くて、太いのが肉を押し広げて中を進む。か細く、引き攣れた悲鳴染みた嬌声が喉から出ていく。
 これ。これが欲しかったの。すごいの。気持ちよくて、大好きなの。そんな満足感が広がっていく。
「ん、あっ……ふか、い……」
 片足を持ち上げているためか、お尻と太ももに密着感がある。その分、深いところまで彼を感じて、欲しかった所に欲しかったものが当たっていて、切ないほど気持ちいい。
「覚えちょき、立香。おまんの好きながは『松葉崩し』言うがよ……、っいつでもしちゃるき……その可愛い口でねだっとうせ」
 荒い息の中、微かに笑みを滲ませながら以蔵さんが囁く。こくこくと頷くと、彼は満足そうに目を細めた。劣情に煽られて、色気の滲む表情に彼をきゅっと締め付けてしまう。腰を揺らすと、宥めるように彼が私の右足に左手を絡めて、足の内側を舐めて、吸い付いてくる。右手は、私の左手に絡ませて。とんとんと、腰を軽い調子で揺らし始めた。
 既に良い所に当たっているのに、そこをさらにつつかれて、背がしなる。気持ちよくて、声が、こえが、もれてしまう。
「あっぁ、あ、あんっ」
 いつもに比べればずっと小さい。けれど、それでも嬌声は嬌声だ。自分の鼓動が、息が、以蔵さんの呼吸が、私たちの動きに合わせて揺れ動く草の擦れ合う音が大きくて。他の事が遠くなる。目の前の、直ぐ近くの事しか感じられなくなる。
 繋いだ手をぎゅっと握る。気持ちよくて、もう、だめだった。
 乾いた咽喉を潤す水のように、飢えた身体にもたらされた彼のペニスが、十分すぎるほどの快感を引き起こして私を快楽の海へ攫おうとする。
「あ、も、あ、あっ」
 声が上擦る。揺さぶりに合わせて漏れる私の声と、息と、以蔵さんの乱れた息遣いが耳に響く。突かれる中はもう快感の所為で感覚がぐちゃぐちゃで、どこをどうされても気持ちいい。
「ん、んっあ、あ、いぞ、さ、ぁっ、いく、イっちゃう、イっちゃうの、」
 とろけちゃう。快感で身体がぐずぐずとして、中で強く生まれるそれに力を奪われる。
「えいぞ、っ、はぁ……おまんがえいと、わしもえいき……っ、そのまま気ぃ、遣れ!」
「っぁ、――!!!!!!」
 押し殺しきれなかったような吠える声と、一際強く押し付けられる彼の熱を合図に、耳から入ってきた彼の声で快感が弾ける。今までの遣り取りよりもずっと大きな声に、誰かに聞かれてしまうかもしれないという焦りにも似たそれに気持ちが揺さぶられて、止められなかった。
 びくびくと身体が痙攣する。腰が彼を離すまいと、全て、最後まで私に注いでほしいと淫らに揺れる。その動きと、私を逃すまいと腰を奥へ奥へと押し付けてくる以蔵さんの動きが重なって、重く痺れるような快感が中で広がっているのを、更に掻き混ぜられるようだった。
 急き立てられるような快楽が終わって、穏やかな心地良さで満たされる。どくどくと以蔵さんの脈拍を感じながら、彼も殆ど同時に吐精して、余韻に浸っていることを知る。
 私を見下ろす以蔵さんの眼はとろんとして、口元は無防備に薄く開いていた。ふう、ふう、と、その唇から息が漏れている。その姿が、男の人なのにどこか……可愛く思えて。胸を締め付ける切なさに、密かに彼を想っていた頃を思い出した。あの頃感じていた『好き』に似ているけれど、あの時よりも甘い。愛おしさ……というものなのかもしれない。なんて、年上の男の人に対して失礼だろうか。
 徐々に土の匂いと草の匂い、蛙の鳴き声が戻ってくる。さわさわ、と風が吹いて、草を揺らす。月明かりが辺りを照らしていて、星は煌めいて。誰の気配もない。ドキドキと、達しただけではない心音が早い。
「……ん、抜く」
 掠れた声が低く響く。不愛想にさえ聞こえるそれが、そうではないことを知っているのはきっと私だけだ。
 ずるりと、硬度の落ちた彼のペニスが抜ける。お互いに乱れ切った衣服と、私の肌がやけに白く浮かび上がるのが……とっても、えっちだ。足を降ろしてもらいながら、丸出しのままの胸が急に気恥ずかしくて、そっと浴衣の襟を寄せた。
「今更やか」
 くすりと以蔵さんが笑う。それはそうかもしれないけれど、かと言って丸出しで平然としているのは違うと思う。
 私が脱がせた所為で以蔵さんも相当な乱れ方をしていた。上半身は脱ぎきっているし、ペニスは褌の横から出たまま。勿論、身体を重ねて、出したものもそのままだ。以蔵さんは帯で引っかかる着物の中から何かを探る動きをしたかと思うと、白い……多分、懐紙だろう。それを取り出して、一度くしゃくしゃにして丸めた後、またそれを広げて、まず私の足の間から優しく拭き取り始めた。
「っん、」
「強うしてしもうたら傷になるき、大して拭けんけんど、勘弁しとうせ」
「ん、うん」
 以蔵さんの手つきは優しい。先ほどまでの荒々しい空気はなくて、どこか穏やかささえ感じる空気が新鮮で、とくんとくんと自分の心臓の音が大きくなったような気がした。
 大体カルデアの自室の時はそのまままた盛り上がってしまったりすることも多くて、後始末なんてする余裕もなく意識が飛んだり、疲れて寝てしまうことが殆どだから、なんだか気恥ずかしい。
 でも、それ以上に嬉しい。労わるように触れられることが。
 私の身体を拭き終わると、以蔵さんは軽く自分のペニスをふき取って、褌へ入れた。懐紙は折りたたんで、一度脇へ。私に被さっていたのを、横へ避けて帯を解いた。足が剥きだしになっていたのを、上半身を起こして自分で直す。
「帯、解き」
「うん」
 言われるまま、帯を持って回し、結び目を前に持ってくる。解き方は正直適当だったけれど、程なくして解けた。腰紐も一緒に解いておく。胸の下にあるタオルも畳み直しておいた。
 そうしている間にも、以蔵さんは手慣れた様子で襦袢を整え、着物を整え、見る見るうちに帯を締めて、きちんと着付けを終えてしまった。
「なんじゃあ、呆けよって」
「えっと、凄いなって」
「こがなもん、普段からしちょったらなんちゃあじゃない」
 口元に苦笑をのせて以蔵さんが答える。足元に置いた懐紙を拾って胸元にしまうその顔が少しはにかんでいて、照れているのが分かる。
「待たせたの。……髪結わうんは流石にようせんき、すまん」
 手を差し出されて、座りっぱなしだったことに気づく。彼の手を取ってゆっくりと立ち上がると、それでも私を隠すほどの背丈の草に少し安堵した。
 まずアップにした髪を解かれる。草が入り込んでいるだろうし、着物は兎も角、流石に髪が乱れ切っていたらおかしいだろう。取り敢えず降ろしておけば、木の枝に引っかかったとか、色々言い様はある。
 美容院で切った髪を落としてもらう時のように、以蔵さんに優しく指先でぱたぱたと髪をはたかれる。ある程度落とし切ると、撫でるようにして髪を梳かれた。
「ん、レイシフトまでまだあるな?」
「うん、大丈夫。お願い」
 花火の余韻を楽しめるようにと、今回の帰還レイシフト前のスケジュールは比較的余裕を持たせてあると事前に聞いている。
 帯を持って、以蔵さんに浴衣を任せる。襦袢は何となく合わせたけれど、以蔵さんに改めて整えられた。タオルを重ねて、腰紐で留める。浴衣も同じようにして、おはしょりを整えて、帯もあっという間に締めて貰ってしまった。
「は、はやい……!」
「人の着付けするがも久しぶりじゃき、着崩れせん保証はできんちや」
 後はもう帰るだけだし、それは問題ないだろう。それに、あんなにはしゃいでいたのにちっとも全く乱れもしてないのもおかしく見えるかもしれないし。
 草むらに入った時のように手を引かれて来た道を戻る。行きとは違い、一度草を踏み倒しながら来たせいか、戻るまでは早かった。……こんな、道の直ぐ側でしていたのかと思うと恥ずかしいやら肝が冷えるやら……。
 道まで出ると、手を放される。それが少し寂しくて、彼の腕にすり寄る様に距離を詰めた。
「ねえ以蔵さん」
「おう」
「レイシフトまで手、繋いでても良い?」
「左じゃったらかまん」
 許可を貰って、言われた通り彼の左側に陣取る。手を繋いで、頭も彼に預けるように腕に寄り添うと、ぎゅっと手を握りしめて貰えた。
「のう、立香
「なに?」
「……櫛、要るろう。和服のおまんの髪に差しても見栄えするもんじゃったら、貰うてくれるかえ。……別に、必ず頭に差さんでもえいき」
「いいの? 勿論!」
 初めてするプレゼントの話だからか、やけに歯切れの悪い言葉にむず痒くなる。以蔵さんは少し照れているみたいだった。確かにさっき、櫛があればもう少し髪を整えられたかもしれないけれど……。まあ、今後こういうことが絶対ないとは言い切れないし。
「ふふ、楽しみにしてるね」
 もし以蔵さんから何か贈り物をしてもらえるというのなら、櫛じゃなくたって大歓迎だけれど。それは言わない方がいいだろう。
 ごくたまになら、こういうことがあってもいいかな。

******

 私の帯の結び方が以蔵さんと全く同じだと気付いたのは、自室に戻ってからで。お揃いでの花火大会は楽しかったかい、なんてダ・ヴィンチちゃんの言葉に含みがあったことに気づいたのも、やっぱり何かしてくると思った、なんて顔を赤らめてしまったのも散々堂々と帰って来てからで。
 そして、私が以蔵さんの言う『櫛』の意味に私が気づくのは、もっともっと、後のことになる。

2018/08/27 UP