月と太陽なんかごめんだ。後
「おーいイオっ! あんたついにゼルに抱かれたってマジ?! 良かったじゃん!」
「……まあね……」
「あー……。なんか込み入った事情ありって感じ?」
イオがゼルを好きなことは多くが知っている。が、実際の所二人の気持ちを見守っているのはごく一部だ。
イオに声をかけてきたのは後者。冒険者友達の一人だった。
浮かない顔のイオに、まずは酒でも入れますかと手を引いて、手頃な店に入っていく。個室を設けているという店の奥に通されて、二人は腰を落ち着けた。
ひとしきり頼んで、真っ先に供されたビールをあおる。
ぷはー! と気持ちの良いため息をつく友人に、イオの頬は僅かに綻んだ。いつでも明るい彼女に励まされてきた。これからまたそうなるのだろうという明るい予感があった。
「それでよ、なにがあったわけ」
単刀直入な物言いも、変に気遣われるよりは余程イオの口を軽くする。
「実はかくかくしかじかの……」
「まるまるうまうまってワケ、ねえ。ていうかあんた、ナマでしたの?」
「したけど性病妊娠予防はしたわよ。高い媚薬様々ね」
「そうじゃなくて。恋人とか、夫婦になれないなら子どもだけでもってパターンもあるかと思ってたわ」
「それ思った時期もあったんだけどさ。でもハーフエルフなんて結局人間よりも寿命が長いじゃない。なんか回り回ってゼルに面倒見てもらったりすることになりそうで……そしたらそっちの方が嫌だなって」
「杞憂じゃない?」
「自分がいなくなった後のことも考えられるようになったって言ってよ」
気心知れた友人の相づちに、するすると今まで胸の内に留めていた気持ちが出て行く。
美味しい食事に舌鼓を打ちながら、イオはしみじみと息をついた。
「前にさ、スタンクから長命種相手なんて、太陽や月に惚れるようなもんだぞって言われたことがあったのを思い出すわ。今なら心で理解できる……」
「……思い出ももらったし、諦めるって?」
イオの出方が分からず、やはり真っ直ぐな言葉で先を伺う友人に、イオはけらけらと笑った。
「まさか。諦めるのはもう諦めたわよ。どうせ忘れるのだって苦しいんだし、だったら他の人からは不毛だって言われても、いつか思い出にできるまで好きでいようかなってね。もしそれが……死ぬときまで変わんなくても」
「不毛ねえ。そういや、私も前に言っちゃった」
「気にしてないわよ。心配して言われてるんだってことくらい分かるもの」
注文した料理が机に並べられる。サラダに揚げ物、柔らかい白米。丁寧に焼かれたステーキに、よく煮込まれたポトフ。
何でもありのごちゃごちゃ加減に、長らく追いかけた男の連れ合いを思い出して、イオはやはり笑った。
「エロエルフだから止めとけって言われもしたなあ。寧ろ生々しいくらい想像しちゃって正直逆効果だったけど」
「……えっ オカズがゼルだったってこと?!」
「まあね。エルフの生涯からすれば何てこと無いだろうけど、人間的には年季入ってるわよ。
まあ、もうわざわざゼルのレビューを複写してもらったり、会いに行ったりすることはなくなると思うんだけど」
「ふぅん」
「あ、えっと、気まずいっていうよりは申し訳なくて……。ほら、太陽だって、好かれてるだけならともかく、自分の光で火傷されたら気悪いもんね。やっとそれが分かったって言うか」
友人の相づちに、イオは焦ったように言葉を続けた。イオが本気でそう思っているのが分かってしまい、友人は息をつく。
「あんたが後悔しないなら、そっちの方が大事だから別にいいんだけどさ。仮にゼルとあんたがお互い納得ずくで風俗巡りを肯定して一緒になる道もあるわけじゃんか。結婚もさ、べつに不倫して他所の家庭ぶち壊すとかじゃないならアリでしょ」
「そもそもゼルにとって私は対象外なわけで、スタートラインにも立ってないんだから、それ以前の問題よ」
「でもあいつ人間のサキュ嬢好きじゃん」
「それを言われると本当に私がナシだったことを思い出すから止めて」
「でも理由はどうあれあんたで勃起した事実は変わんないじゃん。じゃあアリじゃん」
ヤれるならアリだろう。と友人は思った。そして、きっかけがなかっただけで、今はゼルの方こそ憎からず想っているヤツなのでは、と睨んだ。長命種の好意の出し方が人間と違うという可能性は十分にある。
しかし、長い片想いに身を焦がしていたイオの姿を知っているだけにそれ以上は口を噤んだ。
二人が上手くいくならもうちょっとくらいヤツの肩を持つべきか否か、と友人が考え込んでいると、イオの明るい声が個室に響いた。
「そうだ、前に言ってた風俗レビューの話ってまだいけたりする?」
その話は紛れもなく友人が以前、ゼル達が始めたサキュバス店レビューに便乗して提案した、インキュバス店、インキュバスボーイとのプレイ内容についてのレビュアー募集の件だった。
人間としてはそろそろ結婚や子作りのタイムリミットを意識する年齢になり、迷いが出始めたイオに声をかけたのだ。その時は考えられないとにべもなく断られたのだが。
「ああうん……え?! イオ、あんた自棄になってるんじゃないでしょうね?」
「違うってば。……その、誰かに気持ち良くしてもらうのが思ってたより凄く良くて……ちょっと、一人だと限界を感じるっていうか」
恥じらいながらもイオの腰が揺れる。もじもじとした所作が情事を思い出しているかのようで、友人は手で顔を覆った。
エルフなんていうメジャーな長命種を相手に長らく恋をし続けるイオに、他の選択肢もあると示したのは友人だ。しかし。
「まさか今言い出すとはね……」
自分が蒔いた種が思わぬ形で芽を出し、友人は歯噛みした。だが、彼女にとって優先するべきはゼルよりもイオである。
「いいよ、分かった。定番過ぎてレビューしてなかった店があるから、そこから行ってみよう」
「助かる。ありがとね。貯金はあるから、しばらくはレビューしながらゆっくり過ごそうかな」
にこにこと上機嫌に笑うイオに、友人は寄り添うように頷くしかできなかった。
******
『インキュバスボーイ店の利用は初めてで基準が分からないのですが……。初心者向けと言われている、尖ったコンセプトがないことが売りのお店です。所属は人間が殆どで、一部純血種インキュバスとエルフのお兄さんがいました。ただエルフのお兄さんはたまにしかお店に出勤しないそうです。
私がお相手をお願いしたのはおっとりした顔立ちが優しそうなインキュバスさんで、終始優しくて、ずっと可愛いとか、好きって言われてキスしながらするのは気持ちよくて、安心しました。興味があるって言ったら口とか胸でさせてもらえて、それも良かったです。ピロートーク? も初めてだったけど、温かくて、行為中とは違う意味で気持ち良くて、添い寝だけでもお金払う価値はあるかもって思いました。
流石初心者向けのお店というのか、初回サービスで朝起きるまでベッドでいちゃいちゃに興じてくれたのもよかったですね。もう一回始まるかと思ってドキドキしました。』
「……」
「うっわ、機嫌最悪じゃねーか。てかそんな顔すんならなんで止めなかったんだよ」
「俺だって止められるもんなら止めたかったっつーの!」
「おお」
だん! とジョッキをテーブルに叩きつけるように置いて、ゼルは吠えた。
手に持っているのは先日イオが行ってきたというあるインキュバスボーイの性風俗店レビューだ。風俗店レビューは既に一般化したが、その女性版である。
企画したイオの友人が『可愛いレビューでそれ自体が男客に人気かも。あ、奥ゆかしいけど勇気が出ない女性にもイオのレビューは評判良いわよ。次が楽しみね~』などと言って先ほどゼルに渡してきたものだった。
にやにやしながら持ってきた彼女に、「何故俺に」などとゼルは言わなかった。イオの周囲にいる人物は彼女がどれほど長い間ゼルしか見てなかったか、ゼルでさえ知っている。野暮かつヤブヘビである。
しかし何が悲しくて他の男に抱かれたイオの感想など読まねばならんのか。しかし手にした以上読まずに捨てる選択肢はなく、ゼルは渋々目を通した。案の定、読んだら読んだで色々と想像してしまい、ぱかぱかと酒を開ける羽目になったが。
タイミングも悪かった。
直前まで、拗れた性的嗜好の男からイオの処女喪失時の可愛らしさをしたり顔で語られていたからである。
「あいつ痛いの嫌だからって媚薬まで用意したのに結局怖くなったのか、不安そうな顔でしがみついてきて……いやぁ、あの時は流石に理性が飛びそうになったわ」
とか。
「完全に俺の趣味だけど、とにかくやらしい言葉教えたらそのまま素直に繰り返すもんだから盛り上がっちゃってさあ! ああ、あの時のイオ、すげえよかったなあ~! 初々しくて。ホント、ゼルさんにおかれましてはあいつの初めて譲ってくれて感謝っつーか!」
……。とか、だ。
それになんと返したのか、既にゼルの記憶は曖昧だ。
男がゼルというよりはイオのために世話を焼いて、わざわざ噛ませ犬のようなムーブをしているのだと頭では理解していても、面白くない。
語られるイオの姿もありありと想像できてしまって、彼女を充分異性として見ている自分を突きつけられることも、酒に逃げたくなる一因だった。
イオがとっくに大人の女性であることなど、頭では分かっていた。長命種の感覚がずるずると待ったをかけていただけだ。なんなら人間の40代だったとしても、ゼルにとってはかなり若いのである。
ゼルとて短命種の儚さは知っている。人生をかけて自分に『好き』をぶつけてきた大切な少女の時間を、これ以上徒に奪うことは良くないと思っていた。応えるならばタイムリミットは僅かだと言うことも感じていた。
その矢先だった。土壇場でトンビに彼女を盗まれたのは。
後にも先にもこんな間抜けはしないだろうと思われるほど、あっさりと。
だから情けない二番手に甘んじることになった。それでも、まだ手遅れではないとどうにか糸口を探した。
何か妙案があったわけではなかった。彼女を恋人にするのか、それとも大聖堂で愛を誓い、奇跡でもって夫婦として結ばれるのか。子どもはどうするのか。――イオが大切だと言うこと以外、ゼルの中にはっきりしたことはなにもなかった。
それをイオも分かっていたのだろう。
話を、と捕まえたゼルに対し、イオは立ち止まりこそしたものの、表情は変わらなかった。
そしてどこか悲しげな、申し訳なさそうな顔で言ったのだ。
「ごめんね、ゼル。ゼルが長命種で、人間の十代や二十代なんてゼルにとっては幼女同然だって知ってたのに、ずっと諦められなくて、つきまとって。
人間の男で考えたら、幼女に欲情なんて普通しないわよね。そんなこと、頭では分かってたのに。
昨日だって無理させて……本当にごめんなさい。私のことは気にしなくて良いから。ゼルにとって守備範囲外なのはもう、嫌ってほど分かったからさ」
気まずげに目を逸らしながらそんな物わかりの良いことを吐き出すイオが信じられなかった。
「……用事があるから。もう行くわね。じゃあ」
過去に自分が言ってきた言葉が全て返ってきて、ゼルはそれ以上引き留める言葉を持ち合わせていなかった。今度こそ背を向けていくイオを言葉なく見送ることしかできなかったのだ。
まさかその足で女友達と合流し、性風俗店に行ったとは思わなかった。知っていたらもっと勢いのまま、イオの足を止められるような言葉が出ていたかも知れない。
かいつまんで先日の出来事をスタンクに説明すると、木製のジョッキを傾けていた彼は訝しんだ。
「は? イオがんなこと言ったのか」
「……最中だってのにウブくて、つい……一瞬感じた背徳感だけきっちり察しやがった」
「あー……。あいつ、お前に子ども扱いされまくったから、そういうのに敏感なんだろうな」
流石に憐れに思ったのか、スタンクの眼差しが生温くなる。ゼルはもう一回酒をあおった。
その後もりもりとキノコのソテーを食べ出すゼルを眺めながら、スタンクも改めてジョッキに口をつける。そこでふと思い出した。過去に自分が言った言葉を。
「悪い、ゼル。そもそもイオに長命種の感覚は俺達とちげーぞって言ったの俺だわ」
「は?」
「一つ言っとくと最近じゃねえぞ? イオが30になる前だったはずだから、5年くらい前か?」
「……はー……なるほどね」
ならば仕方ない、とゼルは据わった目を和らげた。何もかも身から出た錆である。
「まあ、イオが人生の花盛りを半ば棒に振ったのは間違いじゃねえからなあ。あれよ? ゼルちゃん。きっぱりしっかりさっぱり振ってあげるのって優しさなんだわ」
「……」
「でもま、お前のことだから考えがあってのことだと思ってたんだがな~……年頃になったらちゃんと相手する気があるとか。マジの悪い虫がつかねえように牽制してたしさ」
流石と言うべきか、本当によく見ている。
未だ彼女に伝えるべき言葉を曖昧にしている自分自身と比べて、ゼルは自嘲した。
「……ただ単に年長者が年少者にするみてぇに、か?」
「お前が本気で『イオが幸せになるなら短命種の男の誰かがいい』って思ってんのは分かってたけど、それにしちゃ、過保護だったわな。俺からすりゃイオが次に行って傷ついてからでもよかったと思うね」
よりにもよって今かよ、が三度続くとは思わなかった。
が、スタンクの言葉は今でないと聞き入れなかっただろう。耳が痛いのは今が最も効果があるタイミングだからだ。
ゼルは基本的に人間のことが好きだ。いつも瑞々しい生き物。ゼルの長い人生を過ぎ去っていく煌めきたち。少し目を離しただけであっという間に変化していく。訃報を聞いて墓前に手を合わせに行ったことも一度や二度ではない。
大聖堂の奇跡でも寿命は変わらない。その種族であることの価値を、その有り様を変えようというものではないからだ。
子作りにしたって、ハーフエルフを産むかどうかでしかなく、奇跡を受けられる現在においてはさしたる問題でもなかった。どんな形であれ結ばれるというのは、人間とエルフの組み合わせで言うならば難しくない。
だが、イオはどう考えているのだろう。年頃になった彼女に『思い出に抱いて欲しい』や『一回でいいから』などというとんでもない言葉が飛び出たことがあったが、子どもが欲しいから抱いてくれと迫られたことはない。かと言って、一人老いていくつもりがあるかは分からない。
ゼルはイオのために今の生き方変えるつもりは一切ない。今の生活に満足しているし、充実もしている。勿論仮に子どもができたというならば大切にするつもりではあるが、イオとはそういった突っ込んだ話をしてこなかったため、一人でイメージすることができなかったし、一人で考えることにそこまで意味はないとも思った。
ちび、と酒に口をつける。ポテトをつまみながら、スタンクが先を促した。
「で? あいつ、お前のこと責めなかったの?」
「詰られてたら今頃こんな拗れてねーんだよ。こっちが狙ってたタイミング全部潰されて、これ以上話をするのも避けられて」
いっそ責めてくれれば話のしようもあったのだとゼルは手に持ったフォークでサラダをつついた。口に入れるでもなく穴だらけにされるレタスに、スタンクが肩をすくめる。
あれだけ大事にして、言ってることもやってることも告白みたいなものだ。なら後はあっちに分からせるだけじゃないのかね、と思いつつ、これ以上は意味がないとばかりに話を打ち切る。
「ま、外野が口出してんのも趣味悪ィからこれ以上はやめとくわ」
「おー……」
背を押すだけでいいならそうしたかもしれないが、拗れてるところに首を突っ込んで巻き込まれるのはごめんだ、とスタンクは言葉を飲み込んだ。
「じゃ、あんま悩んでてもしかたねーからここは一発スッキリしときますか! 明日悩め!」
「……。はあ。まあそれはそれとして取り敢えず行くか」
酒場の喧噪に二人の声は飲み込まれていく。二人の様子をうかがっていた他の冒険者が、店に行くなら俺もと着いていくのもいつものことだった。
一ヶ月後、最近イオに色気が出てきたと小耳に挟んだゼルが様子を見に行った際に、彼女が500歳超えのエルフに肩を抱かれているのを見て「エルフだったら俺にしとけ!!!!!!」と目の前に飛び込んでいくのを、何人もの冒険者が見ることになる。
2025/12/02 UP 2025/12/09 修正
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