FUCK YOU GOD!
帰る場所
17TH STAGE: Where is the place I should go back to?
黒の教団へ帰る道のりは暗い。時折蒸発した水分を含んだ天井から水の雫が自分の重みに耐えきれず落ち跳ねる。
探索部隊が舵を取る小舟は緩やかに私が発った場所へと向かっていた。私の手の中には黒い石。その石は角度によって如何様にも色味を変える、とても魅力的なものだった。ユウに言えば余り魅入られるなと釘を刺されたが、どことなくポケットの中に仕舞っておきたい衝動に駆られるのは、これがダークマターなどではなく私にとっては河原の小石と同等の価値であるからだと思いたい。
「あーあ。これ、コムイさんに渡したら、綺麗に処分されるんだろうな」
手元でそれを弄んでいると、ユウがぎらりと私をにらんだ。まるで嗜めるような視線に私は黒い石を団服の中へしまう。
「ダークマターなんだから当たり前だろ」
「まだダークマターって決まってなくね?」
せっかちなのかユウの頭の中では既にこの黒い石はダークマターであるという認識になっているらしい。
それにしたってそう邪険にすることではないだろうかと思う。万一この石がダークマターだったとして、黒の教団はダークマターという物質の存在を知ってはいてもそのものを見たり調べつくしたりしたことはなかったはずだ。どちらにせよあの室長は喜んで解析を始めるだろうが。
「折角だし、彫刻にするとか……」
「んな物騒なモン変に扱うな」
「ユウも触ってみたらいいのに。もしかしたら普通の石かも」
「ケッ」
警戒しているユウの様子はまるで動物のそれだと思いながら、小舟が一度軋みを上げた。
船着き場には誰もいない。探索部隊の一人が小舟を固定している間に私達はさっさと階段を上る。ここを上がれば少し視界も良くなるだろう。
リナリーのブーツのようにヒールのない私の靴は特に音を立てるわけもなく地を踏む。まず辺りが仄かに明るくなり、そして階段の終わりを見た。
静かな造りは何処か冷たさすら残す。この黒の教団という場所はそう言う印象を与えていた。それを解すのがきっとお帰り、という人の声で、アレンやリナリーはよく任務から帰ってきた人間にそう声をかけていたことを頭の中で思い浮かべた。
「鞠夜!帰ってきたんですか!?」
が、今日はやや事情が違うようだ。どう考えても出迎えにわざわざ来てくれた様子ではない。その背に何かの破壊音を乗せて、アレンは私の視界に現れた。
ユウが除外されているのは意図的なものだろう。
「どうしよ……!とりあえず僕と一緒に来て下さい!」
「へっ?」
急に腕を掴まれて引っ張られた。力のかけられた方向へ自然と足が出る。ユウは六幻を構えて私の後ろに付く。
「カンダは別に来なくても良いですよ!」
「ああ!?オレだって来たくて来てるわけじゃねェ!」
私の不安定な視界の中にユウが居る。その後ろには、何か白いボディの、ロボットが明らかに暴走しているという風に私達を追いかけてきていた。勿論そのロボットが動く度に何かしら教団という建造物を破壊している。
「……なんだ、アレ」
「チィッ!アイツはオレが昔叩っ斬ったヤツじゃねェかよ!」
「違います!アレは……コムリン3ですっ」
「……は?」
思わず出た声は酷く高くて、自分の声の中で、とても綺麗な声だと思えるくらいだった。私の前を行くアレンは何か嫌なことでも思いだしているのだろうか、それはそれは不本意そうな顔をしていた。
そうこうしていうるうちにも、アレンいわく『コムリン3』という名のロボットは後ろに迫る。先ほどから揺れている視界の中で、ロボットの顔部分だけが私達から一瞬もそれないのがものすごく恐ろしい。
「くっ……カンダ!速くアレを叩きのめして下さいよ!」
「アァ!?なんでテメェの言うことなんざ!」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!」
「どうでも良いけど、そろそろ息が!」
勘違いしてはいけない。私の体力はまだまだ一般人レベルだ。教団の中では。もう既に身体が重く感じる。
「……鞠夜、手を放しますよ!」
「へ!?」
「ブチ抜いて……!?」
手を放された私は前のめりに醜く倒れ伏した。慌ててアレンを見上げると、左手が銃のように変形していた。だがそれも虚しく、構えたところでその左手の銃口らしき部分に何かが飛び込んだ。
「ふにゅる?」
「アル!?お前何巫山戯た声出して……!うわ!」
瞬時に左手は普段の人間の手に戻る。私は骨のなくなったように崩れ落ちてくるアレンを抱き留める。お前はタコか何かかと言いそうになるのを堪えて、その頬を軽く叩いた。
「意識はあるか?これ何本に見える?」
アレンの目の前に指を三本立ててその視界に入れる。上手く呂律の回らない声で六本と返された時これは駄目だと悟った。
「六幻抜刀!災厄招来……界蟲一幻!」
直ぐ側でユウが技を決めにかかる。しかしロボット……こ、コムリン3はびくともしない。あれ、AKUMAよりも強いんじゃ?
一幻が聞かなかったのが微妙にショックだったのか舌打ちも忘れてその場で固まるユウを余所に、ロボットは何か電子音のようなものを発した。
『ピピピピピ……えくそ、シスと……鞠夜・阿部……ム!未知ノ物質ヲ所持!早急ニ分析スベシ!!!!!』
ピコーン!と景気よく鳴り響いたベルの音を聞き違いだと思いたい。ロボットは寸分違わずアレンを抱き留める私に腕を伸ばしてきた。
「うわ!」
団服に突っ込んだままだった黒い石を落とさないように、その上から握りなおす。その時アレンの身体まで引っ張られなかったのは幸いだったのか。掴まれた足首は藻掻いたところで抜け出せる感じではなく、私はロボットの動きに振り回されるように宙づりになった。
……教団の一部は吹き抜けになっていて、円形状のそこは広い範囲で上下階の様子が見渡せる。勿論ロボットはその巨体故に吹き抜け部分を移動しているわけだが。
「おーい!!無事かー!?」
「ミスターリーバー……!へっへるぷ!ヘルプミー!!!!」
――万一ロボットに摘まれるようにして一気に上の方の階まで移動した私がここから落ちれば死は免れない。嫌だ、こんな阿呆みたいな死に方。というかどうせ馬鹿な経緯でこのロボットは造られたのだろうそんな珍騒動で死者を出すとかそんな大事にはならないと相場は決まっているものの死なない保証などどこにもなく私は背筋に悪寒が走るのをとめられなかった。せめて死に方くらいは選ばせて欲しい。
声を掛けてくれたミスターリーバーは私の様子を見て叫んだ。
「ぎゃぁ!鞠夜!お前団服ボロボロじゃねーか!」
「んなこと良いから早く助けろー!」
嗚呼、ミスターリーバーには真っ先に謝るつもりだったのに。
「下でアルが麻酔打たれたみたいなんだ!」
「なんだって!?」
「ユウは自分の攻撃がきかないショックで立ち直れないほど心が傷ついてる!だから早くユウのガラスハートをなおし」
「……誰がどうしたって?」
「カッ、カンダ!」
「あら、コンニチハ」
「フン、余裕そうだな」
「そろそろ顔に血がたまってきて辛いデース」
「丁度良いじゃねェか、鬱陶しいツラが血行良くなるだろ」
「いやいや、なら代わろう!是非!それはユウにこそ必要な」
私の言葉はそこで切れた。ユウがロボットの腕を綺麗に切ったからだ。
何処かで僕のコムリーン!と叫ぶ馬鹿っぽい声がしたが、独特の浮遊感の後背筋に鳥肌が立ってそれどころじゃない。物質は重力によって地上へ引き寄せられる時その重みによって速度を増す。私の体重だけでなく、今はロボットという鉄の塊と一緒の落下だ。
目を瞑って身を固めた。
そんなことで覚悟らしい覚悟というものは決まるわけではないし、そんなことをしても意味がないのは知っていたがそうするより他に仕方があるはずもなく。
「お帰り、鞠夜!」
「……え?」
けれど痛いくらいに感じていた風はいつの間にかなくなっていて、そう言えば何かが破壊される音を聞いた気もするが、気が付けば私はリナリーに手を繋がれて、適当な階の廊下へと着地した。リナリーのイノセンスによって、ロボットの手は私の足首から離れていて。
「大変な目にあったわね、鞠夜」
「あ、ミランダ!」
「お帰りなさい」
「……ただいま」
ミランダがあんまり綺麗に笑うから、私は少し照れてしまった。
「……服、大変なことになっているけど……」
「あー……うん。今回も完膚無きまでに打ち込まれてさ。レベル2にも初めて遭遇したし」
どう言えばいいのか分からずへらりと笑うと、リナリーは少し怒ったように心配したのよ、と。ミランダは無事で良かったわ、とそれぞれの反応をくれた。
ここしばらく一緒にいたのがユウだった所為か、その反応が自棄に嬉しかった。別にユウが冷たいとか、そう言うことではないが。
「ギャー!カンダ君!止めて!止して!」
「……六幻、災厄招来!」
「キャー!!!!!!!!!!」
上で未だ繰り広げられる騒音は直ぐに静まるだろう。私達はゆっくりと科学班が必死こいてあの馬鹿室長を止めようとしているだろうその下へと歩き出した。
「あ、そうだ、下にアルが居るんだ」
「そうなの?」
「うん。麻酔銃食らったみたいで、結構ヤバイかも」
「じゃあ私はアレン君の方に行ってくるね」
「サンクス。私は報告があるから馬鹿室長殿の所に行くよ。ミランダは?」
「……とりあえず、鞠夜の服を今だけ直しても良いかしら?見てられないもの」
「……そう?」
自分の姿を振り返るが、まあ何というか惨めの極みのような格好であること以外特に特徴もない。
「そんなに肌を晒して……。任務に一緒に行ったのがカンダ君で良かったかも知れないわね」
「……?」
「いいのよ、気にしなくても。……それよりも、私のイノセンス、使わせてくれるかしら?」
にこりと微笑まれ、私はまさか首を振れるわけもなく、彼女の言葉に頷くしかなかった。ミランダのイノセンスは私の服からAKUMAの弾丸によって傷ついた分の時間を吸い出す。
「でもさー……。こんな事でミランダの手を煩わせるのはちょっとな。別に怪我してるわけじゃないし、言ってみればその場しのぎだろ?」
「あら?私はこんな事でも役に立ててとても嬉しいわ?」
ミランダは言葉に嘘はないと主張するように、本当に綺麗に笑む。
「……敵わないなー」
他にどう言って良いのか分からずに、私は息を吐いて頭をかいた。
黒の教団は厳かすぎて暗いイメージも併せ持つ。だというのに中にいる人間はこんなに明るい。……明るい故に時折その分だけの悲しみを持っているが。
私のような人間には釣り合わないような気もして、そこが未だに払拭出来ないしこりでもある。
「知っている?鞠夜。『有り難う』って言われることの嬉しさを」
何とも言えないくらい綺麗に笑むミランダは、それを知って居るんだろう。
「知らなくは、ないよ」
「そう」
私の返答に、ミランダはまた笑みを。知らずに頬に熱が集まって、私は顔をそらした。
――そろそろ上の喧噪も一段落付く頃だろう。
「ミランダ、ありがとう」
その言葉は、自分が思っていた以上に素直に出てくれた。
2007/02/12 : UP