媚薬を飲ませる・水さに
こんのすけを通して、政府より通達があった。
『刀剣男士一振りを選び、規定の場所へ赴くこと。刀剣男士の選出方法は各審神者に委ねる者とする。推奨:もっとも信の置ける者』
要約すればそのような内容だった。細かく注意事項などはあったものの、基本的には任意の指示のようだ。応じる場合は事前に選んだ刀剣男士と審神者が了承した証をこんのすけに渡せば、後日改めて指示がある。期間は特に設けられていなかったが、締め切りはないらしい。
もっとも信頼する刀剣男士、というと、大体は初期刀になるのだろうか。右も左も分からず、二人三脚で頑張ってきたのだから自然そうなるのだろう。
「審神者さま、お察しの通りこれは特殊な任務となります。達成すればそれに応じた報酬が約束されていますが、本当に、刀剣男士の中でもっとも信頼する者をお選びください」
「それなんだけど、そんなこと言われても基本的には皆信用しているんだけど?」
「かみ砕いて言うならば、『この者とであれば何が起きても大丈夫だと思える』ような一振り
……でしょうか」
「はあ……」
よく分からない。が、報酬は美味しい。よくよく刀剣男士たちと話し合った上で一振りを決めようじゃないか。そう思った私が政府へ折り返し応じる旨をこんのすけに託したのは、それから一週間以上先のことだった。
「我が主、これは一体どういうことだ」
「私も全く同じ気持ちなんだけど」
「む……」
水心子正秀を伴って政府より改めて指定された座標に飛ぶと、そこは何の変哲もない部屋だった。
否、そう言うと語弊がある。部屋の真ん中には大きなベッドが置かれ、サイドテーブルにはかわいらしい小瓶が四本。メッセージカードと共に置かれていた。
「この場所で本当にあっているのか……?」
水心子が訝り、入ってきた扉を振り返る。と、息を呑む気配がした。
「どうしたの、」
「……我が主よ、私は、いや、貴方はなにに巻き込まれたのだ」
険しい顔の水心子に、私もつられてそちらを見た。そこには『媚薬を飲み干さないと出られない部屋』と、踊るような達筆な字で書かれていた。顔が引きつる。そんな馬鹿な話があるか。何かの罠だろうか。それとも時間遡行軍に何らかの形で干渉された可能性は?
そんなはずはないと楽観視するのは容易い。けれど、私だけでなく水心子も一緒にいるのだ。万が一を考えるのは当然だった。
咄嗟に身体が強張った私を察したのか、水心子は私をかばうように立つ。瞬間、扉の文字はまるで墨が水に溶けるように消えたかと思うと、新しく文字が浮かぶ。
『これは政府による正式な任務である。達成した場合にのみ帰還を許す。また、帰還の際はこの室内で過ごした時間を問わず、当座標へ飛んだ時間より10分後へ飛ぶものとする。』
「……」
文末には時の政府公式の判が押されていた。恐る恐る手を伸ばすと、審神者として正式に登録された者の霊力にしか反応しないようになっている仕組みが作動し、淡く光を放った。
どうやら、何かの間違いや、何者かの襲撃の類いではないらしい。
こんのすけから『この者とであれば何が起きても大丈夫だと思える』ような一振りを選べと言われた意味をそこで漸く飲み込んだ。
水心子も同じだったのか、これ見よがしなため息が肌を刺す。
「どうやら、遊びなどではないようだな」
理解しかねる、と扉をねめつけている水心子は、けれど、それを私に向けることはなかった。
「あの、水心子、巻き込んでしまって本当にもうしわけな」
「我が主、それ以上は言わなくてよい」
いたたまれず頭を下げようとすると、他でもない水心子に止められた。
「貴方が私を選んだのは、私が貴方の刀として認められたからではないのか」
「う、うん」
「ならば、貴方が謝ることなど何もない。……では、どうやら私はここで任務に当たることになるらしい」
水心子はつかつかとベッドへ近寄り、その脇にあるサイドテーブルの上のメッセージカードへ手を伸ばした。慌ててその後を追う。『媚薬を飲み干さないと出られない部屋』というのが真であるなら、私たちのどちらかがそうしなくてはならないのだ。で、あれば。私が飲んだ方がいいだろうことは明らかだった。
「ふむ、この小瓶が媚薬か。にわかには信じがたいが……政府からの正式なものであるなら、自ら戦力をそぐような真似はしないはず。ならば、私が飲んでも問題はない、と言うことか」
「待って! 水心子、飲むなら私が飲む」
「我が主に、なにとも知れぬものを口にさせるわけにはいかない!」
どうやら、私たちは揃って考えることが同じのようだ。
「だって水心子が飲んでしまったら、私にはあなたを止められない!」
「誓って我が主に無体な真似はしない……。無様を晒しても、だ。貴方は私が信じられないのか? それに、いざとなれば顕現を解けばよいではないか」
「顕現を解くのも結構大変なの分かってる?! 大体、媚薬四本って! こう言うのって一本まるまる飲み干すものでもないのに、それを四本って! 絶対正気じゃいられないよ!」
「だったらなおのこと、そんなものを貴方に飲ませるわけにはいかないぞ!」
ああ言えばこう言う。私たちの会話は平行線だった。にもかかわらず、お互いに口は止まらず、会話が打ち止めになることはなかった。
「私が錯乱した程度、水心子なら力ずくで抑えられるでしょっ?!」
「だから!! 僕は貴方に無体を働きたくないんだってば! 貴方に誘われたらそれこそ歯止めなんかきかな――、っ?!」
それはまさに、口が滑ったと言うより他ない事態だった。
水心子正秀の、時折気が緩んでほろりと零れる柔らかな部分を好ましいとは思っていた。生真面目な性格も、誇り高い精神も、現状に満足しない気概も。近くにいれば身も心も引き締まる思いがしたから、長く近侍も勤めてもらっていたほどだ。
そんなストイックな水心子から、まさかの言葉がまろびでて、私はすぐに言葉を返せなかった。なによりも口に出した本刃が、言った先からパニックになっていた。
「あ、ちが、今のはっ」
「水心子、落ち着いて。大丈夫、そうだよね、主の命令なんて言われたら断れなくなっちゃうよね」
よかれと思って逃げ道を先に作ってしまう。これで後は彼が乗ってくれればいいだけ――
「命令じゃなくても手を出しそうだから貴方に飲ませるわけにはいかないんだよ!」
ドウシテ。
あー、と内心で滅茶苦茶に困ったのに、更に墓穴を掘ってしまった水心子があまりにも哀れな顔で、この世の終わりみたいな顔をするものだから。私は、彼の主として腹を括ることにした。私は、何があっても大丈夫だと思える者として彼を選んだのだ。自分の選択に後悔してたまるか。
「水心子正秀!」
「っ、はい!」
「あなたは、私が好きなの?」
ぶわ、と彼の顔が真っ赤に染まる。ただでさえ口元を隠している水心子は、更に隠れるように顎を引く。私がそれを咎めようと再び大きく口を開けると、それを見てなのか、思い直したのか、彼は自分の手で口元を露わにすると、じっと私を見た。
「……そ、そうだ。私は貴方に慕情を抱いて、いる……」
もどかしそうに告げられる言葉を聞き入れる。
「だが! 先ほども言ったが、誓って貴方に無体な真似はしない。だ、だから……媚薬は、私が飲む。貴方に飲ませるわけにはいかない」
「……私に誘われるのを我慢するのと、あなたが媚薬の効力を我慢することじゃ、後者の方が辛いと思うのだけど」
「貴方は、自分の魅力を過小評価している」
顔は真っ赤なまま、水心子が特別に見せる表情で私の視線を奪う。
「貴方が正気でいてくれたら、僕は耐えられる。でも、……あなたが媚薬のせいだとしても、僕を欲しがってくれたら……そっちのほうが、我慢できないよ」
分かってくれ、と言う水心子に、ぶわ、と顔が赤くなっていくのが分かる。
「我が主?」
「いや、ちょっと、まって……」
刀剣男士達は性格も見た目も様々だ。そして全員魅力的で、美しい。そんな彼らと過ごすことに慣れたと思っていた。主と慕って、私に可愛がって欲しいと直接言ってくる刀だっている。
でも、そういったものと、この、私を一人の女として好きだと言って、口説き文句にも等しい言葉をつらつらと重ねて、顔一杯に私を好きだと伝えてくるような、そんな、そんなものとは無縁だったのだ。
は、はずかしい。すごく。
「……? 我が主?」
「わ、分かった、そっちの言い分は分かったからっ」
両方の頬を手で押さえていたら、水心子が不審がって顔を覗き込もうとしてきて、咄嗟に喚いてしまう。けれど、水心子は私から言質を取ったと思ったらしい。
「そうか! なら決定だな」
言って、意気揚々と媚薬を手にして、一気に飲み干してしまった。
「あ! こら!」
残りの媚薬も全て彼によって回収されてしまう。なんだ。さっきまでのあの、私の胸をかきむしるようなやりとりと雰囲気はどこへ行ってしまったのか。
やる気満々で次々に媚薬を空にする水心子の横で、私は欲情した彼に手を出さずにいられるだろうかと頭を抱える羽目になった。
2021/06/22 pixiv掲載 2025/12/06 UP
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