この話には性描写が含まれるため、18歳未満の方や高校生の閲覧を固くお断り致します。

こころ召しませ・前

「――おまん、今なんちゅうた」
 自室にて。京の人々から恐れられた人斬り以蔵……さん、が問うた。怪訝そうな様子も相俟って、低い声が不機嫌ささえ表しているようで、腹の部分が重くなったように感じられた。
 カルデア。人理を修復する旅の途中で、サーヴァントとして召喚に応じてくれた一人が彼だ。知識は深くないものの、同じ日本人であり、極めて『人』であったころの感覚が強いらしい彼に護衛を頼んで随分経つ。最近では私が言うなら誰でも斬ってやる、などと彼にとっては最大限懐に入れたような言葉を貰うことになり、信頼関係は上手く築けているつもりだ。勿論、だからと言って調子に乗ってやらかしてしまうのはご法度。節度は弁えてるつもりである。
 しかし、だ。
 このカルデア、状況が状況だけに不自由を感じることがある。例えばプライベートな部分。
「一晩、この部屋の外で待機していてほしい。って、言った」
 娯楽は限られている。物資も時間も、カルデアに来るより前に過ごしていた環境に比べれば極端に有限だ。
 よって、創意工夫が必要になる。
「ほお」
 以蔵さんの目が細められる。ふん、と面白くなさそうに吐き出された声は、納得できる説明が無ければ梃子でも動かんぞ、という彼の意志をはっきりとこちらに伝えてきた。……岡田以蔵という人は、依頼に対して非常に真摯で真面目であるということを、私はもっと考慮すべきだったかもしれない。今となっては栓無いことだけれど。
 以蔵さんに、念のためとカルデア内でも護衛をお願いしたのは私。最初こそ嫌々、渋々、といった感じではあったものの、今では慣れた様子で私の護衛としていたるところに着いてきてくれる。だから、彼が請け負った仕事を遂行するために自分を納得させろというのも当然だ。当然なのだけれど。
「訳を話しとうせ。今までなんも言うちょらんかったに、どういていきなりそがな事言いよるんじゃ」
「それはごもっともなんだけど」
「なんじゃ。わしには話せんことか」
 どこか拗ねたように彼の口元が歪んだ。少し前まではそのまま、拗ねたり、不機嫌になったりしているのかと思っていたけれど、今回は恐らく生前の嫌なことが絡んでいるようだった。自嘲気味というのか、少し感傷的というのか。
 ――そうして、彼の機微が分かるようになるほどには、私は彼に入れ揚げているわけで。
「話そうと思えば話せる」
「なら言わんかえ」
 機嫌がいいわけではないけれど、声を荒らげるでもなく静かに私の言い分を待つ彼を見て、私はなけなしの乙女心を捨て去ることにした。……彼に対する恋心までは、流石に捨てはしなかったけれど。


 人類を、世界を救う、救え、という状況に立たされてはいるものの、私はいたって普通の人間であるという自負は、未だにある。特にそれは、こうして時折身体の疼きを感じる場合により一層強くなる。
 これまでにも寝る前の導入の代わりに一人で自分の身体を慰めることはしばしばあった。なんなら、某スタッフにそう言った類の道具を融通されたことさえある。なんでも、超緊急事態においてサーヴァントと性行為をする可能性を視野に含めたならば、不要だと言い切ることもできない、とかなんとかで。実際には私の未熟さ、適性の偏り具合などもあって、魔力供給のためのセックスに至る必要性は極めて低く、娯楽の限られたこのカルデアにおいて、私への一種の労いであることは明白だった。……ともかく。
 以蔵さんがカルデアに来て、私の一方的な接触にも慣れ、応対が丸くなっていくにつれて芽生えた私の恋心というものは、そう言ったサイクルを変化させた。
 彼のしっかりした身体つきとか、匂いとか、実は生えている無精ひげとか。低い声に愛嬌のある笑顔、たまに驚くほど優しく私を見てくること、敵と対峙した時の恐ろしい姿。ころころと変わる表情や感情を見ていると、気付けば彼から目が離せなくなってしまっていた。最初は機嫌を損ねないようにしようと思ってよく観察していただけだったのに。完全に罠だった。
 今じゃ、真っ直ぐに見据えられるのがどうしようもなく恥ずかしいなんて。――そのくせ、彼に抱きしめられたいなんて。おかげで、身体が慰めを欲しているのに、部屋にいるのが彼だからこそすることができない。欲求不満状態だ。
「まあ、端的に言うと一人でえっちなことしたいんで、配慮をお願いしたいってこと」
 なけなしの見栄で、極力色気のない言い方を選ぶ。
 流石にあからさまに態度には出していないから、気づかれてはいないはずだ。さも何でもないことのように振舞って、でもやっぱり気恥ずかしさは隠せないから自然と目線は外れてしまう。
 サーヴァントとは言え、現界して居る以上現代の知識は持っているはずだし、私が持っているこういうことへの恥じらう感覚も、以蔵さんは知識として分かっているはずだ。だから、その辺りは考慮してもらえると思うのだけれど。
「……おまん、一人でしゆうがか?」
 先ほどよりも険の無い声ではあったものの、怪訝そうな雰囲気は変わらなかった。ちらりと伺った以蔵さんは声と同じように怪訝そうで、だから私も彼の真似のように唇をゆがめた。
「女の子だってしたくなるときはあるよ」
 流石に異性がどういう感性をしているのかまでは知らなかったかもしれないけれど、これできちんと理由は告げた。外で待機してもらうには十分な理由だと思う。私にとっては。
「そういうことが言いたいがじゃない。そうじゃのうて……どういて一人でしゆうが? ここにはこじゃんとサーヴァントがおるがじゃ、相手にゃ困らんやか」
「え」
 流石にお風呂場やトイレの個室の中まで入ってくることはないわけだし、考慮してくれるよね、なんて以蔵さんの出方を窺っていると、予期せぬ言葉が返ってきた。
 反射で聞き返すような声を出してしまう。しまった、と思ったが、取り返せるものではない。
「なんじゃ、他ん奴にどう言うてえいか分からんなら、わしがおるきに、任せちょけ」
「ええ!」
 咄嗟に声を上げてしまった私を、誰も責められないはずだ。以蔵さん以外は。
「人斬り相手じゃ不満かえ」
「滅相もない。というか、そう言うことが言いたいのではなく」
「心配しな。気持ちようしちゃるき」
 いや、しているのはそもそも心配ではない。
 そんなことを言うような余裕もなく、さも何でもないことのように――散歩にでも向かうような気安さで、以蔵さんは部屋の電気を消して私をひょいと担ぐように抱くと、ベッドへと乗り上げた。履物はさっさと脱がされて、ベッドの上で二人、座り込む。
「ちょちょちょちょ、ちょ、えっ、ちょっと、はっ?」
 まって。待って欲しい。理解が追い付かない。以蔵さんの日本語を理解できなかったことはない筈だし、今も無理のない言葉だったはずなのに、展開に追いつけない。
 ただ混乱しているにもかかわらず、一方で一般的にはここで拒否をしなければいけないということも分かっているにもかかわらず、私は彼の胸に手を置いて突っぱねることを躊躇った。
 それは私の恋心故のものかもしれないし、色事にまつわる場面で身体に触れられたことによる動揺、もしくは期待だったのかもしれない。
 でも、それ以上にこの人を反射的に拒絶することは、なにか取り返しがつかなくなることになるんじゃないかと、一抹の不安があったのも大きかった。自分の心の柔らかい部分へ押し入られることへの恐怖より、以蔵さんに拒絶されてしまうかもしれないことへのそれで、頭がいっぱいになった。
 もちろん、それは長く続くものではなかったのだけれど。
 腰に回された彼の手を感じてしまって。その、力強さに意識がそれた。ドキドキと、胸の鼓動が早まっていく。
「大人しくせんかえ。……それとも、怖気づいたがか? おまん、普通のおなごじゃきのう」
 ベッドサイドの電気スタンドを付けて、以蔵さんが私を見た。その顔には苦笑も、ましてや怒りや嘲りがあるわけもなく、ただ平時のままの、いつもの以蔵さんだった。
 かと思えば、ふ、と息を緩めて笑む。唇の端がほんの僅か上がる様な、微かなものだったけれど、確かに。
「楽にしちょったらえい。……けんど、怖かったり、痛かったりするなら、わしにそう教えとうせ」
 以蔵さんが、袴にさしている刀を抜いていく。丁寧に脇へ置いたと思ったら見えなくなってしまったが、霊体化させたのだろう。有事の際はその方が直ぐに手に出来る。
 にもかかわらず、以蔵さんは自分の服を寛げることなくただマフラーを外すと、私の服に手を掛けた。その手をじっと目で追いかける。何をどうするのが正しい順番だなんて知らないけれど、武骨な手が自分の服の上を彷徨った。
「妙な感じやにゃあ。おまんの服をどう脱がすかなんぞ、今まで考えたこともなかったにのう」
「あ……」
 今着ている服は白い魔術礼装だ。まだお風呂にも入っていないことを思い出したけれど、今更待ったを掛けられるような雰囲気でもなく、何をどうしていいか分からないまま、言葉は浮かんでは消えるばかりで、結局、口を突いて出たのは意味をなさない音だけだった。
「わしがしたらがいにしそうじゃ。自分で脱げるかえ」
「う、うん」
 言われ、ベルトを外し、ファスナーを緩める。彼が構造を知っているか不明だったので、ブラのホックも外した。普段、どちらかと言えば気性の荒さが目立つ以蔵さんとはまるで雰囲気が違って、それも手伝ってどぎまぎするのを止められない。
 だって、嫌に落ち着いている。
 そもそも以蔵さんの提案からして、彼がこういうことに慣れているのは分からざるを得なかった。けれど、なんていうか、別に以蔵さんに甘ったるさというか、そういう雰囲気を求めているわけではなかったのは確かだけれど、荒々しく、乱暴にされたいわけでもないけど、でも。
 照れも気恥ずかしさもうかがえない、かといって冷やかさもない静かな表情で。
 暖かな声で接されて、どうしていいかわからない。
「どういた、迷子にでもなっちゅう顔ぜよ」
「……い、以蔵さんが、なんだかいつもと違う、から」
 素直に思ったことを口にすると、以蔵さんは私の言わんとするところを正確に読み取ったのか、くつりと喉を詰まらせた。
「こがな時に相応しい態度ってもんがあるろう」
「そう、だけど」
 未だこの展開がどこか非現実的に思えて、頭の中がふわふわとしている私はなんとか会話を続けたくて、さも続きのある様な単語を並べ立てた。しかし、結局はただの見せかけで、実際に続くはずもなく。
「マスター。……さっき言うたことは嘘やない。けんど、ちっくと黙りや」
 私の心はすべて見透かされていたらしい。以蔵さんはそっと私の上半身をベッドへ押し倒した。既に緩めた私の礼装を掻き分け、ブラのワイヤー部分から指先を差し込んでくる。その掌がとても熱くて、ほう、と息を吐いた。
 ブラを押しのけて以蔵さんの手が私の胸に被さる。揉む、というにはとても繊細な手つきで真ん中へ寄せて、敏感な乳首を親指が捉えた。
「っ」
 ぴくんと、腰が跳ねた。同時に、もう片方の手がタイツの上を滑る。膝上付近をそっと撫でたかと思うと、ブラと同じように指先がスカートを押し上げて潜り込んできた。内腿をさっと通り、刺激に思わず足に力を籠めると、そうはさせるかとばかりに乳首を優しく摘まれた。
 微かな嬌声が喉元で止まる。恥ずかしくて顔なんて見られなかった。行き場のない手がシーツの上を彷徨い、弛んだ場所で握る。
「そうやない。……こうじゃ」
 以蔵さんの低く落ち着いた声と同時に腕を掴まれる。そのまま手を引かれると、私の両腕は以蔵さんの身体に回っていた。……いよいよもって、この状況についていけなくなりそうだった。
「っあ、」
 戸惑う私の様子には気づいているだろう。でも以蔵さんは、また私の胸を両手で挟むと、やわやわと乳房を揺らした後、乳首に吸い付いた。
 最初は気付かなかったけれど、舐められている、と分かった後はぴくぴくと甘い刺激が胸の先から下半身へ落ちてしまって、その所為で腋を締めるように腕を引いてしまい、以蔵さんに縋りつくように、頭を抱えるようにして抱きつく格好になった。ふわふわで、ちょっとちりちりするような髪が肌にあたる。それとは別に以蔵さんの口元を僅かに覆う髭の感覚に乳首、いや、乳輪が刺激され、小さく身体が跳ねるのを止められない。
 乳首を口に含んで、舐めて、吸って、また舐めて。
 それを両方の胸で繰り返され、私にはただただ甘い刺激が与えられる。腰が抜けそうだった。
 自然と呼吸は乱され、恥ずかしさから目を閉じる。胸元で以蔵さんの吐息を感じてぞわりと肌が粟立った。
「……おまん、男慣れしちゅうがやないが、乳は割りに柔こいにゃあ」
 くすりと、いや、にやり、だろうか。
 そんな風に言われて、全身に熱が駆け抜けていった。意味を正確に把握するよりも先に、揶揄を含んでいるのが分かる。一人でここまでいやらしい身体になったことを指しているのだと理解が追い付くと、ずたずたに引き裂かれるような恥ずかしさで、どうにかなりそうだった。なってしまいたかった。
 思わず自分の身体を守る様に両腕を引きそうになると、以蔵さんは私の左胸に吸い付いた。さっきまでの小さくもちりちりするような甘い刺激とは一線を画する、強くて、大きな快感。
「あ!」
「知っちゅうかえ? おまん、こっちの方がえい反応しゆうがじゃ。……右利きやきの」
 口での愛撫が終わってからも、親指の腹でくにくにと乳首を虐められて、小さく声が漏れた。掌で乳房を、乳首の横を人差し指全部使って支えて、親指で天辺を擦られる。びくびくと身体を震わせる私に、以蔵さんの吐息が肌を舐めて行った。ぞわり、と肌が粟立ち、彼が触れている敏感な場所が硬くなる。それ以上触れられたら痛くなる、と待ったをかけるより耐えようと身構えた矢先、以蔵さんは先端から手を離した。
 薄く目を開けると、私と同じように目を細めながら、私とは違って笑みを浮かべる彼の顔が見えた。その表情がどんな意味を持っているかなんて知らない。ただ、彼が顔に浮かべてるものを表現するのに『笑っている』以外でどう言えばいいか分からなかった。
「これ以上したら痛いろう」
 言いながら、以蔵さんの手はさっき少しだけ触れた場所へと降りていった。スカートの中。タイツと下着に守られているその上を以蔵さんの手が布地に触れるだけのような強さで流れていく。
 それだけ。たったそれだけなのにぞわぞわと快感が押し寄せて、たまらない。
 身体に燻る熱を吐き出すように息を体外へ押しやり身を捩ると、大きな掌が私のお尻を揉みしだいた。胸の時とは違ってしっかりと力が籠っていたけれど、痛みを感じるはずもない。
 誰にもそんな風に触られたことがない私のお尻だけれど、相手が以蔵さんということもあって、変な興奮と共に下腹部が疼いた。時折以蔵さんの中指がお尻の方から、下着越しに割れ目の上を滑る。自分でも腰が揺れるのが分かった。
 お尻を触っていたのとは逆の手が、前から私のタイツと下着の中へ差し込まれる。同時に、私と同じように以蔵さんがベッドへ身を横たえた。後ろからその温かさに包まれ、私の足の上に足を重ねてきて、身動きが取れない。
 彼の指が下生えを掻き分けて柔らかな肉に埋もれながら、そこへ至る。
「あ、以蔵、さ」
 上擦った声で制止しようとして、どうしようもなく遅いことなんて分かるのに、以蔵さんの指が曲げられて、欲しかった快感を貰って、案の定、私は喉を詰まらせた。
 以蔵さんの手を股に挟むようにして包んで、その指を肉で埋めて、感じる。自分のよりもずっと太くてしっかりしたその形に震えてしまう。
 想像していたよりもずっと、はっきりとした感触。探る様な指先が湿った場所へ到達すると、一番長い中指が入り口を探すように蠢いた。
「ん、んっ、ぁ、や、」
 動けないままにただ彼の指に翻弄される。極力声を抑えていると、静かな室内に小さな水音が響き始めた。
「えらいことになりゆう」
 耳元で以蔵さんが囁く。彼の中指が私の入り口付近を擦って、ほんの僅か入口に入り込んで、でもそれ以上奥へは来ずに、その間に親指の腹が私の芽を肉の上から弄ってくる。
 知らない。こんな風に同時に触るなんて。耳元の吐息がいやらしい気分を掻き立ててくるなんて。背中に自分じゃない男の人の温もりがあって、彼の掌をこんなにも熱く感じるなんて。
「はっ、あ、ぁ、いぞうさ、ん、あ、ああっ」
 圧し掛かるように重なっていた彼の足が、器用に私の片足を絡め取り、狭苦しい場所を開けさせる。同時に中指を深く入れられ、ごつごつとした指の刺激も相俟って大きな嬌声が漏れた。
「ああ……可愛いちや、マスター」
 夢でも見ているのかと思うような声に、興奮に浮かされた思考と身体は歓びでぴんとつま先を伸ばして彼の指を締め付けた。
 小さかった水音が大きくなり、くちゅくちゅとはっきり耳へ届く。
 以蔵さんの指、濡れてる。私ので。こんなに。すごく足を広げさせられてる。恥ずかしい。見られてる。知られてる。私がこんなになってるところ。全部。
 快感の中、断片的に浮かぶ言葉はこの状況をさらに煽るようなものばかりだった。指では届かない奥まった場所が、この程度では足りないと、もっと寄越せと疼き出す。
 以蔵さんの指が二本に増えた。たっぷりと濡れた指を、痛むどころかあっさりと受け入れてしまう自分の身体が恨めしいような、都合がいいような。中指と薬指。二本になって質量を増したのに、ぐちぐちと一層はしたない音を立てるそこから溢れるのは快感ばかりだった。
「ぁあっ、あ、あっ、いぞう、さ、んっ、いぞ、さ、あっ、も、……と、もっ、と、っ」
 腰を揺らしながらとぎれとぎれに以蔵さんを呼んでねだると、彼の満足そうな声が返ってくる。
「ほに、素直でえいマスターじゃ」
 空いている方の手が力強く下着ごとタイツを下げていく。それに協力するように身をよじって、絡めていた足を解き、自分で脱ぎ去る。入ったままの手が擦れて、じれったい快感に声が漏れた。繋がった場所はそのままに、仰向けにされ、足を折った状態で開かされる。その向こうに、彼の顔があった。
 一瞬目が合う。けれど、彼はにんまりと口角を上げたまま、何も言わず私の――彼の指が入ったままの濡れそぼったそこへ顔を近づけた。
「っ、ああん!」
 思わず足を閉じるけれど、ただ彼の頭を挟むだけで、何がどうなるわけでもない。直接は見えないけれど、彼が私の敏感なクリトリスを舌で愛撫しているのを感じた。感じざるを得なかった。
 ぎゅっと目を閉じると、より一層彼の息遣いや髭の擦れる感触まではっきりして、たまらない。
「んっ、あ、いぞうさん、やっ、やだ、それ、やっ」
 舌先でつつかれ、押され、弄り回されている間にも私の中に入っていた彼の指は動きを再開し、探るように動いては私が声を上ずらせる度、分かっているとばかりに気持ちいい場所を擦ってくる。
 二か所を同時に、しかも決して乱暴ではなくて、優しくも激しく攻め立てられ、私は以蔵さんの顔に押し付けるように腰を浮かせた。つま先で腰を支え、ただ快楽を貪る。足が震え、身体が跳ねても、以蔵さんの身体はびくともしなかった。
「あ、いいっ、きもち、い、あっ、やあっ、だめ、イっちゃう、イっちゃう……っ!」
 じんじんとしたものが下腹部に溜まって、ひんやりとした感覚を足裏に感じる。それが遠くなるような感覚の後、そのまま弾けるようにして快感が身体に広がった。
「っ――!!!」
 がくがくと足が震える。以蔵さんの顔は既に離れ、私の愛液で濡れた親指の腹が、優しくクリトリスを圧し潰す。未だ入れられた指がイイところと擦って、ゆっくりと出て行った。その指の関節の凹凸で、ひくんと身体が反応する。
「マスター。……一人より二人がえいろう?」
 少し意地の悪そうな声に目を開けると、私の愛液で汚れた手を以蔵さんが舐めながら、こっちを見て笑っていた。声と同じように、悪そうな顔。でもどこか快活ささえ感じるような、人懐っこささえ覚えるような、そんな表情で。
「なん、な、それ、もう舐めないで」
 改めて恥ずかしさと、行為の興奮の余韻で腰が甘く疼いた。せめてと足を閉じて秘所を隠し、彼を睨めつける。
「まあそう言いな。……こりゃあえい。役得じゃ」
 機嫌のよさそうな様子に、ほっとするような、どこかささくれた心地のような。肌蹴た衣服で最低限を隠すと、以蔵さんの左手が頭の上に乗った。ぽんぽんと叩かれたかと思うと、くしゃくしゃと髪をかき混ぜられる。
「わ」
「さあて。すっきりしたがやったら、しゃんしゃん寝んかえ。おまんにゃゆっくり休む暇もないき、出来る時にせんといかんちや」
 いつの間にか首元に現れたマフラーをくいと上げて、以蔵さんはベッドを降りる。腰にも、もう刀が戻っていた。
「え」
 嘘でしょ。いや、最後までしてほしいと欲張る自分の気持ちにも驚きだし、ここで止める以蔵さんにも驚きしかない。
「ま、待って!」
「ぐえ」
 ひらりと視界にはためいたマフラーを思わず掴むと、以蔵さんが一歩踏み出したのと重なってしまった。
「なにしゆうがぞ?!」
「ごめん、」
 声を荒らげる以蔵さんに、本当なら安心するべきなんだろう。でも私は、先ほどまでの空気が霧散してしまっていることに焦りを覚えていた。
「……」
「なんじゃ、早う言わんか」
「……役得、なんでしょ。だったら……最後まで、教えて……二人でする、よさってやつ」
 これじゃ、実質私が誘っているようなものだ。ような、ではなくそうなんだけど。
 恥ずかしくても、以蔵さんの顔を見てそう言い切ると、彼の顔が僅かに強張ったように見えた。軽く目を瞠り、笑った時には下がる眉は険しく吊り上がって。
「自分が何言いゆうか……分かっちゅうがか?」
「……」
 なるほど、先ほどまでの以蔵さんは、完全に善意で相手になってくれていた。私の生きる時代の常識も加味した上で、止めてくれたのだ。それを無碍にしようとしている私に、彼が怒りを伴って諭してくるのは、それはそうだろう。
 そう思っていると、予想に反して以蔵さんは私の額を指で小突いた。
「おまんが惚れて、おまんに惚れゆう男にそがな事言うがは……手心加えんでもえい言うことぜよ」
「え……?」
 ぽかんと口を開けて彼を見上げると、どこか苦しげに笑う以蔵さんの顔が直ぐ近くにあった。
 そのまま息がかかり、咄嗟に目を瞑る。直ぐに唇に柔らかな感触があり、私の顎に手が添えられた。最初は片腕だったのに、何度か角度を変えられるうちに両手でしっかりと抑え込まれる。
 柔らかくて気持ちがいい。まだ今一つ熱を発散出来てなかった私の身体が、心が、期待に高まる。
「いぞ、さ」
 キスの合間に名を呼んで目を開けると、少し前までの静かな表情とは違う、どこか迫力のある瞳とぶつかった。力強いそれに、飲み込まれそうだ、と思う。
「おまん意外とやる奴じゃな。今の今までおまんが何考えゆうか分からんかったがよ」
「……?」
「けんど、妙な奴ちゅうわしの印象は合うちょった。おまんがどう言うても、わしが霊体化すればおまんの護衛なんぞどうとでもなるに」
 あ。
「そこまでは思い至らんのが、……いや、ひょっと分かってしゆうかも知れんけんど……ともかく、そこがわしがおまんから目ぇ放せん理由じゃ。……まあ、そがな事は今はえい。今は……この上等の据え膳じゃ。折角わしの好物もろうてくれ言いよるんじゃ、全部食わんと申し訳が立たんき」
 さっきからちらちらと出てくる言葉に信じられない思いが思考を鈍らせている。
 緊張と興奮と、期待で滅茶苦茶になりそうだ。――……滅茶苦茶にされるのだ、今から。この、男の人に。
「のう……立香
 囁くように名を呼ばれたかと思うと、私は再びシーツの上に押し倒された。

2018/06/28 UP

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