光の旋律

 何処でもない場所で、そして何処でもある場所。そこに漂って居た二人は、意識という物がなかった。それは、思念体と呼ぶに相応しい姿をしていた。身体はなく、一般に気持ちと呼ばれるそれだけが、やエミリオの全てだった。
 そして思念体は見た。この時は何も分からなかったが、確かに、見た。
 ベルクラントによって破壊された地表を。そして共に戦った仲間達が、神の眼を破壊するのを。
 それによりできかけた外殻が地上へ落ちて行き、地形が変形するのを。
 仲間達は散り散りに、それぞれの道を歩み出したことを。
 加えて、海底洞窟で命を落とした二人の蔑称と、四英雄の伝説も。
 さらには、謎の青い髪の男によって、スタンが倒れたことを。
 ”……全てが過ぎ去ってしまった今……あなたにとっては意味のないものになった記憶、お返ししましょう”
 声は言う。
 ”あなたは私でもあり、私はあなたでもある。私はあなたが傷ついて、死んでしまうのが怖かった”
 声は幾分か、声のトーンを抑えた。
 ”ですが……結果は同じだったようですね”
 にその声は聞こえなかった。今は。
 ”今この瞬間に記憶を蘇らせたのには意味があります。あなたが欲した記憶は既に、あなたの世界で過去となってしまった。過去は動かないもの……。ですがこれからの、幾重にも重なる未来達はあなた自身で選び、つかみ取り、進んでゆくことが出来るのです……”
 はもう一つの思念体が、離れてゆくのを感じた。否、それはが離れて行っていた様な気がした。
 ”既に神の力は強大なものとなってしまいました…。故に引き返すことは出来ないのです。だからもう一度、18年の時を経て強大になったこの世界の神の力を借りて……”
 「目覚めよ、リオン・マグナス」



Event No.31 流れ去った時間



 「っ」
 は目を覚ました。上体を起こし、自らの身体を顧みる。
 あった。手も、顔も、足も、服も着ている。海底洞窟にいたときと、まったく同じ格好だった。ただ唯一違うのは、あの時投げた短剣が、きちんと所定の位置に納まっていることだった。
 はそれを確認して、周りを見た。どこかの洞窟なのだろうか、暗い空間に、は居た。光のある方へと歩いていくと、は寒さに身を縮めた。
 雪が降っている。否、吹雪いている。何処だろう。
 は戸惑った。死ぬ間際の苦しさも、意識を手放してからのことも、全て覚えている。あの、ずっと記憶を奪っていた、声のことも。
 そしては思い出した。自分が誰なのかを。何処から来たのかも。その、有り得無さも。
 しかしにとっては、それよりももっと重要なことがあった。
 は、洞窟の奥へと引き返した。そしてそこにうずくまって、膝を抱えた。
 は、地球と呼ばれる惑星の人間だった。進んだ科学技術を持ち、たくさんの機械に囲まれ生活してきた。そしてその技術で作られたゲームソフトで、よく遊んでいた。そう、ゲームソフトの世界だ。ここは。
 エミリオ、とは口の中で呟いた。はリオン・マグナスことエミリオが好きだった。たった独りで愛しい女性を護ろうとしたことも。その女性に振り向いて貰えなかったことも。幼い頃から血の繋がりの無意味さを感じていたことも。幼い頃から駒として実の父親に育てられてきたことも。捻くれて皮肉が上手で、実際にいたら嫌われ者確実だろう性格も。その人格の説明文として綴られていた文章の、『優しさ』も。
 それらはにとっては慈しむべき人格であり、それ以上でも、それ以下でもなかった。だが、それは変わってしまった。
 夢なのかどうかすら分からない状況の中で、は確かに、この世界に存在している。そして記憶こそ無かったにしろ、好意を寄せていた人格と触れ、一人の人間としての、エミリオという人物に惹かれている。
 もしかするとエミリオ以上に、報われない思いを抱いていることに、は気付いたのだ。
 そして共にいた存在として、ゲームの中の架空の人格としてみていた傍観者として、エミリオについて振り返った。
 彼はどれほど傷ついて、どれほどの救いが欲しかったのだろうか。
 否、もしかすると彼のことだから、救いなど欲しくなかったのかも知れない。救いと形容することが憚れるほどの、強い力で、引っ張って欲しかったのかも知れない。きっときっと、報われないと分かりつつもマリアンを放したくなかったのは、最期まで振り向いて欲しいと叫んでいたからかも知れない。
 の中でエミリオに関する記憶を総計して叩き出たのは、エミリオがマリアンに抱く強い想いだった。
 「……」
 は立ち上がった。
   ”これからの、幾重にも重なる未来達はあなた自身で選び、つかみ取り、進んでゆくことが出来るのです……”
 あの声はそう言った。そして、これはそのチャンスなのだ。
 は兎に角、洞窟の奥を目指した。暗いが、不思議と視界は利く。
 「………?」
 は訝かんだ。奥から、灯りが零れていた。どうやら洞窟の中の視界がそう悪くなかったのは、その所為らしい。は慎重に先を伺った。
 何の変哲もない、平凡な人間のは、しかし、18年前の記憶や体験を不思議がることはなかった。
 人の気配が感じられないため、は歩を進めた。
 この世には不思議が五万と存在する。その不思議のいちいちに、気を遣っている余裕はない。その不思議が、にとって有利な不思議なのだから、尚のこと。
 「…」
 あれ?とは思った。デジャ・ビュの様な感覚。しかしそれはデジャ・ビュではなかった。
 洞窟の奥は、いたって綺麗な石造りの通路になっていた。そう。神の眼を巡る争いが始まる少し前、ルーティが罠にかかっていた、あの神殿だった。
 だが所々朽ちかけている。恐らくは外殻が降った所為だろう。は少し急いで、多少変形した神殿を抜けることにした。
 頭の中では18年前の地形が記憶されている。は神殿を抜けると、寒さに舌打って、歩き出した。幸い酷い薄着でもない。はひたすら歩いた。
 直ぐ近くに、ジェノスがあるはず。外殻に潰されていなければ。
 はそう思って歩いた。土地勘は悪くない方なのか、足はしっかりと前へ動く。だがは暫く歩いた所で、足を止めた。
 森の中。まだ木々に阻まれて、寒さは酷くない。
 は目の前にある育った木々達を一瞥すると、息をついた。
 その場所には確かに、ジェノスがあるはずだった。外郭で潰れてしまったのだろう。そこには既に、若い木が育っていたのだ。
 は仕方なく、その場所から南へ下った。ジェノスをこのまま出てしまえば、ハーメンツの村方向へと出てしまう。それよりも近いのはハイデルベルグだった。何よりも、あの小さなハーメンツの村も、潰れているかも知れない。18年という時間が、をハイデルベルグに向かわせることを迷わせていた。しかしウッドロウの様子が気になっていたは、ハイデルベルグへと歩き出した。
 思念体の状態で、は自分が何を見たのか理解した。バルバトス、と名乗った青髪の男が、スタンを斬り殺したあの場面。憤り以上の驚愕を胸に、はそれでも歩を進めた。他の皆も同じように殺されては居まいか、心配だった。
 歩きながら、は考えていた。
 が目覚める直前に聞いた、穏やかな声。確かにその声は、目覚めよと言った。そしてその後に、リオン・マグナスという名を呼んで。
 それが意味する所と言うのはつまり、エミリオもこの世界に存在しているかも知れないと言うことだ。ただ、それがエミリオなのか、リオン・マグナスなのかはにも分からなかった。
 ただは、はやる気持ちを抑えながら、今にも走り出してしまいそうな足を押しとどめ、必死に歩いた。
 幸いにも、記憶喪失時のあの焦燥感は感じなかった。ただ本当に、手探りのように前へ進もうとしていることに不安を感じた。


 ハイデルベルグに着いたのは、それから三日後のことだった。野営をしながら、は前に進んでいた。モンスターを倒してレンズを回収し、火が熾せないので、雪を掬って食べる。と、相当切りつめて。
 故にやっとハイデルベルグに着いた頃には、は空腹も酷い状態で、歩くにも身体がふらついてしまっていた。
 人にぶつかりそうになっては謝り、18年の時が変容させたハイデルベルグの城下を歩く。グレバムの襲撃を受けたときとは打って変わり、街は確かに栄えていた。賑やかな声。平和そうに、笑顔のあふれている街。ウッドロウの政も上手く行っているのだろう。民達は満ち足りた顔をしていた。は安心して、笑った。この様子ではファンダリアは大丈夫な様だ。
 はひとまず、城へ向かった。と、門の前にいる衛兵が、城に近づくに気付いた。長い槍を互いに交差させて、の歩みを止める。は謁見を願い出た。
 「今からだと謁見は三日後になる」
 「え……」
 は思わず顔をしかめた。そして、問う。
 「あの、現王はウッドロウ・ケルヴィン様なのですか?」
 門番達は、の質問に面食らった。何を、と言いそうになった若い門番を、少しばかり歳のいった門番が止めた。
 「そうだ。何故それを聞く?」
 厳しい表情だったが、それでもを捕まえどうこうするつもりはなさそうだった。は少しばかり、言葉に詰まった。ウッドロウが王で元気にしているならばの用は既に終わっている。まさか死んでないか確かめるためにとでも言えば、双方どちらも不届き者と思い、は捕まえられてしまうだろう。
 は言い良いわけが思いつかなかった。ので。
 「あの、兵士に志願したいんですけどっ」
 我ながらなんと言うことをいったのか、とは落ち込んだ。確かに女性でも活躍する剣士はいるだろうが、それでも一般に女性に対して兵を募ることなど、どの国でも行っていないだろうに。
 その落ち込みが顔に出ていたのか、兵士は笑った。
 「折角の申し出だが……今は兵を募集していないのだ」
 それはそうだろう。はそうですか、と苦笑いした。しかし兵士はに興味を持ったのか、
 「……どこからやってきたのかね?」
 そう尋ねた。若い兵士は少しばかり不満そうにしている。
 「えと、アクアヴェイルの方から……ある人からウッドロウ様へ伝言も預かってきてます」
 は咄嗟にそう言った。我ながら上手い考えかも知れない、と内心思う。アクアヴェイルなら、外交の面で何とか取り繕ってくれるかも知れない。
 「ほぉ…はるばるアクアヴェイルからの客人というわけか」
 「先輩」
 若い兵士が諫めるように脇腹を突いた。兵士はまぁまぁと言うと、に笑いかけた。
 「では宿の手配もままならないだろう。宿舎に寝泊まりすると良い」
 「何言ってるんですか!こんな不審人物、信用出来るわけ無いでしょう!」
 「まぁ良いじゃないか。まだ私が新米兵士だった頃会った女の子に似てるんだ、この子は」
 は一瞬変な汗が出るかと狼狽えた。兵士の言わんとする人物が誰かは不確定だが、新米と言うには恐らく随分と若い頃だろう。下手をすればグレバムの時かも知れない。
 「お嬢ちゃん、名前は?」
 「あっ……え、と……………マリア、です」
 は18年後のこの世界の、自分の蔑称を知っていた。だから咄嗟に、その名を使った。
 「マリア、か。良い名前だな」
 まるで娘を見る父のように笑う兵士を、若い兵士は至極面白くなさそうに見ていた。
 「先輩が見たって言うのはヒューゴに荷担して死んだって奴でしょう。18年も前なのに、今更生きてるわけ無いでしょ。それに不審人物ですけど、そんな世紀の大悪党の一味に似てるだなんて、その子にも失礼ですよ。ついでに言えば先輩の会ったって言うのは、グレバムって奴が神の眼盗んでここに来たときに四英雄とリオンとが追いかけてきたのを一方的に見たって話でしょう」
 「ははは…」
 兵士は、少し苦笑して若い兵士の言うことを聞いていた。も曖昧に笑う。
 「えっと……それで、取り次ぎのことは……」
 「ああ、ちゃんとやっておく。もう少しで交代だから、マリアちゃんはその辺を散歩でもしてきたらいい」
 「ははは……あの、ちゃん付け無しで良いですから……」
 「そうか?」
 「先輩、ロリコンに見えますよ」
 若い兵士の言葉に、兵士はそうか、とまた首を傾げたが、次に出た音によって、それは沈黙の内に消えてしまった。
 「……」
 「………」
 「…………」
 長い長い沈黙の糸を引き、の腹から出た巨大な音は三人から遠ざかった。
 「すいません……ここ三日ほど、食べて無くて」
 顔を赤くしたに、門番二人は思わず笑った。
 「そうか、なら良い店を知っているよ」
 兵士は笑った。はえ、と低い声を出した。
 「そんな、そこまでお世話になるわけには……」
 「ははは、何、気にすることはない」
 「でも……」
 は少しばかり渋った。兵士はじゃぁこうしようと、指を立てた。
 「謁見までの間、暫く働いて貰うというのは」
 「……良いんですか?」
 「雑用ばかりでも構わないなら」
 が尋ねた所を、若い兵士が応えた。は嬉々として頷いた。兵士二人はそれを見て、少しばかり息をつく。
 城の中から二人、交代を知らせる声を聞きながら。兵士は、それじゃぁいこうか、との背を押した。一度宿舎に寄るよと言って、装備を変えて出てくる。若い兵士と共に。夜間の仕事がないため、どちらも暇であることを聞きながら、は兵士の言う良い店に入った。
 店に入ると、何とも言えない暖かな、良い香りがした。シチューだった。
 「いつもの頼むよ」
 「はいよー」
 兵士はオーダーを終えると、に席を勧めた。カウンターで、二人の男に挟まれるようにして座ると、は少しばかり恐縮したように肩をすくめた。
 「さて……さっきは正直驚いたが、なんでまたアクアヴェイルからわざわざファンダリアくんだりまで?」
 「…ファンダリアの統治がとても良く出来てるから、勉強してきなさいと言われて。民の信頼も厚くて、良い国だと」
 「褒めちぎっても何も出ないぞ?」
 若い兵士は苦笑した。兵士は、良い子だとに笑いかけながら、酒を頼んでいた。飲み過ぎないで下さいよと釘を出す後輩に、適当な相づちを打って。
 兵士が頼んだ『いつもの』は直に来た。温かなシチューを前に、は兵士を一瞥して、笑って頷く兵士に礼を言って、そのシチューを食べた。
 「美味しいです」
 「良い店って言っただろう?」
 どちらとも無く笑って、ハイデルベルグでは有名で誰でも言ってますけどね、と突く後輩に苦笑した。
 は食事を口に運びながら、仕事は何をすればいいですかと尋ねた。
 「そうだなぁ……宿舎の掃除やら料理やらでも頼もうか。さすがに洗濯は嫌だろうしなぁ」
 兵士は苦笑した。も笑って、分かりましたと頷く。
 「一応兵士達も当番制で回してるから、そいつらと組めばそう大した量でもないだろうな」
 ま、あんまり気張るなよと声をかけた若い兵士は、笑った。


 「………よぃっしょっ!」
 翌日。は無難な場所の掃除を始めた。宿舎の、と言うよりは寧ろハイデルベルグの兵士達は皆気さくで、これなら何とか大丈夫だろう、とは安心した。
 「お、やってるやってる」
 昨日あからさまに本人を前に不審人物と言い切った若い兵士が、の様子を伺いにやってきた。
 「お早う御座います」
 「んー。…はよ」
 若い兵士は少し、締まり無く笑った。それが何処かスタンとかぶって、は思わずくすりと笑った。
 「笑うなよ。……ちょっと低血圧気味なんだ」
 「ちょっと低血圧気味、なんですね」
 分かりました、とは笑みを崩さない。年下の少女にくすくす笑われ、兵士は決まり悪そうに頭を掻いた。それから直ぐに掃除よりも飯作ってくれ、と言われ、ははいと頷いた。
 「でも…私、大したもの作れませんよ?」
 18年前の旅は野営も多く、料理というものは作らなかったし、とは内心思う。しかもレパートリーはそう広いとは言い難い。しかし兵士は良いよと言った。
 「幾ら何でも野郎の飯よりかは上手いだろうしな」
 まだ眠そうに言う兵士に、は頑張って期待に応えましょうとまた笑った。
 厨房と言いがたい小さな台所に立って、は材料を物色した。給料貰ってるから普段は皆外で済ますんだよ、と幾分か起きてきた兵士の声を聞きながら、は腕を組んだ。
 幾分かの野菜と肉、そして穀物。の慣れ親しんでいた米が少々。ファンダリアでは取れないだろうこの米はどうしたのかとは問うと、アクアヴェイルからの輸入品だと兵士は応えた。
 「あー……そういや自己紹介まだだったよな。俺はアルフレッド。アルで良いから」
 「はい」
 「昨日の先輩はヴィルヘルム警護隊長。みんなヴィル先輩って言ってるよ」
 はそれを聞きながら、鍋に米を入れて水で軽く洗った。そして鍋を火にかけて、その隣で野菜を切る。
 見よう見まねな為幾度か怪しい部分はあるものの、は肉も全て切ると、一度塩こしょうで味付け軽く炒めて、鍋の中に放り込んだ。そしてその上から湯煎で溶かしたバターを引く。最後に蓋を閉め直して一つ息をついた。
 「料理の方はここで食べる人数もそう多くないし大丈夫だろ。掃除は頼む。ざっくばらんで割と汚いから」
 「はい」
 は苦笑して火を緩めた。ちょくちょくと鍋の中を見ながら、焦げないかを確認する。そして数十分後、火を止めた。
 「もう出来たか?」
 「まだです。蒸らしますから」
 アルフレッドはくそぉ、と鍋を見た。はもうちょっと待って下さいと押しとどめ、鍋を空ける。かなり美味しそうな臭いが充満した。
 「これを混ぜて完成です。……遅くなっちゃいましたね」
 「いいさ。普段はもっと遅いんだ」
 アルフレッドは水をコップに注いで、席に着いた。早くーと急かす姿は到底年上とは言い難い。はまるで保護者のようにはいはいと、出来上がった料理を皿に盛ってアルフレッドの前に置いた。
 「へぇ、美味そう」
 「ただのあり合わせのピラフですよ」
 「まぁそう言うなよ」
 アルフレッドは笑った。はその前の席に着いて、美味いとピラフを頬張るアルフレッドを見た。
 「あの」
 「何?」
 アルフレッドはお世辞抜きで上手いよと言ったが、はそうじゃないですと首を振った。
 「……謁見。本当はかなり掛かるんじゃないですか?何か書類を書いたりとか……」
 「ああ…。まぁ公務が忙しいのは仕方がないさ。だけどウッドロウ王は優しい人だから、謁見を望めば絶対にしてくれるよ。忙殺されてるに等しいけど、民の意見は率先して聞いて下さる方だから」
 アルフレッドはそう言った。お代わり、とに強請って、はまた皿にピラフを盛る。そう多くない量だったが、アルフレッドは始終美味しいと口にしながらピラフを食べきった。
 「あ、」
 「今度は何だ?」
 は腰に手を当てようとして、気付いた。
 「あの、オベロン社って何処にありますか?」
 「何だって?」
 が尋ねると、アルフレッドは眉を吊り上げた。え、とは何か悪いことでもしただろうかと恐縮する。
 「オベロン社はずっと昔に解体されたって聞いた。先の神の眼を巡る争乱が終わって、ヒューゴが首謀者だったからな。潰れて当然だろ」
 「………」
 は呆気にとられて、自分がどんな失言をしたかも気にならないほど、目を見開いた。
 「じゃ、じゃぁダリルシェイドのヒューゴ邸は……」
 「は?ヒューゴ邸どころかダリルシェイドは潰れちまったって。18年前に外殻で押しつぶされた。当時有名だった七将軍達も、セインガルド王も瓦礫の下に潰されて、今あそこは廃墟だよ。割と前にファンダリアからも援助として兵やら物資やらが配給されて俺も行ったけど、酷い有様だった」
 アルフレッドは少し顔をしかめた。そして、少し改まって尋ねた。
 「……で、これは世界的にも有名な話なんだけど?まさかオベロン社が何処にあるかなんて聞く奴居るとは思いもしなかったよ。今時そんなこと聞く奴はトレジャーハンターか時代錯誤した馬鹿だけだと思ってた」
 「馬鹿、ですか……」
 は苦笑するにも出来ない状況で、そう落ち込んだ。
 「あの、馬鹿を承知で聞きますが、ヒューゴ邸にいたメイドさん達は……?」
 「そんなの、俺が知るわけ無いだろ」
 アルフレッドは肩をすくめた。ダリルシェイドに行った方が良いだろ、と呆れ声を出す。
 「ただ……」
 「ただ?」
 は思わず食らいつくような勢いでアルフレッドを見た。
 「動乱から少ししてヒューゴが首謀者だと分かった頃には、随分オベロン社に対して暴動が起こったらしい。ダリルシェイドにあったって言うヒューゴの屋敷もかなり凄かったんだと俺は思う。だから決着がつく随分前には、みんな解雇って形でどこかに行ったんじゃないか?」
 「……そうですか」
 「推測だけどな」
 「いえ、有り難う御座います」
 は微かに頭を下げた。アルフレッドはご馳走様、と皿を渡して。
 「じゃ、不審者疑惑が確定した所で一緒に来て貰おうか」
 「え?」
 アルフレッドは皿を片づけたの腕を掴んだ。首を傾げるに、アルフレッドは俺って仕事熱心だから、と言いながら歩き出す。
 「え、え?ちょ、え?」
 驚きで何か言おうにも言えない状態のに、アルフレッドは笑った。
 「ウッドロウ王の前に突き出してやるってことだよ。良い機会だろ。ついでに謁見も済ませれば儲けモン」
 「あの、謁見が叶わなかった場合は……」
 はずんずんと歩いていくアルフレッドを、恐る恐る見た。
 「完璧、牢獄行き」
 少しばかり振り向いて人の悪い笑みを浮かべたアルフレッドに、はげ、と唸った。18年前にも冤罪で入れられた、ダリルシェイドの牢屋を見た気がした。

2005/04/29 : UP

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