恋は避けれどちり積もり

「だからね、思うのよ。持明族って脱鱗で命を繋ぐ生き物で、繁殖できないじゃない。だからこそ同族を傷つけるのが禁忌なわけで……。
 なら、どうして他の種族みたいな男性性と女性性があるのかなって」
 ぽつりとした呟きはバーカウンターに吸い込まれていった。
 語る相手はシャラップで、だから別に答えを求めていたわけじゃない。
「羅浮で持明族の恋人達を見かけたし、繁殖できないだけで恋愛をしないわけじゃない……。じゃあまだ希望はあるのかなあ」
 最近、とても困っている。
 丹恒がやたらとかっこよく見えるからだ。
 原因ははっきりしていた。ピノコニーでの騒動が一段落つき、丹恒がまとめてくれたアーカイブを読みふけっていた時、脚立で次の資料を取ろうとしたらバランスを崩した。それを受け止めて、更にばさばさと落ちてきた資料たちから身を挺して守ってくれたからである。
 顔の近さはともかく、間近で見る顔が整っててビックリして、次いであまりにも近い距離で「大丈夫か?」と囁かれた声に腰が抜けるかと思った。
 元々頼りになる人だと思ってはいたものの、人ってこんな使い古されたシチュエーションでちゃんと恋に落ちるんだなあ、と暢気なことを考えたものである。

 とはいえ、だ。

 だからといってすぐに距離感が変わるはずもなかった。寧ろ近いと意識してしまうので避けているまである。
 アイドルを好きになるのとはわけが違う。やっぱり恋人同士になった時のことを夢想せずにはいられないし、頭の中は既に、かなり、だいぶお花畑が拡張している。現在進行形で。
 丹恒の腕を抱きしめてぎゅってしたいし、それを振り払われずに受け入れてもらえたら幸せだろうなあ、とか。ふとしたときに穏やかに笑ってくれないかなあ、とか。
 丹恒は意地悪な言い方をする人ではないし、粗野でも、ノンデリでもない。
 素直で、愛情表現に関してはかなりストレートな方だと思う。星穹列車の皆のことは大事に思ってくれているし、実際そういった発言もよく聞く。そこに私が含まれていることも嬉しい。
 だからこそ、それだけで満足できていない自分に、自分で釘を刺してしまう。
 ここまで好意を持たれているんだから、これ以上を望むのは本当に贅沢だと。

 だから持明族について調べたし羅浮にだって行ったのに、収穫があったばかりに諦めもつかない。
 まあ、思うのは勝手だからこのままでもいいんだろうけど。いつかバレそうで怖いというのが目下の悩みだ。もっと言えば、それがバレて、はっきりと恋愛的な好意は返せないと口にされることが今の私には堪えられないから嫌だなあというネガティブ狸の皮算用である。狸とは言ったけど穹のことではない。念のため。

 反応のないシャラップにおかわりをして、次の飲み物――スパークリングワインのように見えているが白ブドウの炭酸ジュースである――を頼む。
 つい最近芽吹いた恋心だけど、姫子さんとヴェルトさんには既にバレているのが笑えてくる。隠す事は得意じゃない。だからいつかは本人にもバレるだろう。でも、その日は遠ければ遠いほどいい。

 丹恒は既にナナシビトとして胸を張って生きている。持明族というのは彼の種族的な要素でしかない以上、そして今世の彼が同じ種族とは隔離されてきた事を考えれば、どれだけ羅浮に行って持明族について観察しても意味はないのだろう。彼らの選択と丹恒の選択は、基準からして全く異なる。
 それでも彼について少しでも知りたくて、本人にぶつかることができないからその周辺をこそこそと探っている。星穹列車にお世話になっているから何も言われていないだけで、不審者以外の何者でもない。
 人に恋をするのってこんなに難儀だったっけ。いつも好きになった人を眺めて、恋に気持ちを浮き沈みさせて楽しんできた私には、行動するという選択肢は全くと言って良いほどない。唯一、今までとは異なり星穹列車の仲間という深い接点があるため、遠くから眺めるのに限界があるのは違う所だろうか。既に丹恒とはある意味深い仲というか、命を預け合った仲というか。
 最近仲間入りしたサンデーにお悩み相談でもするかな、とポヤポヤ考える。恋の相談は流石に受けてこなかったとは思うけれど、そもそも何かに迷う人を導くことに慣れているという彼なら言いやすいだろう。
 なのかとの恋バナも考えたけど、よかれと思って私にとって良くないことを頑張ってくれそうで、彼女にはまだ秘密だ。かといって一人で楽しむには、相手が近すぎる。
 姫子さんとヴェルトさんは既に完全に傍観を決め込んでいて、いい笑顔を向けてくるだけで何も言ってくれない。

 さて、どうしよう。



「既に安全が確保されたところで、少しゆっくりなさってはいかがですか?」

 他の人の気配がないことを確認してからこっそりサンデーに言ってみると、穏やかな微笑みと共にそんなことを言われた。

透子さんは開拓者として星々で荒事を行うことはできませんよね。必然、列車に留まることが殆どだったと思います。ですから、先日羅浮に行かれた以上に今までに赴かれた星々を楽しまれては?」
「でも、列車の清掃とかパムの補助くらいしかできることがないのに、遊びに出かけるなんて……」
「みなさん、そのような狭量な方々ではないでしょう。アナタの方がよくご存じではないですか」
「だからこそ引け目があるというか……それにゆっくりするなら穹の部屋でパーティしたり、お風呂借りたりとかだけでも充分豪華なんだけど」
「妙齢の男女でそれは控えた方がいいのでは?」
「いや、流石に二人きりではしないよ」
「人数の問題ではないのですが……」

 ふむ、とサンデーは一旦意見を整理するように間をあけた。そして、

「――なら、ワタシが同行しましょう」
「え?」
「聞くところによると、天才クラブのルアン・メェイさんが宇宙ステーション「ヘルタ」で面白い生き物を作ったと。とても興味がありますので、透子さんに案内いただければワタシも心強いです」

 サンデーの微笑みは、この先どうすればいいのか惑う私の手を優しく引いてくれるようだった。

「……えっと、じゃあ、お願いしようかな」
「はい。任されました」

 うやうやしくお辞儀なんかして、彼なりに私の緊張を解そうとしてくれていることが伝わって、私はふにゃ、と相好を崩した。


******


 サンデーとの宇宙ステーション「ヘルタ」観光は恙無く終わった。アスターに許可ももらったし、私の顔は知ってくれている人もいたから。

 ただ、列車に帰ったと思ったら丹恒に引き留められて、あれよあれよという間に二人きりになったのは誰かの作為を感じた。

「あの、それで……丹恒? 話って言うのは?」
「……」

 スターピースカンパニーのラジオが車両の端で流れている。穹め、切り忘れたな。

 丹恒は少しの間躊躇うように言葉を詰まらせると、そっと目を伏せて、それから息をついた。
 怒っている……のとは違う、けれど言葉を探す仕草に私も息が浅くなる。

「俺は……お前に何かしてしまっただろうか」
「え?」

 思いもしなかった言葉に、目が点になる。
 けれど、丹恒は至って真剣で、そしていつものように真面目だった。

「最近、避けられているような気がしてな」

 図星をつかれ、喉が引きつりそうになる。いや、静かに引きつった。

「資料室でアーカイブを落としてしまったことを気にしているのなら、その必要はない。傷がついたわけでもないし、お前が雑に扱っていたわけじゃないことは分かっている。
 あるいは……あの時……庇うためとはいえ不用意に身体に触れてしまったことについては、謝罪する。すまなかった」
「は、……え、は、待って、ちょっと待って、えーと、えーと、」

 気まずそうに謝罪され、ただでさえ突拍子もない切り出され方をされてついて行けてないのに、より一層頭が着いていかない。
 でも、どうやらなにか物凄い悪い方に勘違いされていることは分かった。
 パニックになって言葉が出てこない私に、丹恒はじっと待ってくれた。それがまた優しいなあと感じてしまって心に良くない。私は本当にどうしようもない人間である。

「まずその、資料室でのことは感謝こそすれ、身体触られて嫌だったとか、そんなことはないから! 絶対に! むしろ鈍臭いところを助けてくれて本当にありがとうって思ってるし、私を庇ったせいで丹恒が怪我とかしたらイヤだから何もなくて良かったって言うか!」

 本当に訂正すべき点を真っ先に言い募る。

「ご、誤解させてしまったのは本当にごめん。でも、丹恒が言うような事は何も……あ、その、避けてるっていうのも、そんな風に思わせてごめんっ。ちょっとその、相談事って言うか、色々あって」

 避けてるのは割とマジでその通りなんだけど、まさかそれを素直に言うことはできない。丹恒が好きだからと説明するのは論外だし、仮に百歩譲ってそれを言ったとして、それがどうして避けることに繋がるのかを丹恒が理解してくれるかどうかはかなり怪しい。彼の愛情(広義)表現はかなり素直なので。

「……俺では頼りにならないだろうか」
「えっと……いつも頼りにはしてるんだけど、これはちょっと、その……ご、ごめんなさい」

 気遣わしげな声と共に私を見る丹恒でもうダメだった。キャパをあっさりと超えてしまって、顔が熱くなっているのを感じる。

透子?」
「そのっ、ほ、本当にごめん! 丹恒のこと嫌いとかは絶対にないから! それじゃあ!」
「待て、っ」

 話をむりやり切り上げて、ラウンジ車両から飛び出す。背中に丹恒の制止が掛かったけれど、足を止められるはずもなかった。
[newpage]
 咄嗟に引き留めようとした手を、丹恒は力なく下ろした。
 もしかすると彼女の気に障るようなことをしてしまったかも知れないと考えていたのが徒となった。彼女の手を掴んで、振り払われたらと思うと十分な速度で反応できたはずだった動きがぎこちなくなり、機を逃した。同じ理由で客室の方へ走っていった彼女を追いかけることも憚られ、その場に縫い止められたかのように立ち尽くす。

「丹恒、話終わったか?」
「……ああ」

 パーティ車両に引っ込んでいた穹に声を掛けられ、丹恒は頷いた。
 ずきずきと、胸の内側が痛む。
 避けられていたのは、彼女と共に過ごす時間が減っただけ。今日、共に出かけた相手がサンデーだったように、じわじわと。
 そして自分には相談できないこと。今まで透子が疑問に思ったことには答えてきたつもりだった。その自分が当てにされていない。つまり自分には縁遠いことか、門外漢だと思われている事柄。

透子はなんて?」
透子は……サンデーのことが好きなのかもしれない」
「はあ?」

 去り際、彼女の顔は今までになく真っ赤だった。
 丹恒では力になれない理由。
 つまり、彼女は恋に落ちたのだ、と、丹恒は結論づけた。
 ――いつもなら口にすることもないような、不確かな言葉を外に漏らすほど、その心は動揺していた。

 しまった、と気づいても時は戻せない。
 穹のきらきらした目に、丹恒は大きく息をついた。

「その根拠は?」
「いや、ただの憶測で……」
「丹恒がそう言うんだから、あてずっぽうなわけないだろ」
「……」

 ふう、と思わずため息が重なる。

「プライベートに踏み込むような無粋な真似はしないと誓えるか?」
「もちろん! アキヴィリに誓って!」

 調子の良い返事に、三度出そうになった息を喉元で止める。
 そして丹恒は口を開いた。誰かに聞いて欲しかったからかも知れないし、自分の中の動揺を鎮めるためだったかもしれない。
 ただ、彼らしくないその躊躇いがちな言葉の数々が、彼の心に何かが起こっているのだと示していた。
[newpage]
 オンパロスに向かった丹恒と穹から音沙汰がなくなって、なのかの容態も一向によくならない。それどころか、ベッドの近くに行くと変な音までして不気味になっていく。
 その上、一週間も経たないうちに宇宙が、知恵の神ヌースが殺されるかもしれない話になって、そのためだけに生まれようとしている絶滅大君を阻止しようと、皆全力を尽くしている。
 その最中に一瞬だけ丹恒が意識だけ列車に戻ってきたのだけど、大事を前に、そして時間がない彼と会話することもままならなくて、少し目が合っただけで、私はやっぱり何もできずにオンパロスに戻る彼を見送るしかできなかった。

 穹も丹恒もなのかも、列車でお世話になることが決まってからずっと良くしてくれた三人が心配で、心配することしかできなくて、パムが何度も休むように言ってくれたのに何かしていないと不安で、ずっと列車の掃除をし続けた。
 それを止めさせたのがサンデーだった。
 絶滅大君の誕生を阻止できたのだと、後は三人が帰ってくるのを待つだけだと言って、ラウンジのソファに私を座らせた。

「……ごめんね、サンデー」
「いいえ。アナタの気持ちは痛いほど分かるつもりですよ」

 調和の力を使って、サンデーが私の心を落ち着けてくれる。
 張り詰めた感覚が解けて、じわじわと足元からせり上がる不安が引いていく。
 頭の中の、頭痛のような重さが取り除かれる。

「羽ばたく鳥がどうか落ちてしまわぬようにと、祈ることしかできない歯がゆさを、ワタシも知っていますから。自分が代わることができたなら、どんなに良いだろうと」

 優しい声は、慰めるようで、鼓舞するようで、不思議な響きに満ちていた。

「人には皆、それぞれに相応しい困難というものがあります。誰にも代わることのできないそれは、アナタだけに与えられた試練とでも言いましょうか。
 けれど、本当に一人で乗り越えることは稀です。どうか一人で押しつぶされませんよう。……さあ、直に彼らは帰ってくるでしょう。ちゃんと、笑顔でお迎えができるように支度をしなくては」

 その手を取って、もう一度立ち上がるときには、頭も気持ちも随分とスッキリしていた。
 もう一度謝罪とお礼を告げて、目を擦った。



「――丹恒!」
透子

 けれど、ようやく落ち着いたのは心配と不安だけだった。パムが丹恒が帰ってきたと教えてくれて、サンデーと一緒に立ち上がって、ラウンジに入ってきた丹恒――なんだか背が伸びて、角と尻尾が生えていた――が私を見て、私の名前を口にした瞬間、安堵が目からどっと溢れてしまった。

「お、おか、おかえりっ……ぶ、ぶじで、よかっ」

 ぼろぼろと溢れて止まらない熱のせいで、しゃくり上げてしまって言葉が出てこない。
 それでもなんとか言うべきを言おうと思ってえぐえぐ言いながらも、よろよろと丹恒の方へ向かうと、丹恒がさっと歩いてきて、抱き止められた。
 ……抱き止められた?

「へっ、あの、たんこう?」
透子

 距離が近い。あの資料室以来の距離だった。彼の腕に抱かれているのも同じ。
 少しだけ広がった身長差さえ、彼が頭を下げて私の肩口に触れれば、前よりもずっと近くなる。

「すまない……少しだけ、今だけでいい……このままでいさせてくれ」

 身体の中に直接吹き込まれるような、くぐもった声だった。顔が見えないから、そこにどんな感情が乗っているのか想像もつかなかった。
 丹恒も、列車に戻ってこられたことで安心したのかも知れない。ヴェルトさんや姫子さんとは先に話をしていたはずだけど、まだ張り詰めていたのだろう。
 私からも手を回すべきか迷って、けれど彼の様子がいつもと違いすぎて、またぞろ心配が湧いてくる。
 宥めるようにその背中に腕を回して何度か擦ると、丹恒は深く息を吸って、吐いた。
 それから、すっと顔を離して私を見下ろす。真剣で真面目な眼差しは変わらなかったけれど、その頬が、少しだけ赤らんでいる気がした。

「お前が好きだ、透子。俺にお前を大切にさせてほしい。例えお前が俺に同じ気持ちを返せなくてもいい」

 ――。
 少し潤んでいるように見える瞳が迫る。違う。私の視界が歪んでるんだ。
 目眩にも似た感覚に、私はそのまま気絶してしまったのだった。
[newpage]
 オンパロスの開拓は終わった。
 長い叙事詩は一冊の本となり、銀河中に広められることになった。いつかの未来に、本当に生まれることを祝福する。かの星は予言であり歴史であり、物語になった。

 列車に戻ったのは穹が最後だったが、なのかの無事も確認し、丹恒はようやく人心地着いた。
 長い長い旅だった。それでも、歩ききった。

 列車に戻ると、最早あらゆるものが懐かしく感じた。景色も匂いも、なにもかも。
 なにより、丹恒達の無事を喜んでくれた彼女。
 サンデーに支えられて、よろよろと丹恒の元へやってくる彼女は堰を切ったように泣き出して、顔をくしゃくしゃにしながら帰還を喜んでくれた。

 ――その姿を見て、丹恒はふつりと心に仕舞っていた封が解けるのを感じた。
 愛しいと感じる気持ちが抑えがたくなり、自分の方から歩を進めて、彼女を抱きしめる。

「すまない……少しだけ、今だけでいい……このままでいさせてくれ」

 口づけて涙を拭いたい。衝動を抑えて、小さくなった彼女を自分の腕で包み込んだ。
 いつかの資料室で抱き止めて以来の柔らかな感触と彼女の匂いに、これがきっと最後になると思う。今から言うことを告げれば、きっと彼女は丹恒を遠ざけるはずだからだ。
 放しがたい気持ちをどうにか抑え込んで、丹恒は彼女の頬を両手で包むと、言った。

「お前が好きだ、透子。俺にお前を大切にさせてほしい。例えお前が俺に同じ気持ちを返せなくてもいい」

 そして、彼女は今までの心労がたたったのか、彼の腕の中で気を失った。その身体の重さを感じながら、自分こそが彼女の部屋に運んでやりたいという衝動にも似た気持ちが膨れ上がる。
 それを今度こそ理性だけで押し込めて、丹恒はサンデーを見た。

「……サンデー。すまないが彼女を部屋に寝かせてやってくれないか」
「はい? アナタが軽々と抱き支えられているのですから、ぜひそのままアナタがそうしてさしあげればいいと思いますが」

 困惑と共に返ってきた言葉に、丹恒もまたすぐに言葉を返せなかった。

「いや、俺は……。彼女には好きな男がいるらしい。下心がある以上、意識のない彼女を運ぶのは俺以外がすべきだ」

 かろうじてそう返した丹恒に、サンデーは今度こそ目を見開いて驚愕したのだった。



「全く、アナタがとんでもない勘違いをしているとは思いませんでした。……本来、人の悩みなど他所で口にするものではありませんが……こうすることがきっと彼女にとってよいだろうと思って、言っておきます。
 ワタシはそれこそ彼女から恋の相談を受けていたんですよ。勿論お相手のお名前も知っています」

 結局サンデーと共に彼女を部屋に寝かせた後、彼女の部屋の前の廊下で丹恒はあっという間に洗いざらい語ることになった。彼女への気持ちも、彼が推測している彼女の気持ちも、その相手がサンデーであることも、である。
 長らく告解を聞き続けたサンデーの手管もさることながら、彼女を大切にできないならと僅かでもその可能性が頭を過るだけで、彼女の恋路を大人しく見守ることなどできそうにないという丹恒の感情がそうさせたのだった。

「彼女の側にいるのは、やはりアナタがいいでしょう。目覚めた時、もう一度彼女が気絶する直前に伝えたことを伝えると良いと思います。……でなければ、彼女は都合の良い夢を見たのかと思いかねません」
「……別に、それならそれで俺は構わない。俺の気持ちは変わらないからな」
「アナタはそうでも、彼女は違うでしょうね。そのうち、今好きだといっている人とは違う人を好きになることも有り得ます。その時がいつなのか、そもそもそんなときが来るのかも分かりませんが。
 それに今の想い人をずっと想い続けていたとして、成長したアナタが相談するに相応しいと、彼女が他の誰かへの恋慕をアナタに相談し、逐一報告し、一喜一憂する姿を最も近い場所で見続けることになったとして……アナタは、それでも彼女の側で彼女の幸福を心から望めますか? 親しい友人として」
「……」

 サンデーの言葉に、丹恒の返事はなかった。ただ目を伏せた彼がもう一度目を開け、サンデーを見つめ返した瞳には、理知的な眼差し以上に強い決意が滲んでいるように見えた。

「……透子に頼られるのは嬉しい。だが、あいつに強い感情を向けられる心地よさを知ってしまった今は、難しいだろうな。半端な覚悟の奴の元へ送り出すくらいなら、俺が、……俺の側で、幸せになって欲しい」

 できれば俺の腕の中で。
 その言葉は丹恒の口の中に溶けて消えた。
[newpage]
 夢を見ていた。すっごく幸せな夢。
 丹恒に優しく抱きしめられて、頭を撫でられて、おでこに柔らかい唇の感触があって、ドキドキしている私をからかうように、くすって笑う気配が落ちてくる。そんな夢。良い匂いまでした。
 だから、目が覚めたときベッドの側でよく知る姿の丹恒が座って目を閉じていて、私は混乱した。
 ……夢、だよね?

「ん、んんっ」

 喉が渇いて張り付いて、何か飲みたい。
 咳払いをしながら起き上がると、さっと背中を支えられた。

「あ、たんこ、」
「水なら俺が取る」

 丹恒は私の背中にクッションを敷き詰めてくれて、ピッチャーからコップに水を注いで、手渡してくれた。
 ゆっくり飲んで、喉を潤す。何度か繰り返しつつ喉元で咳払いを繰り返す。うん、もう大丈夫そう。
 サイドテーブルにコップをもどそうとした矢先、丹恒がすっとコップを抜き取った。

「なんか、病人でもないのにありがとう」
「いや、……サンデー達から心労だと聞いた。実際、かなり心配を掛けてしまったからな」
「ううん。私が勝手に心配しただけだから。わざわざありがとう……穹となのかは?」
「三月は目が覚めているし、穹もオンパロスでの最後の一仕事を終えて戻ってきている。二人とも無事だ」
「そう……よかった、本当に」

 肩や背中の強張りが解ける気がした。あとで顔を見に行こう。
 そう思ってベッドから下りようとすると、丹恒に優しく肩を掴まれた。

「待ってくれ」
「?」
「……俺が帰ってきたときに言ったことを、覚えているか」
「……」

 はた、と気づく。
 そうだった、夢の前に、そもそも私、丹恒に抱きしめられて……それで――……

「……!」
「覚えてるんだな」

 ほっと、どこか安心したかのように丹恒の表情が緩む。それから、躊躇うように一度言葉を句切って、また口を開いた。

「そんな顔をされると、意識されているんだと良いように解釈するが」
「そ、そ、そんな、かお?」
「……顔が赤い。目が潤んで、物欲しそうに見える」

 どんな顔?!
 私の悲鳴じみた返事はどうしてだか喉元で詰まって出てこない。丹恒は目を細めると、静かに顔を近づけた。

「っ」
「嫌なら突き飛ばすなりなんなりしてくれ……でないと、俺はもう止まれそうにない。お前に、もっと触れたくて仕方がないんだ」

 すり、と鼻先が触れ合う。どこかうっとりとした顔の丹恒がもっともっと近づいて、私はどうすることもできずに目を閉じた。

 ――ぎゅ。

「……え……」

 丹恒の手が背中に回り、正面に合った顔は横にそれていた。
 ……そっ、そうだよね?! 丹恒が合意もなくキスとかするわけないもんね?!?!? まあぎゅってされるのも予想外ですけども?!

「たん、こ」
「……ん……」

 名前を呼ぶも、帰ってくるのは妙に色っぽい吐息だった。背中に回っている手も、なんだかその……身体の形を確かめるような手つきに思えて、にわかに心臓がどきどきしてくる。

「……少しは、期待していても良いか」
「え?」
「それとも、怖くて動けないか?」

 ふと丹恒の腕が放される。さっと身を引いた彼を目で追いかけると、私の顔よりも目線を下げた顔が見えた。どこを見ているのか気になって私も追いかけるけれど、私の足があるだけだ。

「あの?」
「……お前が誰かを好きになったことは察しがついている」
「え?!」
「だが、そいつとはまだ恋人というわけじゃないんだろう。お前がもっと俺が気になって仕方がなくなるように、俺も努力は惜しまないつもりだ」

 ど、ど、ど、どういう……どういうこと?!

「こ、困る!」
「……なぜだ?」
「なぜって……だ、だって……ドキドキして心臓が持たない……」

 上手く考えられない。いや、それを言うと丹恒を恋愛的に好きになってからはずっとそうなのだけど。

「そ、それに……あの、持明族って愛情深い種族なんでしょう? 私、応えられないよ」
「……? どういう意味だ? 寿命の話ではなく?」
「だって……えっと、」

 丹恒の広い懐に収まって満足できる程度の好意なら、好き避けなんてしていない。

「だって私、た、丹恒のこと好きだから。一人の男の人として、だし、れ、恋愛的な意味で……」

 同じ好意が返ってこないなら嫌だなんて、そう思ってしまうことも嫌だ。
 だったら、丹恒の愛情には応えない方が良いのだろう。
 そう思って告白したのに、丹恒から返ってきたのはどこか不機嫌な声だった。

「……俺もそう思っているが?」


******


「まさか誰に対してもああ言っていると思われていたとはな」
「いやっ、だってあの、持明族もその、私と同じ感覚で誰かを好きになるとは思ってなくて……!! そ、それにあの、前の龍尊? の罪も、いわゆる人類愛的なものに根差したものだったんだなって前にアーカイブで見て……えっと……その……ごめんなさい」

 未だ私は部屋から出られていなかった。っていうか紳士であるところの丹恒が私の部屋に入ってくることがまずなかったから、今更だけどあれこれ見られていたかと思うと恥ずかしくて仕方がない。自分の部屋の片付けなんて一番やってない。
 私は柔らかいベッドに腰掛けたまま、丹恒は私の前に立ったまま……だったのを、どうにか目が覚めたとき座っていた椅子に座るようにお願いして座ってもらっている。私と丹恒は膝をつき合わせるような距離で、お互いの気持ちをすり合わせていた。

「だが、お前の想い人が俺でなによりだ」
「うっ……い、言うつもりはなかったのに……」
「何故か、聞いてもいいか」
「えっ、だって、ニンゲンとは違う種族だって聞いたし、単為生殖っていうか個体数が増えない種族らしいい、だったら恋愛感情も、その、その先もないのかなって……だったら振られるのが分かって告白なんて自傷行為は嫌だなって……時間はかかっても、いつか諦められるかも知れないし、違う人を好きになることだって、あるかもだし」
「……なるほど」

 ボソボソと喋ると、丹恒は息をついた。

「丹恒こそ、ほ、本当に私のこと好きなの?」
「ああ」
「……嬉しいけど、どこが……? 他の皆みたいに一緒に開拓もできなくて、現状列車の皆に養われているだけの私が……?」
「自分を卑下する必要はない。……だが、そうだな……それを気にしているお前にとっては、もしかしたら気分を害してしまう内容かも知れないが……」
「し、しりたい」
「……戦う術がなくても、列車で自分にできることを頑張るお前を見るのが好きだったし、非戦闘員のお前が笑顔で過ごしているのをみると……酷く、安心するんだ。きっかけはそこからで、後はできるだけ笑っていて欲しいと思っていた。お前に頼られると嬉しくて、笑顔を向けられるともっと嬉しかった」

 うっ……素直すぎる言葉に、既にそれなりに欲も感じている身としては背徳感が凄い。

「少し前までは……そうだった。だが、会話が少なくなって、お前が誰かを好きらしいと気づいてからは……」

 丹恒が一度そこで言葉を切る。それから照れたように一度目を伏せて、躊躇うような素振り。

「堪え難い、とまで思ったのは、ここに帰ってきてから、お前が俺の無事を泣いて喜んでくれたときだった。お前に触れて、抱きしめて……。放したくないと……お前に振り向いて欲しいと思った」

 あの丹恒が僅かに頬を染めている。
 気づけば彼の顔を凝視していた。

「夢……」
「じゃない。夢にするな」

 むに、と自分の頬をつねる。痛いのが好きなわけないので、むにむにとマッサージする。
 そんな私を見て、丹恒はぷっと吹きだした。失礼な。

「お前にいいと言われたら……したかったことがある。部屋を出る前に、してもかまわないだろうか」
「え? う、うん」

 何をするかによる、と言いたかったけれど、穹じゃあるまいし大丈夫だろう、と頷く。
 丹恒のことだからさっきみたいにキスかと思ったらハグだった、みたいなことだろうし……。
 そう思っていると、腰を浮かせた丹恒がさっきみたいに手を伸ばしてくる。
 またハグかな、と思って私からも手を広げようとすると、彼の手が私の背中ではなくて私の量頬を包む。
 え? と思った瞬間、間近に丹恒の瞳が見えて、伏せられた。
 むに、と唇に柔らかいものが触れる。私の唇を味わうように、むにむにと彼の唇が動いて、それで、……ちゅ、と微かに、音が。

「……?!」

 一瞬で身体が強張る。嫌だからじゃない。緊張で。
 丹恒はそれを見透かしたように、頬から手を退けて、私の後頭部と背中に手を回していた。
 いっ、いつの間に?!

「ん、ん、」

 戸惑いながらも唇を開けてしまったら丹恒の唇が口の中に飛び込んできそうでできない。
 それに唇の感触は気持ち良くて、一度も離れることなくすり合わされるキスに、徐々に力が抜けて猫背になり、丸まった背中が後ろへと倒れていく。それにあわせて丹恒がこっちへ身を乗り出してくる。
 いよいよベッドに倒れ、丹恒の片膝が乗り上げた。彼の手は私の手を取って、ベッドの上へ。指先が絡まると同時、ぎっ、と微かにベッドが軋む音を聞いて、ドキリとする。……まさかこのまま、この先もしないよね?

「ふ、っ……」

 口の中の唾液をどうにか飲み下して、丹恒の手をきゅっと握る。それだけで、丹恒はキスを止めた。
 顔を離して目を開けて。私を見下ろして、そして柔らかく微笑む。

「すまない、困らせたな」
「う、う、うん、いや、ううん、いやじゃ、ないんだけど、あの」
「ああ。穹や三月とも会いたいだろう。行こう」

 目尻が下がって、いつもは生真面目な眼差しが解ける。その微笑みに心臓がまたバクバクとうるさくなる。
 私の上から退いた彼が差し伸べてくれた手を取って、ようやく立ち上がる。手ぐしでさっと乱れただろう髪を整えると、丹恒が先に部屋のドアを開けた。

「うわっ」
「きゃっ」
「……二人とも、扉の前で何を?」

 ぷし、とドアが開いた瞬間、穹となのかが部屋に倒れ込んだ。……さては聞き耳を立ててたな?

「いや~……透子が心配で」
「でも丹恒に追い出されちゃったんだよね」
「倒れてベッドに寝かせている者の近くで騒ぐからだろう」

 二人が顔を見合わせながら曖昧に笑う。丹恒はいつものようにやれやれとため息を。

「サンデー、お前もいたのにか」
「ワタシは止めましたよ。透子さんが目覚めたら、きっと丹恒さんが呼びに来てくださるか、彼女と共に部屋を出てくるでしょうと」

 廊下に設置された椅子に腰掛けながら、サンデーは開いていた本を閉じた。

「ですが……めでたしめでたし、ということでよさそうですね」

 そして、私と丹恒を見比べて、にっこりと微笑んだのだった。

2026/02/17 UP

Next→

メッセージは文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日回まで