光の旋律
「あの、アルフレッドさん!」
「アルで良いって言ったろ。ほら、さっさと歩く」
莢はぐいぐいとアルフレッドに引っ張られ、城へと歩かされる。莢は途方に暮れたように、アルフレッドが出がけに首に巻いたマフラーがなびくのを見つめる。武器も取り上げられず、慌てふためく莢に、アルフレッドは声をかけた。
「心配しなくても直牢獄行きじゃないから、そんな怖がるなよ」
「そうじゃなくて…!謁見の順番飛ばしたらまずいんじゃないんですか!?」
「ん?……多分マリアの謁見についての書類はもう既にウッドロウ王か側近まで手渡されてると思う。ま、不審人物過ぎるからそっちで謁見の必要有りってことで」
「そんな……」
莢はマリアと呼ばれ一瞬誰のことか分からなかったが、直ぐに気を取り直すと項垂れた。一介の少女のために、王がそう易々と順番を変えて謁見してくれる可能性はないに等しい。それ以前に、謁見が許可されるかどうかすら分からないだろう。幾らアルフレッドの言うように、ウッドロウが国民の意見を尊重する人物だとしても。
Event No.32 旅支度
アルフレッドは門の前で莢から武器を取り上げた。これには莢も勿論同意した。
そしてそのまましろの中へ入る。奇異な目で見られつつも、アルフレッドは不審者として莢を捕まえたと述べ、国王の判断を仰ぐ必要があるとして謁見を願い出た。
無論初めは却下されたものの、気になることを言ったと言うことにして、アルフレッドは何とか許可を得ることに成功した。
ただその時間は至極短く、十分な審議をすることは出来ないだろうから、また後日じっくり検討する必要があると、側近らしき男は言った。
「構いません。有り難う御座います」
アルフレッドは恭しく礼をして、謁見の順番を待った。直に終わるという言葉は、莢にとっては焦りでしかなかった。
そもそも莢の姿は18年前と何ら変わりはないのだ。そんな姿をウッドロウに見られては、何を言われるか分からない。莢にすら、自分が蘇った理由がまだよく自分の中で消化しきれていないと言うのに。
否、それ以前に莢はウッドロウの安否が気に掛かっていただけだ。出来れば他の皆の無事も確認しておきたかった。
だが時間というものは何時でも平等な速さでやってくる。側近に呼ばれ、アルフレッドは莢を従えて謁見の間に入った。
「急遽謁見を取り次ぎ、誠に申し訳ありません。本日は不審な少女を確保、保護した次第で、この者の処遇を陛下に如何すべきか、ご判断を仰ぎに参った次第であります」
膝をつき頭を垂れながらアルフレッドは言う。莢の深く頭を下げた。そしてその頭に、おや、と声が降りかかる。
「君は……。顔を上げなさい」
ウッドロウに言われ、莢は顔を上げた。幾分か渋みの増した声を聞いてその顔を見上げると、やはり精悍さが増し、また穏やかなウッドロウが見えた。ひげを蓄え玉座に座るその風貌は正しく、王に相応しい。
「……マリア、と申します」
莢は少し伏し目がちになって、そう告げた。アルフレッドも立ち上がり、ウッドロウを見る。ウッドロウは二人の様子を見て、少し考えた。
「…少し席を外してくれないか。この子は……私の大事な友人だ」
ウッドロウはそう言った。アルフレッドは驚き、莢を見る。莢は曖昧に笑った。
「良かったな」
アルフレッドは敬礼して立ち去る時に、莢にそう耳打って、その場を後にした。恐らく謁見の間を出た所直ぐで莢を待っているだろう。
「……」
莢は黙ってウッドロウを見ていた。ウッドロウは、一つ淋しげに微笑んで
「久しぶりだな、莢。まさか…………いや、これは白昼夢かな?」
そう言った。莢は少しして、微笑んだ。
「陛下は、良き家臣に囲まれ、良き国作りを成し遂げられたようですね。生きていて下さって、こうして公務に就いておられること、嬉しく思います」
「そう畏まらないでくれ。……本当にそれを言うが為に私の前に姿を現してくれたように錯覚してしまう……。君は本当に、私の前にいるのだろう?」
ウッドロウは苦笑した。莢は、困ったように笑う。
「私にもよく分からないんです。もしかしたら、私達夢を見ているのかも」
「では、君の存在はやはり不確定なものに過ぎないと言うことかな?」
「そうですね。……でも、どういう因果か、こうしてここに実在していることを願いますが」
「私もだ」
二人は、笑った。そして一度会話を打ち切る。
「本当はもっと話がしたいのだがな、詳しい話はまた後で聞くことにしよう。まぁ、君がどうして不審人物としてここに来たか、大体の見当はつきそうだが」
「流石です。……一応謁見の申し出はしましたから、ウッドロウさんの所に書類が回ってくるはずですよ」
「君ならそんな面倒な処理をせずとも構わないのだが……」
「駄目ですよ、もう立派な王様でしょう?民は平等にお願いしますよ」
莢は笑うと、次の謁見希望の方が首を長くして待っているでしょうから、今日はこれで失礼しますね、と踵を返した。
「あ、」
「何だね?」
莢はその途中でふと足を止めて。
「私、今宿舎にお世話になっていて……さっきの兵士さんと後もう一人、警護隊長さんにとても良くして貰いました。皆いい人達ですね」
そう言うと、一つお辞儀をし直して、その場を去った。ウッドロウはその背中を見ながら、深く、息を吐いた。
莢が謁見の間から出てきて直ぐに、アルフレッドが声をかけた。
「終わった?」
「あ、はい」
まさか陛下の友人だったとはね、とアルフレッドは言う。莢は済みませんと頭を下げた。詳しいことは言えないのだというと、気にするな、とアルフレッドが言う。
莢はほっとして、返事をした。
「で、陛下はどうだった?」
「え?」
城を出て直ぐの広場に、二人は寄った。18年前は無かったな、と莢は思った。
「陛下に会ったのは随分前になるんだろ?でなきゃ、陛下があんな驚かない」
「はぁ……。えっと……昔は髭なんて無かったんですが…随分と優しい顔になられたな、と。昔は精悍さが先だって……。冷静で頭の切れる所ばかり見ていましたから」
先ほど莢に、詳しいことは言えないと言われていたアルフレッドは、そうかとだけ相づちを打った。
「あ、それで、何でまたオベロン社だなんて聞き出したんだ?」
「ここに来る途中に出会ったモンスターから、レンズを取ったんで換金しようと思ったんです」
「へぇ。この武器は飾りじゃなかったか」
「ですね」
アルフレッドは武器を返すと、寒いから宿舎に戻ろうと声をかけた。
「そう言えばアルさんは今日は非番なんですか?」
莢が言うと、アルフレッドは顔をしかめた。そして
「愛称に敬称くっつける奴初めて見た」
そう言って、正真正銘アルで良いから、と先に断った。
「今日は確かに非番だな。明日は街の巡回と城の警護」
「……はぁ」
「何でまた?」
「いえ、やっぱり話慣れた人が謁見の時に付いていて下さると、気持ち的な部分で楽なので」
城は好きじゃないですという莢に、アルフレッドは笑った。
「明日はヴィル先輩が空きだよ。と言ってもあの人は隊長だから急な仕事が入れば非番じゃなくなるけどね」
「うーん……」
唸る莢に、アルフレッドは更に声をかけた。
「そんな恐縮しなくても良いのに。『陛下の友人』なんだろ?」
「でも……」
「……久しぶりに買い出し行くか。さっき配付金貰ったし」
アルフレッドは言うと、マフラーを莢にかけてやった。さりげない話題転換に、莢は少しむすりと口を閉ざして。
「……随分遅い気配りですね」
「俺は自分が一番可愛いんだ」
「わぁ」
ニヤ、と笑ったアルフレッドに、莢は呆れた声を上げた。
「そうだ、レンズはファンダリアでは全て城に預けることになっているんだ」
「城に?」
「ああ。レンズを放置して動物がそれを食べて……じゃ、キリがないしな。アイグレッテにはレンズを献上すれば聖女が何でも叶えて幸せにしてくれるらしいけど、ここはそんな幸せは望まないって人間が多いから。レンズは自然と陛下の元に集まってくるわけ」
アルフレッドの説明に、莢はえ、と首を傾げた。
「アイグレッテ……?聖女?」
アルフレッドはそれも知らないのか、と少し呆れて。
「ま、アクアヴェイルじゃ有名じゃないのかもな。アイグレッテって言うのはここから北……ダリルシェイドを挟んで丁度北北西の方角にある。そこにはストレイライズ大神殿って言って大きな神殿があって、歴史に名高い四英雄の一人、フィリア・フィリスって司祭が居る。……四英雄は知ってるよな?」
「あ、はい。18年前の戦いのことはよく知っています」
莢は言った。知っていて当然だ。その直前の旅に、参加していたのだから。そしてその後のことも、ゲームソフト中のストーリーとして把握しているのだから。
「じゃ、いいや。で、その神殿にエルレインっていう人間がいて……そいつがどうやらレンズを献上すると何でも願いを叶えてくれるらしい。現人神って言われてるよ」
「現人神、ですか」
莢の居た世界の、莢が住んでいた国では、宗教的な拘りがなかった。よって現人神と言う宗教的要素の強い言葉を聞いて、莢は少し渋い顔をした。そこまである一人の人間が宗教的に崇拝されるのが、理解出来ないという感覚だった。
「宗教って、アタモニですよね。一神教の……」
「ああ」
莢は少し考えた。アイグレッテはダリルシェイドを挟んで、丁度ハイデルベルグから北北西の方角にある。ダリルシェイドも見ておきたい莢としては、行っても良いかと思える距離だった。
そして、レンズと奇跡。それは18年前海底洞窟で、莢の身に起こったものではないかという可能性がある。何十枚ものレンズと、殆ど癒えた脇腹の傷。
「奇跡、か……」
少し考えに没頭し駆けた莢を、アルフレッドが制した。
「そういや、アタモニ神団の奴等も、多少なり奇跡の技って奴を使えるみたいだけど。傷を癒したりだとか…。レンズの新しい使い道って奴?」
「嘘!?」
莢は驚いた。嘘なんて言わないよというアルフレッドを見上げ、ぽかんと、口を開けていた。
「俺はアタモニ神団の教徒じゃないから、良くは知らないけどね」
アルフレッドは莢に何か質問攻めに会う前に、そう逃げた。莢は依然として開いた口が塞がらない状態のまま、アルフレッドに連れられ、買い物を行うこととなった。
午前中の内に、二人は買い物と掃除を済ませてしまった。仲睦まじく食堂で談笑する二人を見て声をかける兵士も少なくはなかったが、終いに莢は兵士達に出す料理を作るのに忙殺されそうになった。アルフレッドは笑っていたものの、昼食のラッシュが終わると、莢に労いの言葉を掛けた。
「でも、出会って二日で兄妹扱いはないよな」
「ははは…。でも私は出会って二ヶ月もしない内に、ある顔見知りと恋人扱いされた事ありますよ」
「へぇ、マリアはそいつのことが好きだったわけ?」
「はい」
「…」
あっさりと頷いた莢に、アルフレッドは少しばかり驚いたように目を見開いた。そして疑うように本当なの、と尋ね直して、莢はやはりはいと頷いた。
「これが可笑しくてですね、私以前に記憶を無くしたことがあるんですが、その人と出会った瞬間酷い頭痛で気絶して、その後に瞬間的に惹かれていたんです。しかも私の方は記憶を無くす前から、その人を知っていた」
「惚気?」
「そうかも」
莢はふふと笑った。姿は変わらないものの、その笑みは少しばかり、18年の時を流れてきた16の少女には似合わないものだった。
「まぁでも結局は報われないんですけど」
「……何で?」
「その人にも想い人が居るからですよ。とっても美人で優しくて、綺麗な女性」
私もその人には敵わないなと思いました、と莢は語った。アルフレッドは少し面白くなさそうにふぅんと肘をついた。
「それって、現在進行なんだ?」
「はい。………多分」
莢は頷いてから、苦笑した。蘇っている確率が高いとは言え、彼の気持ちは彼にしか分からないものだったから。
「所で、アル」
「ん?」
「皆外で食べるって話、嘘だったんですか?」
「嘘じゃないよ。マリアが来たからみんなここで食べる気になったんじゃない?」
お疲れ、とアルフレッドは言った。莢はそんな大層な物作れないのに、と溜息をつく。それじゃぁとアルフレッドは指を立てた。
「ファンダリアの郷土料理、ビーストミートのポワレ。ここの宿屋にすっごい得意な人がいるから、その人に教わって来なよ」
「ビーストミートのポワレ………?」
莢は思わず眉を寄せた。莢の記憶でそれを得意とする人物は一人しか居ない。マリーだ。だが、彼女はサイリルの街にいるはず。
「そ。夫さんといるよ。サイリルの街が外殻で潰れたからこっちに来たんだ。四英雄を助けたことで有名なんだけど、分かるかな?」
アルフレッドは少し意地悪く聞いた。莢がマリーの名を出すと、アルフレッドは知ってたのか、と肩をすくめたが。
「まさかマリーさんとも友人だって言うつもりじゃないだろ?」
「……」
「おいおい」
またかよ、とアルフレッドは溜息をついた。莢は苦笑して、その件は辞退ですねと首を引っ込めた。
「また詳しく言えない、って奴?でも友人なら行った方が喜ぶんじゃ?」
「ん……。私を知る人、少ないんですが……。その少ない知人にも、今は関わらない方が良いと思って。本当はウッドロウさんにも会うのは控えようかと思っていたんですけど」
死人が蘇るのだからそれはそうだろう。莢はそのことは黙秘して、しかし煮え切らない莢の返答に、苛立つ様子もないアルフレッドに感謝した。
「俺も無理にとは言わないよ。その口ぶりだと何か考えあってのことだって分かるし」
「有り難う御座います」
つくづく、親切な人だと莢は思う。と言うか彼は言葉を交わす毎に怪しくなっていく莢に、疑問を浮かべたりはしないのだろうか。仕えている国王陛下の友人とは言え、それでも払拭しきれない怪しさはそれなりにあるはずだ。
しかし莢はそれを聞かなかった。聞かないで居てくれる方が有り難いと感じていたから、聞かずにいてくれるその状態に感謝の言葉も言わなかった。確かに莢も18の時を経て精神的には若干歳を取っているものの、年上のこの青年の大人らしさは嬉しいものだった。
「ま、正式な謁見も、手続きさえ揃えば明日には叶うしさ。それまでゆっくりしときなよ」
「はい」
莢が頷いた時、宿舎のドアがけたたましい音を立てて開かれた。二人はそれを耳だけで感じ取って、少しばかり身構える。だが次の瞬間食堂に入ってきたその姿に、目を丸くした。
それは、昨日莢がとても世話になった兵士……警護隊長のヴィルヘルムだった。
「アル!」
「はい?」
ヴィルヘルムがやや睨みながらアルフレッドを見る。だがアルフレッドはさして気にとめた様子もなく、椅子に座ったまま用件を尋ねた。ヴィルヘルムは怒り肩でその前までやってくると、
「聞いたぞ、マリアを不審人物扱いで陛下の前に連れて行ったそうじゃないか」
「そうですね」
「そうですねじゃない!こんな年端も行かない少女を捕らえるなんて、一体何を考えて居るんだ!!」
怖くなかったかと、ヴィルヘルムは莢に問うた。当の莢は穏やかに、大丈夫ですよと笑う。
「……さぁ、一体俺は何を考えているか、先輩に分かりますかね」
「からかうんじゃないぞ、まったく……聞いた瞬間肝が冷えた」
「そりゃぁ大変だ」
アルフレッドは笑うと、席を立った。
「行こう、マリア」
「え?」
「ここじゃ先輩が五月蝿いしな」
アルフレッドは言うと、莢の腕を取った。強すぎず弱すぎず。莢が振り払おうとすれば振り払える程度の力で。
莢は少しばかり苦笑して、はいと頷いた。
「アルフレッド!まだ話は……」
後ろから掛けられるヴィルヘルムの声に、莢は振り返った。
「大丈夫です。アルの御陰でウッドロウさんにも会えましたから。それよりも謁見の手配、よろしく頼みます。必要な追加書類等あれば書きますから」
そして言うだけ言ってしまうと、共犯者の笑みを浮かべたアルフレッドと共に、宿舎から出て行った。
「……やれやれだ」
残されたヴィルヘルムは頭を掻いて、大きく息を吐いた。
宿舎を出た二人は、ハイデルベルグにある歴史資料館を訪れた。民達に解放されているそこには、莢にとって有り難く、莢は必要な分だけの知識を出来るだけ汲み取った。
世界を救った四英雄。裏切り者リオン・マグナス。ヒューゴ達の名前。ひいては千年前の天地戦争の詳細など。莢もリオンと同じ扱いをされていた。
だがリオンがエミリオ・カトレットであることや、ヒューゴがミクトランと言う真の首謀者に操られていた関係などは一切乗っては居なかった。
これが歴史というものなのだ、と莢は実感した。
後世の人間にとって必要な分だけ、語り継ぐ。彼らが欲しいのは真実ではないのだ。莢はそう思った。彼らは自分たちが生きてゆく感情が欲しかった。世界の破滅を引き起こしたヒューゴ達への憎しみの心。それがなければ、今こうして生きていない人たちも大勢居ることだろう。それは次第に、かつて莢が見たチェリクやカルビオラの町の様になってゆくだろう。
それでも、後に残った人間達には必要だったのだ。出来過ぎるほどの悲劇などではない。世界を滅そうとした悪があり、正義がそれを粛清し、世界の平和を保つと言う、お伽噺が必要だったのだ。
「……」
莢はソーディアン達のレプリカを見て、一本足りないそれに目を細めた。そして友を裏切ってまで貫こうとした一人の少年の正義を飾った、肖像画がないことにも。
翌日、莢は無事謁見に叶うことが出来た。改めてウッドロウの前で礼をして、莢は二人きりの空間でウッドロウの無事を喜んだ。
「それで……ウッドロウさんにお願いがあるんです」
「何かな?」
すっかり兄妹ではなく父子らしい関係になった二人は、笑い合う。
「ダリルシェイドに行こうと思っているんです。それで、そこからアイグレッテにも。ストレイライズ大神殿というのは、セインガルドにあったストレイライズ神殿のことですよね?」
「いかにもそうだが……スタン君を除けば皆、元気にしているよ」
ウッドロウの顔は、そこで少しばかり影を差した。莢も同じようにまた、顔を伏せる。スタンの死は世界にとっても大きな物だろう。だが、それは伏せられていて、スタンは旅に出たことになっているらしい。ウッドロウからの説明を受け、莢は頷いた。そのほかにも、スタンがルーティと結婚し、クレスタで孤児院を営んでいたことや、15になる息子が一人いること。フィリアは未だ司祭で、現在はアタモニ神団の研究員としても活躍していることを、ウッドロウは説明した。
「所で……莢君がこうしていると言うことは、リオン君は……?」
莢はウッドロウの言葉に、僅かに首を横に振った。
「分かりません。でも、確率としては高いでしょう」
「……何か、確証を持てることがあったんだね」
「はい」
「そしてそれを、私には言わないつもりというわけか」
「はい」
二度目の肯定は、苦笑と共にこぼれ落ちた。ウッドロウは仕方のない子だ、と苦笑した。
「君も、一人で何でも背負おうとするきらいがあるようだ」
莢はその言葉に、少しばかり瞬きを繰り返して。
「少なくともエミリオよりは遙かにましでしょう」
そう言って、肩をすくめた。ウッドロウもそれには違いないと頷いて。
「そう言えば、昨日君を連れてきた兵士はなんと言ったかな」
「アルフレッド、です」
「そうか」
ウッドロウはそれを聞くと、少しにやりと口元に笑みを浮かべた。
「では、彼を君の護衛に付けよう」
「え?」
ウッドロウの言葉に、莢は驚く。先ほどからまともなリアクションが少ないと思うが、莢自身、それは仕方のないことだと思った。
「でも……」
「まぁ聞きたまえ。……彼は孤児でね。そこをスタン君とルーティ君に拾われ、クレスタで育った。彼がやってきたのは五年ほど前だから……久しぶりの里帰りも込めて」
「それはつまり、クレスタにも寄れってことですね?」
「話が早いな」
ウッドロウは屈託無く笑った。莢は18年前の面影を見る。
「………本人の了解も得た方が良さそうですけど」
「それなら問題はない。これも立派な仕事だ」
「私用な部分もあるようですが、陛下?」
「ファンダリア国王の友人という重役の護衛なのだ、そう軽いものでもないだろう。剣の腕に関してなら問題もない。彼はスタン君にも剣を教わっていたし、こちらに来てからも鍛錬は欠かさない。十分信用に足る人物だと思うが」
ウッドロウの言葉に、莢は手を挙げた。
「私に拒否権はないですから」
そうして、莢はいくらか援助しようというウッドロウの言葉を退けた。
「幾ら何でもファンダリアの方々の税金なんてびた一文でも使えません」
きっぱり言い切った莢は、しかしアルフレッドに持たされた金額については手出し出来なかった。任務に必要な経費だそうだが、莢は護衛など無くとも普通に一人旅をしていけるだろう剣の腕があった。莢にとってその経費は、とても無駄なように思えた。
「ここに戻ってくるのは何時でも構わない。君も色々見て回らなければならないだろうから」
しかし莢は、ウッドロウのこの言葉を聞いて、ひたすら感謝した。出来るだけ無駄遣いは避けることを約束して、莢は謁見の間から出た。途中呼び寄せられたアルフレッドは、大金を携えて。
「まさかこんな展開になろうとは」
大げさに天を仰いだアルフレッドに莢は笑う。
「ヴィルヘルムさんも吃驚ですね」
「そうだよ。………黙って行こうか?」
「後が怖いので却下です」
莢は笑うと、宿舎へと歩き出した。する事は旅の準備と、別れの挨拶。
2005/05/01 : UP