FUCK YOU GOD!
放っておいてくれ
03RD STAGE: Leave me alone.
幸せな方 マリア
祈って下さい
「へえ、アイツが例のクロス元帥から送られてきたやつか」
「でも戦力にならないらしいぜ?」
「?イノセンスは持ってるんだろ、ヘブラスカもそれは認めたって聞いたけど」
「いや、なんかまだ能力に関して分かってないみたいでさ」
「それならコムイ室長が調べるはずだろ?」
「それがよォ、一応調べはついてるんだってよ」
「はぁ?それじゃ後はシンクロ率上げてイノセンスに慣れるだけじゃねーのかよ」
「だから、そこなんだよ。何があるか知らないけど、コムイ室長が今回に限ってそれしないって言うんだよ」
「なんか特殊なのか?」
「さあね」
「……折角教団に入っても使えねぇんじゃ意味無いよなあ」
「俺達は毎日命がけだっつーのにさ」
「おいおいぼやくなよ聞こえるぜ」
「大丈夫だって、あいつ日本語しか喋れねーらしいし。聞き取るのも早いと無理なんだってよ」
「しっかし女ってのは嬉しいけどよ……顔だけならまだしもスタイルも悪いし何よりも愛想ってモンがネェよな!!」
「そうそう。リナリーとは大違い――」
翌日のことだ。
黒の教団内を散策中、何処へ行っても声が聞こえていた。
意味は分からなくとも何が言いたいのか誰に向かって言ってるのか何処を見ているのかなんてそんなことは大体分かる。世界の何処へ行っても悪口陰口不満妬み僻みの類はその声と視線と目つきが全てを物語ってくれる。
邪魔者扱いされることには幸いなのか慣れていた。元々単独行動の方が性に合っているし集団の中で上手く立ち回る術なんて知らないから矢張り好都合なのは変わらない。何よりも英語を喋れない。だから人との接触を持つことで否が応でも喋らなければならない状況が無いのは嬉しい。
ユウは今頃どこかでAKUMAを破壊しているんだろうな。さっきリーバーさんにユウは昨日別れてから直ぐに発ったと伝えられた。あの人は言語学を専攻していることもあって日本語も少しかじったらしい。辿々しいながら意味は掴めたので私も頗る悪い発音で英語を試みた。
あとリーバーさん伝いに聞いたところでは日本語を話せる人はいないらしい。と言うか、アジア出身者もなかなかいないそうだ。アジア支部も別にあると聞くし、日本人の多くはそっちに居るんだろうと言うことだった。だから何故君が黒の教団へ送られてきたのかさっぱりだという話を掘り下げて聞き出したところ、どうやらあの廃墟は日本だったようだ。私は本当に箱詰めにされて送られてきたらしい。箱には江戸からだという事が記されていたらしい。
そこで勿論私が尋ねないわけがなかった。
江戸?
西暦を聞けば今は19世紀の末。とんだタイムスリップだ。とは思うが、ここでの科学の定義が殆ど錬金術な辺りを見ると矢張りパラレル世界に来たと考えるのが妥当なところだった。
携帯とi-podの存在は報せない方が良いだろうと思いながらも携帯は既に電池切れ。i-podは使ってない所為で今も聞けるが、ここにはパソコンもないから充電は出来ない。
ぐう、と腹の虫が鳴った。
今は食堂へ足を運ぶ途中だった。目が覚めてから何も食べてないのだから腹も減って当然だ。と言うよりも廃墟の時からどれだけ経っているのか知らないが普通に考えて今まで良く餓死しなかったものだと思う。箱詰めで郵送されてきたというのだからその間も当然何も食べてないわけだ。
丁寧にリーバーさんは日本食も頼めるよと笑ってくれて、その無精髭が酷く格好良く見えたのは私の腹がとことん減っていたためだと思う。
食堂は賑やかだった。が、どうやら今は食事時間のピークを過ぎているようだった。
入っても矢張り視線と声は絶えなかったが、気にしないで受け付けらしきところへと歩く。
「あら!アンタが例のワケあり新人!?いらっしゃい!何が食べたいのかしら?何でも作っちゃうわよ!」
やけに元気ハツラツな奴だと思いながら明らかに男っぽいのに妙に言葉が持つ雰囲気が女らしいのはニューハーフだからだろうか。……ん?いや、紛れもない女か???
「ええと……天麩羅蕎麦一つ」
日本語で通じたのかと思ったが。元気よく返事をするその人にはちゃんと分かったらしい。蕎麦らしき麺を直ぐにゆで始め、綺麗な透明のだし汁が器に注がれるのを見て懐かしく思った。
ふわりと香ってくるその匂いが暖かすぎて目が霞んだ気がしたが、気のせいだろう。
「ハイお待ちどーんッ!アタシはジェリーよ、ヨロシクねン」
「あ、えと、サンクス。マイネームイズ……鞠夜。ナイストゥーミーチュートゥー、ミスジェリー」
べらぼうに下手くそな英語だなと自分でも笑いが零れた。
「やだぁ!そんな堅苦しく呼ばないで、ジェリーって呼んで」
ジェリーがそう言って唇を突き出して指を振る。思わず嫌味ではなく笑みがこぼれた。可愛い人だと思う。
でも、考えたら私を知らない人間ばかりというのはこんなにも心地いいものか。既に自分で壁を作ったものの、前よりは遥かに気持ちが安らいでいる自分が居るのを自覚する。
「ようこそ鞠夜。黒の教団へ」
天麩羅蕎麦の乗ったトレーを持って移動しようとしたら声を掛けられ、サングラスの奥のジェリーの目が酷く穏やかで、私は不意をつかれたものの曖昧にへらりと笑った。
そのまま適当に空いている席について頂きます、とまるで何かの反射のように手を合わせて割り箸を割った。
「ここ、良いですか?」
声が聞こえて、見ると正面の席を指差しながら、昨日ぶつかった彼が笑顔で立っていた。相席しても良いか尋ねられたのだろうか?取り敢えず頷くと、大量の料理を持っている彼が更に笑顔を濃くして座る。
呆気にとられてその料理を見ていると、不思議そうに彼がこっちを見てくる。そらすように蕎麦を食べることで追求するのを止めさせた。
が、彼の食べるスピードが異常すぎて、思わず箸が止まる。駄目だ、見ているこっちが腹一杯だ。
「?どうかされました?あ、みたらし食べますか??」
彼はすっとみたらしだんごが入った皿をこっちに寄せてきた。どうやら薦めているようだ。……とても食べられる心境、と言うかだから見てるだけで腹一杯だ。蕎麦を食べるのもキツイ。折角ジェリーの腕の良さに感服して舌鼓を打ったのに。
首を振ってみたらしを戻すと、手を合わせてご馳走様と呟いた。半分くらいしか食べられなかった。ただでさえ彼が運んできた料理の匂いで空腹感が満たされてしまうのに。
「……それ、もう食べないんですか?」
少年は私の側を指差して何か尋ねてくる。不思議そうな顔をして……食べたいのだろうか。私はトレーを少年の方へ押しやった。瞬時に輝く顔は食べたかった証拠なのだろうか。
「食べても良いんですか!?」
「……ヒアユーアー」
食べたかったらの話だけど、と付け加える頃少年は既にフォークで器用に蕎麦を啜っていた。
まだ食べられるのか。そんなに美味そうに。
幾分か呆気にとられたが、どうにも昨日のことを気にしていないらしい少年は本当に幸せそうに蕎麦も完食すると、まったりとみたらし団子を味わい始めた。
私も少しでも気分を良くするため、ジェリーが添えてくれた温かい緑茶を飲む。
「あ、そう言えば」
少年がこっちをみてそう言ってきたので、私も少年を見た。
「昨日あなたとぶつかってしまってからカンダが部屋から急に出てきて人の部屋の近くで騒ぐなって怒られてしまったんですけど、あなたの言葉を聞いてたらしくて意味を聞いたら凄く嫌そうな顔で訳してくれました。わざわざフォローして下さって本当に有り難う御座います」
「……は?」
ユウがどうのと聞こえたが何故いきなり礼を言われるのか見当もつかなかった。少年は私が英語を聞き取れないことを何処かで聞いてきたのだろうか、今度は少しゆっくりめに
「あなたが僕のこの左腕を怖がったわけではないことが、その事に対する言葉添えが、嬉しかったんです。ずっとこの手のことで気味悪がられてきたので……。だから、有り難う御座います」
むずがゆい、何処か居たたまれない気分になる。
穏やかに笑む少年は何処か老けて見えた。
でもそれはそれだけのものを少年が持っていると言うことなんだろう。
どこか悟ったようにして弱く微笑む少年に興味が湧いた。
「物好きだな」
「?ハイ?」
「何でもない。……もう行くから。これ貰ってく」
天麩羅蕎麦のトレーに空になった湯飲みを置いて、私は席を立つ。少年に呼び止められるが気にせずに歩いてジェリーにトレーを返した。凄く美味しかったことだけは笑顔で伝えて食堂を出る。
「待って下さいよ!」
何故だか慌てふためく少年を残して、さっさと歩いた。
嫌でも聞こえてくる声と視線はまとわりついて簡単にほどけない。
鬱陶しい。
何時まで絡み付けば気が済む?
嗚呼、ジェリーの笑顔は心癒されるものだったのに。
今も死ぬ時も
私達のために
聖マリア 神の母
2006/09/12 : UP