Umlaut

特別夜: 在りし日の ~ Then time passed ~

 キョウコは同じ世代の奴と比べても、小さい子どもだったと思う。
 今思えばそれも納得できるが、ガキだったオレは年上なのに年下のようなアイツを見て、なんとなく、本当にどうしてそうなったのか分からないほど自然に、面倒を見るようになっていた。
 当時オレと兄貴の性格は今と真逆だと言われるほど対照的で、今出会っていたのなら間違いなく兄貴が手厚く世話をしていたのは間違いない。オレは、多分あれほど構うことはなかっただろう。そう言う意味では、出会ったタイミングは悪くなかった。あの頃、村の中で一番臆病な奴よりもビビリで泣きべそばかりかいていたアイツの全幅の信頼ってやつを、どうやら、オレは得てしまっていたようだった。

 最初、キョウコがどんなだったか。全てを覚えているわけじゃないが、ある程度の事なら覚えている。ジジイが森の中で保護してから、キョウコがジジイの部屋の中から出てくることはほぼなかった。積極的に動き回ることがまるでなくて、ジジイが手を握り連れ出すことが無ければ、ずっと籠っていた。それがアイツの自由意思でも意思表示でもなんでもなくて、ただ、この世界に呼び出されてから受けた扱いのために『そう』なったのだと知ったのは、つい最近のことだ。多分最初から知っていれば、もしかするともっとなにくれとなく会いに行っていたのかもしれないが、当時のオレはいつでも暗い顔をしてビクビクしている怖がりな奴だと思っていた。……と、思う。

 仲良くしてやってくれとジジイは言っていたような気がするし、オレたちの中に入れてやろうとジジイなりに考えていたようだが、生憎あの頃の兄貴やアメルについていけるような気概があるはずもない。二人に手を引かれ無茶に付き合わされそうになるアイツと、オレがそれを止めるような役回りだったせいか、然程仲が良いと言えるような仲ではなかった、はずだ。初めてアイツを見た時にぞっとするほど表情が抜け落ちた様子を見て、ガキなりに不気味だとさえ思っていた。それも、真っ先にアメルがアイツを振り回す様になって徐々にいろんな表情を見るようになってからはいつの間にか気にしなくなったが。

 ……ああ、じゃあ、いつからアイツに懐かれたのかと言えば、多分そうだと思う出来事があった。確か昼寝をして起きたらアイツが泣いていた時、特に何をするわけでもなかったがどうしていいか分からずにずっと隣で座っていたことがあった。何を思って泣いていたのかは分からずじまいだったが、兎に角、オレはそんな他愛のないことでアイツに懐かれたらしかった。

 年上なのに頼りない奴。怖がりで引っ込み思案で、まるでオレたちにさえ怯えるように距離を取っていたアイツ。そう言う奴がある日、静かに、本当に小さなほころびほどの笑みを口元に乗せた時の妙な感覚を、一体どれだけの奴が理解するだろう。まぎれもなく自分に向けられた笑みに、じっとしているのが耐え難かったことはよく覚えている。だから、アイツが村に来て一年も経たずに蒼の派閥の召喚師を名乗る奴らがアイツを連れて行こうとしたとき、ジジイの後ろで震えるアイツの手を握っていた。それがあの時のオレに出来る全てだった。

 それを口惜しく思うような日が来るとは、思ってなかった。

2019/04/06 : 執筆 2020/06/21 : UP
【第一回夢カプワンドロ企画】 #夢カプ版ワンドロ にて

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