この話には性描写が含まれるため、18歳未満の方の閲覧を固くお断り致します。
passion premiere
しくじった。念を覚えて、調子に乗っていたのかもしれない。いや、実際乗っていたのだ。念能力者を相手取る時は、あらゆる事態を想定して、それでも予想外の事が起こった場合も努めて冷静であること。自分の力を過小評価するのも良くないけれど、過信するのはもっと悪いこと。
縁があって一緒にいる仲間のおかげでどうにか無事ではあるものの、私は急遽駆け込んだ安宿の一室で震えながら息を吐いた。
身体が熱い。胸の先が、股が、その奥が。じんじんして、痺れとも、痒みともつかない感覚を訴えてくる。それを収めるべく手を這わせると、普段とは桁違いの快感が身体の内側を駆け抜けていく。
「んっ……は、あ……」
布団の中、最早肌に触れる何もかもが全て性感を刺激してくる状態で、私は自分の身体を慰めていた。――この感覚には覚えがある。麻薬とか、媚薬とか、副作用とか。そう言ったものによる、性欲の極端な増幅。強制的に身体を高ぶらせられる、心と体の不一致による違和感。それさえ、直ぐに忘れてしまうだろうと確信できるほど性急な欲情。
まさか、組織ぐるみで念の開発をしている奴らがいるとは思わなかった。それも、こんな、……どうしようもないほどの性衝動を誘うような能力。平常時ならくだらないと一笑に付しただろう。その能力を避けることも外すこともできずにこうして籠っている今、とても馬鹿には出来ないけれど。
念能力による攻撃を受けた私は、全ての尻拭いを仲間の男にしてもらった後も、こうして無様を晒している。今拠点にしている場所へ戻るにはあまりにも距離があったし、この部屋の手配も全てその男の手によるものだ。普段から頼りにはしていたものの、本当に、彼には頭が上がらない。
「……っ♡」
ふるりと、中が蕩けるような感覚と共に身体が強張り、腰が揺れる。達した感覚はあるのに一向に収まらない。性欲を解消してやれば多少収まるだろうと思っていた当ては外れてしまった。
けれど、では念能力者たちがこれを使って何をしてきたのか、何がしたいのかを考えれば、大体、どうすればいいのかは察することができる。まさかこの果てのないもどかしさをそのままに、狂い死にさせたいわけではあるまい。……もっとも、私がこの能力から逃れるために、もしくはこの症状を軽減するために必要な条件を満たせなければ、あるいは……正気を保つことはできなくなるかもしれないけれど。
それはつまり、私がこの状況を打破するためにはどうあっても今この時も私を助けようと尽力してくれている男に、更におんぶにだっこで頼らなければならないということを意味していた。
「……ふ……、ん……っ」
声を抑えて、知り尽くした自分の身体に触れる。薄い壁、声を荒らげれば筒抜けになってしまう。普段であれば声を抑えて自分の持て余した欲を発散するだなんて簡単なことだけれど、今回は難しそうだ。気を抜くと、少しでも快感を外へ逃がそうとするかのように声が出てしまう。
「っは、……あ……っ」
胸を揉んで、つんと勃ちあがった乳首をきゅ、と摘んでも、私の秘部はいいから早くこっちに触れろと甘く疼いて、正直、たまらない。
誰に咎められるでもない状況もあって、いつもならわざと焦らすこともあるほどなのに、私は早々に下着の中に手を潜り込ませて、柔らかな肉を指先で掻き分けた。
「ふぁ、っ♡」
それだけ。たったそれだけで、軽く達してしまう。腰が物欲しそうに揺れて、よく知る感覚が駆け抜ける。触れた場所は既に濡れていて、指と肉が擦れるだけで通常の比ではないほどの快感に見舞われた。指でひと擦りしただけで声を出してイってしまうなんて……。なのに、全然収まらない。
足りない、と頭で感じる頃には既に指は動いていて、くちゅくちゅと音を立て始めていた。
こんな……はしたないほど感じて、愛液が溢れてしまうなんてこと、なかったのに。
指が濡れる感触、ぬるりとしたそれがひだを擦り、勝手知ったる身体を高めていく。片手では足りなくて、足を閉じていては思うように触れなくて、布団の中で服と下着をずり降ろして、足を引き抜く。緩く開いて両手を差し込めば、狂おしく疼いていた場所に届いて、その甘い快感に吐息が零れた。
皮の上からクリトリスを撫でて、もう片方の手の中指で愛液を掻き混ぜるようにして絡め取って、浅く抜き差しする。
声にならない嬌声が頭の中で反響した。痺れるような感覚と、痒い所をかき毟る時のような快感が混ざり合って、あっという間に駆け抜けて余韻を残していく。それを繰り返して、だというのに一向に散らない欲情に指の数が増えていく。
ちりちりとした焦燥に似た疼きが、胸の先、炭酸の細やかな泡が弾けるかのように爆ぜて、もどかしい。指で強く摘んで、擦って、弄りたい。でも、今触れている場所から刺激がなくなるのも嫌だ。
快感から逃げるように、一方でそれを追うように身体をくねらせながら、身体を布団に擦りつけて快楽を貪る。
ああ、いやだ。早く落ち着かないと。
そう思う気持ちは微かに残っているものの、そのためにももっと回数を重ねなければと遠慮なく淫蕩に耽る理由に頭がとろけていく。指は、三本では足りなくなっていた。
「んっ、――~~!」
また達する。とろり、と何かが溶けだすような感覚に、息をつく。これで何度目だ。分からない。そんなことよりも、指じゃ足りない。もっと太くて、硬いけれど私の中をよく擦って、奥まで届くような、ナニか。荒々しく胸を揉んで、舐めて、吸って、私を追い立てながら一緒に快楽を追ってくれる、オトコ。……精度の高い分析と、素早い判断力。それに対して責任を負えるヒト。仲間として行動を共にしてきた、小柄だけれど、引き締まった身体をした、私の、肉厚で、硬い指先の、爪の手入れを欠かさない、好きな、
「……は、あっ……ん!」
――……ポックル……。
自分の乱れた吐息が、収まらない。クリトリスを皮の上から押しつぶして、中指の先を陰唇の埋めて、引っ掻くように細かく動かす。奥から、まるで水が溢れるように熱が流れていく感覚が止まらない。満たされることが無いと分かっているのに、やめられない。
一晩である程度治まるだろうか、とまだ残る理性が疑問を呈した直後、部屋のドアがノックされた。
「カリナ、……大丈夫か?」
ひ、と嬌声染みた悲鳴を飲み込んだ。小さな宿の狭い部屋だ。荒い息さえ聞こえてしまうかもしれない。なのに、自分の身体から手が離せない。好きな男の声に、まるで欲望に正直な身体が疼きだす。腰が揺れて、奥が、オトコが、欲しくて、
「カリナ?」
扉越しのくぐもった声に、身体が跳ねる。ゾクゾクと肌を這いあがる寒気にも似た感覚が止まらない。熱くて粘性のある液体が、私の下腹部の奥から、ずっと溢れ出しているような錯覚も。
見られたくない。でも、欲しくてたまらない。彼の声に応えたい。でも、声を聴かれたくない。早くどうにかしてしまいたい。なのに、どうにでもしてほしい。
せめぎ合う気持ちがぶつかって、頭も身体も、どんどん欲と熱に塗りつぶされて行く。理性を食いつくして、直ぐ側にあるドアの鍵を開けてしまいたい衝動がこみ上げてくる。否、もうそれ以外で自分の身体を慰める手を放すことはできなくなっていた。
「~~っ♡」
ふるりと、また達する。まだそこに彼がいるのに。
でもそのおかげか、一瞬だけ思考が戻ってきた。ベッドからずるりと落ちて、掛布団を踏みつけ、床を四つん這いで歩きながら、どうにかドアへ移動する。その間にも身体中がじんじんとして、熱に思考が侵されて行く。ナカに入れて欲しくて、腰を揺らしてしまう。
「ぽ、っくる」
上擦る声をどうにか押さえつけながら、かろうじて彼の名を呼ぶ。吐息に混じるそれはろくに声にもならなかったけれど、彼は気づいてくれたらしい。
「カリナ、」
気遣わしげな声に、彼に恋する心が震える。それさえも、淫蕩の中ではただ男を求める衝動に飲み込まれて行った。
「ねえ、」
「なんだ」
彼の声がやけに近く聞こえる。……きっと、私の声の出どころに気づいて、扉の向こうで膝をついてくれているのだろう。そういうところを、好きになった。ああ、好きだ。好きで、たまらない。
「正直、言うとね、……かなり、つらい」
長い時間を掛けて、せり上がる快感に、その衝動に息と嬌声を殺しながら、どうにか言葉を投げる。
「……中に、入れてくれないか」
「っ、?!」
自分の事で精一杯だった私は、不意に落とされたその言葉の内容に背をしならせた。本来結びつかないはずの言葉の意味を、頭が勝手にすり替えて。まるで彼からねだられたかのような錯覚を、身体が勝手に喜んだのだ。ありもしない挿入の感覚に、視界がチカチカと白く明滅する。声を出さなかったのは奇跡だった。
「な、に、」
涙が零れる。どんどんと思考が、理性がなくなっているのを自覚して、息を整えることさえままならない。
「念能力の解除方法を吐かせた」
「!」
どうやって、なんて、もう、どうでもよかった。
内鍵に手を伸ばし、捻る。それが、彼の知る解除方法を早く行ってほしいからなのか、彼が欲しいからなのかは分からなかった。
ドアノブが動き、もたれかかるようにしていたそこが開かれる。内開きのために私の身体でつかえたものの、どうにか脇に避けると、ポックルは素早く身体を滑りこませて、扉を閉めた。
「っ、と、」
掛布団を敷くようにして、床で乱れた姿をさらしながら身悶える私を見て、ポックルは面食らったような声を上げたものの、直ぐに抱きかかえてベッドの上へ連れて行ってくれた。その腕が、身体が、匂いが、熱が、私に触れた瞬間、腰のあたりを、背中を、肌という肌の外側を、ぞくぞくとしたものが這いまわって駆け抜ける。
声もなく震えていると、彼の指が私の涙を拭った。分厚い皮膚、暖かい温度に思わず淫らに口に含んでしまいたくなる。
「大丈夫、とは……とてもじゃないが言えないな」
労わりを含む声に、まるで睦言を囁かれているような心地になった。そう、まるで恋人にするような。
身体は快感を拾い上げていくのに、まだはっきりと残る心が、これ以上見ないで欲しいと訴えて胸の中がつきりと痛い。
「カリナ」
名前を、呼ばれる。返事もままならない私は、少しでも彼の視線から逃げたくて、シーツに顔を埋めた。なのに。
「その、方法なんだが」
「ねえ」
――いやだ。
「ながいの? その、はなし」
彼の言葉を待つこともできない。彼の声に聞き入ることもできない。今だって手が、彼の雄めがけて伸びてしまいそうなのを堪えて、私は、自分の身体をかき抱くようにして震えている。それが、見えていないなんて、言わせない。
自分ではない匂い。好きな人の。鼻腔から身体の内側へ入り込むその刺激さえ、今の私には余りにも強かった。ぐっとベッドに手をついて、身体を起こす。
「なら、あとで、いいわ。……だから、いまは、さきに、……あいて、して」
ここまで伝えることができた自分をほめたい。けれど、流石に顔を真っ直ぐ見ることはできなかった。だから、その胸板めがけて身体を傾ける。上半身を押し付けるようにしなだれかかると、動揺した声の割には、優しく抱き留められた。……こういうとこ、ほんと、だいすき。
胸にこみ上げるものを熱い吐息で散らしながら、服の上から彼の股間をまさぐる。
「う、うわっ、ちょっ、ま、」
ぐ、と二の腕を掴まれ、引き剥がされた。半ば強引に合わされた目線の先には、顔を真っ赤にした彼の顔が、あって。その、カオが、何かを決めた時の、意志の強さが窺えるそれで。
「あっ」
押し倒される。ベッドが軋んだ。掴まれた部分が熱い。脈打つ自分の鼓動が大きく感じられた。ぎゅ、と力がこもるそこから、胸の先、下腹部の奥深くがじん、と疼く。その感覚がそのまま強い快感として身体の中を走り、身を捩った。
「わ、悪い、痛かったか?」
そんなわけない。むしろ、もっと強くされたい。強く、抱いてほしい。
離れていく彼の手を掴んで、引き寄せる。胸に押し付けて上から自分の手でぎゅっと力を籠める。
「ふぁ♡ っ、ぁん……♡」
自分の手とは違う、彼自身の力で胸を揉まれる。乳房を包む、知らない感触。一気に淫らな気分が高まり、さっきまでの欲望が膨れ上がる。――オトコが、ナカに、欲しい。どうしても。今、すぐに。
腰が揺れる。と、乳首を指の股で挟み込まれ、擦られる。
「ああっ♡」
びくりと身体が跳ね、快感が下腹部へと下っていった。もう、私のそこは濡れそぼって、だって、さっき触ったとき、もう硬かったの。分かる。知ってる。それが欲しくて欲しくて、はやく、はやく、
「ねえっ……も、入れて♡ っ♡」
「だが、」
「むり、むりなの、もうっ……♡♡ がまん、できないっ♡」
縋りついて泣き言を言えば、ふ、と彼が息を吐いた音と感触があったあと、硬い両掌が私の腰を強く掴んだ。形容しがたい浮遊感めいた感覚のなか、視界に白い星がいくつも爆ぜる。そして、およそ指とは比べ物にならないほどの熱くて太いものが、ずっと満たされなくて切なかった場所を擦り、穿った。
「ひあああっ――!!!!!!」
大きな波に引きずり込まれ、もみくちゃになるような。それが全て快感で、自分がどこか遠い所へ行ってしまうような、どこに居るか分からなくなるような感覚だった。イってる。止まらない。ただはっきりと言えるのは、気持ちがいい、それだけ。もっと気持ちよくしてほしい。それだけ。
「く、う、……っ、カリナ、」
「~~っ!! いいっ♡ ポックルっ♡♡ いいよ♡ きもち♡ いいっ♡♡♡」
上擦って、媚びるような声が出る。放したくなくて、彼の腰に足を絡めた。自分の指では味わえなかった大きな快感に、身体が歓喜に震えるのが分かる。奥、あと少し動いてくれたら。
「ね……♡ うごい♡ てぇっ♡♡♡」
じれったくて自分からそう言うと、言い終わるや否やポックルの腰が揺れる。とん、と一突き。それだけで、私は再び快楽の渦へ放り込まれた。あまりの強い快楽の衝撃に、はくはくと魚のように喘いで、悦楽に身悶える。揺さぶられ、中が擦れて、奥が突かれて、きもちいい。
「ああっ! あ♡ あっ♡ ひっ♡ い♡♡ あ♡ いいっ♡♡」
自分でもわかる。ナカ、とろとろになってる。そこを彼の剛直が押し入って、私の身体の中で一番求めていたものと出会う。
「あ♡ あ♡ あ♡ そこ♡ そこおっ♡ ……っ♡ いいっ♡」
「……こう、か?」
「ああっ♡♡♡ それぇ♡ すご♡ いっ♡♡♡」
触れられる度に力が抜けていく。舌が、回らない。なのに、腰は彼を欲しがって、淫らに動く。
「はあっ♡ もっと♡♡ もっとしてっ♡♡」
「……ん、」
卑猥な水音が耳に届く。それに合わせて、私たちの肌がリズムよくぶつかる音も。ああ、そっか、今、セックスしてるんだ。
ぼんやりと思考が言葉を組み立てるも、直ぐに霧散していく。オトコを美味しくしゃぶる、それがきもちいいってことなんだと、身体に理解させられる。突かれる度に達するほど気持ちいいのに、もっとされたい。性欲がとまらない。たくさん触って欲しい。
ベッドが苦しそうに軋む音が遠い。自分の鼓動と、彼の少し上がった息遣いが大きい。
最初に感じた大きな波は、次第に快感に麻痺した頭では物足りないものへと変化した。それもこれも、様子を窺うような律動のためだ。じっと私を見下ろす目は情欲が滲むのに、顰められた眉が私への気遣いを示唆して、ふと私に現実を突きつけてくる。ずきずきと痛む胸は、けれど、直ぐに快感にかき消される。その繰り返し。それが、今の私には酷く厭わしく感じられた。
「こっち、さわって……♡」
腰に触れた後は、ベッドのシーツを掴んでいた彼の手を導き、再び胸へ誘う。躊躇いがちに重なってくる手に乳首が押しつぶされて、背がしなった。
「もっと、つよくして♡ いいよ……♡ っ♡あ、んっ♡ ……そう♡ つまんで、つよく……♡♡ あ♡♡ くりくり♡♡ して♡♡♡」
衝動のまま、ねだる。自分じゃない指が、無遠慮に乳首をぎゅっと捉えて、痛みにも似た鋭い快感に声が震えた。
「ひっぱって、……あっ♡ ん……♡ はな、してえっ♡♡♡」
乳首の側面を擦りながら、彼の指が離れる。強い摩擦から生まれた刺激に、また、中が連動して、達する。
「ああんっ♡♡♡♡♡」
背が、喉が、弓なりになって、快感を享受する。
「う、あ、っ」
呻き声がした。どくどくと脈打つ私の中の彼をはっきりと感じる。私の上でぎゅっと目を閉じて、息を荒らげているのを見上げる。不規則に息を止めて、股関節に力がこもるのを感じていると、言葉が戻ってきた。ああ、彼が私の中で果てたのだ、と。思うと、得も言われぬ喜びと悦楽がせり上がり、また身体に火を灯す。
一人ではいつまでも満たされなかったのに、妙な充足感が身体の中にあった。でも、全てが癒えたわけではない。少しだけ、衝動が収まった気がする。その程度。しかも、今度は『足りない』じゃなくて、『また』欲しくて、たまらない。
「ね……もっと」
でも、これなら。続けていれば、少しずつでも楽になれるかもしれない。
再びもどかしさを感じ始めた最奥が、切なく疼く。包み込んでいる彼を淫らに誘うのを感じる。……躊躇いは、もうなかった。大体、今更何を恥じらえばいいというのか。
ポックルはきっと、明日からも今まで通り、接してくれるだろう。否、私の望むように振舞ってくれる可能性まである。
仲間だ、相棒だと言いながら懸想して、こんな痴態を晒して、明日からどんな顔して隣に居ればいいのか。考えるのが億劫だった。ここまでやっておいて、どうせ元には戻れない。いっそ行くところまでいっちゃってもいいんじゃないか。
ふつふつと湧きあがる理性と欲望が混ざり混ざって、彼の喉仏が上下するのをみて、こくりと喉が鳴った。
「カリナ、……いや、わかった」
物言いたげなポックルは、けれど、言葉を飲み込んで、代わりに真っ直ぐに私を見た。そうして、
「……少しくらい、楽になったか?」
少し苦みを滲ませながらも、柔らかく、笑んで。私の恋心を全部、くるむようにして掬い上げられた気がした。――こういう人だから、すきになったのだ。
ふるりと、駆け上がるものをやり過ごす。泣きたくなるのは、明日を思ってしまうからだ。
だから、今はもう、何も考えたくない。
何度も首を縦に振って、腕を回す。ふわふわとした髪の毛が、炭酸の泡が弾けるように快感をもたらした。
「ふ、……あ♡」
肌が粟立つ。熱い息が肌を舐めて、それにさえ感じてしまう。彼の手がはっきりと乳房へ重なって、ぴんと硬くなった乳首を指で挟み込まれる。
「あっ、ん……♡」
オトコを求める場所がじわりと疼き、身を捻る。と、それはそれで擦れて気持ちよくて、悶える。ちりちりとした乳首の感覚が、痒みにも似て、もどかしい。
「つよく、して……」
息を震わせながらも伝えると、きゅっと摘まれた。
「ああっ!」
それは、クリトリスで達したような感覚に近かった。きもちいい。力が抜けて、また力なくベッドへ沈む。その際に繋がっていたものがずるりと抜けて、柔らかいものが擦れて出ていくそれと、ぢゅ、という微かな水音にたまらなく興奮を覚えた。
息を荒らげながら、彼のものを物欲しそうに見つめる私の顔は、さぞ……いや、やめよう。彼を前に、殊更に自分を貶める必要は、ない。
「……まだ、つきあって、くれる?」
じくじくと苛まれるような疼きが、秒刻みで増してくる。ああ、返事を待つよりも先に、手が、伸びて。
「カリナが満足するまで付き合うさ」
声と共に、額同士がくっつく。間近で苦笑するポックルは、私が伸ばした手を取って、そのまま、自分のペニスへ導いてくれた。
至近距離で、彼の甘い吐息が掛かる。連鎖するように息を吐いて、彼のものに手を這わせる。私の手に彼の『男』があると思うと、身体が甘く疼いて。
「ん、」
ひと撫でするごとに膨らんで、緩やかに、けれど確実に勃ちあがるそれ。
「すご、い」
「……言うな」
押し殺した声。恥ずかしそうに伏せられた目。かわいい、なんて、思うのはお門違いなのに、きゅっと胸が締め付けられる。
丁寧に、丁寧に触れていると、彼の準備が出来るより先に、私の我慢が限界に達した。
「ねえ……」
「どうした?」
「舐めても、いい?」
手に感じる、先走りの滑(ぬめ)り。早く奥に欲しい、という衝動が火照った身体を炙るけれど、口の中が、妙にさみしくて。
普通ならキスをねだるところなのだろう。けれど、それは憚られた。されるならともかく、この状況で私から頼むなんて卑怯だ。それに、恋人ならまだしも、私たちは仲間だ。キスをねだるのは、おかしい。
「な、……いや、……ん、わかった」
ポックルはぎょっとした風にこっちを見たけれど、直ぐに目を泳がせて、その後、頷いてくれた。……本当に、どんな気持ちでいるんだか。
むず痒くなるのを振り払い、膝立ちになる彼に近づいて、ふっくらとしたペニスを視界に納める。……もちろん、初めて見るものだ。多分、形とか、大きさとかは、極端に大きかったり、小さかったりはしていないと、思う。けど、間近で見るそれに視線がくぎ付けになって、離せない。そっと手を這わせて、口へ迎え入れる。
「ん、……♡」
おっきい。それに、唇と舌と、上顎に擦れて、凄く気持ちがいい。
「ん、ん、ん、」
「……っ」
彼の息が乱れる。と、不意に頭を撫でられて、さりさりと髪を梳いて、彼の指の腹が遠慮がちに頭皮をなぞっていくその感覚に、ナカがきゅううっと疼いて、
「んっ♡ んぅう♡♡♡」
甘く、腰が跳ねた。かくん、と力が抜けたようになったのを反射的に戻せば、力を入れたせいでまた滲むように快感が響く。そのせいで、腰がゆらゆらと動いてしまう。入れて欲しくなって、でも口も気持ちよくて、彼の下生えを丁寧に分けて、奥まで咥え込む。と、上顎の奥に彼の先端が当たって、擦れて、瞬間得も言われぬ感覚が突き抜けて。
「んん――っ♡♡♡♡」
まるで口の中の刺激がそのままナカに移動したかのような快感に、私はそのまま震える身体で、どうにか鼻で息をして。そうして、今の感覚に服従するように、口で彼への愛撫を続けた。
頭を動かして、上顎に彼の先が擦れるようにしながら、時折、咥えこむのをやめて、ぷりぷりした、小さな桃みたいな彼の先端を舌先で舐める。
「うぁ、カリナ……っそれ、ダメ、だっ」
優しく舐めて、手でゆっくりとストロークを混ぜると、ポックルの上擦った声が降ってきた。……やっぱり、かわいい。すき。
「きもちひい?」
ペニスに口付けながら訊ねると、肯定が返ってくる。それが、嬉しい。彼も気持ちよく感じてくれていることが、すごく。
「ん、すごい♡ おっきくて……♡ 硬くなってる♡」
手で触ってもビクともしないほどに膨らんだ彼のペニスを、改めて奥まで迎える。彼の感じている声がもっと聴きたくて、吸い上げながら何度か頭を動かしていると、
「あ、だめ、だっ、カリナ、……っく!」
「んんんっ?!」
私の頭に置かれていた手に力がこもって、ぎゅっと押し付けられた。
ごり、と上顎を亀頭が擦り抜け、驚いたのも束の間、ふわ、と宙に浮く様な感覚があった。最初そうだったように、一番彼を欲しがっている身体の奥が、ぎゅっと疼いて、爆ぜる。
「~~っ♡♡♡」
視界がぶれた。目が回る。なのに、放してもらえない。いや、それでよかったのか。
「……ぷは、あ♡」
少しの間を置いた後、ゆっくりと口から引き抜かれた彼のペニスはだらりと下がって、さっきまであった硬さを失っていた。射精したのだ、と思い至るより先に、口から何かが垂れそうになって、慌てて啜りながら閉じる。
「あっ、ばか、吐きだせ」
焦った声に、そう言われても、と思い切って飲み下す。こくり、とやけに音が大きく聞こえる。今彼の精液を飲んだのだと思うと、いやらしい気分が高まった気がした。心なしか、身体の中を伝っていくのが分かるような気さえする。
口から零れそうだった分を舌で舐めながらそっとポックルの顔を窺うと、彼は顔を真っ赤にして、口を戦慄かせていた。
「な、おま、」
「ん、……飲んじゃった」
「飲んじゃったじゃないっ」
一瞬、嫌だったのだろうかと思うものの、少なくとも表情からはそんな気配はない。ただ、語気を強めるのは何か心に葛藤があったり後ろめたいものを感じている時だから、……きっと、私を押さえつけて口の中で射精したことに対する罪悪感、みたいなものがあるのだろう。気にしなくていいのに。だって、こういうことに引きずり込んだのは私なのだ。
そう、だから。
「出ちゃったね……。でも、まだ、もう少し頑張って?」
なにも、気まずく思わないでほしい。
ポックルの両肩に手を置いて、そっと身体を近づける。仰け反るように、私を受け止めるように仰向けに姿勢を崩した彼を、そのままベッドへ押し倒した。
上に跨って、今出したばかりの彼の雄に、達したのにオトコが無くて、物足りなくて、頭がおかしくなりそうなほど欲しがる私のソコを擦り付ける。
「んっ♡」
そう。本当に、欲しくて、また、奥を突いて、ナカを擦って、たくさん注いでほしくて、どうしようもない。痛みは耐えられるのに、こんなにも、痒みにも似たこのもどかしさが、我慢できない。身体をかきむしって、おかしくなりそうだった。いや、いっそなりたかった。
「ポックル……っ♡ もう一回、中に……シて?」
やり場のない彼の手を、胸へ。自分とは違う体温と、慣れない男の人の手に柔い肌が形を変える。そんな自分の身体が、たまらなくいやらしくて、どうか彼の目にもそう映っていてほしいと、身勝手に思う。
「はぁ、ん……♡」
擦れている場所が気持ちよくて、なのに、気持ちよくなればなるほど、奥まった場所が狂おしいほどに切なくて、ただ、『欲しい』以外考えられなくなる。
はやく、はやく。そう思いながら彼の上で腰を揺らしていると、押さえていた彼の手が離れた。それを、引き留めることなく目と手で追いかける。彼の手はするすると私の肌を伝って、太ももを撫でたかと思うと、茂みの中に潜り込んだ。
「あんっ♡」
クリトリスを恥丘の上から押さえられて、腰が揺れる。頭まで突き抜けていくような快感に耐えかねて上半身が彼の上に倒れ込むのを、どうにか腕を突っぱねて支えた。その間にも、指の腹で探るようにして、彼の手が私の股座へ滑り込んで、はしたないほどに塗れた肉を擦っていく。
「ん♡ んあっ♡ あ♡♡ なんでっ♡ いま、っ♡ ゆびぃっ♡♡♡」
くちゅくちゅと、最初は小さかった音が、ポックルの指使いが大胆なものになるにつれて、大きく、びちゃびちゃとあからさまなものへ変わっていく。
「やああんっ♡♡♡♡ ああっ♡♡ やだあっ♡♡♡」
気持ちいい。すごく、気持ちいい。中指と薬指が深く中へ潜り込んで、とんとんと奥を突く様な動きと、中で指が動き回って内壁を擦るのが織り交ぜられて、その上、控えめに彼のもう片方の手が、クリトリスを優しく抑えてきて。
「あああ――っ♡♡♡♡♡♡♡♡♡」
びくびくと、腰を大きく痙攣させながら、私はあっさりと達した。それなのに、彼の指は止まらない。私の疼きも、収まらない。
「ああっ♡ イってるっ♡ イってるのにぃ♡♡♡♡ ひゃんっ♡♡ あ♡♡ またっ♡♡♡ きちゃうっ♡♡♡♡ イっちゃう♡♡♡♡♡♡」
欲しい快感を思い切り与えられて、私は半ば叫んでいた。悲鳴とも嬌声ともつかないほど高く甘い声が煩い。なのに、自分の声にまで興奮してしまう。
「あんっ♡♡ また♡ あ、あっ♡♡ イく♡ イっちゃ♡♡ ひうう♡♡♡ くううううんっ♡♡♡♡♡」
目まぐるしいほどの快感に打ち上げ花火のように視界がちかちかと白く光る。ぼやけて、白濁したと思ったら、いつの間にか、私はベッドへ転がされていた。
「あ……?」
今自分がどうなっているのか分からなくて、咄嗟に思考を回す。それを阻んだのは、ポックルだった。片足を持ち上げられ、意識がそちらへ向く。と、同時。
「カリナっ」
「――ひんっ♡♡♡♡♡♡♡♡」
指とは、比較にならない程大きなものが内壁を強く擦りながら私の中へ押し入ってきた。圧倒的な質量に、そしてそれがもたらす、激しく火花を散らすかのような快感に前後不覚に陥る。
「うあっ♡♡♡♡♡ っあ♡♡ ひぅ♡ すご、い♡♡♡♡」
はくはくと、もう唾液を嚥下することもままならず、溺れそうになるのを身体を捩って、涎を垂らしながら喘ぐ。
「あああっ♡♡♡♡♡ これっ♡♡♡ これが♡♡ ほしかったのっ♡♡♡ おくっ♡ あたってっ♡ きもち、いいっ♡♡♡」
私の名前を呼ぶ、声がする。
なんども、なんどでも、くるしそうに、でも、どこかせつなげに。揺さぶられて、快感に身悶え、翻弄されながら、名前を呼んで貰えることが嬉しくて仕方がない。
「ひあ♡♡ あ、あ♡ ポックルっ♡♡♡♡ すきっ♡♡♡ すきなのっ♡♡♡♡ きもち、いいっ♡♡♡♡ あ♡ とんとん♡♡ いいの♡♡♡♡♡ すき♡♡ すきぃっ♡♡♡」
足が、震える。がくがくとして、それをポックルの手が掴んで、圧し掛かるようにして、何度も腰を打ち付けられる。身体を折りたたまれて、苦しいのに気持ちよくて泣きじゃくってしまう。
「んっんっ♡♡ あ、ごめん、なさいっ♡♡♡♡ こんな、ことっ……♡♡♡♡♡ させてっ♡ あ、っ♡♡♡♡ ひぅ♡ もうっ、消えるっからっ♡♡♡ あなたのっ♡ まえ♡ まえっ♡♡ からぁっ♡♡♡♡ んんっ♡ ああんっ♡♡♡♡」
強く腰を押し付けられ、声も身体もぶるぶる震える。顔が近い。息が、かかる。
ぐちゃぐちゃな顔を見られるのは嫌だけど、取り繕うよりも快楽を追いかけてしまう。
「ふざける、なよ……カリナ……っ!」
「ひあんっ♡♡♡♡♡♡」
間近で低く響く声に、背中がゾクゾクする。
「こっちはまだっ……言いたいことの、一つも、言えてない、って、のにっ」
「あっあっあ♡♡♡♡ らめ♡♡ そりぇ、らめらろっ♡♡♡ ぐりぐり♡♡♡ ひちゃ♡♡♡♡」
「くっ……そんなこと……っ、あ、絶対、許さないからな……!」
「~~っ♡♡♡♡♡」
密着したまま、一際強く腰を押し付けられる。一番欲しい所に当たって、最高に感じる。足を絡めて、こちらからも求めてしまう。
「おい、カリナっ……ちゃんと……っ、聞いてるか……っ?」
「ふあああっ♡♡♡♡」
頭の中もなにもかもぐちゃぐちゃだ。身体の中で快感が暴れ回って、まるで快楽の渦に放り込まれたかのように、もう、それだけしか分からない。そのことしか追いかけられない。
「あっ♡ ポックルならっ♡ っ♡♡ すぐ、いい♡ ひんっ♡♡ いい、なか、まっあ♡♡ みつか、るって、あ♡♡♡ だからっ、しんぱい、しなくっても、ぉ♡♡♡♡♡♡♡ あ♡♡ らいじょ、ぶっ♡♡ んああんっ♡♡♡」
「くそっ……! あ、っ……オレが心配してる、のは……っ、おまえ、だ……っ!!」
「ひあんっ♡♡♡♡♡ あんっ♡♡♡ だめ♡♡ あ♡ いく♡♡♡ またイっちゃう♡♡♡♡♡ あっあっ♡ イくのっ♡♡ おちんちんっ♡♡ じゅぽじゅぽされて♡♡♡ あう♡ きもちひ♡♡♡♡ ひう♡♡♡♡♡」
「……っは、あ、……っ、カリナっ!!」
「あ――~~っ♡♡♡♡♡♡」
強く、強く、彼の体温が身体を包む。繋がった場所から脈打つ雄を感じる。その中にとくとくと早い鼓動が混ざって、私が覚えていられたのはそこまでだった。
*****
ふと目が覚めた。水底から水面へ強制的に浮き上がるような感覚と共に瞼が開く。しん、と静まり返った部屋は暗く、鳥の鳴き声はおろか、虫のそれさえも聞こえなかった。
私は、ベッドの上で寝ていた。状況を確認すると、どうやらシーツは全て取り替えられ、身体も丁寧に拭かれたようだった。身体を起こしてみても、違和感はない。服も枕元にある。
整えられた部屋の中で、ただ一つ、彼だけが異質だった。
乱れた髪と衣類はそのままに、床に腰を落として、上半身をベッドに預けるように眠っている。その右手が、私の手の上にそっと被さっていて。伝わってくる熱に、胸が苦しくなった。
どんな顔をすればいいのか、見当もつかなかった。
彼を、本当にただの仲間だと思っていたなら、結果は違っていたかもしれない。けれど実際には私は彼のことを一人の男として、恋愛対象として見ていて、恋していて、想いも伝えないままにセックスしたのだ。まあ、私が陥った状況で告白したところで、きっと相手にしてもらえなかっただろうことは明らかだから、その判断自体は間違っているとは思っていないけれど。
女であることを意識してもらうよりも先に、乱れて、まるで痴女みたいな姿を見られたのだ。ポックルの中の私の印象がどういう風に変わったのか、知りたくない。きっとポックルは良い仲間でいてくれることも、『責任』を取ってくれるだろうことも、想像に難くない。
そっと、起こさないようにベッドから抜ける。――彼の前から姿を消そう。次、交わす言葉を思うとどれも気が重たかった。この恋心をこれ以上育めないことへの痛みよりも、それを彼から育まないように立ち回られたら、もっと辛い。いや、ポックルがはっきりとそう言うはずがないけれど。恋とは違う、私が欲しいものとは違う普遍的な『愛』で返されたら。それは、失恋するのとどう違うのだろう。
苦しい。息が浅くなるのを感じながら、手早く身支度を整えた。連れ立って旅をしているだけあって、荷物は多くない。迷惑料代わりに、多少のジェニーは置いて行こう。……ポックルに対する心苦しさはある。自分の心を優先する引け目も。でも、対話をする気にはとてもなれない。だから、さようなら。
できればベッドに寝かせてあげたかったけれど、私に彼を運ぶのはそもそも無理だし、絶対に起きてしまうだろう。
「……」
少し、逡巡した。それは、彼とはもう二度と会わないようにする、その決意に対するものではなくて。
……ここまで来たらいっそ、キス、を、してもいいんじゃないかって。そう思ってしまったから。
意識すると、『好き』が際限なく溢れてきそうで、振り払う。そんなことをして、彼が起きてしまったらどうする。可能性は少しでも低い方が良い。
静かに、けれど深く息を吸って、吐く。……大丈夫。だって、彼から酷いことをされたことなんて、一度もなかった。私は、何も傷つけられたわけじゃない。傷つくのが怖くて、逃げ出すだけだ。
そっと彼に背を向けて、ドアノブに手を掛ける。静かに内鍵を開けて、ああ、そう言えば外から鍵を掛けた後の鍵の処理はどうしようか――と考えた瞬間、
「――」
視界の中に、急に、手が、ドアを押さえつけて、
「……本当に黙って出ていくつもりだったんだな」
低い、声が聞こえた。
「うそ!」
咄嗟に振り返るも、ポックルが両手でドアを抑えて、私はドア際に追い詰められただけだった。
「だって、気配、」
「そんなもの、『絶』使えばどうとでもなるだろ」
「絶対寝てた!」
「起きてたぜ。カリナが起き上がった時くらいから」
そんな、うそだ。だって、だったら、
「……こんなことになって、ものすごく、不本意なんだが」
ポックルが殊更に大きなため息をつく。そうして、徐に顔を、上げて、
「行くな。……これからも、一緒にいて欲しい」
真っ直ぐに、視線を合わせた彼の眼は真剣だった。だからこそ、言葉の通りに思ってくれていることが、分かってしまう。
「……そんなの、」
「好きなんだ。……カリナのこと、一人の……女として、見てる。ずっと前から、いいなって……思ってた」
――。え?
「信じて貰えないだろうが、本当のことだ。今回だって……除念師のツテがなかったのもあるが、他の男とお前がどうにかなるのが許せなくて、部屋まで来た。全部後手に回って、格好つかないのは承知の上だ。だから、色々と説明もしたいが……なにより、チャンスをくれ」
待って。ねえ、ちょっと、
「これから、どんなに時間が掛かってもいい。オレに、お前を口説かせて欲しい」
「待って!」
ポックルの手が肩に触れるほど降りて来たのを感じながら、私は声を潜めながら、強く彼の言葉を遮った。
「待ってよ……待って、何言って……」
ぐるぐると、彼の言葉が頭の中で回っている。そこから、私が出せた言葉は、
「責任なんて、感じないでよ」
――なんとも、酷いものだった。
「そもそも私が迂闊だったのがいけなかった。念を覚えて天狗になって、油断して、相手の攻撃にハマって……全部私が招いたことだもの。ポックルを部屋に入れたのだって結局は私の判断だし。ポックルにとっては災難だっただろうけど、結果的に私は今この通り元気だし、感謝こそすれ、別に恨んだりなんてしな」
「そんなことは分かってる!」
私と同じように、ポックルは押し殺しながらも声を荒らげた。険しい顔をしているのだろうけれど、私は下がっていく視線を上げられず、直視は出来なかった。
「お前がそう言う奴だって、知ってるさ。……でも、だったら、そっちこそなんで出て行こうとしてた? オレがこれから、このことで何か強要するとでも思ったのか?」
「そんなわけないでしょ!!!」
二人とも、感情的になっている。それを分かっていても、私がポックルを見誤っているかのような言い草は我慢できなかった。
「あなたがそんな人じゃないことくらい分かってる! 分かってるから、……っ、だから、そんな奴じゃないから、責任取るとか、筋を通すとか、絶対言うって思ったから……!」
続く言葉は声にならなかった。
「オレが責任を取るためだけに好きだと言っているとでも言いたいのか?」
「……分からないじゃない。だって、あなた、それくらい良い奴なんだもの。きっと何かアテがあって、乗ってくれたのは間違いないだろうけど、だからって」
そうだ、知ってる。彼がどんな人か。知ってるんだよ。あなたが思うよりもずっと。
「……好き、だから……そんなので、側になんて……いられるの……いやだったんだもの」
ほろりと零れた言葉と共に、涙が込み上げてくる。なんだかもうヤケクソって感じだった。彼が起きてしまったのでは、言葉を交わすより他ない。そして、私たちはいつだって、丁寧に言葉を重ねてきた。
「……」
「……」
沈黙が落ちる。……ちょっと、気恥ずかしい。いや、告白よりももっと恥ずかしい痴態を見られた今、今更ではあるけれど。やはり理性が働いている分、羞恥心が徐々に高まってくる。
なんとか言ってよ、という気持ちで視線を上げると、少し間の抜けた顔を赤くして固まっているポックルが見えた。
「……ポックル?」
「今の、本当か?」
「え?」
「……オレのこと、好きって」
まるで信じがたいような口ぶりでそう言うものだから、私はこくりと頷いた。
「大体、幾ら身体がおかしくなってるって言ったって、自分の状態がどんなか分かってるんだから、好きでもない男を部屋に入れるわけ……って、まさか、ちょっと、ねえ、」
言いながら思い至った信じられない可能性。私がそれを示唆すると、ポックルは少しだけ目線を泳がせて、
「……いや、正直かなり信頼してくれてるとは思ってたし、どうにか説明できれば……とは思ってた」
「……ばかっ」
のたまう彼に、口先だけの罵倒をする。……確かに、すごく、すごーく信頼してる。信頼してるけどっ。その信頼が殆ど正確に伝わってることは嬉しいけどっ。
……そこでちょっとくらい自惚れてよ、なんて、私のわがままでしかない。そうしないから、大好きなのだ。
「悪かった。……なあ、まだ、オレは信頼に値するか?」
重苦しい空気は霧散して、ポックルは表情を改めた。じっと見つめる目に、どきどきしてしまう。
「う、うん。それは勿論」
「そうか、よかった。……だったら、オレたちは同じ気持ちってことだ。改めて、これから恋人らしいことを一つずつ始めて行こう。その、せ……っくすが目的じゃないってカリナが思ってくれるまで、それは無しで」
じっと、そう、よく見るとなんだか、熱っぽい瞳で、射貫かれる。彼の手が私の肩に触れて、二の腕へ下がって、そして、
「……なあ、……キス……しても、いいか」
「なっ、き、聞かないでよ、そんなこと、」
「仕方ないだろ。あんな状況でできるわけないし……けど、ずっと、したかった」
顔が近づく。逃げ場がない。
「……カリナ、」
顔が熱い。なんで、こんなことに、
「~~っ」
ぎゅっと目を瞑った後、柔らかいものが唇に触れた。ぴくんと肩が跳ねる。と、二の腕を掴んでいただけだった彼の手が背中に回って、抱き込まれた。
何度も、触れては離れを繰り返す、まるで稚拙な口付け。それが、じわじわと私の胸に喜びをもたらす。強張っていた、心の中が解れていく。
「っふ……、ん」
少しだけ、甘く吸い付かれて声が漏れた。けれど、勿論おかしくなっていた時のような、異常なまでの快感はない。でも、気持ちいい。彼の唇の柔らかさを、もっと感じていたいと思う。
どれくらいそうしていただろう。うっとりとされるがままになっていると、不意に彼が私の肩に額をのせた。
「……だめだ、今日は部屋に戻る」
「えっ」
「自分で言いだしたことを反故にしたくない。……けど、同じくらい、今、放したくない」
最後は、殆どため息だった。
普段、ポックルが迷うことは殆どない。そしてその判断が間違っていたことも、私が覚えている限りない。だからきっと、部屋に戻るのが正しいのだろうと思う。
「……いいんじゃない。狭いベッドでも構わないなら」
でも、まあ。
二人ともいい歳した大人なのだから。彼にばかり責任を押し付ける気は、毛頭ない。
「お前……それは、生殺しって奴だぞ」
それに、彼がここで手を出す男でないことを、私はよく知っている。
「……信じさせてくれるんでしょ」
囁くようにそう言えば、
「参った」
観念したようにポックルは肩をすくめて内鍵を落とすと、私をベッドへ引き戻した。二人分の重みを受けて、ぎしぎしと悲鳴が上がる。ポックルは小柄な方だけど、とはいえシングルベッドに大人が二人。まるで……あー、まるで、その、意識を失う前にしていたような行為を思わせるほどの音に、思うところがないわけでは、ないけれど。それよりも、暖かくその腕の中に迎え入れられて喜びが勝る。
さっきまで、あんなに苦しかったのが嘘のようだ。
「……今からだと大して眠れないだろうが、我慢してくれ。あと二、三時間したらここは引き払って、別の宿を取る」
「え?」
「あれだけの声で騒いだんだ、変な奴に寄ってこられても嫌だろ」
指摘されて、カッと身体が熱くなる。
そう。安宿の壁はすべからく薄い。行為の最中、壁を叩かれなかったのは僥倖だった。いや、もしかするとオカズにされていたのかもしれないけれど……。顔は見られていないのだし。
でも、そうか。どんな奴があんな激しいセックスしてたのか、と覗かれたり様子を窺われたりする可能性は十分にある。
「う、うん」
……想い人に求められて舞い上がって、そんなこと、考えてなかった。恥ずかしい。いや、単に今この展開にまだついていけてなくて、動揺しているのだろう。そういうことに、しておこう。
「……ありがとう」
「……いや」
照れくさそうに目を伏せた彼に倣って、私も目を閉じる。布団の中で彼とくっついていることに違和感を禁じ得ない。けれど、恋した温もりと匂いに包まれて、これからも一緒に居てもいい安堵からだろうか、私は直ぐに眠りに就いた。
……え? この話の続き?
別に大したことにはなってない。ああ、そうだ、ポックルからは念の解除方法について、きちんと教えて貰った。あの彼が躊躇いも、焦る様子もなく私の中で吐精したのにはきちんと理由があって、それは勿論私に掛けられた念を外すためだったこととか。大体予想はしていたけれど、そもそも念の解除方法をどうやって聞き出したかとか。そういう、日常に戻るための幾つかのステップを踏んだくらい。
……宿に泊まる時は部屋を一つにするようになったとか、ふと目があった瞬間に、妙にじっと見つめ続けられるようになったこととか。ポックルがふと触れてくる時の指先が優しく感じたりし始めて、
「どうしたの、なんか変」
なんて、恥ずかしくて誤魔化そうとしても、
「今まで気づかれないようにしてたから我慢してただけで、気づいて欲しいから我慢をやめただけだ」
だなんて……言われて……その、甘い空気って言うか……そういう感じになることも、増えた、けど。
……は? もっと具体的に続きがある? えっ、嘘でしょ? ねえ! ちょっと!!
2019.07.14 UP(pixiv同時掲載)
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