この話には性描写が含まれるため、18歳未満の方や高校生の閲覧を固くお断り致します。
争奪イニシアチブ!
三日目・昼 恋愛する気なんて全くなかったのにその気にさせたんだから責任取るのは当然なんだよなあ
おはよう、と挨拶を交わし合う鳥の声でラギーは目を覚ました。
真っ先に頭にハイエナの耳の生えた監督生の後頭部が見える。ラギーは彼女を後ろから抱き込むようにして眠っていた。
昨晩は盛り上がった。恋人のように、という監督生のリクエストのおかげで、色々と心ゆくまで楽しんだと思う。今更素直にあれこれと言葉にするのは妙に照れくさくてできそうになかったから、彼女の注文は渡りに船だった。口からどんな甘い言葉が漏れても、それは彼女からのリクエストだからと言い訳ができる。ありがたかった。
念のため追加で買い足したコンドームの箱は既に開けてあるが、監督生が用意したものとは異なり自分で買ったものなので、サイズも合っているし徳用パック。残りはさほど気にしなくても良いだろう。
それに。
(匂い、あからさまに薄くなってるな)
監督生から香っていた雌の匂いは獣人の中でも嗅覚の鋭いラギーの鼻でさえ薄く感じるほどになっていた。
とは言え、元々そこまで強く匂っていたわけではない。獣人であれば分かる程度だ。彼女に付けたラギーの匂いに比べれば余程薄い。
昨日、そんな彼女を見た獣人の生徒には『お手つき』であることは充分に分かったはずだ。実際その通りであったし、既成事実として申し分なく広がることだろう。なんならオンボロ寮に出てくる前にサバナクロー寮で興味深そうな視線をいくつも感じた。そこに今日、レオナから外泊許可を貰ったからと夜に寮を出て行ったのならば――外堀を埋めるには充分だ。
だから、後はこの週末で完全に身体を陥落させる算段だった。
昨日は散々舐めて焦らして、尻尾を可愛がり――獣人ではなくなっても、そこに刺激を求めてしまうようにと念入りに愛撫した。なんなら今日もするつもりがあるくらいだった。そうなれば、人間に戻った彼女は尻尾で得られていた快感に似たものを求めるかもしれない。その時ラギーを選ぶ可能性は高かった。
否、ラギーは殆ど確信していた。監督生がラギーを性的な目で見ていることはともかくとして、好意的な感情を抱いていることを。そして肉欲を孕むそれが、幼く淡い感情であるはずがない。
(だったら、今日の内に絶対に口説き落とさねえと)
昨日は監督生たっての希望で恋人を演じた。確かにリップサービスも意識はしたが、基本的には自分がしたいようにした。彼女が耳にした甘い言葉は決して嘘ではないが、それを彼女がそうと捉えていないのであれば虚構でしかない。
さて、どうやって彼女を追い詰めようか。
ラギーは考えながら、持参したペットボトルに入れた水を半分飲み干した。それから、殆ど自分のもののようにして、手のひらに吸い付く彼女の肌に触れながら静かに考えを巡らせる。
既に時刻は九時を過ぎようとしている。昨晩はなんだかんだと楽しみすぎて後戯まで熱心にして彼女の眠りを見届けたが、なかなかの深夜になっていた。彼女が用意していたらしい湯たんぽの熱はすっかり冷めていて、けれどそれを必要としないほど頭は火照っていた。
湯たんぽをベッドの足下の方へ押しのけ、狭いベッドで彼女を腕に収め、ラギーが眠りについてから六時間は眠っている。けれど、不埒な手で彼女を起こすのも、彼女のためにあれこれと世話を焼くのも憚られた。
(どっちも昨日の続きだと思われちゃたまんねえし)
ラギーの求愛行動をごっこ遊びの延長だと思われるなど心外以外の何物でもない。かと言って彼女の肌はあまりにも柔らかく、ついその胸の膨らみを手のひらで覆ってしまう。優しく指を動かせば、乳首がふっくらと勃起してラギーの下腹部に火を灯した。
が。
「……う」
嫌がるように身をよじられて、ラギーは仕方なく腰に手を回した。煩わしそうに手を退かされなかっただけまだダメージは少ないが、それでも一気に気持ちが萎える。意識のある状態でそうされたならば駆け引きや攻防が始まって寧ろ面白ささえあるのだが、意識がないのでは楽しみなど欠片もなかった。シンプルに悲しささえ覚えるほど気分が下がっていく。
ただ、彼女の身体の柔らかさと肌の質感を、同じように肌で感じられるのは心地よかった。事故を防ぐために自分だけは下着を身につけているが、それも余計なことを考えずに彼女に触れられる一助になっている。
後ろから監督生に頬ずりをしつつ、ラギーは昨夜自分が付けた鬱血痕が彼女の背中やうなじに散らばっているのを確認した。
(歯を立てなかったの、褒めて欲しいッスね)
甘噛みならば散々したが、彼女が痛がるような真似は全て耐えた。それは昨夜の行為が依頼だったからだが、それも今日以降は解禁して良いだろう。
(あー、やっぱネタバレは早いほうがいいかなあ。有料だし情報のフォローするとはいえ、追加情報出すタイミングも何も全然疑わねえんだから……。オレとしちゃ都合が良いけど、オレ以外のヤツに食われるのだけは勘弁願いたいッス)
獣人の女が発情期の匂いを放っていたからと言って、獣人の男がそれにつられるわけではない。彼女に話した『雄が雌の発情期につられる』のは飽くまで動物のハイエナの話で、獣人がそうであるとは言ってない。ラギーはただ、監督生に欲情しただけだ。確かにある程度つられてはいた。とは言ってもそれは性欲を増大させる程度の影響でしかない。
とはいえ、勿論獣人と一括りにしたものの、個人差のある話ではあるし、彼女が獣人の男にとって魅力的な匂いを出していたことは事実だ。この件に関して、ラギーは嘘は一つもついていない。騙されたと監督生が口にしたなら、自分の都合の良いように解釈したのを人の所為にするなと胸を張って言える。
だからこそ、引く理由はなかった。彼女にとって自分が魅力のある存在だと知るには、昨晩はあまりにも『夢のような』時間だった。
なにせ彼女の意識が、目が、ずっとラギーだけに注がれていたのだ。
その時の気持ちの良さと言ったら! それだけで絶頂できるほどの快楽だった。例え条件付きであっても彼女の全てが自分に向けられ、それを味わってしまった今。他の男に割って入られるなんて考えるだけでも殺気立ってしまう。
ぐるる、と鳴ってしまった喉は、しかし、彼女に聞かれることはなかった。穏やかに息をする様子に、ラギーの瞼も下がってくる。
彼女が起きたらどうしようかと考えながら、ラギーは意識がなくてもぴくぴくと動く彼女の耳に唇を寄せた。
ラギーの中で手筈が整った頃。時刻にして十時過ぎ。寝返りを打ってラギーの方へ向き直りながら、監督生は目を覚ました。唸るような声を出し、布団の中で伸びをして、そしてはたと、自分以外の者の存在に気づくと身体を強張らせた。
「おはよ」
「おっ……はようございます」
ラギーを認めた瞬間に声をかければ、少し恥ずかしそうな顔をして返事をしてくる。ラギーは即座に足を絡めてその身体を引き寄せた。
「わっ」
「飲みかけで悪いんですけど、水飲む?」
「あ、ありがとうございます」
「いーえ」
たたみかけるようにしてペットボトルを差し出すと、監督生はラギーに押されるようにしてそれを口にした。なんの疑問も警戒も抱かない様子の彼女に胸がむずむずする。ラギーは落ち着いたのを見計らって再び声をかけた。
「どうでした? 昨日は満足できたッスか?」
満足できたなら仕事は終わりだ。できなかったというのであれば残業コース。どちらにしてもやることはさほど変わらないが、この行為の始まりを考えれば大切な区切りだ。
朝になったというのに甘い態度でいるからか、ラギーの腕の中で監督生がはにかんだ。やはりまるで警戒心のない幼さにも似たそれに、ラギーは形容しがたいものが胸の中に広がっていくのを感じた。甘いような、苦いような。誰へともなく鼻で笑って悪態をつきたくなるようなむず痒さだった。
「……はい。凄くいい夢でした。流石敏腕アルバイター。ラギー先輩、役者の道もありますよ」
「安定とは無縁そうなんでお断りッス。まあ、満足してもらえたんならよかった」
「はい。今すごく気分もすっきりしてて――」
「これで正面から手が出せるってもんスね」
「は」
ぎし、とベッドが軋む。シングルベッドに二人寝ているのだからそれなりの狭さだ。身を寄せなくては掛け布団から身体がはみ出てしまう。空気はまだ肌寒い。監督生は一糸まとわぬ姿だということもあってか、身体を強張らせただけだった。
彼女の手から中身の失せたペットボトルを抜き取り、雑にベッド脇へ置く。
足が絡んでいたとは言っても、本気で拒絶するならラギーの股間を蹴ることは可能だ。ラギーが足を解放して、その代わりに上半身を彼女の上へ乗せても尚、監督生は困惑した表情でラギーを見つめるだけだった。
「お間抜けさん。それとも、逃げる気なんて最初からなかったんスか?」
彼女の脇腹の横に両手をついて、ラギーは彼女の反応を窺う。
「どういう……」
「アンタ、発情期もうほぼ終わってますよ」
昨日はラギーの一挙手一投足に反応していた彼女の情熱的な身体や、雄が待ち遠しくて堪らないというような反応も、今はすっかりと収まっている。昨日までの彼女ならばどこかうっとりとした表情を隠しもせずに、その態度と表情だけでラギーを誘っていただろう。それが今は気配すらない。
「え……じゃあ私ラギー先輩の土日全部無駄にしちゃったんですか?!」
げっ、と表情を歪めながら監督生はどこか申し訳なさそうな顔すらしている。たっぷりとお互いの身体を楽しんだ翌朝くらいもう少し色気のある素振りをしてほしいものだが、本来の彼女にそれを期待するのはそれこそ、男子校であるナイトレイブンカレッジにおいては酷な話だろう。ラギーは気を取り直した。
「そうでもないッスよ。発情期の件でバイト先からは理解貰ってますし、確かに金は稼ぎそびれましたけど……損はしないようにするつもりなんで」
「……私は一体何をさせられ……あっ、――え、んん??」
怯えた素振りだった監督生はしかし、昨日の昼休みにラギーが求めたものが何だったのか思い出したのだろう。分かってしまった、という顔をした後、困惑に眉をひそめた。
「あの、ラギー先輩」
「なに?」
「……あの、その、おちんちんが……あたっているのですが……」
「当ててんスよ」
「うっ……?!」
びく、と監督生の身体が跳ねた。それはこれから何をされるのかを察した上での、期待ではなく戸惑いのためだった。
「な、なんで……私の発情期、終わったんですよね?」
「まあ、ハイエナの雄が雌の発情期につられるって話、あれ、別に一言も獣人もそうだって言ってないし」
ラギーが言うと、監督生は信じられないものを見るような目でラギーを見返した。ふふん、と少し胸がすくような気持ちになるのは最早性分だろう。
「な、なんっ、え、つまり、え?」
「アンタが発情期かどうかにかかわらず、オレの方こそアンタをそういう目で見てたってこと。……分かった?」
余裕綽々、という態度で彼女の様子をつぶさに観察しながら、ラギーは彼女の柔らかな肌に己の股間を擦り付けた。下着越しだが、ペニスが勃起し、熱くなっているのは充分に伝わるだろう。
表情が、態度が、困惑のために強張りはするものの、ラギーを拒絶しようとはしない。その上で、ラギーはそれ以上強引に意識させるのを止めた。
「どういう意味か分かります?」
「……えと、あの、……」
彼女が恐怖のあまり動けないでいる可能性はかなり低い。そもそも性行為を誘ってきたのは彼女だ。前から気になっていたと零していたのが嘘でないのなら、顔を赤くして縮こまっているだけなのはつまり。
「オレは雄じゃなくて男ってこと。アンタはオレにとって雌じゃなくて女ってこと。誰にも渡したくない、ね」
彼女は憎からずラギーを想っているはずだ。ネタばらしをした時とは違う、熱量のある表情でラギーを凝視する彼女を見遣りながら、ラギーは笑った。
「言っときますけど、昨日からオレ、嘘は一つもついてないんで」
「じょ、情報量が多い……」
混乱してきたのか、監督生の目線が彷徨い始める。ラギーはそれを許さず、彼女の顎を掴むと鼻先がふれあう距離で彼女に息を吹き込むように囁いた。
「単純な話じゃないッスか。アンタがオレを選ぶか、選ばないかってだけ」
ラギーは昨晩の彼女の様子から考えて、彼女が何を躊躇っているのかを理解していた。
「いや、あの、でもですね……」
「昨日のオレ、悪くなかったでしょ?」
「あ、はい。それは勿論」
そこは淀みなく答えるのかと思わないでもないが、で、あるなら、彼女が躊躇っているのはどうしてなのか。そこが分かれば後は行動あるのみだ。
「……他の男も試してみたいとか?」
昨日の様子からそれはないだろうとは思いつつ、彼女の心を揺さぶろうと敢えてそう話を振れば、返ってきたのは拗ねたような表情だった。
「だから、別に誰でもいいわけじゃないんですって」
「えー? 性欲発散するならオレじゃなくてもイイって言ったじゃないッスか」
「あれは一人でもえっちはできるって意味ですっ!」
実際のところ、ラギーは彼女が別の男を引っかけるつもりなのかと欠片でも思った瞬間、はらわたに毒の霧が立ちこめるような思いがした。しかし今、彼女がそう言うのならば。そして本当にラギー以外に声をかけるつもりがない上で、昨晩のリクエストをしてきたのなら。
「シシシッ」
――それは、監督生とラギーの気持ちが重なっているということだ。
順番は前後したが、肌を重ねるように気持ちを重ねればいいだけなのに、彼女は後者を重ねるつもりはないようだった。
「なんか頑張って踏みとどまってるみたいッスけど……オレはもうアンタを離すつもりなんてないんですよねえ」
「……それは、」
「元の世界がどうとかいうのも、アンタが帰りたくても、そんな方法があったならオレがぜーんぶ根こそぎぶっ壊すんで。ここで生きて、頑張った分報われた方がお得ッスよ。原因が何かは知らないけど、ここに来ちまったもんはどうやったってなかったことにはできないわけだし」
彼女を諦めるという選択肢は元々ない。諦めの先に待つのは最後まで戦わなかった負け犬の姿だけ。得るものどころか損しかない。失敗しようがなんだろうが、勝負が付いていないのなら諦める事だけは嫌だった。
それに彼女の方から粉をかけてきたのだから最後まで責任を取るべきだとラギーは思う。なんて奴だと思われようが、そんな奴を好きになったのは彼女だ。
ラギーを見つめる彼女の表情に、ほんの僅か喜色が滲んだ。そこに糸口を見出して、ラギーは笑みを深める。
「でも、元居た所に戻るのは諦めなくていいッスよ」
「え?」
「だってそうでしょ。オレが邪魔するのは、オレがそうしたいからするだけだし。だからってアンタが諦める理由はないじゃないッスか。帰りたいなら、ですけど。それに、アンタは『今まで』を諦めるんじゃなくて、オレを選ぶだけなんで。まあ、あんまないとは思うけど気軽に行き来できる方法があるなら、そこまでは邪魔しなくてもいいでしょ?」
言い聞かせるようにそう言うと、監督生はおもむろに両手で自分の顔を覆った。その手に遮られ、彼女の顎を掴んでいた手を離す。
大きなため息が手の隙間からはみ出て、彼女のこもったうめき声と一緒にシーツの上に落ちた。
「……とんでもない人を好きになってしまった」
小さい声は、一言一句漏らすことなくラギーの耳を打つ。
「でも、好きな人にそこまでさせるのは嫌です。そんなことする余力があるなら……ラギー先輩ともっと居たいって、ずっと側に居たいって思わせてください」
「ふうん? お高くつくッスよ?」
監督生が顔から手を退けた。眉尻を下げながらも柔らかく目を細め、口角を緩やかに上げたその表情は、ラギーの気分を盛り上げるには充分だった。
「おいくらですか」
「人生全部」
「それはお高い」
長生きしないと後が怖そうですね。
そう言ってラギーの身体に手を回してきた監督生に吸い寄せられるように、ラギーは彼女の上に覆い被さった。
「オレの人生全部でアンタの全部貰うんですから、長生きしなくちゃ採算合わないでしょ」
「……そうですね」
ちゅ、と唇が触れあう。何度もしたはずのそれは、朝の空気の所為だろうか、どこか異なる感触のようだった。
ラギーの前で監督生の表情が柔らかく解れる。彼女をただの子どもだとしか認識していなかった頃の事を思い出した。
とんでもない。そんな顔しか見せてもらえない仲でしかないだけだった。
暖かで柔らかな指先がラギーの頬を包む。慈しむような手つきを享受していると、そのうちに彼女はラギーの頭を、髪の毛を優しく梳くように撫ではじめた。
「ラギー先輩が人生をかけるほどの価値があるって、思ってくださっているなんて知りませんでした」
「……目を離したら、絶対どっか行っちゃうでしょ。知ってた? ハイエナって狩りが上手いんスよ」
「動物の、でしょう?」
「さあ? 他の連中がどうかなんて興味ねえし。……アンタがオレにそう思ってくれるんなら、それで充分」
「ふふ。そうですね、ラギー先輩は凄く上手だと思います」
言葉遊びのつもりが正面から手放しで褒められて、ラギーは言葉に窮した。
「……で、オレのちんぽ勃たせた責任、取ってくれる?」
居心地の悪さを感じるほど優しい感覚から逃げるように、ラギーは昨日の話を掘り返すことにした。彼女の下腹部に勃起したペニスを擦りつけながら、首筋を舐め上げる。視界の先、監督生が恥ずかしさに目を伏せ、おずおずと頷く姿を見てラギーは喉が鳴るのを抑えられなかった。
「昨日の……先輩の言い分って、最初からそういうことだったんですね」
やっと分かったとでも言いたげな彼女の喉元に舌を這わせながら、首筋を辿り、軽く歯を立てる。
「やっと気づきました?」
「はい」
一切の抵抗もせずに、ラギーの身体に手を回す彼女の心音を肌で感じながら、ラギーは気ままに彼女の耳を舐めた。毛繕いにも似たそれはただのマーキングだが、彼女なりにラギーの気持ちが分かるのか、ぴるぴると耳を動かしながらも身体はじっとしたままだ。
ラギーの愛撫を受けるばかりだった彼女は、しかし、ラギーの背中にくっつけていた手のひらをするりと動かした。脇腹を通って、足の付け根を辿り、下着をなぞる。
「ん……」
吐息と共にぴく、と反応する。瞬間、彼女の手は止まってしまった。
「もっと触って」
柔らかな毛並みに向かって囁くと、監督生は少し恥じらいつつもそっとその手をラギーのペニスへ這わせた。下着越しに形を確かめるように、竿から亀頭へ。彼女の手に押しつけるように腰を揺らせば、恐る恐る下着越しに竿を掴んだ。
「い、痛くないですか?」
「そこは平気。けど……もっと強くないと物足りねえッス」
彼女の手に自分の手を重ねてペニスを扱く。下着が邪魔で仕方ないが、まだ先走りは出ていなかった。出る前にコンドームをつけないと、とは思いつつ、惚れた女の手の感触を味わっていたい欲は収まることがなかった。
「んっ……」
そのうちに、監督生が自分の力でラギーのペニスを下腹部に押しつけるようにして扱き初めて、ラギーは手を離した。彼女が自分の意思でそうしているのを見て、呆気なく果ててしまいそうな自分に困惑さえした。
「ふっ……♡ ちょっと、待って」
「あ、痛かったですか」
ストップをかけると、途端に手を緩めてラギーを気遣う彼女に苦笑が漏れる。こんな状態でよくラギーを抱かせろなどと言えたものだ。絶対に途中で中止になっていただろう。
「いや……ゴム、つけないと」
彼女の肌に射精するのは興奮するが、考えなしにぶちまけて彼女が妊娠するリスクは冒せなかった。
ラギーが身を起こし、コンドームを取ろうとした矢先、監督生の声がそれを引き留めた。
「ラギー先輩、あの……その、口で、しま、すか」
「は、」
「その、したことないですけど、とにかく歯は立てないようにするので……そうしたら、シーツも汚さないし」
「アンタ、それ」
フェラチオのみならず、精液を飲むとでも言いたいのだろうか。彼女のベッド周辺にはティッシュの姿は見当たらない。口で受け止めた精液を処理するには、ゴミ箱かどこかに吐き出すか、飲むしかない。
知らず唾液を嚥下していたラギーの前で、監督生は許しを請うような目でラギーを見上げていた。女性優位の種族ではまず有り得ない光景に再び喉が鳴る。彼女の口に吐精するだけでなく、喉やその奥まで自分の精液が入り込むのだと思うと知らず尻尾が震えた。あまりにも甘美な提案だった。
「……まあ、オレはいいッスけど。昨日だってそう言ったし」
お好きなように、と続けると、彼女の顔が綻ぶ。それを見て、飽くまで彼女に選ばせる自分の性根にラギーは天を仰ぎそうになった。昔から女性優位であったハイエナの獣人の性質(さが)がこんなところで顔を出すということは、つまり。
(オレめちゃくちゃ監督生くんのこと好きじゃないッスか……)
心を許していないのならこんな風になることはない。彼女に気づかれる前に自覚できたのは僥倖と言うよりほかなかった。いくら惚れ込んでいても主導権を握られているのは癪だ。
「じゃ、じゃあ、ぜひ」
ラギーの胸中も知らず、監督生はつつ、とラギーの下着のゴムに指を引っかけた。今ではこれを子どもだと思っている奴の気が知れないとさえ思うのに、自分以外の誰も気づかなくていいとも思う。
掛け布団と共にラギーが身を起こすと、監督生も同じように上半身を起こして、ラギーの下着をずり下げた。寒さなどもう気にもかけていなかった。
自然と彼女の顔とラギーの勃起したペニスの距離が近づき、彼女の吐息が触れる。
ペニスという雄の猛りを興味津々に見つめる監督生の顔からは、怖じ気づいた様子は見られない。既に何度もこれに犯されているのだと言うこともあるかもしれないが、彼女の気質としてそもそも異性の身体や反応に興味があるのかもしれないと思う程、その視線には淫靡な気配よりも好奇心が多分に含まれていた。
さり、と彼女の指先がラギーの下生えを梳く。それに反応してラギーのペニスが揺れると、監督生は学者が新しい発見をしたような声を上げた。
「動いた!」
どこか無邪気な姿と、これからやろうとしている事が合致しない。といって、発情期の内に唆してしゃぶられておけば良かったとは思わなかった。
(発情期の監督生くんにフェラなんかさせたら、そのまま乗っかられて搾り取られそうだったし)
そういう内容が好きな男もいるだろうが、ラギーはあまり好まない。状況を動かすのは自分でないと嫌なのは生い立ち故だろう。
尻尾が揺れる。彼女のハイエナの耳はその興味と同じようにラギーへ向けられていた。体勢を変えて、膝立ちになっているラギーのペニスに顔を近づけやすいように、半分寝そべるようにして、顔に掛かった髪を手で除ける仕草をした。それが妙に色っぽく、ラギーはこくりと喉を鳴らした。
彼女がラギーの太ももに両手をそっと置いて、ぺろりとペニスの先を舐めたのはその直後だった。躊躇いはなかった。
「んっ……」
分かってはいたが、望んだ相手から齎(もたら)される快感の強さに思わず声が漏れる。過剰な反応にも思えてラギーはしまった、と思ったが、監督生はラギーの色好い反応に安心したのか、そのまま亀頭を何度も舐め、少し口に含んだ。ぎこちなく口で扱く仕草をした後、そっと唇を離して竿に舌を這わせはじめる。
もどかしくて堪らない。下手くそで、ぎこちなくて、それでも歯を立てないようにそっとペニスを口に迎える彼女の様子を見ていると、ラギーは胸の中がそわそわと落ち着かなくなった。次第に先走りが出始めて、溢れるそれを彼女の舌先が掬っていく。
何度も彼女が嚥下する気配を感じる度に、ラギーは勝手に動き出してしまいそうな身体を押しとどめるのに精一杯だった。
「……手、使って」
「ん、こう、れすか?」
「っ♡ ……そう、竿は手で扱いて。ゆっくり……大きく動かして……先っぽは吸いながら、……うん、そうやって舐めて。唇で挟み込んで、そっちも扱くみたいに。あとは……オレがやったの、覚えてる?」
素直に従う彼女の姿に気持ちが高揚する。そうして最後に彼女の頭に散々乱れたことを思い出させる言葉を吹き込むと、監督生の舌使いが一気に変わった。
「く、んっ……♡ 上手、ッス」
器用で経験のあるラギーほどでは勿論なかったが、動きが大胆になり、ぴちゃぴちゃと水音がし始める。ラギーのペニスには彼女の唾液と先走りが混ざりあったもので濡れていた。彼女の口元も同じように濡れ、顎を伝っている。それでもじっとペニスに意識を向けながらフェラチオに励む姿は、ラギーの視覚にはあまりにも刺激が強かった。
下腹部が気持ちいい。もう何度も彼女の肌を愛撫し、その膣で果てたというのに、肌を重ねるだけの快楽とは違うものが混じってラギーの思考を乱していく。あっという間にせり上がってくる射精への欲求にぐるると喉が鳴った。
でそう、だしたい、でももうすこし。
彼女を怯えさせない程度に腰が揺れる。むせないように調整しながらもラギーのペニスを咥えて頭を動かす彼女の耳を優しく指先で触れながら、一度口を離してラギーの反応を見ることも考えつかないらしい監督生の耳に吐息を落とし続けた。腰に快感がたまり、ラギーの声はそれに比例するように上擦っていく。
「気持ちいいッスよ……ん、もう、すこし……あ♡ っ♡♡ ……そう、ん、そこ、もっと……っ♡ あ、イきそうかも……♡♡♡ ん、あ、イクっ♡」
監督生の肩を掴み、腰を押しつけすぎないようにと力を込める。しかし監督生はラギーの意図を無視するように一番深くまでくわえ込もうと頭を動かし、ラギーは慌てた。
「♡♡っ♡ ま、っ……!」
「ふ、んぐっ」
咄嗟に彼女の頭を掴み、固定する。身を固くし、びく、びく、と断続的に快感が飛び、その結果が監督生の口の中へ迸るのを感じる。彼女の口腔を犯している。そのこと以外に何も考えられず、ラギーは快感に身体を支配された。
ラギーの腰が最後まで精液を吐き出そうと揺れる。その頃には多少理性が戻り、監督生が嘔吐(えず)いてないかかろうじて考えることができた。彼女に経験がないことは最初の拙さで充分に分かっている。心配もあったが、なによりも折角本人が飲むと言っているのだ。吐かれてしまっては――なんだか、損をした気分になりそうで。
ふるり、と尻尾の毛まで震わせてから、ラギーは監督生の頭を優しく持ち直した。未だにラギーのペニスを口に含んだままの彼女が、ラギーの手つきと息づかいに反応してそろりと唇をずらしていく。そうしてそのまま、緩く音を立てて離れていった。
てらてらと濡れた彼女の口元は扇情的で、射精した直後でなければベッドへ押し倒していただろう。今にも走り出してしまいそうな衝動でこそないものの、官能的な姿であることには違いない。
「……ご、めん。大丈夫ッスか」
いくらでも劣情を催せる気がする、と思いながら、ラギーは監督生の様子を窺った。彼女は直ぐに返事をせず、一つ首肯した後、目線を落としたかと思うと手で口元を押さえた。
ああは言ったものの、やはり嚥下するに堪えないのかもしれない。かと言って自分から言い出したためにラギーの前では口から吐き出せないのかもしれない。
そう思って、ラギーは何か適当なものはないか素早く目線を部屋に走らせた。が、記憶にあるとおり手頃なものはなにもなかった。ティッシュ箱くらいなら今度持ち込んでもいいかもしれない。
「無理なら吐き出していいッス、よ……」
言いながら、ラギーは彼女の喉元が動くのを感じた。何度か繰り返されたそれが終わると、監督生が顔を上げてラギーを見上げる。
「……味、よく分かんなかったです」
口元に手を当てたまま、肩透かしを食らったような声でそう言った監督生に、ラギーは今度こそ片手で顔を覆い天を仰いだ。
「ラギー先輩?」
「……なんでもないッス。口ん中気持ち悪くない? オレは水しか持ってきてないけど、なんか飲みます? それとも先に風呂にしましょうか」
無垢な言動と実際にやっている『精液を飲み下す』行為のちぐはぐさに胸が騒ぐ。ラギーは監督生が発情期を終えたことにより、今まで理性を容易く投げ出し、快感に夢中になっていた事に助けられていたことを痛感した。
平時の彼女を自分のペースに持って行くことが難しく感じる。気持ちを落ち着けるために一度自分もリセットしたいという気持ちで提案したが、監督生が朝風呂なんて贅沢だところころ笑いながらも支度をしようと動き始めるのを見てほっと息をついた。
助かった。
この時ラギーは確かにそう思った。
数分後、風呂の支度をととのえて二人一緒に入った浴室で、泡だらけの監督生に身を寄せられるなど、微塵も期待していなかったのだから。
湯船につかる前に身体を綺麗にしようと、狭いスペースで身体を洗っていたはずだった。その時に思いついたのは、本当に微かな悪戯心。
「……洗いっこでもします?」
そう言って監督生の反応を見てからかうつもりだったのだ。だが、実際に壁際に追い詰められていたのはラギーの方だった。監督生はあっさりと了承し、ラギーの身体に自分の身体を擦り付けてきたからだった。
「へ、いや、ちょ、ちょっと」
どこもかしこもラギーとは異なる柔肌がぬるりとラギーの肌を撫で、彼女の胸の膨らみがラギーの身体に沿って形を変える。自分の身体を使ってラギーの身体を洗おうとする艶めかしい動き。健全な男子高校生のペニスが反応したのは当然の帰結だった。
「へへ、ラギー先輩のおちんちんまたおっきくなりましたね」
嬉しそうにペニスをゆるゆると扱く監督生の手つきは、慣れてこそいないものの随分と大胆だった。悔しく感じるよりも先に快感を与えられ、ラギーはひくりと喉を引きつらせる。己の意思ではどうにもならない股間のイチモツは、彼女の手の中で硬さを増すばかりだ。
「んっ……なんスか、随分と……いや、最初から積極的でしたねそういえば」
「……実は、ラギー先輩にお願いがあって」
ラギーの腕を取ったかと思えば、胸の間と内股で挟み込みながら、監督生が腰を揺らす。彼女のクリトリスがラギーの腕に触れ、彼女もそれで快感を得ているようだった。
浴室内と言うこともあってか声が反響して、吐息さえ甘く聞こえた。
「……やっぱり、獣人になっている今のうちに先輩のこと抱かせて欲しいんです」
「……は?」
ペニスに触れられ、蠱惑的な肉感にうっとりとしていたラギーの頭に、突如としてやってきた言葉。迂闊にもそれを理解するのに珍しく時間を要してしまったラギーは、彼女の真意を問うよりも先に、優しく己の尻尾を掴まれていた。
「う、あっ♡」
びく、と腰が揺れる。触ってもいいのにと思ってはいたが、いざそうなると状況を考えろと言いたくなるのは、今がラギーにとって決して手放しで悦べないものだからだ。
自由になったはずのラギーの腕は、彼女の身体を突っぱねることはなかった。かと言って、彼女のクリトリスに手を伸ばそうにも、監督生がラギーの胸板に頬ずりをするために若干腰を引いており届かない。乳首を狙おうにも、尻尾を優しく弄られると全く集中できず、結果両手は空を掻いた。
「さっき……口でしてて思ったんです。私、もっとラギー先輩の可愛いところ見たいなって……」
「んっ♡ ちょ、やめ、……っ♡」
彼女の尻尾を散々愛撫したのはラギー自身だ。まさか己の技術に足を掬われるとは思っていなかった。ラギーがしていたように、監督生も優しくラギーの尻尾の付け根を指先で摘まみ、くりくりと円を描くように刺激してくる。
ペニスを扱く手も止まらなかった。どちらも巧みとは言いがたいが、決して無視のできない快感を確実にラギーへ与えてくる。その上、彼女が何を思ってかラギーの小さな乳首に甘く吸い付き始め、何か感じてはいけないものを感じそうな予感にラギーの息は震えた。
「っは、ん♡ く、ぅ……♡」
「ラギー先輩、お願いします。先輩からのえっちなお願いなら、他の人が絡まない範囲で私もやるので……」
「何気なく厚かましいッスね?! って、そうじゃなくて……っふ……♡ だったら、アンタはオレからお願いされたら、っ、自分のケツ開発されてもいいって言うんスかっ」
「いいですよ」
あっさりとした返答に、いよいよ言葉に窮することになる。ラギーは今自分が墓穴を掘ったことを理解してしまった。
「私の全部、ラギー先輩にあげるって言ったの……嘘じゃないですし。だから、直ぐにやり返されなくても……その、人間に戻ってからもずっとお尻をえっちな所に変えられちゃってもいいと言うか……」
「なっ……ん、で、そこまで……っ♡」
彼女がラギーの乳首を片方ずつ丁寧に舐める様子が、その赤い舌先がちらつく度に先ほどのフェラチオを想起させる。ラギーの頭を鈍らせていく。
尻尾とペニスを弄られていることで、余計に頭が働かない。その上この場所でお互い安全に距離を置く手段も思い浮かばず、結果ラギーは浴室の壁際で、監督生の愛撫をじっと受けざるをえなかった。
分かってやっているのか、と悔しく感じるが、分かってなければフェラチオが終わって直ぐに言い出していただろう。彼女も時と場所を選ぶようにはなったらしい。
散々普段の彼女に「そんなことではサバンナでは生きていけない」などと言っていたのが徒になったのか。
ラギーはらしくもなく現実逃避のようにそう思いながら、彼女を貪りたい欲求に耐えるしかなかった。コンドームもなしにそれはまずい。それさえも織り込み済みなら負けを認めるしかないかもしれない。
「ラギー先輩が好きだからに決まってるじゃないですか。ラギー先輩だって……私のえっちなところ、もっと見たくないんですか?」
否。完敗だった。
「……ちょっと……それについてはサバナクローまで持ち帰っていいッスか……」
「私には実質今日と明日しか時間がないんですよ?」
「ひうっ」
ぐり、とラギーの尻尾の付け根を強く摘ままれて、ラギーは上擦った悲鳴を上げた。快感がぐるぐると腹の中を暴れ、解放を求めてラギーの思考を踏み荒らしていく。
「っ……♡ せめてもうちょっと冷静な頭で考えさせて……おねがいだから……」
かろうじてそう返したラギーに、監督生はにっこりと笑った。
「じゃあ、直ぐそこにコンドーム持ってきてるので、一回抜いておきましょうか」
絶対泣かす。
弱々しく快感に喘いでしまった事への悔しさと、すがすがしい程に小憎たらしい彼女の顔に、ラギーの喉は低く鳴った。
※web版はここまでです。
2020/12/06 pixiv掲載 2020/12/10 UP
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