FUCK YOU GOD!

今日このときを生きる
30TH STAGE: I live through the day, today.

 談話室。
 柔らかいソファに腰掛けて、手の中で鉛筆をまわす。そんなことをしても何も浮かばないことは承知しているものの、癖はそうそうに治るものでもない。
 目の前には白い紙。その右には大量の消しカス。
「よッス。報告書とにらめっこか?」
「ラビ」
 頭の上に腕を置かれ、上から降ってきた声に救われた気がしたが、それは結局気がしただけで気休め程度にしかならない。
「……ん、白紙?」
「今回のイノセンス探しの報告書はリナリーに頼んだんだ。エクソシストが腰を上げた割にはガセで終わったけど」
「じゃー鞠夜は任務から帰って早々、何と戦ってるんさ」
「新しい団服のデザイン案出してくれって頼まれた。ジョニーに。……リーバーさんにまで頭下げられた」
「あー……。でも普段はそんなことねーのに」
「ただでさえ忙しいうえに、レベル2以上のAKUMAとの遭遇率も増えてきただろ。その攻撃に耐えうる素材の開発に、今まで手に入れたイノセンスの解析と装備型への調節、ゴーレムの量産にタリズマンの改良その他もろもろで最近は忙殺されてて、じっくりデザインを考えてる暇ないんだって」
「俺らもここいらはあちこち飛び回ったしなぁ」
 ラビは呟いて、私の横に腰かけた。
「団服の消耗品化もあるし、大変そうだな」
「案って言っても大まかな形だけでいいって言われたんだけどな。どーもダサい」
「ふーん。こっちのが描いたやつ?」
「ああ」
 ラビが手に取ったのは数枚の紙。一応既に3、4パターン程度なら出せたものの、お世辞にもデザインとほど遠い。
 今皆が着ているような団服を参考にしているから特別目新しい印象もない。
「俺ベルト欲しいさ」
「ベルト?」
「ん。足の太ももとか、もちろん腰にもデカ目のやつ二つくらいあってもいいんじゃね?」
「必要か?」
「アソビだって。鞠夜の描いたやつはシンプルで動きやすそうだけど、もっとアソビつくっても大丈夫だぜ?それでなくても俺らの一帳羅でもあるんだし、もっとキメたヤツがいいさ。人間に対してもちゃんと見栄えする感じのな」
「ああ、なるほど……」
 ラビは私から鉛筆を奪うと、さらさらと私の描いたデザインの上から、自分好みにカスタマイズしていく。
 エクソシスト一人一人に着たいデザインを出してもらえばいいんじゃないかとふと思ったが、皆が皆団服にこだわるわけではなさそうだとすぐに打ち消した。こういうときは真っ先にユウが出てくる。ユウは動きやすいもので余程奇抜なものでない限り割と何でも黙って着そうなイメージがある。
「にしても、鞠夜がこんなん頼まれるなんて意外さ」
「私はセンス悪そうって?」
「いんや、誰かの手伝いしてるのが想像できないってイミ」
「余計酷くないかそれ」
「そ?」
「科学班の人には世話になってるし、私でも返せるものがあるなら返したいと思うのは普通だろ」
 そういうとラビは私がいままで見たこともないような呆けた顔をした。
「ラビ、さっきから失礼極まりない」
「いやだってお前……」
「団服のこともそうだけど、リーバーさんには本当にお世話になったんだ。頼まれたら断れないし、断りたくない」
「……鞠夜ってリーバーのこと好きなの?」
 個人名を出したからか、ラビは首をかしげて聞いてくる。
「ああ」
 何も考えずにそう答えた。
 ……答えてからしまったと私が顔をしかめたのと、ラビの顔が不満そうに変わったのはほぼ同時だったと思う。
「俺のときは素直じゃなかったのに感じ悪ーい」
「人徳の差だろ」
 言ってやれば、なにか心当たりでもあるのか、ラビは面食らった顔をして、それから取り繕うような声でひっでーとつぶやいた。
 ラビが何を考えているのかなど私には分かるはずもない。私は団服のデザイン案はこれ以上でないだろうと思って、紙を集めて消しカスを回収した。ラビから鉛筆も返してもらう。
「そういや、ブックマンは今教団にいるのか?」
「ん?ああ、部屋にいるはずさ」
「そっか、サンキュ」
 わずかに笑んでそこを後にする。ソファからずり落ちそうになっているラビのことは気にしないことにした。

 あいつ、遠慮なさすぎじゃないだろうか。リナリーに対してはそんなことないのに。

 思って、人徳の差だろ、と自分がついさっき発した言葉がよぎり、笑えねェと肩を落とした。





ブックマンにあてがわれた部屋のドアをノックし、失礼しますと足を踏み入れた。資料という資料が散乱し、正直床が見えない。
「今お忙しいですか?」
「いや」
 みじかい言葉に、すみませんがと前置きをして息を吸い込んだ。
「鍼か?」
 そして用件を言う前に他ならないブックマンにそう言われ私は固まった。正解だ。
 鍼治療自体は知っていたが、ブックマンのAKUMAからの麻痺攻撃も治してしまうという腕前を知って足を運んだのだ。
「以前ワシの部屋に来た時も、お主は鍼に興味があったようだからな」
「あ、バレバレでしたか」
「まあな」
 云われてしまえば私にできることなどたかが知れている。ごまかすように頭を揺らすと、ブックマンは私を見すえて場所を変えようと促した。
「あ、じゃぁ私の部屋で」
「よいのか?」
「?ええ。本当に何もないですけど……あ、お茶か何か持って行く方がいいですか?」
「……いや、かまわん。では行くとするか」
 どうも私の部屋には何かあるんだろうか?確かに多少油絵の具臭いかもしれないが、最近はまったく描いていないし換気も教団にいる時くらいはしているし、面倒だった掃除もさすがに埃だらけの部屋で寝る気にはなれないからするようになった。ここに来た頃よりははるかに清潔なはずだ。
 ブックマンを部屋に通して、上半身裸になってベッドに伏せる。
「……首、肩、腰でいいのなら脱ぐ必要はないぞ?」
「いえ、服めくられるのが苦手なんです。気にしないでください」
 お願いしますというと、わかったと短い返事がきた。
 鍼治療の知識なんて皆無だが、上手い人にかかれば痛くはないらしいことは知っていた。それに腰痛や肩こりも定期的に続ければ治るのだとか。もちろん養生することも大切だが、今の環境で体を休めることは難しい。それでも教団にいる間、運動らしい運動をしない私にとって鍼治療で肩こりを解消できるのはありがたいことだ。しかも首に針をしてもらうと馬鹿みたいに快眠できる。
「……ところでブックマン、私の部屋についてどう思います?」
「殺風景だな」
 悪い意味ではないが。
 その回答を聞いてなんとなく安心してため息が出た。ブックマンがどうかしたのか、と尋ねてきたから、実はと切り出す。
「皆何故か私の部屋に入るの嫌がるんですよね。別に変なものはおいてないのに」
「……そういえばお主リーバーを部屋に入れて寝かしつけたそうだな」
「はい。だってリーバーさんの部屋ベッドないんですもん。それなのに今にも睡眠不足で死にそうな状態だったので」
 言うと、ブックマンはため息をついた。
「嫌がっているわけではないだろう」
「?」
「日本ではどうだか知らぬが、こちらではそれが普通だ」
「……?どういう」
 意味ですか、と聞く前に、ドアをノックする音が聞こえて、どうぞと答える。
「こんにち はッ!?」
 リルだった。声だけだったが、穏やかだった声が一転して暴発した風に変わり、鞠夜きみなにやってるの、と慌てたような声を掛けられた。どこか責めているような声色で、私は単にブックマンに鍼治療をお願いしているだけだと答える。
 ちらりと見やると、リルはものすごく居心地悪そうに私には背を向け、ドアとにらめっこ状態だった。
「……信じられない!きみ、自分が女性だって分かってるだろ!?」
「別に気にしなくてもいいでしょう。私の体なんて見ても誰も喜びませんし」
「そうじゃなくて……ああもう!もっと自覚を持ってくれ!」
 なぜか怒られ、私はわけがわからないと顔をゆがめた。
「……鞠夜、お主まだここの生活に慣れておらぬのか?」
「慣れたと思いますよ」
 あと、さっきの言葉って結局どういう意味だったんですか、と聞くと、リルが不思議そうな声を上げたので再度同じ質問をした。
鞠夜、それは普通の反応だと思うよ。リーバーさんも教養のある人だし、普通そんなに気安く女性の部屋に入らないはずだ。それも、眠るためになら余計にね。それでも断れなかったのは単にそれだけ彼に限界が来ていただけの話。恋仲でもない女性の部屋にそうやすやすと入るものじゃないよ」
 リルによると、どうも部屋は各人のテリトリーであり、プライベート色が強いのだという。子供ならいざ知らず女性と男性の間でそう気安く部屋に呼ぶのも入るのもよした方がいいと忠告を受けた。
「気にしないですけどね。まさかの事態なんて、億に一つもあり得ませんし」
「それは鞠夜の感覚だろ。これはマナーみたいなものだよ。というか上半身裸で部屋に誰かを入れようって言うきみの精神が本当に理解できない」
 責めるような口調のままで言われて、私は口を紡ぐしかなかった。どうやらブックマンもリルと同じ意見のようで、私の部屋だというのに酷く肩身が狭い。

 でも、そうか。だからアレンも部屋に入るのを渋っていたのか。

 私はまだまだ子供だという感覚しかないせいか、女性扱いにはいまだ慣れていないのだ。でもこれからは慣れていかねばならないのだろういつまでも子供では許されないのだから。
 一人で納得していると、リルがアレンが帰ってきたよと言った。
「アルが?」
「ああ。きみに会いたがってた。先のマグ・メルの件で大分心配してたらしい」
「……そうですか、まぁ、あれから今まで一度も顔合わせてませんし」
「治療が終わったら会いに行ってやればいい。今回はぼくが一緒だったんだけど、報告は彼に任せてきたからね」
「はぁ、なんでまたそんなことを」
 悪戯に誰かの邪魔をする人なんだろうか、と私が考えていると、リルがくすりと笑う声がした。
「ぼくがきみに会いたかったから」
「?」
「きみにプレゼントを渡そうと思って。お礼も込めて」
「気にしないでください」
「気にするよ。きみは命の恩人だ」
 仰々しい言葉を使われて、私は曖昧にはぁ、とごまかした。リルは私に背を向けたまま少し部屋の中央に足をすすめ、机の上にそれを置く。
「ケルトの鈴だよ。いいものを偶然手に入れてね。ぼくのイノセンスとは違う、本当にただの鈴だけど」
「有難う御座います……」
 あの鈴の音は嫌いじゃなかった。むしろ心地いいほどで、日本の鈴とは全く違う音色に驚いたのが記憶に新しい。
「ぼくの用はそれだけだから。これ以上いるのもなんだし、失礼する」
「すみません寝たままで」
「いや、その格好だと寝ていてもらわないと困る」
 くつくつと笑う声が聞こえて、うつぶせになったままリルを見送った。その後ブックマンに治療されながらいろいろと言われたが、話半分に聞き流しておいた。
 自分が異性としてみられてるなんて皆目見当もつかないし、ありえないと思う。本当に。リナリーくらい可愛ければ自覚も芽生えるだろうが私は彼女ではないし。
 しばらくして治療が終わると、私はブックマンに礼を言って、先に出ると言って出て行くブックマンを背中越しに見送った。皆そろいもそろって紳士すぎてやれやれと肩をすくめる。
 服を着て部屋を出た。アレンはどこにいるだろう。リルが報告は彼にまかせたと言っていたから、司令室だろうか。
 食い意地が張っているから、案外食堂にいるかもしれない。
 とりあえず近い食堂から見てみようと足を運ぶと、すでに空いた皿を積み上げて食事をしているアレンが遠目に見えた。ここまで目立っているのもどうかと思う。
「……!」
 ふとアレンと目があった。その顔はたくさん食べ物をほおばって膨れ上がっていて、思わず苦笑してしまう。彼の隣でティムキャンピーが食事のまねごとをしていた。がっついているあたりがアレンにそっくりだと思った。
鞠夜!」
 名を呼ばれ、ふと胸が痛む。瞬間を甘く刺すような奇妙な痛みに思わず胸を撫でた。
「久しぶり、アル。……お帰り」
「……ただいま」
 近くに行きアレンの正面に腰かけた。少しはにかんだ顔で笑うアレンの顔に、自然と頬が緩んだ。
 久しく見なかった顔にふと泣きたい自分がいるのに気付いてそれを何とか胸の奥に押しこめる。アレンが生きていてうれしいからだろうか、会いたいとずっと思っていたからだろうか、それは定かではなかった。
 ただ、やはり銀灰色の瞳の中では光の粒たちがやはりキラキラと光っていて穏やかな気持ちになれた。
「心配したんですよ」
「ごめん。でも大丈夫だし」
「みたいですね。コムイさんから鞠夜が消えたって聞いて、ホント心臓が縮んでつぶれるかと思いました」
「大げさな」
「まぁ、無事帰ってきて、しかも泣いちゃったって聞いてもっと驚きましたけどね」
「……室長か」
 さらりと言うアレンに、あの口はチャックにでもしてきちんと閉めた方がいいような気がして頭を抱えた。別に言われて恥ずかしいことではないような気もするが、言いふらすことでもないだろうに。

「でも、泣けたなら安心ですね」
「え?」
「だって、泣くとすっきりするでしょう?」

 言われて、レモンティーを飲んで泣いた後のことを思い出した。確かに思考は晴れやかで、胸の痛みもひどく落ち着いていたような気がする。

「それに何より、やっと笑ってくれてますし」

 にこり。
 微笑まれて、私は目を見開いた。
 そんなに笑ってなかっただろうか。つまらなさそうな顔をしていた?不機嫌そうにしたいたことなら多くあったと思いだせるのだけれど。
 でもそうだ、確かにアレンは私がずっと泣きそうな顔をしていると言っていたっけ。
「ちゃんと笑えてる?」
「ええ」
「そっか」
 きっとアレンやリナリーほど綺麗には笑えていないのだろうけど、別に気にはならなかった。
「そういえば、さっきコムイさんが鞠夜のことを探してましたよ」
「コムイさんが?」
「ええ。リーバーさんとジョニーが探してたから便乗してたみたいです。仕事さぼって」
「……」
 あの二人が探していたということは団服のデザインについてだろう。ブックマンの部屋に行く前に科学班のジョニーが使っている机に置いてきたから十中八九そのはずだ。
 抜け目ないコムイさんに内心苦笑すらしながら、私は席を立った。
「じゃぁ、ちょっと科学班まで行ってくる」
「あ、僕も行きます」
「待とうか」
 言うとアレンは目を丸くして私を見たが、すぐに笑顔になってお皿だけ戻してきますねと、すでに食べきっていたらしい皿の山を厨房の方へ戻しに行った。
 私はそれを待って、アレンと一緒に歩きだした。

SECOND STAGE fin.
2009/03/20 : UP

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