この話には性描写が含まれるため、18歳未満の方や高校生の閲覧を固くお断り致します。

美酒一粒

 今年のハロウィンも例によって大変だった。阿鼻叫喚のライブを終え、それとは別に慎ましやかに、微笑ましくお菓子をねだるサーヴァントへ飴やクッキーを贈り、それが終わると、私はちょっとしたイブニングドレスへ着替えて、食堂での立食パーティに参加してハロウィンの気分を楽しんだ。と、言うのも、日本人には馴染みが無かろうと、一部のカルデア職員の人とサーヴァントに面白おかしく、けれどきっちりと着せ替え人形、もといコーディネートを楽しまれたためだ。
 なんだかんだと身に着ける衣装は大体が魔術礼装で、はっきり言って武装状態。そうじゃない服を身にまとうのはなんだか気恥ずかしくて、そうでなくても胸元や背中が大きく開いたドレスはどこか頼りない気さえして恥ずかしくもあったけれど。Dr. ロマンをはじめとする職員のみんなや、サーヴァントたちが笑顔で迎え入れてくれたかよかった。――なにより、マシュがとっても褒めてくれたから、十分だ。
 慣れない高いヒールと視界と、姿勢。楽しかったけれど、少し気を張っていたのだろう。マシュと楽しかったね、と話をしてマイルームに戻ると、肩の力が抜けたのか、気怠さを随所に感じた。
 明日は午後から頑張ればよいとダ・ヴィンチちゃんから言ってもらったので、もう今日は最低限の事だけして寝てしまおう――そう思った私の目に飛び込んできたのは、ベッドにどっかりと膝から上全てを沈めて、刀を抱くようにして寝る以蔵さんの姿だった。靴を脱ぐのは面倒だけれど、かと言って土足で寝床へ上がるのも嫌だという心境が手に取るように分かる姿に苦笑が漏れた。
「あーあーあーあー、もう、早速ですか」
 私の声に、以蔵さんの耳がピクリと動く。……第一再臨姿の以蔵さんの頭からは、狼の耳が生えていた。袴の下から尻尾も生えていることも知っている。褌を締めるラインと重なって酷く気持ちが悪いと零していたのを聞いたから。
 前に霊基異常で犬の姿になったことがあったので、その時のデータをもとに霊基を弄れるサーヴァントにからかわれてしまったらしい。ハロウィンについて説明をすると矛を収めてくれたものの、野生のように歯をむき出しにして怒り狂っていた以蔵さんを宥めすかしたのは私だ。正直、もう相手にしたくない。骨が折れるどころか粉砕する。あの様はまさにバーサーカーだった。
 その時の疲労感を思い出してしまって、より一層強くなった倦怠感のまま彼の隣に腰掛ける。ハイヒールを軽くずらして足先を緩めてから同じように上半身を倒して、インバネスコート越しに頭を預ける。
「宴は終わりなが?」
 掠れた声に顔を動かすと、以蔵さんが薄目を開けて私を見ていた。
「うん。何人かはもうちょっとお酒を飲むみたいだけど、エミヤが見てくれてるから大丈夫だと思う」
「ほうかえ」
 私の言葉に対し、以蔵さんの声は平坦だ。お酒への名残惜しさは微塵もないらしい。被り物ではないために少しの刺激や感情で動いてしまう耳と尻尾が生えた状態だから、人の眼や声に敏感な以蔵さんには居心地が悪いんだろう。気心が知れる故にからかったり、悪意がなくとも彼の姿に言及するサーヴァントは多いし、お酒が好きでよく一緒に飲むという面々の顔を思い浮かべても、以蔵さんが今の状態で気持ちよくお酒を飲める環境ではないことは私でさえも容易に想像が出来る。現に、あちこち行くのを渋った以蔵さんは、お酒の場でもあるというのに珍しく早々に霊体化して姿を隠してしまっていた。
 だというのに、マイルームに戻った途端姿を見せてくれるのは、率直に言って、凄く嬉しかった。私には彼にとってのその不本意な姿を見せてもいいと思ってくれているということだから。私が彼にとって、不愉快なことはしない奴だと、信じてくれている証左だと思うから。
「はい、エミヤがいくつか持たせてくれたの」
「……?」
 以蔵さんにいくつか可愛くくるまれたお菓子を渡す。
「ウイスキーボンボンだよ。中にお酒が入ってる。気休めくらいにはなるかなと思って」
 食堂で一つ試し食いをしたけれど、とてもじゃないけれど食べられなかった。せき込んで、蜂蜜入りのホットミルクで口直しをしたのは……以蔵さんも知ってるか。その後、苦笑したエミヤに謝罪と共に、度数の低い、洋酒交じりの美味しいチョコを振舞って貰ったけれど、そちらは美味しく食べることができた。
「こがなもん、足しにもならんき……」
 以蔵さんは少し不満そうな口ぶりで私に返そうとしてくるけれど、私が食べられなかったのを思い出したのか口をつぐんで、一つ、包み紙を解いて口に放り込んだ。
「甘いにゃあ……余計酒が欲しゅうなるちや」
「それはごめん」
 酷なことをした、と告げれば、以蔵さんは短く「かまん」と答えた。彼らサーヴァントを強くするための素材でもない酒を未成年に持たせるというのは、以蔵さんの中でもナシらしい。お酒を持ってくるよう頼まれることもなかった。まあ、エミヤをはじめ、食材管理をしているサーヴァントがそもそも許してくれそうにないし、以蔵さんもそれを織り込み済みなのだろう。
「以蔵さんのこの状態も、朝には直ってるみたいだよ」
 恐らく彼にとって吉報であろう事柄に触れても、以蔵さんの反応は薄かった。
「朝じゃと……遅すぎやせんか」
「そうだね。……でも、私はちょっと嬉しいかな」
 大手を振ってお酒が飲めるし、何より、お祭りの空気が好きな以蔵さんは、大勢で楽しくやっているその空気を楽しみながら飲酒できるのをイベントごとに楽しみにしているフシがあるから、恨めしそうに歯噛みしているけれど。
「だって、そうじゃなかったら以蔵さん、絶対遅くまで飲んでたと思うからさ。少しでも以蔵さんを独占できる時間が増えると、私は嬉しくなるよ」
 以蔵さんが不満そうな声を出すよりも先にそう言葉をつづけると、ぽかんと無防備に口を開いた彼のそこから、は、と吐息にも似た声が出るのを見た。
「折角お洒落もしたし。疲れたけど」
 言って、寝転んだままイブニングドレスの裾を摘む。マッサージしておかないと、明日足が辛いかな……。
「どうかな、似合う?」
 ドレスに着替えることになって、流石の護衛でも立ち入り禁止と私と離れていた時に彼の耳と尻尾が生えたこともあって、感想を聞けていなかった。今更ながらに問いかけると、以蔵さんは黙って身体を起こしたかと思うと、じっと私を見下ろした。その目が、すっと細められる。
「……どこぞで見たような色じゃの」
 彼の口から出た言葉は、低く、小さかった。その中に夜の匂いを――つまるところ、彼の情欲が炙られ、溶け出ているのを感じ取ってしまう。
 以蔵さんが徐に私の手を取って、二の腕まで嵌めている手袋を外しとる。目線はドレスへ落とされて、まるでその下の身体を見透かすように、ゆっくりとその目が動くのが見える。
立香
 見つめていた先の彼の眼が、私の名前を呼ぶ声と共にこちらへ重なって、息が詰まった。
「こりゃあ、誰が見繕うた?」
「誰って……」
 知っている。彼は知っている。こういう聞き方をする時、以蔵さんは絶対にもう答えを知っているのだ。でも、だからこそ私の口から知りたい、私に言わせたいからこんなことを聞いてくる。耳はピンとこちらへ向けられて、既に尻尾が機嫌よさそうに揺れているのだから間違いない。
「……いくつか用意されたものから、私が選んだの」
 正直にそう伝えると、予想通りのはずなのに、以蔵さんは満足そうに口元をゆがめた。
「ほにほに」
 途端、ついさっきまで纏っていた不満そうな気配が失せるのだから、本当に、分かりやすいと思う。その顔に、声に、いとも容易く感情がまろび出るから、目が離せない。
 彼の指がドレスの裾から私の足の輪郭に沿って動く。空気に触れて、少し寒い。かと思えば、彼の暖かな掌まで肌に触れてきて、ああ、顔ばかり見ているのに意識は彼のいけない手が気になって仕方がない。
「以蔵、さん」
 堪りかねて名前を呼ぶと、にんまりとした顔のまま、以蔵さんと目が合った。
「おまんが自分で選んで、こがな格好しゆうがか」
 改めて言われると、妙に気恥ずかしさがある。だって、選んだイブニングドレスはたっぷりとした分厚い布地で、上から下に赤みを強く帯びたオレンジから藍色へ染まっていて、まるで黄昏時の空を切り取ったような色なのだ。胸の下、くびれを付けるために結ばれた装飾紐は黄色く艶めいて、紐の結び目につけられたブローチは真珠を溶かしたような丸い形と色で金の縁取りがなされていた。
 ――それは、どこか第三再臨姿の以蔵さんを思わせる色だ。
「……わしは自分で思うちょるより、もうちっくとばあ、自惚れてもえいが?」
 気付いたのは立食パーティの時。軽く揶揄されてからだったのだ。だから、最初から狙ってそうしたわけじゃない。でも、だからこそ、無意識で彼の色を選んでしまっていただなんて、相当以蔵さんに参っているのだと自分自身に突き付けられる。
「……いいよ」
 つまりそういうことです、と、頷く。お互い分かっていることへの確認というのは、どうしてこんなに気恥ずかしいのだろう。
 けれど、気恥ずかしくても言葉を惜しまず、心を注げば、彼が喜んでくれることを知ってしまったから。
 だから、どんなに恥ずかしくても、胸がドキドキしても、喜色満面で迫る彼の唇を、目を閉じて待ってしまうのだ。
 柔らかな唇同士が触れ合い、互いを押し合って密着する。何度かゆっくりとそれを繰り返すと、私のドレスの中に潜り込んでいた以蔵さんの手が動いた。
「ふ……、ん」
 太ももまでたくし上げられ、彼の手が私のお尻を撫でまわす。
「……そうじゃ、立香、この菓子やけんど、甘ったるい部分はおまんが食うたらえい。わしは中の酒だけもらうきに」
「え、」
 言うや否や、以蔵さんはベッドの上に落ちていたチョコを手に取って、包装を解いて私の唇に押し付けた。その目に滲み出した熱が失せていないのを見てしまえば、私に否やがあるはずもない。
 恐る恐る端っこを噛む。歯で削るようにしてチョコを食べていると、反対側から以蔵さんが噛みつくようにチョコを砕いてしまった。
「んん、っ!」
 とろりとしたものが唇に垂れて、ドレスが汚れやしないかと咄嗟に手で受けようとするも、以蔵さんはそれさえ逃さないと私の手首を掴んで、頤(おとがい)を伝っていたウイスキーを舌で掬い取った。
 チョコと、お酒と、以蔵さんの匂いが鼻腔いっぱいに入って来て、むせ返りそうだ。
 たっぷりと時間を掛けて、体温で溶けたチョコと、ウイスキーが混ざったものを味わわれる。いや、以蔵さんは器用にウイスキーだけを舐めとって、チョコを私の口へ追いやっていた。
 アルコール独特の風味と、親しんだ甘いチョコの味が混ざって、慣れない味に吐きだしたくなる。なのに、以蔵さんの柔らかな唇はもっと感じていたくてキスを止められない。
 必死に嚥下を繰り返し、彼から唇を離す頃には、すっかりと私の視界は潤んでしまっていた。口の中が甘いのに、変なえぐみみたいなのがあって、苦いような、熱いような、変な感じ。
 私が眉を寄せてその味を振り払おうとしているのに、仕掛けてきた当の本人は
「げにまっこと、甘いのぉ……」
 ……だなんて。たっぷりと楽しんでおいて、そんな風に言われるなんて心外極まりない。なのに、その声がチョコではないものを指しているのだと気付いてしまっては、尖らせた唇はキスのために差し出すしかなかった。
 首に手を回すと、熱っぽい眼差しが私を捕らえた。無言で、吐息だけがかかる。私から顔を近づければ、それは返事で、合図だった。
 以蔵さんの手が私の背中に回り、大きく開いた背中側についたファスナーを下げる。途中で胸の下の紐を緩められつつ、お尻の上まであるそれをきっちりと降ろされた後は、胸元を寛げられた。その目が急にきょとんとしたものになる。ヌーブラは流石に知らないかな。
 何かを言われる前に谷間のジョイント部分をずらして、外してみせる。密着していた場所が名残惜しそうに勿体ぶって離れていくその刺激に肌が粟立って、つんと尖った先端に空気が触れて疼いた。
 まるで以蔵さんに差し出すかのようにして待っていると、彼は一度窺うようにこちらを見た後、直ぐに乳首を口へ含んだ。
「あっ」
 右側を口としたが、左側を、以蔵さんの右手が優しく、けれど確実に快感を与えてくる。小さくて繊細な動きはじれったいのに確かに気持ちよくて、内腿をすり合わせるように身じろぎをすると、以蔵さんはドレスを脱がすのを再開した。手伝うためにころんとうつ伏せになって足を抜くと、すぐさま尻たぶを鷲掴みにされる。まるで左右に広げるようにして以蔵さんの親指が肉に食い込んで、一気に身体が熱くなった。
「やっ」
「下も妙なモン穿いちゅうが」
 Tバックとガーターベルトのことだろう。以蔵さんはあっさりとTバックだけ取り払うと、私をもう半回転させて対面の状態へ戻らせた。その顔は、悪だくみを――えっちな事を考えているときの、悪い顔で。
「こんだけ脱がしゃあ、十分じゃ……にゃあ、立香?」
ハイヒールも、太ももに食い込むストッキングも、それを支えるガーターベルトも。残したまま、確かにセックスするには十分だけれど。
「着たままっちゅうんもえいけんど、晴れ着汚して後で怒られるがはおまんやきの……これで勘弁しちゃる」
 それは私への言葉ではなかった。けれど、この格好で以蔵さんと身体を繋げるという、彼からの宣告でもあった。
「ほいたら、おまんが寝て起きるまで、……わしはおまんだけの男ぜよ」
 じっと見つめられ、笑みに歪んだ口元から低い声が甘い言葉を紡ぐのを聞いた。それだけじゃない。彼の後ろに、ぴんと立った尻尾が見える。耳は私の方を向いて、彼の意識が、全て私へ向けられていることが目で分かってしまうことの凄さを感じた。そのせいで、下腹部が疼いてたまらなくて。
 小さく、して、とねだった言葉は、直ぐに以蔵さんの口の中に消えた。


 舐めて、キスして、指を、足を絡ませて、お互いの身体を感じる。何度繰り返しても飽きないのは、それを見るのがお互いだけだという優越感の所為だろうか。舌が欲しい時に唇を舐められることとか、早く入れたい時にお尻をぎゅっと掴まれることとか、私の名前を呼ぶ声が酷く改まっていて、好きだという意思表示の代わりのように何度も繰り返し呼ばれることとか。
 私が性急な刺激に「いや」と零せば悪い顔をして、身体と心の高まりが合致して「快(い)い」と泣けば、意地悪な顔でもっと気持ちよくさせられる。
 きっと私だけが知っている以蔵さんを確かめたくて、そうされると心地良ささえ感じてしまうようになったのはいつからだろう。以蔵さんも、そうだといい。
「考え事かえ? えろう余裕があるようじゃのぉ……」
「んあ、あっ! そ、んな、ことっ」
 四つん這いになって、後ろからとん、とん、と優しく奥を突かれて、ベッドへ身体を沈めてしまう。中が、気持ちいい。既に散々愛撫を受けて熱くなった身体の中は溶けているようで、その場所を以蔵さんに掻き混ぜられて、力を奪われる。どこか頭の中がふわふわとして、下腹部の蜜が零れるような熱い感覚があるのは、お酒のせいだろうか。
 コートを着たままの以蔵さんに覆い被さられているのも良くなかった。暗幕のように彼の身体から垂れるコートは私の身体をすっかり覆っていて、まるで誰かの視線から隠れるようで。私の息遣いも、声も、――熱も。籠って、仕方ない。
「はっ……こん格好じゃと、おまんを隠いて、どこっちゃあ盛れるがが分かってしもうたにゃあ、……っ」
 とんでもないことを言われて、きゅう、と彼を締め付けてしまう。本来行為に耽るべき場所ではない場所でこうして繋がってしまったら、と思うと、恥ずかしさと緊張でどうにかなってしまいそうだ。……きっと以蔵さんは、どうにかなって欲しいのだろうけれど。
「なんじゃ、もうどこぞで犯される想像でもしよったがか……っ? 今日のおまんは、いっとう反応がえいが」
 低く、笑う気配のする声で意地悪く囁かれると、ぞくぞくして、いけない。その声に甘さが滲んでいるのが、よく分かってしまう。普段の勇ましさとはまるで違う、不穏さにも似た妖しげな声色は、それでも彼の男性を強く思わせる色気に満ちていた。
 それが耳から身体の中に入り込んで、私の性感を震わせる。彼の吐息が、匂いが、肌を張って、頭を満たして、籠る空気が私を包む。
 震える息で快感をコントロールしようとしても、そうはさせるかとばかりに以蔵さんが快感のリズムを崩してくる。
 肩に歯を立てられて、それにさえ快感が背中を駆け上がって、びく、びく、と足の付け根が痙攣するように不規則に力んで、彼にされるがまま達しそうだ。
「……っと、もっと……っ!」
 このまま駆け上がりたい、と欲求のまま口走ると、ぎゅっと彼の歯の感触が強くなったかと思うと急に彼のペニスが外へ引き抜かれて、刺激が止む。以蔵さんに散々中を荒らされていた感覚が抜けずに、嬌声と共に続きを求めるあまり腰を揺らしてしまえば、肩から微かに笑みの混じった吐息が聞こえた。歯が離れて、ぺろりと噛まれた場所を舐められる。歯と違ってぬるりとした、柔らかな感触に背がしなる。
「おまんは……どういてほがあに分かりやすいんかの」
 囁きの後、仰向けになるように促されて、言う通りに向き合った。見上げた先の以蔵さんはうっそりとして、この目の前で痴態を見せたと思うと恥ずかしい。なのに、目をそらそうと思えない。もっと彼の顔をよく見たくて、私をどんなふうに見てくれているのか知りたくて、感じたくて、……気持ちよくなってくれているところが見たくて。
立香……」
 うわ言のように名を呼ばれる。唇を合わせると同時に、改めて以蔵さんのペニスが私の中へ入って来て、ぐち、と微かに音を立てた。コートの中は暗くて、以蔵さんの袴もあって、繋がった場所を直視は出来ないけれど、
「んっ……あ、はぅ……!」
 迸る快感に、足が戦慄く。さっきまでと当たる場所が違うのに、それも気持ちがよくてたまらない。中が擦れて、切ないほど感覚が下腹部に引き摺られる。
 以蔵さんの着物を掴んで、腰に足を絡ませる。尻尾が足に当たって、かかとを乗せ、ストッキング越しにその硬い毛先と柔らかな産毛を足先で感じる。猫の尻尾のようにはいかないけれど、ぴんと立った尻尾が左右に揺れて、それをかかとを軸にして足の甲や足裏で追いかけると、以蔵さんの唸り声が響いた。
立香……わざとしゆうがか」
「え?」
「おまんこそ耳と尻尾が生えてりゃあよかったにの……まっこと残念じゃ。ほいたら……」
 意図的に出しているのだろう、いつもよりもぐっと低い声が途切れたかと思うと、強く腰を掴まれて、繋がっている場所が更に深くなるように腰を擦り付けられた。
「っあ、」
「……今おまんがかかとで押さえちゅうんが、わしをこじゃんと煽っちゅうちよう分かったに」
 言い終えるや否や、以蔵さんは腰を浮かせて、引いて、私の中を味わうように穿った。
「あ、ああっ!!!」
 じわじわと、けれど容赦なく奥まで突き入れられて、一度達しそうになっていた身体が、再び頂上へ駆け上がるために熱くなる。私の中が蕩けだして、以蔵さんの熱い芯で、まるで水面を乱す様に快感を呼び起されて。
「あっあっ、あ、あっ」
 着の身着のままの以蔵さんに覆い被さられて、コートに包まれて、殆ど裸にされて抱かれている私。目から入るギャップに今更くらくらする。とんでもなくはしたなくて、いやらしくて――……夢中になってしまいそう。
「えい顔しゆう……っ」
「ひぁあんっ!!」
 ぱちゅん、と音を立てて打ち付けられて、大きな快感に中から震えが走る。良い所を容赦なく擦られて、力が抜けて、入って、身体が快感を貪るように反応しているのを感じる。
 膝裏に腕を通されて、そのまま肩を掴まれる。逃げることを許さないようなそれと、笑みの消えた以蔵さんに、繋がった場所が疼いた。
 優しいようでいてさっきまでとは明らかに早いペースで中を擦られて、奥を突かれる。
「あっあっあっ、あ、あ、はあんっ、っあ、んっ、いぞ、さっ、あっ」
 気持ちいい。小刻みに揺さぶられて中が蕩けるような感覚が、時折、リズムを狂わせるために大きなストロークが混じって、彼を締め付けるようにぎゅっとなるのが分かる。胸がきゅんとなって、下腹部と連動する。
 以蔵さんの浅い息遣いと、低く短く響く声が徐々に上擦って、高みへ押し上げられる。次第に弄ぶような動きもなくなって、最奥を貪るような腰使いへ変わる。
 それに合わせてこみ上げてくるものを追いかけて、後はもう、理性を快感に預けるだけだった。
「あ、ああ、あ――ッ!!!」
「ぐ、っ……は、ああっ」
 ぐずぐずに溶けた場所から、熱くて気持ちいいものが溢れて四肢へ広がる。以蔵さんの腰が止まって、なのに名残惜しそうに腰を掴まれて引き寄せられて、弛緩した私の身体に彼の熱の残滓を最後の一滴まで注がれる。
 その仕草が……とてもえっちで、きゅっと胸が切なくなるのだと言うと、ふしだらだと言われるだろうか。
 以蔵さんの頭が私の胸の上へ落ちてくる。間違いなく重たいのだけれど、その重みが好きだ。今はふさふさの耳が生えていて、その生え際に唇を寄せて、優しく指先で髪を梳くとぺたりと寝そべる。耳は暖かくて、柔らかな毛で覆われていて、凄く触り心地が良い。
 穏やかな心地で彼の耳に触れて、頬擦りをした。コートの中で、尻尾が揺れる気配がする。……可愛い。
 以蔵さんの乱れていた呼吸が、すうすうと綺麗なものへ変わっていく。その音と自分のものが重なって、行為が終わったこともあって、心地良さに眠気が混じる。そう、そもそも私は凄く疲れていた。
「……おい立香、まだじゃ」
「ええ……」
 だから、以蔵さんの低い声に、低い声で返してしまったのは致し方ないだろう。
「おまんが寝たら終わりやき、まだ寝かせんぜよ。どうせならわしの変化が何時解けるがか見届けとうせ」
 言いながら、以蔵さんは器用にガーターベルトを外して、ストッキングを一つずり降ろし始めた。ストッキングの繊細な生地の感触と、以蔵さんのかさついて硬い皮膚の熱が太ももを撫でるのが思いの外扇情的で、もう片方の手で胸を揉まれ、吸い付かれて嬌声が漏れた。
「んっ……は、あ……以蔵さんに、揺さぶられながら?」
「そうじゃ」
 にやりと笑う顔がやけにはっきり見える。ちらりと見えた歯には八重歯が窺えて、そのシルエットは見紛うことなき狼男だった。
 ――勿論というかなんというか、以蔵さんの耳と尻尾がいつ消えたのか、時計を見るような余裕はおろか、それを気にすることさえ許されないほどに甘く溶かされ、最後は意識を刈り取るようにして寝かされたのは、言うまでもないだろう。知ってた。
 翌日以蔵さんの機嫌はすっかり良くなっていて、マスターがそうやって毎度毎度彼の機嫌を取ってしまうから以蔵さんにちょっかい掛ける奴が減らないんだ、と零した誰かの言葉には力なく笑い返すしかなかった。機嫌を取るつもりは、ないんだけどなあ。

2018/10/28 UP