FUCK YOU GOD!
空が泣くから
16TH STAGE: The love crystal from the crying sky.
「役立たずが」
不意に落ちた、低く何かを耐えるような唸り声は私の頭へ。
彼が何を考えているか分かるはずもないただこれは私の意志。
「別に、ユウの為とかじゃないんだけど」
「何故庇った」
「それが私の考えつく限りの最善策だったからに決まってるだろ。……ほれ、もう全部動く」
解せないと言うように彼の眉間はその皺を深く作り直した。
「どうやら人の怪我直すより、自分の身体の方が瞬間的に回復するらしい。ほら、私には戦闘能力無いし、ユウが怪我するよりはAKUMA壊す効率も下がらなくて良かったろ?あれ以上に合理的で理想的な解決策があるってんなら聞くけど、どう」
言えば彼は深く口を閉ざす。私は落ち着いた心臓に手をあてて、そして立ち上がった。レベル1のAKUMAにボロボロにされた肉体は既に復活し、僅か体を覆う団服が虚しそうにまとわりついている。
あとでミスターリーバーには謝って、そして詫びに茶菓子の一つでも持っていこう。
そう決めて、ボロ雑巾の成れの果てのようにびらびらと五月蝿く風にたなびく団服の切れ端を手で千切った。
今日でアルとの初任務から六ヶ月が経とうとしている。
基礎知識のないまま戦場に赴いた私を庇ったのはアルだった。ラビとの思惑通り、私のイノセンスは私の思いと共鳴するように発動し、事なきを得たのだが。自分の能力の幅と現時点での限界を知るには極限状態にまで自分を追いつめねばならないという結論が出た。
その為に今私は曲がりなりにも「エクソシスト」として任務に就いている。
「さむー」
「見事なまでに蜂の巣だったな」
「私はまだ一般人の域を出ない未熟エクソシストなのでー。……あ、そういや黒の教団で目覚める直前に突き抜けてったアレはやっぱAKUMAの弾丸だったのか」
「……覚えてるのか?」
「つーより、やっと思いだした。……じゃぁ直前声を掛けてきたのが『クロス』か……」
言いながら用のなくなった場所から私達は立ち去る。探索部隊が調べ上げた結果、イノセンスが起こす怪奇と思しき現象は単なるうわさ話に終わり、またそのうわさ話を愉快がって再現した他愛ない子どものくだらない行動によって混乱させられただけだった。
ただそれでもAKUMAはその辺に多く居たし、すれ違ってAKUMAの弾丸を撃ち込まれるまで私は気付かなかったが、それらの殲滅も今はもう済んだことだ。
弾丸が撃ち込まれる瞬間、私は得も言われぬ熱い何かが身体の内から這い上がってくるのを感じたが、その正体は分からなかった。
そう言えば、あの街にいた人間は生きているだろうか。
「エクソシスト様、これを……」
「どーも」
探索部隊の一人が差し出したマントを羽織り、何とか暖をとる。
不意にユウの顔が空を仰いで、灰色くくすんだ空から黒い雫が降り出した。
「……降り出したな。急ぐぜ、ここにもう用はねェ」
「仰せのままに」
淀んだ雲が雨を呼ぶ。雨足はいとも簡単にきつくなり、私はもう一度街を振り返った。
「……ユウ」
呟いた。私の目は一点に釘付けになって、そしてそこで笑む人間を見た。
ユウを突き飛ばしてそれを受け止めた。
「!」
息を吸う音が聞こえた。これは――……
「テメェは……!」
「ウフフフフふふふフフふフッ!見ィつけたァ!見つけた、ミツケタ!」
これは、あの少年?
「ネェ、分からなかった?分からなかったよねェ!?だってボクはレベル2のAKUMAだもの!!!!」
「チッ!」
僅かにノイズがかったような特徴的な少年の声が耳に痛い。ユウの舌打ちと、六幻を抜刀する音が僅かに聞こえてきたような気もした。が、弾丸に打ち抜かれた時のように私の身体は熱でどうしようもなくて、正確に聞き取ることは出来なかった。
言葉通り身体でこのAKUMAの手を受け止め、私の身体は貫かれていたからだ。
血潮というのはこれか、と、まとまらない熱の中で考える。どくどくと脈打ちそれで居て樹木が水を吸い上げるような勢いで流れていく何か。もしかするとそれは私があの世界から逃げ出した時に感じたあの流動物なのかも知れなかった。
ノイズの様な音の中で、やはり故障してしまったイヤホンから聞こえてくるような声がする。
「我慢したでしょ?殺したくて殺したくてしかたなかったんだヨォ」
愛らしくも響く少年の声に、私は力無く息を吐いた。
「生憎、私子どもって嫌いなんだ」
「!?」
私の中にあるというイノセンスは、厳密にどの部分にあるのか、その姿は確認されていなかった。もしかすると個体としてのイノセンスではないのかも知れないとヘブラスカは言う。
私の中に流れる血が、肉が、イノセンスと同等のものであるかも知れないのだと。
AKUMAの手に私の手を重ね、そうして私はイノセンスを発動させる。私の身体を貫通している手。私の傷口からその手にイノセンスが染み入る。
「アアアあああああああああああああああアアああああああ!!!」
兎に角身体が熱くて仕方がない。乾きにも似た感覚を覚えて、私はAKUMAの手を、レーザー光線でも当てるように手でもぎ取った。離れた瞬間、AKUMAの手は淡い、白い光に包まれて消え去り、私の傷はその瞬間何事もなかったかのように無傷の状態へと戻った。
「界蟲一幻!」
瞬間を見計らって、私が突き飛ばしたユウが六幻を振る。AKUMAはくるりと踊るように廻り、私がもぎ取った方の反対の手でそれを弾いてしまった。
「アハハははハハは!腕は切られちゃったけど、そんなのは効かないよ?ボクはレベル1とは違うんだ!さあ、キミ達の肉を!血を!タマシイを!!ボクに頂戴!チョウダイ!アハハアハはアはあハハハハハ!!!」
甲高い声にやはり眉をひそめる。雨が酷くなっていた。
どうしてもぬかるんだ地面に足を取られてしまい、無駄に攻撃を受けてしまう。探索部隊の人間は既にタリズマンを使って隔離しているから危険はない。と、思う。
それよりも問題はユウの方だった。どれだけやられても即座に回復してしまう私に飽きたのか、AKUMAはさっきからユウを狙うようになっていた。
ぬかるみに足を取られる度に漏れる舌打ちが、AKUMAをなかなか倒せないこととこの雨の鬱蒼とした視界に苛立っていることを如実に物語っていた。激しい雨は辺りを白く霞ませている。
……早い段階で何とかしないと私は兎も角ユウが暴れ出すだろう。といって、何か策があるわけでもない。
それにしてもAKUMAは本能的にイノセンスの破壊を起こすものではなかったのだろうか。アルから聞いた話ではそうだったはずだ。
だが目の前のAKUMAはイノセンスそのものに興味があるわけでは無さそうだ。……イノセンスのない街に潜み、先ほど壊滅させた街にずっと潜伏していたことを考えると、レベル2のAKUMAの『個性』はその本能にも影響を及ぼすらしい。
「もうーッ、ハヤクやられちゃってヨ。そしてボクとずっと一緒にいヨウ?」
「ハッ、誰がテメェなんざと!」
拗ねたような口ぶりのAKUMAにユウが苛立ったように六幻を振るう。そこから蟲が飛び出して近距離でAKUMAに降りかかった。
私はそこを狙って、AKUMAの後ろに覆い被さる。AKUMAの肩口からこれ以上ないまでに目をひんむいているユウが見えたから、思わず笑ってしまった。
「よしよし、お前寂しいんだろ?」
「何だよォ!お前は一緒にいてくれないからイヤだ!」
「ムカツクガキだなァ」
私を振り払おうとAKUMAは身体を上下左右不規則に動く。幸か不幸か、それにしがみついていられるだけの体力が付いた私は二人羽織でもするようにAKUMAの身体に張り付いていた。
「離れろ!ハナレロ!!!!お前はキライだ!」
癇癪を起こした子どものような声を上げたAKUMAは言って、今にも駄々を捏ねて泣きそうな声を上げる。全く人間だけじゃなくAKUMAからも嫌われるなんて、いっそ清々しくて項垂れたくなる。
AKUMAの泣きそうな声なんて初めて聞いた。知らず、心が痛んでいたのに気付いて、それを振り払う。
「私だって子どもは嫌いだ。さっき言ったろ?」
私はそのままイノセンスを発動させた。発動といっても未だにどういう仕組みでそうなるのかは分からないが、私の手が暖かくなると、それは『発動』の状態らしい。
「アアアあああアアアあああああああアア!?」
私が手で触れていた位置から光が出てくる。……レベル1に触れた時とは比べものにならないほどの強い光だった。
おかしい。さっき手を消した時はこれほど強くはなかったはず。
「キライ、ダ!キライ、キライ……オマエ、モ、アメ、モ」
燻るAKUMAの声が細くなっていく。……そう言えば雨は未だに降っていた。AKUMAを濡らし、私を濡らし、ユウを濡らし地面を濡らす。
そうして、AKUMAの身体はいよいよ崩れ始める。
その瞬間、白い炎のような光の中で何かが見えた気がした。
音が消えて視界が消える。白いだけの私の視界にそれは人のようにも見えた。
けれどそれはかき消えて、代わりに黒光りする艶やかな何かが残る。私はそれを掬うように両手を合わせていた。
黒い石のようなそれは大人しく私の手に収まる。光は収まり、また雨の音が戻ってきた。
「どうした」
気付けばユウが私の側にいて、私が何か言う前に、私の手の中のものを覗き込んで、こう漏らした。
「……AKUMAの破片、か?」
「いや……AKUMAを壊した後にこれが残ってて……あ、これがダークマターってやつか?」
「そうだとしても、なんでテメェはそれを触ってられるんだ」
「?」
「ダークマターはイノセンスと対極の物質だ。簡単に言や、AKUMAの弾丸と同じ効果があるはずだ。普通素手で掴めるシロモンじゃねェ。……魂のないただの原石なら話は別かもしれねェが……。コムイんとこ持っていけば何か分かるだろ」
「……仕事増やすなことになるなぁ」
「これっぽっちも気にしてねェ癖になに言ってやがんだ。それにコムイなら喜んで分析始めるだろーよ」
まだ降り止まない雨の中で、視界の端、タリズマンを解除した探索部隊の人達がこちらに来るのが見える。
「ご無事ですか!よかっ」
「あ、これダークマターらしいんだけどあずかってく」
「馬鹿か!今普通素手で掴めねェって言ったばっかじゃねェか!!!」
後頭部をグーパンで殴られて、私はAKUMAの攻撃なんかよりもユウの拳骨の方が余程痛いと言ってみせると、僅かに探索部隊は笑みを零した。私からしてみれば真剣そのものの話だが、彼らにとっては平和な私の発言は緊張を解すには十分なようだった。
探索部隊一人ひとりの表情なんて興味ないし、特別意識してみたことはなかった。それでも明らかに彼らはエクソシストよりも張りつめた表情で、辛気くさい顔で居たのはまだ記憶している。ばたばたと蟻の大群を殺す様なほどの量で死んでいく人間は多い。私が未だに自分の能力を使いこなせていない所為で『救えたはずの命』が日々帰らないものになっているのは事実で、それに最も苛立ちを感じているのは探索部隊であるはずだ。だから余計に、そんな私にとって都合の悪い人間のことなどは気に掛けない。
だから彼らが笑っていると、ああそんな表情もできるのかと、少しばかり頬が緩む。無論彼らには見えないところで、口元に笑みを浮かべるだけに留める程度の緩みだけれど。
「……今度こそ帰るぞ」
「イノセンス代わりの収穫があって良かった。骨折り損の草臥れ儲けは探索部隊だけでじゅーぶん」
「……」
「そこは何か言おうぜ」
「知るか」
「つれねー」
今度こそ雨音以外何もしない荒野を歩き出す。キャラバンなんて素敵な乗り物も、あの廃墟にはもう無いだろう。あのAKUMAの様子からして街も、街の人間も、動物も、皆殺されたに違いない。
AKUMAがしていた我慢とは一体何だったのか、そんなことは知らないし興味も湧かなかった。
「なぁなぁ、どっか土産物売ってる店、この辺にないか知ってる?」
「あ?」
「団服ボロボロになったしミスターリーバーに謝るのに、詫びの一つでも持っていこうと思って」
「……任務に就く度に新調してるヤツが今更詫び?」
「うわぁその見下したような憐れむような顔腹立つ」
「自業自得だろ」
「さむー。心も身体もさむーい」
「キモい」
「つーことでユウ、私にコートを貸すと良いよ」
「巫山戯んな!早速引っぺがしにかかってんじゃねェよこのクソ女!」
「まあユウったらそんな汚い口の利き方ー」
「くたばれ!」
「くたばれません勝つまでは!」
「何言ってやがんだ!」
ユウに突っかかりながら止まない雨に前髪をかき上げた。さっき探索部隊にもらったマントもあのAKUMAの所為でボロボロだ。
手にした黒い石は雨に打たれ艶やかな光沢で私の目を引き付ける。それを親指の腹で擦って、一つ息をついた。
「全く、散々遊んでおいて贅沢なんだよ」
雨はまだ、止む気配を見せない。
BGM【空が泣くから】Song by ENDLICHERI☆ENDLICHERI
2007/02/11 : UP