この話には性描写が含まれるため、18歳未満の方の閲覧を固くお断り致します。

待ては上手に

 車暮らしは存外楽しいものだ。
 現代社会で真っ当に働いて、周囲の期待に応えるだけの能力がないことに気づいて、貯金を叩いて車を買った。改造してキャンピングカーにして、今はアルバイトをしながら動画投稿や配信もしつつ、気ままな一人旅暮らしを謳歌している。
 郊外を転がすことも多いけれど、カリュドーンの子の縄張り、ブレイズウッド周辺で大人しくしていることもあって、今のところ危ない目にあったことはない。
 カリュドーンの子はいい。対価があれば燃料の心配もないし、ブレイズウッドにはカロリーの高いキャンプ飯みたいなご飯がある。
 けれど、郊外には気軽に借りられる公衆トイレやシャワールームはない。そういうものはどちらかというと新エリー都の近く、断層の手前までで、新エリー都から離れた場所というならば衛非地区やポートエルピス、ファンタジィリゾートの方まで足を伸ばす必要がある。
 私が買った車はそんなに大きくないから、小さなシンクをつけることはできても、トイレやシャワースペースを確保することはできなかった。
 今日は久しぶりに衛非地区まで足を伸ばして、休憩用の路肩に遠慮なく停めて一泊するところだった。
 ――ドアをノックされるまでは。

「よっ」
「……こんばんは」
 リズミカルなんだかとんちきなんだか分からないリズムのノックは彼の訪問の合図だ。
 カリュドーンの子でチャンピオンなんてやってる厳いこの男は、ライト。キザったらしいかと思ったら、急に可愛らしいことを口走ったりする不思議な愛嬌と魅力がある良い男だ。当然のように顔も良い。喧嘩の回数と同じくらい女から告白されているとかなんとかいう、自分には縁のなさそうな世界の話を耳にしたこともある。
 私から言えば、人懐っこい野良犬のような人。
「酒を飲んじまってな。泊めてくれ」
「……泊まるために飲んだ、の間違いじゃなくて?」
「野暮なことを言うなよ」
 口元に軽薄な笑みを浮かべて、サングラスの奥の瞳が「いいだろ?」と上目遣いに見てくる。
「あなたみたいに図体のデカい男を寝かせるスペースなんてないわ」
「インフレータブルテントもってたろ」
「こんな路肩でやるわけないじゃない」
 インフレータブルテントは空気を入れて建てるテントのことで、小さくて簡易的なロッジみたいな形をしている。本当にゆっくり過ごしたいときはそれを建てて、中には同じく空気を入れて使うソファだのベッドだのを持ち込んで、時にはストーブなんかも入れて寛ぐのだ。
「それに、テントの準備と片付けは私がやることになるんだもの。誰か他の飼い主さんのおうちでねんねしてきて」
「おいおい……そんなつれないこと言うなよ」
 困ったように眉尻を下げる。当てが外れた、という顔。もしくは……最後の頼みの綱が、ダメだったときみたいな顔。
 そんな顔も様になるから色男というのはすごい。
「寝相はそんなに悪くない」
「あなたが良くても私は嫌なの。狭いし、寝返りも打てないわ」
 懐こい野良犬。でも、野良犬だ。私の犬じゃない。他にも愛想を振りまいて、一時身を寄せるだけの『飼い主』は山といるはずだ。
「そう言うなって。気にならないくらいよくするから」
 言って、ライトがさっと唇を奪う。間近にあるサングラス越しの目に灯る温度に、ため息を一つついた。


 どうせ持ってないんだろうとコンドームを置くようになったのはいつからだっけ。
 知り合い……と言うくらいには会話をするようになって、ふらっとバイクを転がすこの男が、喧嘩帰りにテントに飛び込んできたのが最初だったかな。
 手当のお礼にと押し倒されて、ゴムがないから嫌だと言ったら、次に来たときに箱ごと置いていった。
 この男はそういう人なんだ、と思ったら、避妊さえしてくれるならいいか、とも思った。
 だって、どうせ、この人には沢山そういう存在がいる。そこに紛れることに躊躇いはなかった。期待もなかったから、未だにうっすらと胸の中にはびこる恋心も育たない。
 育つほどの接点がない。
 だって、あれ以来彼はこうしてふらっと来てはセックスをして、それだけなんだもの。
「っぁ……、ん、ちょっと、ゆさぶら、ないで」
「ん……痛いか?」
「車が、揺れる、から」
 お互い横になって、ライトが私の片膝を後ろから抱えて、挿入している。散々吸われた胸やクリトリスはじんじんと痺れて、今や触れられていないのに甘く疼いていた。
 ライトの鍛え抜かれた筋肉で、こんな小さな車を揺らすなんて簡単なことだろう。けれど、こんな夜にキャンピングカーが揺れてたら、心配する人も言えれば好奇心で寄ってくる人もいるだろう。どんな理由であっても人が来たらどうするの、と言うと、ライトは「はっ」と笑い飛ばした。
「あんたの良い声でも聞かせてやりゃいい」
「あっ、んん……! やだ、ってば」
「ついでに、あんたの相手が俺だってことも見せつけてやるか」
「も、う……っ、ん、この車、私のだって、知ってる人、おおいん、だから、ぁあんっ」
 狭いのもあって、そんな激しい腰遣いはできない。そのはずなのに、ライトがゆっくりと腰を動かすせいで、彼と私が擦れる感覚が生々しいほど分かって、恥ずかしくなる。
「他の男が寄ってくるのは困るな」
「ぁ、――っ!」
 恥じらいを感じてすぐに、ライトが最奥をこつこつと虐めるせいで快感が熱く爆ぜた。
 身体をぶるぶる震わせて絶頂した私を、彼の腕がいよいよ押さえつけるように抱き込んでくる。
「いい締まりだな……っ」
「ん、んっ、だめ、いまだめだからっ、ライトぉ、だめ、っまたイっちゃ、ぅ」
「いいぜ、何度でもイってくれ……真琴
 熱い吐息と共に名前を呼ばれ、ぐっと強く奥を押される。
 何度も彼と繋がり、彼を覚えた身体は呆気なく快楽に飲まれた。
「あっあっ、あ、あぁっ」
「っふ……俺も出る、出す、ぞ……っ」
 長いストロークで中を余すことなく擦られて、達した身体はまた絶頂を味わいたくて勝手に腰が動く。それさえ押さえつけられて、身動きもままならないまま彼の欲望を押しつけられて、私は一番激しい快感に嬌声を上げる余裕もなく全身を貫かれた。


 目が覚めると、案の定彼はもういなかった。
 なんだ、やっぱり朝にはいないんじゃない。やっぱりテントなんて出さない方が良かったんだ。
 なんて、拗ねることさえできない。口を結んだゴムと、破かれた封が申し訳程度に集められていて笑いがこみ上げる。
 彼はいつもそうだ。朝には自分の巣へ帰っている。彼の居場所は、飼い主は、家は、カリュドーンの子なのだ。
 きっとカリュドーンの子たちには手を出してないんだろうなと思うと本当に笑えてきて、でも出てきたのは引きつったような嗚咽だけだった。
 ぐっと喉を絞って、押し込む。これで何度目だ。
 気持ちを落ち着けるために何度か深呼吸をして、身支度をした。
 ――このキャンピングカーとはもうお別れだ。新しいオーナーは決まっていて、今回は受け渡しのためにここまで来たのだから。
 ちなみに、新しいオーナーには状態の良い小型バスを融通してくれる人を紹介してもらって、私も新しい車に積み荷を移動させ、新しい生活を始めることになる。勿論タダではないので、しばらくはまたアルバイトを頑張らないといけない。DIYで改造もしたいし、その間旅はしないとも決めている。
 衛非地区で知り合った子達の伝手で住み込みで働ける場所も決まったから、半年か、一年か……とにかく、郊外に行くことはないだろう。
 部屋の片付けをして、改めて変な汚し方をしなかったかを確認する。クリーニングはあちら側で行うという話だったけど、流石に行為の名残があるのはマズイ。
 きっちり確認を済ませると、お湯を沸かした。コーヒーとインスタントラーメン。こういう気分の時はこういうメニューにすると決めているから迷うこともない。
 ばいばい、ライト。
 二度と会うことはない……なんてことはないだろうけれど、こんな風に過ごすことはもうない。そのはずだ。


******


 新エリー都の駐車場で、ライトは見知ったキャンピングカーを見つけた。
 この半年、ずっと探していたものだった。だからつい目で追いかけた。運良くドライバーが出てくるところで、一番良いタイミングを見計らって声を掛けようとした。
 だが、降りてきたのは彼女ではなかった。女性ではあるし、年回りも近いだろう。しかし、彼女ではない。
 あげそうになった手を引っ込める。が、迷いは僅かだった。
「すまん、この車の前オーナーと知り合いなんだが……少し、話を聞いても良いか?」


 ナンパかと思われてドギツい警戒をされたものの、必要な話は聞くことができた。
 彼女の配信を見てキャンピングカーが羨ましかったこと、フォーラムで彼女が『次は小型バスくらいのスペースは欲しい』と言っていたのを、父親のツテで融通できそうだったため交渉し、ディーラーに間に入ってもらい書面を整えて無事に売買を終えた。今は父親の名義ではあるが専ら自分が運転している、など。
 しかし彼女の情報に関しては一層警戒されて、『個人情報だから』と何も教えてもらえなかった。
 それでも、全く収穫がなかった半年に比べれば良い情報だった。そもそも、ライトは彼女が配信で小遣い稼ぎをしていたことも知らなかった。
「バカですの?」
 手に入った僅かな情報を元にチームの参謀に何か手はないかと話をすれば、まず初手で胸にくる一撃をもらうことになった。
「あれだけ尻尾を振っておきながら殆ど身体の関係しかなかっただなんて、ライト、あなたそんなにフィジカルだけの男だったかしら」
「面目ない」
 頭を踏みつけてぐりぐりと詰るような言葉も、甘んじて受けるしかない。
 郊外に来たとき、カリュドーンの子の庇護を求めてきた彼女はまだどこか初々しく、ライトにとっては客人程度の認識でしかなかった。
 それが、自由気ままを謳歌する彼女と酒を酌み交わすうち、一向に自分に秋波を送ってこない様子にどんどんのめり込んでいった。
 自惚れでなくライトはモテる。カリュドーンの子に拳以外の厄介事を持ち込みたくなかったため、決闘以外のラブレターは全てお断りしているが、かと言って女性と一夜をともにしたことがないわけではない。
 大体は合法的に対価を払って発散してくるのが常だった。
 しかし、彼女がそういうライトの性生活を把握しているわけもなく、最初の方にした軽口の一環にすぎないモテ自慢をどう解釈したのか、彼女の中でライトは随分と奔放な男になっていた。
 困った、と思いながらも、挽回する方法も思いつかない。枯れた男だと思われるのもお断りである。
 仕方がなく彼女のキャンピングカーに転がり込んだのを機に、見つける度に転がり込み、丁寧なセックスで気持ちを伝えていたのだが――それがつもりでしかなかったことは、この半年、彼女がライトに何も言わずに姿を消したことからも明らかだった。
 ライトとて、薄々は感じていた。受け入れられたのはライトの気持ちではなく身体の方だったのだ。最初に避妊なしではしないと言われた時に持っていったコンドーム。幾度も彼女と肌を合わせていれば数はあっという間に減っていく。案の定途中でなくなって、途中で止めるにも収まりがつかず、さてどうしたものかと考えあぐねていると、しれっと彼女が新しいものを出して来た。
 一度の逢瀬で何度も使う自分を棚に上げ、その時ライトは思ったのだ。肌を重ねている男は、きっと自分だけではないのだろうと。自分は彼女に懐く犬の一匹に過ぎないのだと。
 いくら行為の最中に名前を呼んで求めても、返ってくるのは甘い嬌声だけで、束の間の幸せを享受するだけでもいいだなどと自分を誤魔化した。
「仕方ありませんわね。取り敢えず、彼女の配信は見つけたんですの?」
「ああ」
「アーカイブは」
「ある」
「では、そこから辿っていくのが良いでしょうね。というか、分かっているならもうやったのではなくて?」
「まあ、一応は。今はファンタジィ・リゾートで住み込みで働いてるそうだ」
「……はあ?! それだけ分かっていたらさっさと行ってきなさい! 何をグズグズしているんですのっ?!」
「そうは言うがな、どの面下げて何を言えばいいか分からん」
 ライトの言葉に、参謀はこれ見よがしにため息をついた。
「そんなもの、彼女を見つけて、情けなく惨めったらしく追い縋って! どうにか話を聞いてもらえるようになってからでしょう! そうやっていつまでもスカしているから彼女に捨てられたんですのよ?! いい加減学びなさい!!!!」
 いよいよ物理的にバットでかっ飛ばされそうになり、ライトはひらりと身を翻した。


******


 半年経った。小型バスって大きい! 最高! しかも今のバイト先はお給料は安いけど住み込みだから、ゆっくり作業ができる。
 紹介されたのはファンタジィ・リゾートでの清掃員の仕事だ。朝昼晩とそれぞれ決まった時間にゴミ拾いをする。その中でもトンボの先がざるみたいになってる器具で砂浜をならしながら行う清掃作業は結構楽しい。落とし物とかもあるからマメにあちこち動くことになるけれど、接客とか棚卸しなどの在庫管理よりは気が楽だ。金属系のゴミはお金になるそうだから、足元の安全のためにも何度も往復して綺麗にした。
 たまに気が大きくなったお客さんに絡まれたりすることはあれども、どうしようもない人は殆どいない。月給月給制で、どんなに頑張ってもお給料は変わらないけれど、治安も最高で、良い職場だった。
真琴さん、ちょっといい?」
「はーい!」
 今日も今日とて砂浜でせっせとゴミ集めをしていると、ファンタジィ・リゾートの管理人であり、経営者でもあるテレーゼさんに声を掛けられた。手招きをされたので、道具から砂を払って、急いで向かう。
「なにかありました?」
「それがね、その……あなたを訪ねてきた人がいるのだけど……今はちょっと、船上バーにいるようにお願いしていて……ほら、あそこの、」
「……え」
 テレーゼさんが指さした先には、見覚えのある背中があった。衛非地区で知り合った逞しいシリオンの男の子にも劣らないタッパ。尖ったファッション。動くとぴょこぴょこ跳ねる毛先。赤いマフラー。
 間違えるはずがない。ライトだ。
「なんでこんなところに……あ、っていうか、私を訪ねてって?」
「ええ。あまりにもじっとあなたを目で追っているものだから、最初は不審者かと思って声を掛けたの。そうしたらあなたと知り合いで、仕事の邪魔をしたくないけど、少し話ができれば……って言うから。あなたにも聞いてみて、危なそうだったら通報しようかと……」
「あ、いや、あの人は別に怪しい人でも危ない人でもないので、通報はしなくて大丈夫です」
「……そう? でも本当にずっとあなたのことを見てて……」
「あー……心当たりはあるので、ハイ」
「もし良かったら、給湯室で話をしてもいいわ。何かあれば大声を出せばすぐに分かるし、通報もできるから!」
「いや、通報は本当に大丈夫なので。それに部外者をバックルームには入れませんよ。ステージの後ろなら多分邪魔にならないと思うんで、ちょっとそっちに行ってきますね」
 心配してくれるテレーゼさんに断りを入れて、船上バーへ向かう。近づいて肩を叩くより先に、あっちが私に気づいた。
「久しぶりだな」
「……えーっと、うん。そうね。なにか話があるんだって? 邪魔にならない場所でしたいから、ついてきてくれる?」
「ああ」
 今までにしたことがないくらいぎこちないやりとりをしながら移動する。同じく雇われのスタッフのミーアやヘレンといった子達がキラキラした目をしたりそわそわと心配そうな目で見てくるものだから、大丈夫だよという気持ちを込めて笑顔で手を振っておいた。
 無言のまま歩いて、ライブステージの後ろにたどり着く。
 うん。ライブの準備もまだ始まってないから、誰もいない。
 振り返って、いよいよ彼と向き合った。
「……それで、なにか用事?」
「いや……あー、まあ、なんだ」
 言葉のキレが悪すぎる。私が目を丸くしていると、彼はくしゃくしゃと頭を掻いた。
「元気そうだな」
「まあね。……ああ、もしかして心配してくれてたの? それはごめん」
 彼の周りには有象無象の女性がいる。でも、流石に全部と身体の関係があるわけじゃないんだろう。ちょっとは気にされていたのか。目印である車以外も。
「それはそうなんだが、ちょいと違くてな」
「?」
「……流石に、凹んでる」
 困ったように眉を下げて、ライトが目を逸らした。
 どういうことだろう。あ、つまり慰めて欲しいってこと?
 腕っ節の強さは証明されている。なら、喧嘩で負けたとかそんな話じゃないんだろう。
 ここまで落ち込むだなんて、色恋沙汰以外あまり思い浮かばない。
「もしかして本命の相手がいたのに振られたの?」
 ぎく、とライトの身体が私から見ても分かりやすく強張る。スー、とわざとらしい音を立てて息を吸い込むものだから、笑ってしまった。
「一人に絞らないからよ。あなたほどの人なら、本命だけ相手にしていれば逃げられなかったのに」
 女に困らない彼が、本命にフラれるだなんて。でもそうよね。どんなに人気があっても、モテていても、本当に好きな相手から同じ好きが返ってくるとは限らない。
「……一人に絞ってた」
「え?」
「別にあちこちフラフラしてたわけじゃない。そいつ一人だけだった。でも逃げられちまったのさ」
「それは……お気の毒に」
 この人でも失恋するんだ、と思うと、いたたまれない気持ちになる。
「すぐに身体から始めようとしたんじゃない? ヤり捨てされると思われたのかも」
「……いや、その前から面識はあったし、向こうから声を掛けてくることもあった」
「ふーん、手応えはあったんだ」
「酒も一緒に飲んだ」
「二人で?」
「……」
「みんなでかぁ。流石にちょっと弱いんじゃない? ちゃんとアピールしたの」
「セックスはした。一度や二度じゃない」
「え、それだとセフレじゃない?」
 彼の目が完全に逸らされ、角度のせいかサングラスで見えなくなる。
 嘘はつかないくせに正直に答えない彼に、呆れが先立ってくる。
「好きも言わないでやることだけやるなんて……ていうか、私とあなたの関係そのままじゃない。そりゃいつでも切れる関係だと思われてもしかたないわよ」
「そう思ってたのか」
「まあそりゃ……そうでしょ」
 どこかショックを受けた様子の彼に、困惑しながらも頷く。本命にもそんな扱いしてたんなら自業自得では? もっと恋愛偏差値の高い人だと思ってたけど……。
 ライトはもう一度頭を掻くと、ふっと腕を下ろした。
「切られたくなくて追いかけてきたんだ」
「ふーん? あ、用事ってそれ?! でも私、あなたの交友関係なんてしらな」
「あんたを。俺の本命はあんただ、真琴
 ずらした顔、ずれたサングラスから覗く目に射貫かれて、束の間、息が止まる。
「……え?」
「あんたに惚れてる。あんたも満更じゃなさそうだったから仕掛けた。一度目は断られたが、ゴム持って行ったら受け入れられて、俺はすっかりのぼせ上がって、浮かれポンチになったってわけだ。その時点で気持ちが伝わったんだとな。
 でも、そのうち段々とあんたが誤解してることに気づいた。俺はいくつもの女をとっかえひっかえするような男で、あんたはそのうちの一人なんだってな」
 珍しく口数が多いライトの言葉の途中で呼吸を思い出し、静かに吸って吐いてを繰り返す。けれど、頭の方は全然動いてなかった。
「どう誤解を解いたもんかと頭を抱えたが、発端が見栄張って嘯いた自分とあっちゃあ、ケツ拭くのも自分じゃなきゃメンツが立たねえ……。
 ってのも格好つけてるだけだな。実際はウチのお嬢様にケツ叩かれて、泣き落としでどうにかなんねえかと思って今ここにいる」
 そこで彼の言葉が途切れた。最初は真っ直ぐだった強い視線は、徐々に弱くなって、今は切なく揺れて私を見つめている。まるで叱られてピスピス鳴く犬のよう。
 まるで私が飼い主みたいだ。……え、本当に? 私にだけ?
「え、っと……つまり? どういうこと?」
「俺が悪かった。あんたの勘違いに気づいていたのに、あんたに置いてかれるまで何もしなかった。そのくせ、いざ切られたら慌ててあんたを探して、追い縋ってる」
「そうだけど、そうじゃなくて、」
「なあ、俺を捨てないでくれ、真琴
「ちょ、ちょっと待って!」
 いじらしい態度で手を掴まれたかと思ったら、あっという間に抱き寄せられる。咄嗟に彼の胸に手を置いて力を込めたけど、彼が許す範囲しか突っぱねることはできなかった。
 さわさわと、彼の手がお尻を撫でてくる。
「もうっ、こら、こういうことするから身体目当てだと」
「すまん」
 ……かと思えば、ぱっと手を放されて、もうどうして良いか分からない。
「私、別にあなたを捨てようと思ったわけではないんだけど」
「じゃあ彼氏にでもしてくれるか」
「……ふらっとやってきてセックスだけして、朝にはいなくなってる男は彼氏ではないわね」
 時間稼ぎのような言葉しか出てこない。これではダメだと思うのに、以前のようなやりとりが惜しくて、話を切り上げられない。
「じゃあ、どうすりゃいい」
「自分で考えるものじゃない?」
「あんたの言う通りに努力できたら側に置いてくれ」
「だから、彼氏ってそういうものじゃないでしょ」
 ドッドッドッドッ。
 今更心臓がどきどきしてきて、切ない期待に胸が痛くなってくる。
「……あんた、本命と上手くいってるのか」
「は?」
「他にも男がいるんだろう? 俺じゃ逆立ちしたってあんたの一番にはなれんのか」
「なになに、なんの話? いないわよ誰も……シてたのだって、ライトだけだけど」
「……ゴムを常備してたのは」
「流石に避妊はしないとでしょ。それに、一番最初、あなたそのまましようとしたじゃない。そういうことするのにゴムを用意しない人なんだと思って、」
「じゃあ、俺を受け入れたのは、」
「……まあ、いいなと思ってた人だったし、求められたら悪い気はしないでしょ。それに……誰もあなたの一番にはなれなさそうだったから、じゃあ沢山のうちの一人でも良いかと思って」
 ああ、もう。恥ずかしいな。なんで白状してるんだろう。
 ……そんなの決まっている。ライトが先にゲロったからだ。格好悪くても何でも、正直に話してくれたから、口が滑っている。
 もう一度ライトの両手が私の身体を包む。今度はもう突っぱねなかった。頭を彼の胸板に預ける。
「俺だって他に誰もいない。最初からあんただけだ」
「……そういうの、最初から言わないと分からないわよ」
「すまん」
 こんな風に、セックスなしで抱きしめられる日が来るなんて思わなかった。低くて少し掠れた声が耳に落ちてくるのが、少しくすぐったい。
 ライトの手が後ろから頬をくすぐり、顎のラインを辿る。
真琴
「……今仕事中なんですけど」
 言いながら、乞われるままに顔を上げる。顔を傾けると、すぐに唇が重なった。
 すり、と擦れ合って、柔らかな刺激に思考を委ねる。ちゅ、ちゅ、と何度も甘く吸われて、その度に腰を強く抱かれて、目覚めそうな官能に彼の手を止めたいのに、びくともしない。
「ん、ふ……ぁ、もぅ、んっ」
 力じゃかなわないのは分かっているからぺちぺちと腕を叩くのに、ライトは無視を決め込んでいた。
「ん、んんっ」
 腰を抱く腕がお尻を撫で回して、無遠慮に揉みしだかれる。さりげなく彼の太い足が私の膝を割ってきて、いよいよ私は全身を使って彼を突っぱねなければならなかった。
「もうっ、ライト!」
「……」
「そんな目で見ても駄目。大体、仕事中じゃなくたってこんなところでするわけないでしょ」
 今にも憐れみを誘うように鳴くんじゃないかと思う顔にもめげず、彼のお尻を優しく叩く。
「もう。話が終わったんだったら今日はこれで、」
「まだだ。……あんたから約束をもらってない」
「私はあなたから何も言われてないわ」
「……また会いたい」
「今忙しいからそっちには行けないけど、こっちに来てくれるなら会えるわよ」
「あんたの、たった一人の男にしてくれ」
「……朝ご飯を一緒に食べたり、デートに誘ってくれるなら、考えてもいいわ」
「する」
「じゃあ、私が良いって言うまでセックスはなしで」
「…… …… ……。分かった」
 随分長い沈黙だった。それでも、彼は頷いて手を放したから。
「じゃあ、今日はここまで。気をつけて帰ってね」
 私は初めて自分から彼の頬に口づけると、その手に三度捕まる前にひらりと身を翻した。
 ステージ裏から飛び出した私を見て、一瞬ヘレンが腰を浮かせたのをジェスチャーで留める。大丈夫だよと笑顔を見せてテレーゼさんに報告して、浜辺のゴミ掃除に戻った。
 勿論、その日は女性陣に散々もみくちゃにされるほど根掘り葉掘り事情を聞かれることになり、その果てに色恋沙汰だと知れると、生温くも力強い応援をバシバシと肩に受けたのだった。


 住み込みなので、私の部屋に彼を上げることはない。
 会うのはだいたい夜だけど、住み込みだから門限がある。
 気ままにぶらぶらしていた時とは違って、今は住み込みだから、遠出するにしても限界がある。
 そんな面倒な女のところに不満一つ漏らさずにマメに姿を見せるものだから、ライトと約束してから程なくして、私はすっかりと絆されていた。身体の関係を持っていた頃も絆されていたと言って良いけれど、なんというか、彼が私に会いに来るということ自体を、温かい気持ちで受け止められるようになった。
 小型バスも少しずつ形になってきて、二年経たずに完成しそうでほっとしている。勿論製作過程は動画に残し、編集して公開しているのもあって、応援してくれる人や、中古でパーツを譲ってくれる人など沢山の人の応援のお陰で作業は順調だ。
 ここを紹介してくれた子達――アリスちゃんと柚葉ちゃん、それと真斗くんも度々様子を見に来てくれて、凄く賑やかで楽しかった。一度だけライトがそこにかち合って、何を思ったのか真斗くんとの関係を酷く気にしていたけれど……。まあ、真斗くんも大きくて逞しくて頼りになる子だから、男のプライドってやつが刺激されたのかも知れない。流石に嫉妬してるわけじゃ……いや、最近の感じだとそっちも十分あり得るのか。
 まあとにかく、ライトは私の目から見ても我慢強かった。今まで転がり込んでくる度にセックスになだれ込んでいたのは一体何だったのかと思うほど清いお付き合いというものをしている。
 あまりにも姿を見るものだから、衛非地区をぶらぶらと歩いてデートをしていた際にカリュドーンの子の方はどうしたのかと問えば、
「ツール・ド・インフェルノも終わって、ゴタゴタもだいぶ落ち着いて、周りは現覇者のやり方にぼちぼち慣れ始めた。そもそもウチは大将以下が揃いも揃ってつええんでな。元々護衛なんてあってないようなもんで――ってのも嘘じゃないが。
 参謀のお嬢様と大将にまだケツ叩かれてんだ。惚れた女に捨てられないよう、精々尽くせよってな」
「は、はあ……」
 そんなことを言うものだから、どういう反応をしていいか分からなかった。カリュドーンの子を率いているシーザーはとても気持ちの良い女の子で、彼女を支えるメンバーも癖は強くてもそれぞれ一流の腕を持っていると聞く。そんな彼女たちが行ってこいと言っているのなら、私が気にする話じゃないのだろう。
「とにかく大将のお墨付きなんでな。こっちの心配は要らない」
 そう言って、ライトは私の手をぎゅっと握った。
 ライトみたいな人がすぐ側にいると、混雑の中でもまるで人が割れるように避けていく気がして不思議だ。
「あ、糖水……ライトは飲む?」
「一杯は要らんな」
「じゃあ分けようか。味はどれにしようかな……」
真琴が好きなものが良い。酒以外の好みも知りたい」
 握られた手がぽかぽかしてくる。今時学生でもこんなベタなことはしないだろうと頭の片隅で思うものの、確かに感じる喜びを否定するにはあまりにも甘い時間だった。

2026/01/21 UP

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年齢確認

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