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今思えばだってそんなのここぞと言うところで使えなかったらどうするのか。

 わくわくぷよぷよダンジョンのインフォメーションセンターにはほんの申し訳程度に部屋があり、一組の男女がそこで床についていた。
 男女一組と言えど、この二人の関係は至って微妙。恋人でもなければ、仲間というわけでもなく、まさか友人であるはずもなかった。(そもそもこの二人は単独行動を愛している)
 共にいるのは女の気まぐれ。男は不承不承ながらも女の同行を了承したが、実はそれなりに嬉しがっていると言うことを女は心得ていたりする。
 つまり余り色っぽくはない2人組なわけであるが。
「ねぇ」
「あ?」
 シングルのベッドを横に並べ、二人上を向いている。二人の間の枕元に置かれたスタンドが、仄かな光を発していた。
「ヤミノマドウシサマってさ、実年齢と見た目が全然違うんでしょ」
 女が、上を見たまま口を開いた。男も何と無しに天井を見ていた。
「今でも下半身は現役なわけ?」
「ぶっ!?」
 女が普通に尋ねた内容が内容で。男は思いきり激しく唾を喉に詰まらせて咳き込んだ。
「ドツボ状態でもないのにエロ本の罠とかにはまるってことは、一応ちゃんと使えるってことでしょ。あ、でも年老いたら体はついていかないかな」
「おい……!お前益々女を捨てていることに気づいてるのか!?」
「え?やぁだ、下ネタ話は女の方がえげつないの、知らないの?」
「知りたくなかった」
「そ。……で、どうなのよ」
 女の方は相変わらず天上を見上げていた。男は少々取り乱しながら女を見ようとしたが、やめた。
「だってさ、精子作るのに限度があるって聞いたんだけど」
「健全な男子なら限度はないっ」
 思わず叫んだ男を、女は笑う。
「じゃぁ現役か。100年以上生きてたら何時かそのまま萎んじゃうのかなーって。正しい知識を身につけた。ヤッタネ私」
「……」
 男はあまりな女の言い方に最早閉口するしかなかった。そして唐突に身を起こして
「お?」
「お前はもう黙ってろ」
 女のベッドに潜り込むと、そのまま女の口を塞いだ。

無防備、と言うのはこの場合少しいけ好かないので攻撃に出てみる。

 シェゾを表す言葉はいくつかある。
 闇の魔導師。馬鹿。変態。
 取り敢えずこの三つがキィ・ワードだ。
 でも私的には、美形、不器用(器用貧乏?)、可哀想(寧ろ不運)の、これに尽きる。

 神を汚す華やかなる者という意味らしいその名前は、私には余り関係ない。
 私は神ではないし、神を信仰しては居ないのだから、寧ろそんなことをのたまう者の気が知れないと言ったところなのだ。
 これをこの前シェゾに言ったところ、変わっているなと言われた。
 私からしてみればシェゾの方が変わっていると思う。

 私は一人を愛して止まないけれど、シェゾに関しては別だと勘付いている。
 シェゾに惹かれているからだ。決まっている。
 彼にとって私は奇天烈な存在らしく、興味をそそるもの以外の何でもないと言ったところだろうけれど、私としては彼の賢くて馬鹿なところも、器用なのに不器用なところも(つまり器用貧乏なわけだ)、痛快なほど格好良い上のナルシストであるところも、えてして皆から疎まれるところの存在である闇という立場も、全てが愛しいもの以外の何でもないのだ。
 たまにそこはかとなく虚しくなったりもするけれど、相手はシェゾなのだと思うとそれも楽になったりする。

 とてもじゃないけれど、私はシェゾやアルルと違って一般ピーポーなわけである。勿論ルルーの様に何か体術に長けているわけでもない。
 そんな私が何故シェゾと共にいるかというと、彼は可哀想に護衛を押しつけられたらしい。私の。
 時を超えてしまった私の存在は、サタンにとっては不確定要素であり、闇の魔導師であるシェゾ以上に危ない危険因子らしい。自分ではよく分からない。私はただの家出少女なのだから。

 シェゾはよく私を見て溜息をつく。
 これで魔導力があればいいものを、と、ひとりごちるのだ。
 私としては物凄く面白くないことではあるのだ。だって、シェゾが見ているのはアルルだから。幾ら魔導力が目当てとはいえ、結局の所勝負に勝てないシェゾはアルルに甘いのだと思う。甘くなるのはやはり好きだからだろうと思うのだ。
 だから私は魔導力のことを言い出すシェゾが凄く嫌いだ。側に寄って欲しくない。
 そう言う時私は決まって、人間が他人との距離にストレスを感じる、自分を中心とした半径三メートル以内に、シェゾを入れなくなる。
 シェゾは鬱陶しげに私を見る。私だってそう言う時のシェゾは鬱陶しいことこの上なく思う。
 なんだかんだ言ってちゃんと護衛してくれる辺り優しいのだとは思いつつも、やっぱり可愛さ余って憎さ百倍というか、好きの反動が大きくて、好きよりも嫌いの感情が表に出るのだろうと思う。全く損なことだ。

 そう言えば、護衛の話はラグナスにも持ちかけられていたそうだ。私は知らなかった。
 光のユウシャサマであらせられるラグナス。私は抵抗を覚えた。だからシェゾで良かったと、心底思った。
 崇め奉られる存在よりも、忌み嫌われている存在の方が好感が持てるのだ。負の感情は心地良いものだと私は知っている。正の感情は取り方によっては幾らでも負に転じることが出来るのも知っている。
 何よりもシェゾの馬鹿っぽいところが気に入っていた。まぁ、顔が好みだったことは言うまでもない。

 シェゾに護衛されながら、目指す場所というものは存在しない。だからシェゾは守らなければならない荷物を抱えて旅をしている様なものだ。行き先はいつもシェゾが決める。ダンジョンに入る時は私は近場の街で強制待機。

 シェゾは無愛想だけど自信家で、間抜けで今ひとつ悪にはなれなくて、凄く可愛い人だと思う。
 それは果たして本性なのかどうかと言うことは別に置いておきたい。
 私は今私に見せてくれているシェゾの部分がとても居心地良く感じているからだ。
 生憎と、シェゾのあからさまに優しい部分、例えば善意なんかを爽やかな笑顔と共に見せつけられた日には、私はきっと泣いてしまうだろう。
 反対に、とてもどす黒くて発狂しそうなほどの禍々しい姿を見せつけられたなら、私は至極納得出来ると思うのだ。そんな姿を見ても、仮に偽りであったとしても、シェゾにはお巫山戯が出来ると言うことを知っているから。

 だから、もうちょっとその愉快な部分を見せていてくれると助かる。
 私に力はないと思って、私の前で見せているその愛くるしい馬鹿面をみてると、本当に楽しくて切なくて、大好き。
 油断しているその隙に、私は君の唇を奪うことにします。

 触れる瞬間、君の手がそれを制止することを期待して。それでは。

それは独占欲であるという自覚はあるのだが、しかし。

 ――なあ、お前本当に魔導力スッカラカンなのな。

 ほっとけ。


 シェゾは人を勘違いさせることと、怒らせることについては本当にもう大天才だと思う。闇の魔導師って言うのはそう言う素質があるのだろうか、と問えば、かつての闇の魔導師達に、特に前半のあたり特大の否定突っ込みを受けることになるだろう。あれはシェゾのアイデンティティみたいなモンだ。
 さて、シェゾは本当に怒りっぽいし、人を怒らせるのも得意だと思うのだ。
 今だって魔導力のことを持ち出して、私を怒らせている。
 分かってはいるのだ。私が勝手に魔導力のことを気にして、神経質になっている、と言うのは。
 しかし余りにもシェゾが魔導力と連呼するものだから、私はなんだか価値のない人間の様に思えて、ここへ来てから卑屈になった気がする。……シェゾにとっては、確かに価値のない存在かも知れないが、そのシェゾにとって、と言う部分が、私にとっては死活問題なのである。
「見てて哀れなくらいなんっにもないよな」
「……」
「なんか言えよ」
 何を言えというのか。そうですね?そんなのは虚しすぎる。
「……わざと迷惑事に首突っ込んであげようか?」
 ジト目で言えば、シェゾは何を、と反抗した。……ムカツク。
「私が死にでもしたら、ヤミノダイマドウシサマはサタンに大目玉食らうんでしょ。は、ザマア」
「……。なんだお前、機嫌悪いな」
 誰の所為だ誰の。というか始終機嫌の悪そうなシェゾに言われるなんてショック以外の何者でもない。
「疲れたのか?お前体力もないしな」
「五月蝿い黙れ変態が」
「なんだと!?」
 シェゾが声を荒げた。……やっぱり変態と聞いて声を荒げる方が悪いのだと思う。シェゾはこの言葉に対して本当に不本意そうで、実際彼は変態などではなくてもっと愛しい存在なのだ。いつもの様に人を見下した目で(実際見下ろされてはいるが)、いつもの様に人を怒らせる様なスカした笑い。そう、鼻で笑い飛ばせばいいものを。やっぱりシェゾは阿呆なんだと思う。
「ロリコン馬鹿単細胞学習能力無し猪突猛進腐れ外道ムカツク糞野郎」
 ブレス無しでそう言ってやれば、シェゾはなんだか物凄く複雑そうな表情で私を見た。複雑すぎて顔が引きつっている。
「……八つ当たりか」
「その原因に対して八つ当たってたら八つ当たりって言わないんじゃないでしょーかヤミノマドウシサマ」
 ケッ、と毒づいてやればシェゾは呆れた様に私を見て、それから
「まさかお前この前言った言葉にまだムカついてんのか?」
 ……。と言うのは、つい数日、私はシェゾに水浴び後、貧相な身体だなとしげしげと眺められたのだ(勿論大きなタオルをまいていたが)。むかついたも何も事実なのだから敢えて指摘されたら涙が出るが、それよりも私がむかついているのは、『魔導力』絡みの発言の全てである。
 つまり、私はシェゾの発言の九割ほどにむかついていると言うことになる。損な人生を過ごしていると思う。人生もっと楽しく行くべきだ。
「……そうだなあ、突き詰めて言えばシェゾの存在とかにもう苛ついてるよ」
「……」
 あ、閉口した。
 ぼんやりと言った言葉。まぁ闇の魔導師にとってはくだらない一時の、意味も成さないほどの言葉だろう。そもそも私の存在が彼に何らかの影響を与えないのに、そんな私の言葉など、彼にどう影響するというのか。
「……何怒ってンだよ、機嫌直せ。気分が悪い」
「ほー怒っていることにお気づきになるとはヤミノマドウシサマも随分人の気持ちを察することが出来る様になられましたこと。つーか気分悪いのはこっちの方だっての。そっちこそその魔導力一直線の性格叩き直せ。……ほんっとに気分悪い。反吐が出る」
 むかついてたからそう言ってやったら、シェゾが黙った。気にしないで足を動かす。次の街までもうすぐなのだ。
「……」
 黙りだ。まぁ言い合うのもウザイと言うことだろう。全く天の邪鬼な自分をちょっと恨んだりもするが、シェゾに関しては寧ろ天の邪鬼の方が良いだろう。しなを聞かせてシェゾと接するなど、彼に殺して下さいと言っている様なものだ。
「おい」
「あ?」
 街の建物が見えてきたところで、シェゾが私を呼び止めた。振り向くと、いつになく真剣な表情をした彼の
「お前、俺が魔導力魔導力言ってるから寂しいのか?」
「……」
 今度は私が閉口する番だった。しまった、シェゾに出し抜かれるとは思いもしなかった。
 ああ、もう、なんで、このおとこは、こんなにっ!
「……はぁ」
「なんだその溜め息は」
「別に」
 ……駄目だ。もう、なんでこんなタイミングばっか……。
「なんだよ、何が不満なのか言わんと分からん」
「……そうだなあ、じゃぁ、ヤミノマドウシサマの全部ってことで、一つ」
「はあ?」
 シェゾの巫山戯んなよという声が耳の中に入ってきたけど、無視して歩いた。
 まさか恋慕してるなんてばれかねない発言が出来るはずもない。鈍いシェゾには通じないかも知れないが。
 まさかまさか、魔導力じゃなくて私を見てだなんて、言葉を歪みに歪めて変化球を放ってみるなんて。口が裂けても言えはしない。寧ろ裂けた方が言えない。
 つまり、私が我慢するしかないのだ。
 つまり、惚れた弱みってヤツなのだ。
 ああなんて素敵な言葉。

 畜生、そうだよ、寂しいよ馬ー鹿。

象に印を残せば一時の安らぎさえ得られるか?

 かこかこかこかこ。
「ご機嫌だな、お前」
「そうですとも、ヤミノマドウシサマ」
 かこかこかこかこ。
「……子どもくせー」
「私が楽しんでいる様に見えたならそれは、この飴自体なのではなく、この飴が甘酸っぱいことでもなく、この飴がまさに宝石の様に澄んでいることでもなく、この宝石の様に澄んだ甘酸っぱい飴を渡してくれた御人の行為が嬉しいと言うことなんですね、ヤミノマドウシサマ」
 かこ。ころころ。
 今食べている飴を口の中で転がしながら、私はそう言った。
 今居るのはどこかの小さな街の小さな宿屋。宿代は安かったけれど、私はシェゾにご厄介になっている身なので、少しでも宿代を浮かすべく同室となった。シェゾにはそこまで金に困ってねーよと言われたけれど、やはり負担は軽いに越したことはないのだ。
 そして小さな革袋に包まれたアメ玉をくれたのはルルー。何でも高級らしい。
 べっこう飴みたいなレモンイエローの、澄んだ色をしている飴。
 この飴をくれた時のルルーの、微笑んだ顔が忘れられない。穏やかな微笑だった。
「……」
 かこかこかこかこ。
 つられて笑みを作ると、
「思い出し笑いは助平らしいぜ」
 シェゾにそう、茶々を入れられた。
「子ども臭いことを言う人に水を差されても大してダメージないんで」
 軽やかにそう言ってしまえば、シェゾは黙り込んで、ベッドに横たわった。
「……面白くねえ」
「なに?」
「なんでもー」
 間延びした声。面白くないと言ったのは私にも聞こえているのですよ?闇の魔導師様。
 まさかこいつはルルーにまで魔の手を伸ばそうとしているのか、とはたと思う。
「そんなにルルーから贈り物が欲しかったのなら、もうちょっと普段の態度と言動を改めたらいいよ」
「はぁ?」
 素っ頓狂な声を上げて、思わずといった風に上半身を起こしたシェゾ。凄い不服そうなのは私の読みが外れすぎたからなのか、図星ストライクゾーンど真ん中だったのか。多分前者だろう。
「はい、飴あげる」
「いらねえ」
「疲れてる時には甘いものがいいんだよ。ここの所歩きづめでしょ」
「俺には必要ねえよ。疲れてないしな」
「いいから受け取るだけでもしときなさい。ここで受け取らないからヤミノマドウシサマは鈍いんだよ」
「ワケ解らん……」
「解って貰ってたらヤミノマドウシサマのアイデンティティなくなっちゃうか。言葉の不器用さと鈍さが特徴だもんね」
「喧嘩売ってんのか」
「滅相も御座いませんよ?」
 ぱき。
 口の中の飴が、小さくなって割れた。
 シェゾの手の平に無理矢理持っていた飴を乗せて、次の飴を出して頬張る。甘い。
「……あー、ルルーの淹れた紅茶が飲みたいなあ」
 呟けば、シェゾが飴を口にした音がした。
 かこかこかこかこ。

ではその欲求はどう満たされるのかと言うことについての考察。

 人は良く無い物ねだりをするものと言うが、本当にその通りだと思う。Cry for the moon.とはよく言ったものだ。全く、慣用表現とは恐ろしく的を射ていてぞっとしない。
 例えば、だ。サタンがアルルを妃にしたい様に、ルルーがそんなサタンを慕う様に、ミノタウロスがそんなルルーに尽くす様に。そしてまたあるいはシェゾがアルルの魔導力を狙う様に。ウィッチがそんなシェゾの洋服を狙う様に。――私がシェゾを求める様に。
 世の中って、理不尽だ。
 だから面白いのであるし、その理不尽さに乗っかって今日までやって来られた感がひしひしとある私としては、一概にその理不尽を責め立てるわけにはゆかないのではあるが。
 やはりその理不尽であると感じた時に生じるその壁というものは、私を重い溜め息のどん底に突き落とすのである。
 この世界は一部を除いて阿呆と天然と平和ボケで構成されている様なものなのに。どうしてこう言うところだけはハッピーエンドといかないものか。困りものである。
 私は欲求不満である、とここで言ってしまうと何かあらぬ誤解を受けそうな気がしないでもない。しかしここで言うところの欲求不満とは字の通り、さる欲求が満たされていない状況なのである。そしてそれに不服申し立てている状態でもある。
 さる欲求というのは例えば独占欲であったり、独占欲であったり、独占欲であったりするのではあるが、まぁ詰まるところ独占欲なのだ。
 隣の芝生は青く見える。人の持っているものは何でも良いものの様に思えるという解釈が一般的だが、ここでは敢えて手に入らないものは、または自分に関心が向けられていないものは良く映る、と捕らえたい。
 何せシェゾと来たら、アルルばかりで他には目もくれないのだから。唯一、魔導力を持つアイテムを除いて。
 あのルルーの魅力的、魅惑的な身体でさえも貧相の二文字で片づけた男である。最早ロリコンなのか、そうなのか、と問いつめたくなる衝動も抑えられそうにない。小一時間ほど問いつめたい。正直。
 けれどシェゾはいつも、馬鹿みたいなタイミングで私を見るのだ。
 例えばそれは、散々興奮状態の仲間にやられまくって戦闘不能になりかけた瞬間に他愛のない回復魔法を唱えられた時のショックと似ている。お前俺を弄んで馬鹿にしているだろう。そんな感じだ。切実なのだ。
 シェゾは馬鹿で変態で不器用で可愛くて格好良いくせに、変なところで自然とタイミングを取っている憎めないヤツなのだ。いや、寧ろその憎めない部分を吹っ切って本当に憎たらしいと思っている私ではあるのだが。
 兎も角そう言うタイミングを持つシェゾは酷く厄介な相手だ。天然で女を魅了出来るヤツだ。悪い男なのだ。
 最後の最後で突き放される瞬間、相手の心にふわりと入り込んで、庇護を求めてくる様な。突き放すことに未練を感じさせる様なヤツ。強敵。

 私が求めても求めてもくれないくせに、私が手放そうと思う瞬間私の手にそれを握らせるのだ。そうやって要らないのか、と問うて寂しそうな表情を浮かべる。シェゾは気づいてないだろうけれども、その瞳は確かに揺れているのだ。誰も気づかないだろう。
 冷徹な彼の演技なのか。弄んだ挙げ句に捨てるなんてやり方が好きなのか。私はおちょくられているのか。それは解らない。けれどそれでも私にはそう見えた。揺れる瞳は私の庇護を求めていたのだ。どうしろって言うんだ。凛とした血統書突きの猫を思わせる態度。お高くとまったそれが、他者の視線から逸れてしまうと途端に崩れ甘えてくる様な。
 表現はずれるけれど、まるで飴と鞭だ。勘弁して欲しい。

 たまにふと何かを思い描く様な目を。
 いつもアルルを追いかけるそのぎらついた目を。
 下賤だと他人を罵る時のあからさまな蔑視の眼を。
 拗ねた時の子ども丸出しの愛嬌のある目を。
 狂気に染まる直前の澄んだ綺麗な目を。
 戦場で攻撃本能を刺激された時の目を。
 闇の中に一人いる様な自愛の目を。

 知らないと知りたくなる。知りたい。それは、許されないだろうか。
 私に全てを下さい。
 そんなことが言えるはずもなく出来るはずもない。それでも望まずには居られないのだからもうどうしようもないのだ。
 シェゾの全てが欲しい。頂戴。
 言えば例え私の存在が世界にとってどうであれ、その後のサタンからの罰がどうであれ、彼は難なく私を切り捨てるだろう。不愉快だ、消えろ、と。その馬鹿な口を切り落としてやる、と。二度と話せない様に声帯をむしり取ってやる、と。――ただのゴミが、何を身分不相応なことを、と。
 何のことはない。私はぶつかって痛みを知った。その痛みが怖くて逃げて、遠回りをして、避けようとしているのだ。何も、知らない振りをして。結果が決まり切っているならば、敢えて言うのはナンセンスではないか、と。そうやって本当はただ、自分が傷つきたくないだけなのだ。

 野宿をした朝、隣にシェゾが居なかった。シェゾのマントを羽織りながら周囲を見れば、直ぐそこの崖に、シェゾが立っていた。
 風が彼の髪を揺らしている。綺麗だった。
 一人佇むシェゾの姿は、今にも風に攫われてしまいそうなほど細く見えた。
 いっそそのまま消えてしまえ、と。そう願いさえしたのは。

 ただ何よりも、誰のものでもない貴方で居て欲しいからなのに。

2006/01/07 : UP

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