この話には性描写が含まれるため、18歳未満の方や高校生の閲覧を固くお断り致します。

いつかの話なんて知らない

 眼前に迫りくる徳利に焦点を合わせながら、私はこくりと喉を鳴らした。どうしてこうなったんだっけ、なにが悪かったんだっけ。お風呂に入った時にそういう雰囲気になったのをあからさまに避けて逃げたから? あれはうまく逃げおおせた気でいたけれど、もしかすると逃がしてもらったの間違いだったのでは?

 ――ええい、考えたって仕方がない。

 様々な葛藤と疑問をない交ぜにして懐へしまい込み、私はにまにまと上機嫌に笑いながら、その実一切目元に笑みを含ませない以蔵さんを見つめ返した。とろりと美味しそうな瞳はつやつやとして、月明かりを受ける彼の髪はしっとりとして鮮やかで。だから。
 とくとくと早まる鼓動と、暖かくなるばかりの身体の声に従って、彼に身を委ねようと、思った。
 結局のところ私の恥ずかしさなんていうものは、彼が好きだということよりもずっと軽いものなのだ。どうも以蔵さんは私が恥ずかしがる所を含めて楽しんでいるような節があるのだけれども。狼狽える私を見る目はいつもどこか安堵を滲ませているような柔らかいものだから、私はいつもその腕の中に納まることをよしとしてしまう。今日も、そう。
「……嗚呼、おまんのその目……げにまっこと、そそるちや」
 以蔵さんの喉仏が動く。喉元のそれも、じょりじょりする髭も、筋張った固い手も、長い指も、肌蹴た浴衣から覗く大きく浮き上がった鎖骨も、筋肉の凹凸も、どれも私にはないものだ。余りにも違うから惹かれたのだろうか、と思うものの、そもそも以蔵さんに好意を持ったのはそう言うところではなかったと思い直す。じゃあ、どこだったのかと言えば――
「集中せんと零すぞ」
「あ、」
 掲げた徳利がこちらへ向けて傾けられる。私は以蔵さん以上に浴衣を肌蹴させて、なにも身に着けていない胸を寄せて、上げて、そうしてできた窪地でもって、彼の晩酌に付き合うことになった。



 慰労に行っておいで、とダ・ヴィンチちゃんから持ちかけられたのは朝のブリーフィングでのことだった。ブリーフィングってサプライズイベントの告知のことだったっけ、などと思う間もなく、一週間ほどの暇を出されてあれよあれよという間に送り出された先は故国・日本……の、山の中。ひっそりと佇む旅館は立派な佇まいで、女将に深々と頭を下げられて出迎えられた。
 道中は夏のルルハワを思い出す手法での移動だったけれども、私の隣に居てくれたのはマシュではなく以蔵さんだったのがいつもと違うところだろうか。マシュが居たなら気付かなかっただろうけれど、以蔵さんと私だけだという点で、これはダ・ヴィンチちゃんからのプレゼントなのではと気づくのにさして時間はかからなかった。
 私と以蔵さんが互いに好き合っているのを知っていて、しかもこういう手配が出来るのはダ・ヴィンチちゃんだけだ。――しかも、夫婦、ということで話が通ってしまっていた。そんなことをするなんて、一人しか思いつかない。
 ともあれ、束の間の休息を取ろうと温泉宿に二人、ありがたく身を寄せた。温泉と山の幸を心行くまで楽しんで、さあ後は寝るだけと開けた襖の先には、大きな布団が一つだけ。
 ほお、と楽しげな声を出した以蔵さんに身体を強張らせれば、宥めるように背を叩かれた。
「マスターが使えばえい。わしは眠らんでもえい身体やき」
 気を、使われてしまった。
 家族風呂で一緒に入った時はぐいぐいと私の身体を触ってきて、もしかしたらお風呂で気持ちよくされてしまうかもと逃げたくらいあからさまだったのに。柔らかく布団へ促されて、私は逃げることも、かと言って一緒の布団で寝ようなんて誘うこともできずに、一人布団へ包まったのだった。……我儘な話だけれど、広い布団で一人眠る事を、寂しいと思いながら。

 だから、だろうか。ふと目を覚まして部屋に入ってくる月明かりを遡って、その先で静かにお酒を飲む以蔵さんに、目を奪われた。
 眩しいほど強く感じる光に手をかざして目を細めると、以蔵さんが横目で私を見たのが見えた。縁側へ続く窓の向こう。欄干に肘を置いて徳利を股座に。お猪口を指先で支える彼は、カルデアではあまり見ることのない、言いようのない穏やかさに満ちているように見えた。
「起こしたか」
 掠れた声に、首を横に振る。明るさで目が覚めたのかもしれないけれど、別に、そのせいで起こされたわけではなかった。まあ、寒くはある。
 ふるりと動物のように身体を震わせると、以蔵さんはさっと窓を締めてしまった。
「いいのに」
「身体冷やして風邪でも引いてみい。わしがどやされる」
 声には微かな笑みが乗っていた。
「そうかな」
「そうじゃ。おまんに酒を勧めるわけにもいかんきの」
 子どもをあやすような優しい声だ。けれど彼の吐息は酒気を帯びていて、体温と共にそれを感じた瞬間、寒さとは違うものが身体を這いあがってきた気がした。
「ま、雪見障子やき、閉めたままでも外は見れる。……ちっくと、わしに付き合うてくれ」
「いいけど、」
「ここに居る間は、わしらは夫婦(めおと)じゃ」
 ふと、以蔵さんの眼差しが険呑なものへ変わる。
 ――あ。と、思った時には、腰を抱かれていた。強い力で、上半身が浮く。
「め、おと」
「そうじゃ。夫婦じゃ。……酌、しとうせ。御前様」
 ぽつ、ぽつ、と、雨が降るようなリズムで以蔵さんが呟く。その音の一つ一つを耳が拾って、頭へ運ぶ。
 とっとっとっ、と、心臓が脈打つ速度が上がる。以蔵さんの体温が、浴衣越しに滲んで伝わってくる。それを物凄く……恥ずかしいと、思う。これを、なんと呼べばいいんだろう。
「あ、う、いいよ、だから、手を、はなし」
「――そん、身体での」
「え」
 以蔵さんの視線がより怪しくなって、徳利を持っている手の中指と薬指が、器用に私の浴衣の襟元を割いていく。
「あ、」
 つつ、と肌に触れる指先は暖かくて、なのに、それが連れてくる空気が冷たい。
 以蔵さんにされるがまま、浴衣が肌蹴て、肩が露わになる。浴衣が擦れて、乳首があられもない感覚を生む。
 ふるりと、出した吐息が震えていたのがどうしてなのか、彼には分かっただろうか。
 ただうっそりとして口元を歪める以蔵さんの視線が胸元へ注がれているのを見て、私が何を求められているのか、嫌でも意識せざるを得なかった。

「ぬる燗っちゅうとこじゃ。冷とうないき、安心せえ」
 徳利から、中身が注がれる。それが、私が寄せて、以蔵さんに差し出すようにした胸の谷間へ満ちる。……たしかに、仄かに暖かい。
「んっ、それは……別に、心配してない、けど」
「けんど、なんじゃ」
 注ぎ終えて、以蔵さんの顔がデコルテへ近づく。居住まいを正した私は、正座を崩すこともできずに……顔を背けるのは印象が悪いと思いながらも、少しだけ、逃げるようにして角度を変えてしまった。
「わかってる、くせに」
「わからんなあ」
 白々しく言いながら、以蔵さんがお酒に口をつける。決してその手は私の肌に触れないのに、顔が、私の谷間に、近づいて。
「ひぁん!」
 ぢゅ、と音が鳴った瞬間、自分でも吃驚するくらい身体が反応した。音が肌を伝って、全身へ広がるような衝撃。決して『そう』されているわけではないのに、されたように錯覚するほど、頭の中を揺さぶられるような、甘い感覚が。
「あ、っ」
 跳ねた身体と共にそう声を漏らせば、以蔵さんはあっという間に私の浴衣の帯を解いて、そのまま浴衣を左右へ開ききった。
「えっ、えっ」
「ほれほれ、ちゃんと力入れんと酒が零れるぜよ」
 静けさの中、以蔵さんの低い声が身体に馴染む。まだ胸元に少し溜まったままのお酒は、温められたせいでふわりと私の鼻にまで香ってきた。飲酒できる年齢でもなければ、幾ら以蔵さんと親しくなってからよく嗅ぐようになったとは言え、お酒と近しいわけでもないから、う、と口元に力が籠る。それと同じ匂いをさせた以蔵さんの舌先が、からかうようにして私の唇の境目を舐めた。
「んやっ」
 むずっとした。
 唇はくすぐったく感じるのに、腰元のそれははっきりとした快感だ。……やっぱり、こうなるのか。まあ、お風呂でだって以蔵さんの手は不埒な動きをしていたし、表情だって、その目だって、私を絡め取ろうとしていた。その時に応えなかったのは私。
 別に逃げたいわけではないし、嫌でもない。時と場合は考えて欲しいけれど、つまり、懸念事項がなければ私だって応じるわけで。――ただまあ、こういう風な趣向で来られるのは思ってなかったけれど。以蔵さんなりの、ちょっとした仕返しなのかもしれない。
 以蔵さんの熱い舌先は、唇から離れた後まだ胸に残るお酒を迎え入れていた。谷間を舐められて、また、身体の中に熱が増える。胸の先にじんじんとした疼きを感じたと思ったら、そこを以蔵さんの固い指先で摘まれた。
「あんっ!」
 甘く痺れるような感覚が迸る。震えて、僅かに残っていたお酒が胸を伝った。
「勿体無いのう。折角の酒が」
 盛大に零すほど残っていなかったとは言っても、以蔵さんは静かに、速やかに私の肌を滑って行ったお酒を惜しんだ。慌てふためく私を尻目に、彼の熱い舌先が胸の谷間の真ん中を割るように通って、おへそへ下る。その窪みを、まるで秘め事の時のように優しく擽られて、私はやっと胸から手を放して彼の頭へ手を添えた。
「や、っん!」
 快感のせいで、上手く力が入らない。嫌じゃないからだと、私でさえ気づいているのだ。彼が知らないはずはないだろう。
 ちゅ、と吸い付かれて、吐息が下腹部へかかる。ぞくぞくと、腰を這う感覚に、胸の先がじんじんと熱くなる。
「上が駄目になってしもうたがじゃったら、下を使わせてもらうしかないのお」
 徳利の残りが、容赦なく正座をして閉じていた足に注がれた。お酒を零して布団を濡らしてしまわないように、咄嗟に重心を後ろへずらして、膝を上げる。足に力を籠める私に、以蔵さんは楽し気に喉を鳴らした。そのまま、下生えが揺蕩うそこへ舌を這わせる。……お風呂の時。以蔵さんが、浴衣の上からわざとらしくパンティラインをなぞったりするから。その後も含み笑いをしながら見てくるから。その視線が恥ずかしくなって、早々に脱いだのだった。忘れていたわけではないけれど、もしかして、その時からこうするつもりだったのだろうか? だとしたら、なんて――
「ひ、やぁ……!」
 微かに浮かんだ疑問は、彼の舌が絶え間なく動くその感覚で霧散する。水音と以蔵さんの息遣いと、その熱さに、ひくん、と身体が疼きを覚えた。
 寝そべって、私の……彼にしか許したことのない場所へ顔を突っ込む様は妙に堂に入っていて、経験の差を感じて、悔しい。生きた時代も、年齢も、人生も、何もかも違うけれど。こうして交差しているのだから、違うと言うだけで済ませたくないと思ってしまう。
「んん、……足りん、足りんぜよ……」
「え、あ、ちょ、っと!」
「もっとじゃ、」
 くぐもった声。それが私の急所から響いてくる。あまつさえ、デリケートな茂みを舌で掻き分けられて、私は堪りかねて上半身を布団の上へ倒してそのまま、身体を後ろへ引こうとした。けれど、それを許す彼ではない。
「やぁ、だっ」
 腰を掴まれ、太ももを担がれて、足を大きく開かされる。つつ、と液体が肌を伝うのが分かる。それを追いかけて以蔵さんの舌が這い、熱い息が吹きかけられる。ぞくぞくと、淫靡な感覚が私の身体の内側に眠る性感を揺り起こす。
「よう湿りゆう」
 ぴちゃ、と耳に届いた音と同時に、私の足の間のぬるりとしたところと、以蔵さんの舌が擦れた。
「ああっ!」
 思わずまろびでた声は、誤魔化しようもないほど歓喜に満ちていた。
「はっ……こりゃあえい。舐めても舐めても終わらんのお。こじゃんと溢れてきゆう」
「やあ、だっ……やっ、吸わない、でえっ」
 以蔵さんの鼻先が、私の柔らかな肉へ押し付けられている。吐息が分かる。僅かながらも中へ入り込む舌の動きも。唇がひだを擦って、大きな音を立てて吸い付かれているのも。全て、夜の静けさの中に強く浮き上がって、意識を逸らすこともできない。
「ひひ、こがな美味いもん、放してたまるか」
 布団の上で頼りなく足を動かそうとしても、余りの快感にどうすることもできない。以蔵さんが私の身体を掴む手の力強さが、既に組み伏せられているのだと私に強く突き付けてくる。逃げられない。逃げることを許さない。逃がす気が無い。
「おまんの……、負けん気の強い目えが、恥ずかしゅうて逸れる……。わしの前で、ただの女になる……。何回見ても、えい。何回でも、見とうて見とうて……にゃあ、加減が出来んぜよ」
 ひひひ、と、酷く楽しそうな声だった。声と共に、彼の硬い手が身体を撫でた。一つは胸へ。もう一つは、私の中へ。
「んっ、」
 くすぐるような動きなのに、窺い見た彼の眼は私の反応をつぶさに観察しているそれで、そうやって毎回、私が気持ちよく感じるところを見つけては、
「あ、っ! あ、だめ、えっ」
 少し強めの力で責め立てて、私の痴態を嬉しそうに見下ろすのだ。
「おまんの『だめ』は、えいっちゅうことやき。判り易うて、ほに、えいのお」
 きゅ、と乳首を摘まれ、扱かれる。
「ああっ!」
 弛緩しきった身体が、彼の愛撫を受けて跳ねる。びくんと力がこもるのに、彼に抵抗するための力は湧いてこない。以蔵さんの言う通り、気持ちよくて、どきどきして……たまらない。
 ゾクゾクと肌を這う感覚に身体を僅かに震わせて、それを逃がしていく。何度も、以蔵さんから与えられる甘い快感が、まだ触れられてもいない身体の奥深くを蕩けさせていくような気持ちになる。
「けんど……にゃあ、立香。おまんがまっこと嫌じゃち思うたら、わしがそう分かるように……良いときは良いち、言えるようにならんとにゃあ?」
「ん、……うん、ん?」
 囁く声はどこか謡うような響きで、私の耳へ潜り込んだ。優し気なようでいて、どこか、妖しさを孕むそれに、相槌とも返事ともつかない声で応える。その声の紡いだ言葉を理解する頃には、以蔵さんは私の股間へ顔を埋めて、柔らかな肉に覆われたクリトリスを舌で押しつぶしていた。
「ひ、あ――!」
 腰が跳ねる。跳ねた瞬間、まだ私の胸を放していなかった以蔵さんの手から乳首がぷるんと弾かれて、更に嬌声が転がり落ちた。
「きゃうっ! あ、やあっ!」
「やあ、や、ないろう?」
 私の中に潜り込む長い中指が、クリトリスを中から押し上げるようにして動く。同時に舌で小刻みにクリトリスを嬲られて、強い快感に力がこもった。布団の上で、彼に腰を押し付けるようにして背をしならせる。掴まれていた足はいつの間にか解放されていて、つま先立ちのようにしてぴんと力を込めれば、そんな私を肯定するように以蔵さんに腰を支えられた。
「ほれ、『良い』ち、言うてみ」
「んあ、あっ! あ、いいっ、いいの、やだぁ……!」
 足が、膝が揺れる。以蔵さんの顔を挟み込むようにしながら、強くて甘い快感に泣き言を漏らした。自分の身体、自分の感覚なのに、自分の手でコントロールできないのが嫌だ。いつもそう。特に、一際強く……極まる直前は、少し怖いくらい。それを嫌と言いながらも許して、委ねているのは、以蔵さんだからだ。
「気持ちえい時は、『良い』だけでえいがじゃ」
「ふ、ぅうっ」
 今だって、中から、外から触れられて、身体の中がおかしい。気持ちよくて、快感でとろとろになってしまう。力が抜けるのに、瞬間的に力がこもる。腰が揺れて、自分から以蔵さんの顔に押し付けているようになってしまって、恥ずかしいのに、止められない。
 なのに、ふと以蔵さんの手が止まる。その舌が離れていく。
「や、なんで、」
「なんでもなにも、嫌じゃったら止めるしかないきのお」
 意地悪く笑む顔は、お酒が入って酔っているのもあるのだろう、上機嫌で、主導権を握っているという優越があった。悔しいけれど、自分では彼が与えてくれるような快感が得られないことは、前に実感している。本当に、悔しいけれど。
「触っても嫌、やめても嫌……わしはどうすりゃえい? 教えとうせ」
 以蔵さんの言うことも一理ある、なんて考えてしまうのは、人理修復の旅で余りに多くの価値観に触れてきたせいだろうか。そして結局、マスターとしての私だなんて建前を放り投げて、結局このサーヴァントには――、この人だけには、誰よりも、何よりも真摯で、傷ついても傷つけても、ずっと向き合っていきたいと思う気持ちが震えて、表に出てしまう。だから別に、私が折れるわけじゃない。自分の気持ちに素直でいていいんだから、私の想いも、彼にぶつけていいし、そうすべきだと思うから、だから、彼の言うことを聞き入れてしまう。
 腰をおろして布団へ寝そべると、以蔵さんが覆い被さるようにして私の上で四つん這いになった。少しだけ意地悪そうな表情が薄れて、垂れた眉尻と細められる目が、柔らかな色を浮かび上がらせる。私の頬に触れる掌に唇を摺り寄せて、彼を見上げた。
「……続き、して?」
 掠れて、大して大きくもなかった声は、正確に以蔵さんに届いたようだ。普段隠しがちなその口元をゆがめて、一気に彼の顔に色気が増える。以蔵さんの浴衣を留めていた帯が、片手だけで解かれ、逞しい身体が持つ熱が私へ降り注いだ。
「よう、できました。えい子じゃ、立香
 おもむろに彼の顔が近づいてくる。目を伏せると、柔らかい唇同士が触れ合った。その感触に、うっとりとしてしまう。すごく、気持ちがいい。快感はさほどないけれど、身も心も解れるような心地。
 以蔵さんも同じなのかは分からないけれど、唇を離して目を合わせて、目を伏せて唇を合わせて、を繰り返す。彼の首に腕を回すと、ぺろりと唇を舐められた。
「……わしの、御前様」
 きっと私しか見たことのない甘い表情で、まるで噛み締めるような声色で、以蔵さんが呟く。愛を囁かれているようだと、きっと、そう感じるのは間違ってない。彼の気持ちが籠っているのだから、等しいものなのだ。
 以蔵さんの手が改めて肌を這う。初めは私を宥めるように、上から下へ。それが明らかな意志を持って、胸に置かれる。膨らみを包んで、寄せて、指先で私の乳首を摘む。
「あ、っ……ん」
 腋を締めていないとどうにも頼りなくて、彼の腕を辿りながら手を自分の近くへ戻して、軽く握り込んだ。
 その間にも、もう一つの胸の頂を同じようにして包みながら、以蔵さんの舌が乳首へ触れる。音を立てて吸い付かれて、はっきりと乳首が浮き上がると、それを舌先で突かれた。
「んっ……はあ、きもち、いい……」
 言葉にすると、以蔵さんが笑った気配がした。
「もっとようなりや」
「あっ」
 胸から手が外れて、閉じた足の間へ入る。内腿を撫でながら下生えを掻き分けられ、湿ったひだを撫でられた。奥まで響く様な快感に呼応するようにして、胸が疼く。膝を立てて緩く足を開くと、彼の中指がひだの中へ潜り、愛液を絡め取って、そのぬめりでもって私の中へ入ってきた。筋張った彼の指でさえ、小さくぱちぱちと爆ぜるような快感が生まれる。それに、目を閉じて感じ入った。
 そっと中へ沈みこんだ指が、再びクリトリスを後ろから叩くようにして動き始めると、遠のいていた快感が一気に舞い戻り、それしか考えられなくなる。
「あ、あっ!」
 逃げるように、求めるように、腰が浮く。それをつま先と肩で支える私を、以蔵さんは追いつめてくる。身を屈める彼の顔の近くで腰を揺らすことになり、誰にも見せたことのない場所を彼に見せつけるようにしてしまっているのに、そんなつもりはないのに、気持ちよくてどうしようもない。寧ろ、先ほどまでそうしてもらっていたように、彼の舌先を求めて、欲しがっていた。
「嗚呼、また美味そうに溢れてきたにゃあ」
「ああっ!」
 弄られている直ぐ側で、以蔵さんの声が響いて肌に染み込む。もうちょっと、あとちょっと。近づいて、触れて欲しい。さっきみたいに、舌で、私の、クリトリスを
「舐めて、っ」
 吸って、気持ちよくさせて。
 欲望を口に乗せると、以蔵さんは直ぐに応えてくれた。舌を目一杯出して、その広い所でクリトリスを上から押しつぶすようにして、それから、柔らかく吸い付いて。その後は、指と共にわざと音を立てるようにして舌先で引っ掻くようにして。
「――っ!!」
 喉から、引き攣れたような、言葉にならない音が漏れた。身体の奥が、膣の深い所が蕩けて、快感に喜ぶ。まるで以蔵さんの指を貪っている気さえするほど、気持ちいい。気持ちよくて、欲しくなる。もっと、もっと!
「……っ、あ、いぞ、さ、……も、っと」
 大きな快楽の波に打ち上げられた魚のようにして、断続的に足の付け根が痙攣する。指が引き抜かれて、これ以上触れて貰えないのかと思うと寂しいような気になって。名前を呼んで彼を求めると、月明かりの逆光の中、濡れた唇を舐め取る、扇情的な姿が見えた。
「安心せえ。まだ終わらんきに」
 煩わしそうに浴衣を脱いで、褌に手をかける。動作を追いかければ、布を押し上げる彼のペニスが見えた。それが手早く解かれて、露わになる。彼の毛に覆われた下腹につきそうなほど反り勃ったそれは、ぬるりと怪しく艶めいて、黒い彼の下生えから伸びていた。何度か受け入れたことのあるそれは、私にはないものだ。ぷるりと丸い先端が、湯気を立てていた。それだけで、どれほど熱を孕んでいるのかが窺える。指とは比べるべくもない。それが私の中へ収まるのだと思うと、喉が鳴った。
 目の前で、以蔵さんがペニスを扱く。先走りで濡れたそれは、数回のピストンで滑りが良くなったように見えた。手を添えたまま、亀頭が私の入口に当てられ、探るように動く。それも、気持ちよかった。
 じん、じん、と受ける快感が奥まで響いて、早く来てほしくなる。ゆっくりと、彼の太い怒張が私の中を拓いて、中を擦っていくことを思うと、入り口がきゅんと、甘くひくついた。
「……ふ、」
 微かな笑みが、以蔵さんの口元から零れる。馴染ませるばかりで一向に入ってこないそれに焦れて、私は腰を少し浮かせて、誘い込むようにくねらせた。
「はやく……いれて……」
 奥が疼いて、そこに触れて欲しくて、切ないから。
 言うと、以蔵さんはぐっと腰を揺らした。それだけで、彼の先端が私の中へ入り込む。
「あ、あ……!」
 指とは違う太さ、硬さ。彼の熱と私の熱が重なって、擦れて、快感を生む。
「はっ……もうちっくと、ちから、抜け……!」
「あ、むり、むりぃ……! おく、もう、きて……きてっ」
 上擦る以蔵さんの声が、眉間に皺をよせているのに下がる眉尻のせいでどこか頼りない表情が色っぽくて、すき。自分で膝を抱えて、以蔵さんを迎え入れる。あんなに蕩けているように思えたのに、今はぎちぎちとして、引き攣れるような感覚が勝る。でも、あと少しで気持ちいい所を擦って貰えそうなじれったい感覚に追い立てられて、私はねだるのを躊躇わなかった。
 快感に掠れる声さえ気持ちいい。同じ所で気持ちよくなっているのだと思うと、嫌でも意識がそこへ集中する。
「ぐ……っ、立香、ぁ……!」
 身に余る快楽を無理矢理にでも噛み殺すような声に、肌が粟立つ。彼に求められている。そのことが嬉しくて、下腹部がきゅんとなる感覚と共に、以蔵さんのペニスをきゅ、と締め付けてしまう。
 どきどきする。その瞬間だった。
「あ、ああ、ああっ!」
 じりじりと私の中を割り開いていた先端が、痛みにも似た痺れを伴ってずるりと奥を擦って、一気に中へ入ってきた。眼の奥がチカチカするような錯覚と共に、鋭い快感に身を竦める。痛がっているように見えたのか、以蔵さんが頭を撫でてくれた。
「はあっ……あんまり……わしを、煽りなや……っ、ん」
 熱を持った指先が、掌が、頭皮を擦る。髪に絡んで、その感触にまで快感が這い上がる。以蔵さんの腰を足で挟んで擦りつけながら、ぴんとつま先を伸ばして嬌声を挙げれば、こつこつと小さく腰を押し付けられた。
「あっ、んっ、ああっ、それ、すきっ、それぇっ」
 奥が、気持ちいい。力が抜ける。
「御前様はこれが好きながか、なら、こじゃんとしちゃろなあ?」
「きゃうんっ!」
 強く突かれて、悲鳴にしては獣めいた声が出た。彼の大きな手が私の両手首を持って、私の胸を両腕で寄せるようにしながら、下腹部近くで交差させられる。背をしならせる私は突っぱねているようにも見える姿勢になって、……そうして、以蔵さんも上体を起こして、それで、
「あっ、あっ!」
 腰を打ち付けられ、私はそのリズムの通りに声を上げるだけになった。
 触れて欲しくて仕方がなかったところを擦られて、快感に弛緩する私の身体。足は繋がった場所が彼から丸見えになる程大胆に開いたまま。胸は彼が動くのに合わせてふるふると揺れる。口元に笑みを浮かべる以蔵さんの眼はぎらぎらとして、その視線が私を愛撫する。ペニスを受け入れるその場所と、下腹部と、胸、腰、私の顔。
 どこか楽しそうにすら感じる口元とは反対に、私を見下ろす目は全く笑ってない。
「あ、あっ、いぞ、んっ! ああっ」
 弛まない律動。中で快感が膨らんで、迫る。腰をくねらせながら上げる嬌声は甘く蕩けきっていて、押し寄せてくる予感に足の裏がひやりとし始める。
「あ、だめ、ああっ」
 おかしくなる。快感の極みに達して、私が私でなくなりそうな感覚に思わずいつもの言葉が漏れた。そして、以蔵さんはそれを聞き逃してくれる人ではない。
「違うろう、立香。……分かるなァ?」
 低い声が、まるで私を唆す様に促してくる。今、止めてほしくなくて、私は以蔵さんの手首に縋った。
「いいのっ……いいから、あ、っ、以蔵さん、イきたいっ、イかせて……!」
 私の手首をつかむ手をぎゅっと掴み返すと、以蔵さんの上半身が一気に私の方へ傾いた。手首が解放されて、腕を回して縋りつく。彼の手は布団を握りしめ、真上から私を穿った。
「ああっ、立香立香っ……! えいがかっ? わしをこじゃんと締め付けて放さん……っ、く、搾り取られそうじゃ……っ!」
「いい、っ! あっ、いい、イくの、イっちゃうっ!」
 身体がぶつかる音がする。激しい律動にも高まっていく性感に、涙が零れた。
「は、っあ、えいぞ……っ、たっぷり種付けしちゃるきにゃあ……っ! 全部食ろうて、孕めや、立香ァ!」
「あ、あ――!!」
 荒々しい動きと声に、最奥で快感が弾ける。以蔵さんの声の熱量に、頭よりも身体が先に反応する。きゅう、と彼を締め付けて、大きく脈打つのを感じ取る。
立香……っ、御前、様……わしの、御前様じゃ……」
 深く繋がったまま抱き込まれて、耳元で何度も囁かれる。以蔵さんのペニスがどくんと膨らむ度に震える吐息が熱くて、彼の身体が熱くて、その熱が私の身体に染み込んでくる。顔をすり寄せる以蔵さんの髭が、ちくちくして痛い。
 でも、胸の辺りはじんわりとあたたかくて、私は彼の頭を撫でた。
「すきだよ。……わたしの、だんなさま?」
 囁くように言葉に乗せる。なんだか気恥ずかしいけれど、普段の場所では無い所為か私も随分浮かれているようだ。……新婚旅行って、こんな感じなのかな、なんて。ありもしないことを考えてしまうのだから。
「……おおの、こらめった」
「えっ」
 感慨に耽っていると、苦笑交じりの声と共に、以蔵さんが動いた。布団に手をついて、私を見下ろす。下がった眉尻と柔らかく細められた垂れ目は、物凄く優しい顔をしているのに。
「おまんは、わしをその気にさせる天才やにゃあ」
「あっ、え、うそっ」
 腰を押し付けるように動かされて、達した余韻で身体が疼くことに狼狽える。だって、そうされて気持ちいいということは、中にいる彼のペニスが全く萎えていないからなのだ。
「なんで?!」
「ひひひ、煽ったがはおまんの方じゃ……もうちっくと、付き合うて貰おうかのお……それこそ、孕んでもおかしゅうないほど……」
 以蔵さんの悪い顔が近づく。逃がすつもりのない、鋭い眼だった。その顔に、頭が、身体が、その気になる。甘い疼きと、めくるめく官能の予感にそっと目を伏せる。
 キスがくる、と思った心は、以蔵さんの頭が私の首筋に落ちたことで肩透かしを食らった。
「え、」
 目を開ければ、私の上でピクリとも動かない以蔵さんの頭。その身体が、急激に重く私へ圧し掛かる。耳をすませば、健やかな呼吸が聞き取れた。
「……なんでえ?!」
 ――そういえば、この人酔っ払いだったな。


******


 ふと目を開ける。と、既に外は明るくなっていた。ちゅんちゅんと、鳥のさえずりも聞こえる。
 私の腰に回された太くて大きな腕に手を重ねながら、私は小さく息をついた。
 結局、あの後どうにか以蔵さんの身体の下から這い出して、その際にずるりと抜けた彼のペニスに一抹の恨めしさを感じつつ、どうにか枕と布団を被って、結局二人で一つの布団の中で眠りに就いた。何度も親しんだ彼の肌の温かさにぐっすり快眠できてしまい、身体の方は元気そのものなのがより一層悔しさを引き立たせてくる。
 すうすうと穏やかな呼気が聞こえて、彼がまだ眠っていることが分かる。そこまで真剣に怒っているわけでもないけれど、少しだけ身体に残る不満を伝えるべく鼻の一つでもつまんでやろうと寝返りを打った。
「っ、起きて、る?」
 同時に、以蔵さんの腕が私との間に落ちたかと思うと、明らかな意思を持った動きで胸に手を当てられ、いつもよりも少し強いくらいの力で揉まれた。
「やっ、嘘でしょ、ねえ」
 起きてるんでしょ、と言うも、以蔵さんは険しさのかけらもない表情で気持ちよさそうに目を閉じている。まさか、まさかでしょ? とは思うものの、意識があればもう少し優しく触ってくれるような気もする。
「っ」
 やっぱり少し強い力でぷくりと形になった乳首を摘まれて、私は息をのんだ。多少痛いけれど、間違いなく愛撫と呼んで差し支えない動き。なのに、以蔵さんは手以外動かさずに規則正しく呼吸をするばかり。……本当に、寝てるの?
 何せ以蔵さんなので訝る気持ちは消えないものの、少し体勢を変えて自分の都合の良いように胸を寄せると、以蔵さんの手はやわやわと私の乳房を揉んで、かと思えば、慣れた手つきで乳首を擦った。
 ……これは、まずい。
 まずいというか、なんというか、気持ちいい。気持ちよくて、だから、その、……したく、なっちゃう。
 以蔵さんと特別に心と、身体を通わせて分かったことは、私は、淡白な方ではないらしいと言うことだ。もしくは、以蔵さんがその気にさせるのがやたら上手か。両方か。
 だから、以蔵さんに触れられてると思うと、身体も心も暖かくなる。それは穏やかなものだったり、ちょっとえっちで、刺激的なものだったりするけれど、どれも全て喜びなのだ。
「……」
 結局、躊躇ったのは僅かな間だけだった。
 そろりと手を伸ばして、自分でクリトリスを撫でる。勝手知ったる自分の身体だ。慣れた感覚に、息が乱れた。以蔵さんに触れられるようになってから、すっかり声が出てしまうようになったのを堪える。すると、急にいけないことをしているような気持ちになって、背徳感のような緊張めいたものが私の手を後押しした。
 ふ、ふ、と息を吐いて、快感をやり過ごす。時折以蔵さんから与えられる不規則な刺激が、身体をもっと熱くする。人差し指と薬指で左右へ広げて、中指でしっとりとしたそこに触れ、円を描くように動かす。次第にそれも物足りなくなって、少し膝を立ててもっと奥へ手を伸ばそうとした瞬間、
「ん、ん~~……っ」
 ……絶対、絶対起きてるよね?! と思う程迷いなく、以蔵さんの手が胸から私が触る場所へ変わった。咳払いにも似た呻き声が白々しいと思うのに、それでも以蔵さんは起きる素振りを見せない。そのまま太い指先が、まるでピアノの鍵盤でも弾くかのような軽やかさで私の柔らかな恥丘をタップする。
 起きてる、と思うのに、普段なら絶対にそんな触り方をしてこないということが、やっぱり正真正銘寝ているのでは? と思わせて来る。
 胸の高鳴りとは違う鼓動の速さに、けれどその気になった身体は素直だった。
 ぎゅ、と自分の喉が鳴る音がする。意を決して、以蔵さんの手に自分の手を重ねた。私の中指で、以蔵さんの中指を抑える。と、長い彼の指先が、私の秘所へ触れた。
「……!」
 届いてしまったことと、以蔵さんの指で好き勝手していることに、興奮が抑えきれない。力の籠らない指を、私が一人で耽るための道具にしている。そのことが余りにも非日常的で、私は以蔵さんの腕を抱きしめるようにそっと両腕で支えて、彼の指で、もっと欲しかったと疼くそこを慰める。
 ぴくん、と身体が小さく跳ねるのは、止められなかった。起きるかもしれなくて、もう起きているかもしれなくて、なのに私は以蔵さんの手で身体の昂ぶりを収めようとしている。そんな、普段なら絶対にしないようなことをしていることに、身体も脳も、夢中になっていた。
 やがて慣れた感覚がせり上がり、身体の深い所が満たされない飢えを覚えながらも、私は小さな頂を越えた。ぎゅっと彼の腕を抱きしめ、手を太ももで挟み込んで。
 ひくひくと、自分の身体が物欲しそうに反応しているのを感じながら、身体の力をゆっくりと抜いていく。ふと息をついて瞼を降ろし、余韻に浸っていると
「――水臭いのお」
「ひっ、あ?!」
 掠れた声が耳を擽った。殆ど同時に以蔵さんの中指に力がこもって、ひだを掻き分けたかと思うと膣に入ってくる。こつんと好い所に当たって、腰が揺れた。
「あっ、やっぱり起きてっ」
「人聞きの悪いこと言いなや、今目ぇ覚めたばっかりじゃ。……けんど、おまんがなにしよったがは起き抜けでも一目瞭然じゃ」
 ひひ、と以蔵さんが笑う。お酒が抜けて肌から赤みが消えている。息も酒気が消えて、意識ははっきりしているようだった。
「昨日はすまんかったなァ、御前様? 身体が淋しゅうて淋しゅうて仕方がなかったがじゃろ? ……わしを起こせばえいに、いじらしいのお」
 そう畳みかけてくる内容から、昨日の事もはっきり覚えているらしい。何よりだ。忘れられていたら鼻をつまんでやるどころでは済まなかった。
「……で? 上手くいったかえ」
 全て分かった上でそう聞いてくる彼に、私は散々視線を彷徨わせた後、首を横に振った。そんなの、今更一人でして、満足できるわけない。以蔵さんを知ってから、それで身体の中の奥にある、快楽のスイッチを優しく押してもらわなければ。高みへ押し上げられて、怖いほどの感覚から解き放たれて、ただただ幸せで、気持ちよくて、すっきりする。あれを知ってしまっては。
「ほいたら、仕切り直しと行こうかの」
「えっ……い、今、朝だよ?」
「新婚に朝も夜もあるか。式もなんもしちょらんが、蜜月っちゅうがはひと月どこにも出んと子作りに励むがじゃろ」
「どこで仕入れてくるの、そう言う知識」
 まさか以蔵さんがそんなことに興味があるとも思えず、率直な疑問が口を突いて出た。それも、彼が指を動かしたことで有耶無耶になる。
「蜂蜜酒、っちゅうがも興味あるぜよ。まあ、今はこの美味そうな蜜でも貰おうかの」
「あっ、もうっ、ん、っ……」
 他の人に言われたらドン引きしてるはずなのに、相手が以蔵さんだからなのか、身体が喜ぶのが悔しい。つられるようにして頭も、心も、以蔵さんにしてもらうことで一杯になってしまう。確かにこれは慰労で、オーダーはない。それでも、こんな風に以蔵さんと過ごせる日を、彼のことしか考えないまま過ごすことができるとは思わなかった。気づかなかっただけで、本当は求めていたのかもしれないけれど。
「わしらにゃあひと月ほども時間はないけんど、おまんがわしを覚えるくらいじゃったら……こじゃんとあるぜよ」
 囁かれ、身体が熱くなる。以蔵さんの好みに私が、変えられる。形作られる。そう思うと胸に甘いような痛みが走って、顔をすり寄せた。


 ――結局。旅行の日程の大半を……その、まあ、以蔵さんに可愛がられて終わった私は、最初こそ不満ではあったものの、その分を補う程いつになく甲斐甲斐しく面倒をみられて、それを旅館の人たちにあらあらうふふと微笑ましそうに見られて、なんだかんだ新婚旅行もどきを楽しんだ。最初は慰労だったはずなんだけど……と最終日に思ったものの、最早後の祭り。
 せめて、せめてこれだけは! と、お土産をなけなしのお金をはたいて買った私に、以蔵さんは徐に何かを握らせた。桐、のような箱に、紐で緩く括ってあるその包装を解くと、中には掌に収まるほどの大きさの、和風の櫛が入っていた。
「わ……あ……綺麗」
 綺麗な琥珀色と、プリンのカラメルよりも澄んだ茶色のまだら模様の上に、綺麗な模様に、きらきらした細工が施されている。指先で触れると、つるりとしていることが分かった。
「鼈甲(べっこう)でできちょる飾り櫛じゃ。ほれ、おまん最近新しい礼装じゃ言うて、えい着物見せよったじゃろ。それに、合わんか思うての……。気に食わんかったら、捨ててかまん。けんど……もし貰うてくれるがじゃったら、大事にしとうせ」
 櫛と以蔵さんとを交互に見遣る私に、以蔵さんはマフラーを引き上げて口元を隠した。……あれだけお互いいろんなものをさらけ出したのに、以蔵さんもまだ照れて隠したりするんだな、などと思う。
「ありがとう……勿論、大事にする。帰ったら、髪に差して礼装も着てみるから……見てくれる?」
 頷く以蔵さんに、そっと笑む。プレゼントをもらったことも、以蔵さんがあれこれ考えてくれたことも、帰る楽しみができたことも、全部嬉しい。
 くふくふと笑っていると、いつの間にか以蔵さんが目を細めて、珍しく口元を穏やかに緩ませて微笑んでいた。
「どうしたの? あ、……えっと、以蔵さんとゆっくりできて、良かったよ。櫛も、ありがとう」
「おう、わしも……そうやにゃあ、まっこと、えい思いをさせて貰うたぜよ」
 腰を抱かれ、それだけで、この連日の名残を感じてしまう。う、と言葉を詰まらせた私に、以蔵さんは目を弓なりにして、一気に悪い顔になった。酒にえっちに温泉に、と、賭け事と荒事はなかったもののいたくご満悦な様子に、ほっとすればいいやら、揶揄されているらしいことに怒ればいいやら。よく、分からない。さっきから、胸がぽかぽかして心地良さだけが心の中にある。
「……帰ろうか」
「おん」
 目を閉じて、視界をアイマスクで塞がれる。自然と繋いだ手の先で指が絡み合う感触に、淫靡なものを感じた私は、以蔵さんにすっかり染まった様な気がする。


******


「へえ、鼈甲ですか。鼈甲は、日々のお手入れが必要と聞きます。と言っても、毎日眼鏡拭きなどで優しく拭くだけだそうですが。一度痛むともう修復できないようなので、日々のささやかな心がけが大切ということですね」
 帰っていの一番にマシュに報告した際にそんな話を聞いた私は、まるで以蔵さんみたいな櫛だなって、そう、思ったんだよ。
 ねえ、以蔵さん。プレゼント、大事にするね。

2019/02/14 UP