たぬさに

 一目見た時、どこか土臭そうな印象を抱いた。いや、そう言うと少々語弊があるかもしれない。決して芸術品のように愛でる対象にはならないのであろう傭兵然とした風貌に、粗野を覚えたのだ。

 同田貫正国。
 『叩き斬る』の文字通りに、兜割をも成功させた頑丈さ。けれど、他の刀剣男士が有象無象に終わらなかった程には、彼はアイデンティティと言うものが厚くはなかった。彼の……同田貫正国を名乗る彼固有の実話は、明治時代と言う比較的新しい時代にできたものだからだろうか。箔を付けるには十分な上『実話』であると認識されているが、古き刀剣たちが引き寄せ、長らく信じられ、あるいはまことしやかに話されてきた逸話と比べれば少々弱く感じる。刀である彼の性能を疑うわけではなく、付喪神としての力の話。武器としての意識が強い彼にとってそんなものはどうでもいいことなのかもしれないけれど。

 そんな同田貫は実際は真面目な方で、口ではあれこれ言いながらも内番や近侍と言った仕事はきちんとこなしてくれる。手を上げられたこと、理不尽に怒鳴りつけられたこともない。声を荒らげている姿は凄味があって萎縮するけれども、当初、同田貫を見て構えたほどには怖くはなかった。
 元々、武骨な男の人と言うのは得意ではない。自分が決してお淑やかではないことは分かっているけれど、別にお淑やかでなくたって、男性に構えてしまう女は私だけではないはずだ。声を荒らげたり怒鳴りつけたり、ましてや乱暴な言葉遣いの無かった父を見てきたからこうなったのかもしれない。そう言えば、理想が高いと言われたこともある。
 今でこそ40を超える刀剣男士、つまり男所帯を束ねているものの、最初は苦労したものだ。最初の頃は短刀たちが多く応えてくれたために、初めて私の本丸に来てくれた太刀である同田貫に思い入れはあった。初期等である歌仙兼定は力になってくれたけれど、文系を自称するだけあって彼にも得手不得手、向き不向きはある。戦のことではなくて、本丸での生活の話だ。
 例えば重いお米を運んだり、薪を割ってくれたり。歌仙が台所回りや物の手入れ方法などに通じているなら、同田貫は専ら力仕事担当で、何度も口で文句を言われたけれど、頼めば、一度も反故にされることは無かった。
「あんたみたいのは頭使って唸ってりゃいいんだよ」
 そう言って買い出しで重いものを持ってくれたこともあった。力があれば誰にでもできることはこっちに任せろと。私の仕事は誰に何を任せるか考えることで、成すべきことのためにどうすればいいのかについて日々頭を抱えることなのだと。その通りだった。
 多分、その時は深く考えずに「たまには身体を動かして気分転換することも必要だ」などと返した気がするが、同田貫はきっと部屋にすっこんでろと言いたかったのではなかったのだと気付いた頃には、すっかりタイミングを逸していた。


 そのようにして私は同田貫正国に対する印象をその都度修正してきた。土っぽいと思った印象は、実際にはそうではなくて。確かに肌はそれなりに日に焼けているし、顔だけでなく身体にある古傷は厳めしく見える。大きく太い指のついた手は分厚くて、肉刺だらけで、硬くて、私の物とはまるで違う。威圧感を覚える眼光も、その体躯も、腕の中に納まればどこまでも安心感だけが広がる様に思えるのだ。そうして、大きな手で肩を、頭を掴まれて。彼から取り込んだばかりの布団のような暖かな匂いがすることを、その唇が思っていたよりもずっとずっと柔らかいことを知った。


「あの、……ん、ど、たぬ、き」
 唇で、舌で、歯で、吐息と唾液で。唇を嬲られながら、私はどうにか彼に呼びかけた。くぐもった声に混じり、用件を言えと促す彼の返事が聞こえる。私は彼の胸にそっと置いていた掌に力を込めて一度離れてくれと意思表示をしたが、それは聞き入れられなかった。
 熱い彼の口内からやってきた舌が私の口の中を味わう。一番最初こうされた時はもっと激しくて怖いほどだったけれど、あれ以来、一度もそんなことは無い。――ただ、キスの合間に垣間見える彼の金の瞳は、ほんのりと血色のよくなる肌の色も相俟ってとろりとして、とても官能的だ。
 こんな風に唇を合わせるようになるきっかけになったのは、合戦場での昂ぶりを抑えているところに近寄ってしまったことだった。激しく、荒々しく奪われた唇だけれど、一番驚いたのは嫌悪がなかったこと、だろうか。それどころか胸がどきどきとして、決して嫌じゃない緊張が走った。
 これを恋と呼ぶことはしないけれど、それ以来、同田貫にだけはこうして彼の昂ぶりすぎた気を鎮める方法を取ることがままある。まるでキス以上のことをするようにきつく抱きしめられることもあるけれど、今のところ同田貫がそれ以上私に手を出そうとする気配はない。キスで済むようにしているのかなんなのか、その分、同田貫が満足するまではキスが止むことは無いけれど。
 身体を重ねて欲望を受け止めることで彼らの気を鎮める方法があることは知っている。それがキスだけで済んでいるのは私の審神者としての力が高まってきているからなのか、それとも同田貫がそれほどまでではないのかは分からない。検証しようとも思わない。先に進みたいような気持ちと今のままがいいという気持ちが混ざり合って、私の心境は複雑だった。きっと、必要な時が来ない限りはずっとこのままのような気がする。
 くちゅ、と舌先が絡み合い、そのままぱくりとくわえられ、吸い上げられて、舌を吸われるなんて滅多にない感覚にふるりと胸の中だけで震える。彼に吸われるがままの唇はもうジンジンとしてきていて、彼の唾液でべっとりだ。合間合間にそれを舐め取ろうとすると、そこをまた彼の舌が襲ってくる。同田貫の匂いも彼の温度も、唾液の味も、嫌じゃない。これって、凄いことじゃないかしら。
 どこからともなく疼き出す身体がもたらすものをやり過ごしていると、満足そうな吐息が顔にかかった。
 早まる鼓動に反応するように熱くなった身体、二人分。
 身を寄せ合ったままとろんとした気持ちで同田貫を見上げていると、手ぬぐいで口元を拭われた。
「ふぐ」
「ごちそうさん」
 からかうようでいて、いつもよりなんだか優しく聞こえる声だった。焦点を合わせて彼を見上げると、つやつやと唇を光らせて、酷く満足そうな、すっきりした表情が目に染み込んでくる。
 数回、抱きしめられたままで柔らかく背を叩かれ、彼が離れていくのを見送った。「今日の晩飯もたらふく食えそうだ」なんて言いながら晴れ晴れとして笑う彼に、私の不満は薄く溜まって、それでも彼が纏ういつになく落ち着いた空気に頬が緩んでしまうのだった。

2015.06.06 pixiv掲載