[no title]
むせ返るような夏の匂いに酷く木漏れ日が艶やかに映る黄昏時で
「よお」
もうそれはいつ頃だったろうか。記憶に障害が出始めた頃だったと記憶している。何故か記憶がおかしいことは分かっているのに、何処がどうおかしいのか分からない不思議な感覚を体感し始めた頃。
挙げられた右手は白く、私は一瞬声を失った。
いや、声は失っていない。ただどう返せばいいのか、知らなかった。
久しぶりだな、とシェゾは言う。どうにかオウム返しに久しぶりと返すと、シェゾは眉をひそめた。それでも、彼は何も言わないまま。
何も、言うことがない。
「今までサタンの所にいたんだろ?」
およそシェゾらしくない言葉を耳が拾って意識が分析を開始し結果が出るまで、酷く時間がかかった。その間にシェゾは何とか言えよと文句を垂れたが、気にしていられる筈もなかった。
ようやくそうだけど、それがなにか、と聞くと、シェゾはいきなり倒れられた奴の身になって見ろと私の頭を小突いた。分かるもんかと呟くと、二度と俺の前で倒れるなよと釘を刺す鋭い声が飛んできた。
「心配した」
これは私の疑問だったはずだ。しかしそれを肯定文で出したのはシェゾだった。
信じられないまま立ちつくしていると、彼は酷く子どものような顔をして、私を見ていた。
落ちた雷からは何かが始まる音がした
二人旅とも言えないような旅をする内、もうそれは何時の頃だったのかよく分からない。私がここに来て1年後かも知れなかったし、もしかすると二年経っていたのかも知れない。僅かに私の身体は柔らかみを増し(シェゾには太ったとか言われた)、そろそろ時間という真理に追いつめられ始めていた頃だったように記憶している。
シェゾがいつものように魔導アイテムを取りに行くと言って、私が近くの村で待機していた頃だった。
快晴そのもので太陽が輝く日だったというのに、シェゾが宿屋から出て行って数時間後くらいに急に天候は悪くなり、雷まで鳴り始めた時、シェゾがずぶ濡れになって帰ってきた。常ならばテレポートであっさりと部屋の中へ戻ってくるのに、わざわざ濡れて、部屋のドアを開けたのだ。
衰弱しきったように見えて、私は出来るだけの介抱をした。余り健康的ではない白い彼の肌は一層白身を増し、気味が悪かった。挑戦的な目は閉じられて見えないし、ベッドに突っ込んで暫くすると険しかった顔は和らいだけれど。
次の日、シェゾは私よりも起きるのが遅かった。その頃シェゾは寝ている間それなりに私が余程変な行動を起こさない限り起きなくなっていたから、私はシェゾの身体を揺すった。きっとシェゾのことだから直ぐに回復しているだろうと思ったのだ。
朝食の用意が出来ているから起きて食べようと促すと、シェゾは不機嫌そうな目を私に向けた。いつもの特有の威圧感が、無い。
シェゾはそのまま私の顔に手をかけた。その顔が歪む。
「……シェゾ?」
名を呼ぶと(本人の前で名前を呼ぶようになったのはここ最近のことだ)、シェゾが息をついてなんでもねえと上半身を起こした。
「食事、貰ってこようか。大分辛そうだけど?」
「いや、……そうしてくれ」
一度否定した言葉は、肯定で続けられた。私は部屋を出て宿屋のご主人に朝食を二人分上に持って上がることを告げ、トレーを借り受けた。
部屋に戻ると、シェゾはまだ怠そうにベッドの上に仰向けになっていた。
「食べられそう?」
「ああ」
大きく、長い溜め息だった。敢えて何も聞かなかったけれど、シェゾは朝食を食べ終わると、昨日行った洞窟で、と切り出した。
「ああ、強力な魔導アイテムがどうのって言う?」
聞くと、シェゾは頷いて、
「どうやらそれには意志があったらしい。魔導力を吸い取ろうとしたら、逆にごっそり奪われた」
「は?」
彼らしかぬ発言に、思わず口を開けてしまう。
「どうせ何時かはばれることだから今言っておくだけの話だ。……奪われちまったもんは仕方ない。だが、今度遭った時に絞り尽くしてやる」
苦々しく、悔しそうに歯噛みする。プライド的にはズタボロだろう。
「それで、次の目的地とかは?」
「ない」
お決まりこの言葉を聞いて、僅かに笑みが漏れた。
「そのアイテムって意志があるんでしょ。じゃあ今何してるかとか予想つくんじゃない?」
「……。そうだな……近辺の村や町を少し当たってみるか」
「決まり。じゃ、今日もうここを発っちゃうわけ?」
「ああ」
簡潔な言葉に朝食を片付けてしまう。部屋を出る時にトレーも一緒に持っていく。お金とお礼をご主人に。それから、その村を出た。
数日後、私達はとある事を耳にする。クリアすると"すっごい魔法のアイテム"が貰えるらしいテーマパークがあるらしいのだ。その名前は。
「……わくわくぷよぷよランドぉ?」
例えばそれは後から思い起こした時などに香る記憶のような頼りなさ
その日は晴れていた。どちらかと言えば閑静な場所を好むシェゾにあわせて、私達は森の中で野営をしていた。野営と言ってもシェゾのマントを借りて眠るので余り不都合はない。これが負担になっていないのは、シェゾが私の体が固い地面での野営に耐えられなくなり悲鳴を上げる前に、街で宿を取るようにしているからだと言うことは、後々になってなんとなく分かった。
意外に気が回るらしい、と言うことは、なんとなく感じていた。ただ不器用なために気付かれないだけだ。
さて、森の中から差し込んでくる木漏れ日は至って平和的で、私は水浴びをしてから服に袖を通した。同じ服ばかりを着ているものの、シェゾと行動を共にするようになってからは気にならなくなった(何せ相手はシェゾだ)。
野営の跡を消して、身支度を整える。
「――――……おい」
綺麗な沈黙を引いて、シェゾが私を見た。私もシェゾを見る。
シェゾは無造作に小さな手荷物の中から、何かを投げて寄越した。慌てて掴んで(拾い損ねるとシェゾの機嫌も損なう)、手を広げる。
中にあるのは、ネックレスだった。
綺麗、と思わず声が漏れた。
「つけとけ。気休めにはなるだろ」
「シェゾは…?」
「俺は別に良い」
「魔導力無い癖に?」
「少なくともお前よりはある。……本意じゃないが、一応お前のことは任されてるからな」
無下にもできん、とシェゾは続けた。
「うっそー、あのシェゾ様が今まで私を無下に扱わなかったことなんてあるかしら?」
気取って言うと、シェゾは呆れ顔で息をついた。
嘘。
本当は知ってるよ。
でも気づいてる振りなんてしない。
多分、シェゾもそれを望んでいる。
……筈。
「死んでも責任はとらないぜ」
「どうぞ。シェゾには元々何の関係もないことだから」
肩を竦めると、シェゾは眉をひそめた。最近気付いたのだけれど、これは明らかに癇に障った時のひそめ方だった。呆れた時の広め方とかとはまた違う。不機嫌な雰囲気が身体の中から溢れ出ている。
「事実でしょ」
「五月蝿い」
「大丈夫。私がシェゾを好きなことに代わりはないから」
――――。
まったく分かりやすい顔をしている。そんなだからアルルに良いようにおちょくられるのだ。
「事実でしょ」
「五月蝿い」
「大丈夫。私が――……私が何時か死ぬことに間違いはないから」
言葉が一瞬出てこなかった。私は今なんと言おうとしたのだろう?結局は思い出せないけれど。
まぁ、それも有りだろう。
浪漫だとか言ったものにはかけ離れてはいるけれど、私がシェゾを好きなことに代わりはないから。
2006/01/07 : UP
«Prev Next»