種を割る夜・前
畑は土作りから。
そう言って、桑名江は顕現した時からしばらくの間ずっと本丸の土の成分を調べていた。そのうちに予算の範囲内で鶏糞や牛糞、微生物資材まで取り寄せた上に生ゴミや砕いた卵の殻を土に混ぜ込んでいて、あるとき、燭台切光忠や太鼓鐘貞宗と熱い議論を交わしつつ畑の規模を拡大し始めた。
かと思えば、いつの間にか規模だけでなく扱うものも広がり、果樹に手を出し、時には草花を育てるようにさえなり……今では、刀達を食べさせるための政府直轄の大農場に出張するまでになっていた。
それほど桑名江は土を愛し、循環を尊ぶ刀だった。審神者として出陣や遠征を指示しても、畑への関わりが細くなることは一度としてなかった。
最初はあまりにも土だ畑だ収穫だと言うものだから、彼を知るために少し手解きを受けた。一振りに割く時間を均等に持つことは難しい。だから顕現後の一ヶ月は集中的に関わるようにしているけれど、その期間が過ぎると審神者業で手一杯になった。そのうち、彼が収穫してくる作物を美味しくいただく係になってしまったのも印象に残っている。
桑名江は私がいてもいなくても土のことばかりだ。農業に関することなら楽しそうにしている姿をよく見るし、出陣や遠征も嫌がっているわけではない。経験し、研究することに重きを置いているけれど、寝食を忘れたりはしない。宴会をしたり、馴染みの刀同士の飲み会に参加してみたりはしているものの、桑名江が羽目を外しているところはそこでも見たことがなかった。
いつも理性的で、気晴しにと縁側に座って景色を眺める私のために、植木鉢で花をくれることも珍しくない。
マイペースなタイプかと思いきや、手合わせやダンスレッスンなど、他の刀達との付き合いもほどよく臨機応変なスケジュール管理ができる。
つまり、他の刀と同じか、それ以上に仕事ができる一振り。
それが桑名江の今までの所感だった。
******
審神者なんてものをやっていると、どんな生い立ちでも顔が綺麗な男に免疫ができるものだ。まあ、多少個人差はあるだろうけれど、100振りを超える本丸界隈ではそうだと聞く。
例に漏れず、自分もそうだった。
初期刀の姿にも最初は気後れしたけれど、初陣で傷だらけになって戻ってきた姿を見て、その遠慮はあっという間に消えた。
少ない資源でも次々と降ろせる短刀達は皆少年の姿をしていて、それぞれ美少年ではあったものの少年たちの賑やかさに助けられて。
数日後に打刀や太刀を迎える頃には、既に多少慣れ始めていた。見た目より、怪我が心配で。戦いに傷つく彼らの支援と、指揮の重要性を身を以て感じて、勉強する日々。
最初から指示をきいて、ついてきてくれる彼らを失いたくない。折るわけにはいかない。
そうして気を張るうちに気づけば大所帯になっていた。楽だと思ったことなんて一度もない。
ただ、皆思い思いの形で私を慕ってくれるから審神者業を続けていけている。早くに来てくれた刀も、最近政府が顕現システムに組み込むことに成功した刀も、すべて一様に感謝していた。
――そんな風に、上手くやれていたはずだった。
気の緩みと言われると、そうだったかもしれない。あるいは疲れていたのかも。
策謀に長けた刀達も増え、私自身が何でもかんでもやる必要がなくなって暫く経った頃だ。
土に親しみ、作物を慈しみ、大抵の物は作ってしまえる魔法のような桑名江の手に、興味を持った。
「物にはね、それぞれ適切な力加減があるんだよ。
桃やイチゴみたいな柔らかい果物、キャベツや白菜、小松菜みたいな葉物、土の中から優しく掘り出す根菜……ふかふかのキノコに、頑丈に見える木の実。それから……」
桑名の言葉が途切れて、彼の手が私の頬をふに、とつまんだ。
「――宝物にも、ね」
「……そっか。刀の意識が強い子は、触れられるのも苦手だったりするものね」
桑名もそうなのだろう。そんな桑名から、『宝物』と評されたことがくすぐったくも嬉しい。
「私も未だに力加減が難しいと思うことも多いよ」
「人間として生まれた主がそう言うなら、僕は尚のこと気をつけないといけないね」
「桑名は優しいし、相手をよく見てるからすぐだよ」
「そう? そうだといいな」
髪に隠れた金の瞳が風に吹かれてちらちらと見え隠れする。彼がじっと私を見つめているのが分かってしまって、気恥ずかしさから会話を切り上げた。
「相手してくれてありがとう。仕事に戻るね」
「うん。頑張ってね。……手強いなあ」
桑名が最後何か呟いたが、私にはよく聞こえなかった。
『宝物』だと言って私に触れた手の感触に、遅れて照れてしまって、それどころではなかったから。
ボディタッチをする刀はいる。肩をポンと叩いたりぎゅっと抱きついたり、慰めに優しくハグをしたり。親愛を感じて嬉しいけれど、だからといって皆が皆触れたがることもない。寧ろ、例えば水心子正秀は刀としての意識が強いらしくて線引きをしたがるし、ヒトが気安く触れることを良しとしない。それでも彼もまた私を主と仰ぐ刀で、距離感は様々あれど疑問もなかった。
だから、桑名江だけなのだ。
その手が甘く私に触れるのを想像して、耽ったのは。
欲求不満だというならばそうなのだろう。何かに触れる男の手つきに、夜を想う方がおかしい。
意識したのは桑名江だけだった。数多くいる色気を放つ刀剣男士の中でも、どうして桑名江だったのか。
理由は簡単。単純接触効果というもので、桑名江と密度のある会話をすることが多いのだ。短刀達以上の頻度で私に野菜だの果物だの、花だのを寄越すのは桑名江くらいのものだった。体躯も素晴らしく、年若いとはいえ成人男性の見目。意識するには条件が揃っている。
理知的で畑に関することなら私に「予算がもっと欲しくて」と部屋にまで来て直談判することもあった。直近の例で言えば、政府直轄の大農場への出張の話。報酬を畑に関する追加予算として全て桑名江の采配に委ねると言えば酷く喜んでいたっけ。
その頃には既に彼への劣情を自覚していたから、接触を減らせばいつかは薄れるだろうと思った。江、という刀派からすれば桑名江を取り上げるようなものなので、彼らの説得は桑名江に任せた。私がしなかったのは、彼が「僕がしておくよ」と申し出たこともあるけれど、どちらかというと自分の欲望への後ろめたさのせいだった。説得、できる自信がなかったから。
なんの他意もない桑名江の説得は当然、問題なく成功した。互いに理解があるというのも大きい。初めての出張の時も、わくわくしながら門をくぐっていった桑名江を、江の皆で見送った。
桑名江の出張は大体一泊二日で、朝出発の夜帰宅だ。人手そのものは式神がいるし、参加を希望する各本丸の桑名江が数振りごとにシフトを決めて監督している。基本的に米しか作っていないこと、全てデータ管理されており、常に張り付いてなくてもいいことで負担は多くないものの、桑名江が複数集まれば農業についての話になるのは目に見えている。殆どを会議に費やすこともあると聞いたときは、政府側の人間と報酬についてもう一度詰めるべきかと思った。
そして彼が出張から帰る度に顔を見に行くのも、すっかりルーティンとなっていた。私にとってそういう意識はなかったけれど、皆、仕事だと思っているだろう。恐らく桑名江でさえも。
「おかえり、桑名」
「やあ主。ただいま。畑はどう?」
「変わりないよ。というか、私が直接お世話をしているわけではないのだけど」
「でも指示を出すのは主だからね」
「そう言って、明朝には畑に出るのでしょう」
「そりゃあ、大事に育てているからね」
土を語る桑名江の声は弾んでいる。農業は難しいけれど、手を掛ければちゃんと応えてくれるのだと言った桑名江の言葉はよく覚えていた。先の見えない戦いに身を投じているからだろうか、羨ましいの一言に尽きたからだった。
残り、戦績にどれほど勝利を飾れば終わるのか誰にも分からない。いつ終わるとも知れないからこそ、本丸の長閑な景色は慰めだ。そこに一つ、短期スパンでのやりがいというものが加わるのは精神的にもいいことだと言える。私は審神者としての情報管理で手一杯で、なかなか畑にまで行けないのが口惜しいと思ったほどには。
「主、顔色が悪いね。よく眠れているの?」
指摘され、ぎくりと心臓が跳ねる。
接触回数を減らすといいながら出迎えを続けている愚か者は、この数週間ほどは特に性欲に振り回されていた。毎日のように自分で慰めて散らしているのに、満足するのは寝るまでの短い間ばかりで、徐々に耽る時間が延びている。
桑名江に求められる想像をしながら、自分の指がふやけるまで何度も果ててしまうのだ。
「……ああ、ちょっと、このところ……そんな風に急に真顔にならないで。怒ってるのかと思うから」
「怒ってはいないけれど……充分、真剣に考えるべきことだよ?」
「原因というか、まあ理由は分かっているから」
「じゃあ解決する方法も分かっているよね?」
「……桑名、ヒトにはね、頭では分かっていても、心がついてこないことが往々にしてあるんだよ」
まさか「桑名江に欲情して、一人で自分を慰めては翌朝自己嫌悪タイムがやってきて気分が晴れないんです」だなんて、どの口が言えるというのだろう。
自分でもどうして彼にばかり意識が向いてしまうのか、見当もつかないのに。
「ふうん? ……あ、そうだ。だったら僕と共寝しようよ」
「……は?」
「僕も一応今はヒトの身体があって、頭もあって、心があるよ。主一人の心に寄り添うのが僕だけじゃ無理なら、他の刀も呼んでしまおうか」
「いやいや、ちょっと待って」
突拍子もない事を言われて、心も頭もついていけてない。
「今日は都合が悪いかな? でも放っておくべきことじゃないし……じゃあ、夕餉の後に改めて」
けれど桑名江は珍しく押し切る形で会話を切り上げた。出張帰りだということもあるし、入浴を済ませたり、馴染みの刀にだって会いたいはず。
引き留めるほどの理由もなく、私はそのまま彼の背を見送った。
「……とも、ね」
刀剣男士達の使う語彙は一通り押さえている。それでいくと、『共寝』というのは単純に同じ布団で寝ることではなく、肌を重ねて、その、行為をすることを指していたはずだ。
一瞬で顔が茹だる。いつもの調子で口にした桑名江とその言葉がどうしても結びつかない。それに、彼だけじゃ駄目なら他の刀も誘おうと言っていた。ならば、桑名江の言う共寝とは添い寝と言うことになる。
いや、それも困る。
同じ部屋に桑名江がいるだけで、一層この持て余した熱が昂ぶりそうだった。そんな状態で今晩、湧き上がった欲望を発散するとなったら……気配に聡い刀剣男士たちにバレないはずがない。
……どうしよう。
流石に初期刀にさえ相談が憚られる内容に、頭を抱えたくなった。
******
ぐるぐると考え続け、夕餉の間も気もそぞろだったせいで歌仙兼定や燭台切光忠に酷く心配を掛けてしまった。初期刀――蜂須賀虎徹だ――には久しぶりに初鍛刀の五虎退と共に時間を設けようかとまで言われて、流石にそこまで声を掛けられるくらい、周りから見た私は思い悩んでいるように見えるのかとそれはそれでショックだった。
例えば戦績について、わざわざ私の部屋で確認しなくとも、古株であればあるほど出陣の状況や手入れ部屋の稼働率などは体感で分かるし、心配していない。古株が心配していないから、新しく来た刀も気にしない。
けれど、私が個人的なことで悩んでいるならば話は別だ。小さなことから大きなことまで、古株たちはそれとなく私を支えてくれていた。それを見て、本丸に来てまだ日が浅い刀達も思い思いに人間に対する親愛の気遣いを形にすることを覚えていく。
「いや、大丈夫。この後桑名と話し合いがあって、考え事してた」
「……そうか。それにしては随分と百面相をしていたけど……君が、そう言うなら」
決して納得したわけじゃない蜂須賀虎徹だったけれど、ずっと昔に『本当に大丈夫じゃないときは、他に何も言えなくても「大丈夫じゃない」って言おう』と約束したのを覚えてくれていた。
そう。大丈夫だ。困っているけれど、恐怖や危機感を抱いているわけではない。
その後はしっかり食事に集中した。桑名江も勿論いたけれど、江の刀達と和気藹々と話す声が聞こえるばかりで、やっぱりこんなにも意識している私がおかしいのだろうな、と思った。
「主、来たよお」
「どうぞ」
「開けて欲しいなあ。手が塞がっていて」
共寝をどうするか、の話だったはずだ。
それが、襖を開けた先にいた桑名江は内番着に着替えており、彼の身体に合わせて拵えた特注サイズの布団を抱えていた。
「ありがと。おじゃまするよ」
「うわっ、とと」
布団で襖を掻き分けるようにして入ってくる。あっ、石鹸の匂いまでする。もう湯浴みを終えたの?! というか湯上がりシチュエーションはもっとマズくないか……???
流石に布団を戻しなさいと言って時間を引き延ばすのもと躊躇っていると、あっという間に桑名江の布団が畳の上に敷かれてしまった。
「桑名、」
「寝る準備はできた?」
穏やかな声。眠りへ誘おうとする言葉。
やっぱり、桑名江に他意はない。
じくじくと痛む胸に、曖昧に頷いた。
「眠くないのかな? 最近寒くなってきたから、身体が冷えて寝にくいとか?」
本丸は景趣で季節を管理できる。温度もそうだ。唯一天気は難しいところがあるものの、私の体調管理のためにも、就任直後は殆ど触ったことがなかった。
それも風流を愛する刀、季語を探す刀、驚きを求める刀、そして土を愛する刀など、様々な刀剣男士達が来たことで、今ではすっかり四季を感じられるようになった。
そういえば、桑名江を意識したのは馬を愛でているときだったかも知れない。愛、だなんて頻繁に口にするのは桑名江くらいのものだったから。
だから印象に残ったのだろうか。私も愛されたい、と?
「いや、……あの、桑名。共寝の前に私の話を聞いてくれる? その上で、共寝を撤回してくれてもいいから」
「もちろん」
「まだ、自分でも上手く言葉にできていない気がしていて……理路整然と伝えることは、できそうにないんだけど」
「いいよ。悩むって、そういうことでしょう?」
柔らかな桑名の声を聞いて、もし幻滅されたら嫌だなと思ってしまって、一つの結論が浮かび上がる。こんな土壇場で腑に落ちるなんて、人間を何年やっているのだか。
苦笑しながら、座布団を二人分出して座った。
「どうもね。少し前から私は桑名に恋をしているようで」
「……うん」
「結論から言うと、性欲が湧いて止められてない」
言葉にするとこんなに簡単な結論なのかと思う。
「正直自分でもよく分からないのだけど、桑名とは未だによく話すし、桑名はよく私の所に来てくれるでしょう。頻度の問題かと思って出張を許可したの」
「なるほど。そういう思惑もあったんだね」
「欲のことも、出張のことも……手前勝手すぎて、自己嫌悪というか」
「ふむふむ」
「だから、えーと、……と、共寝をしようって言われて、本当に動揺したの。勿論、すぐにただ一緒に寝てくれるだけだってことは分かったんだけど。その、自分の気持ち的に、桑名にだけはされると困るというか」
桑名江が先を促し続けるせいで、ぽろぽろと言葉が漏れていく。桑名江なら、理性的に受け止めてくれるという甘えもあったかもしれない。
「そっか。じゃあ丁度よかった」
「……え?」
けれど、それは『桑名江は私を主と慕ってくれている一振りである』という前提だった。
「僕も主で抜くくらいには、特別な気持ちを持っているからね」
「……え?!」
「どうして驚くの? 花を贈ってみたり、直談判って言いながら君の部屋に来たり、些細なことでも話しかけにいったりするのは、どう考えても好意の表れだと思うのだけれど」
「そ、それは、そう、だけど」
それは、私の刀ならあり得る、当然の行動だ。好意というのも、欲望を孕むものだなんて、分からなかった。
「それに、多分下心を持ったのは僕が先だよ。君はずっと意識しなかったみたいだけど、僕はずっと意識して欲しくて、そう振舞っていたよ」
思えば、いくつか予兆はあった。違和感でさえない。話をするときの距離。まとめられた一つの資料を覗き込みながら、ちょっとしたことで手が触れる回数。相手の機微を感じるために見つめる顔。畑でしゃがみ込み、立ち上がるときには必ず手をさしだす。会話の流れで肩を叩く。畝を歩くときにふらついたから手を回して身体を支える。そのどれもは自然で、些細なことばかりで。
でも、確かに全て、桑名江からの働きかけによるものだった。それを全て見逃した私に対し、桑名江はつぶさに観察していたに違いない。そして頃合いだと思ったから、今日、最後通牒をしにきたのだ。
私が理解したのと、桑名江が距離を詰めて、私を畳の上にころりと転がしたのは殆ど同時だった。
「わ、」
「僕が部屋に来たときは困っていたのに……急に恋をしてるだなんて言って、自覚した瞬間体当たりでぶつかって来て、本当に、君は見ていて飽きないね」
「……それは、褒め言葉かな?」
「褒めって言うより、愛の言葉かな?」
彼の口から飛び出た言葉に、思わず頭が真っ白になる。いや、桑名江はさっきからずっとそう言っているのに、決定的な言葉を直接向けられたことで吃驚してしまった。
「君がね、僕の気持ちに全然気づいてなかったのも知っていたのだけれど……。流石に、告白した時まで僕に振られると思いながらだとはね」
桑名江に押し倒された状態で、私を見下ろす彼の目元がちらちらと見え隠れする。愉快そうにも、面白くなさそうにも見える、不思議な表情だった。
「あの、桑名?」
名を呼ぶと、にっこりと笑顔が返ってくる。
「両思いだね、主。じゃあ、君の欲求不満に僕が口や手を出すのは、何もおかしいことじゃないよね?」
言って、私の足をつつ、と指先で辿り、足袋の留め具を外し始めた。
「ちょ、ちょっと待った!」
そう、足袋である。私は神社の巫女装束のような服装を仕事着としているのだけれど、つまり、まだ入浴を済ませていないのだ。
「お、お風呂、せめて」
「僕も一緒に入ってもいいなら」
「心の準備がしたいって言ってるの!」
桑名はいいよね、ずっと前から仕掛けてきていて、もうお風呂に入ってて、準備なんて全部済ませてるんだから。
そういう気持ちで詰ると、何が嬉しいのか桑名江は笑みを深くした。
「ふふ。僕を意識してくれるのってどんな風なんだろうと思っていたけれど、可愛いなあ」
「……っ!!」
「そんな可愛い顔のままお風呂に行かせたくないな……ねえ主、このまま僕に流されない?」
私を抱えながら隣に寝転んだ桑名江が、ぎゅっと抱きしめてくる。
「だ、だめだったら……というか、そんないきなり、こんな、こと……き、キスだってまだなのに」
「じゃあ、『きす』したらいいの? それに、身体の方は僕にして欲しくて困ってたんだよね?」
桑名の声が近い。というか全てが近い。内番着のせいで桑名の身体のたくましさが妙に伝わってきてしまうし、しれっと足を絡ませてホールドしにかかっている。
「で、でも、汚い、し」
「……ああ、そっか。口でもしてほしいんだ」
「ふぇ?! ちっ、ちが……!」
「だって、普段僕鶏糞とか牛糞とか触ってるんだよ? 清潔にはしているけれど、今更だし、君も知っているよね? ということは、口に含んだり舐めたりするのが嫌なのかなって。逆に言うと、綺麗に洗った後ならいいってことでしょう?」
すらすらと私の逃げ場をなくしていく桑名江の勢いは止まらない。恥ずかしいから……という理由は、「性欲を持て余してるのにそんなこと言っている場合じゃないでしょう?」で完封されるだろう。もう想像できてしまう。
こめかみに桑名江の唇が触れる。
「じゃあこうしよう。僕が送り迎えするから、今から入ろう」
柔らかなキスと健気なおねだりに、私は風船のように飛んでいく理性を見送りながら、かろうじて頷いたのだった。
2025/11/20 UP
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