FUCK YOU GOD!
その手で触るな
04TH STAGE: Don't toutch me.
幸せな方 幸せな方
あなたは祝せられています
さっさと歩を進めても、少年はなかなか諦めてはくれなかった。
「何処に行くんですか?」
「あ、もしかして教団の散歩とか……僕もご一緒して良いでしょうか、一人だと迷子になっちゃうんで」
「あの、ミス鞠夜?」
幾らシカトしてもシカトしても硬そうな靴を鳴らしながらついてくる。
私は右足を踏み出すと同時に勢いを殺さず反転した。同時に少年は足を止めはたとこちらを見る。
「ミス鞠夜?どうかされました?」
「鞠夜」
「はい?」
「鞠夜。……ミスってつけるな。気色悪い」
気色悪いというば気色悪いがどちらかと言えばむず痒くなるのが本音だった。言われ慣れていないのだからそうだろう。
「あー……えっと、鞠夜?」
「うん」
頷いて、再び私は反転の後足を動かす。
「ミスターリーバー!」
少し開けた場所に出た。科学班の仕事部屋。昨日と今日地図を貰ってユウの忘れたら殺すと言わんばかりの迫力に必死こいて頭にたたき込んだ所為で少々不安だったものの無事にたどり着いた。
呼び掛けて、書類の束に埋もれているリーバーさんを発見、救助。
「ミスターリーバー、ちょっと頼まれてくれないかな」
「……ん、何をだ?」
日本語で。ついてきた少年は一人除け者のように側にいるが気にかける必要もないだろう。どうせ深く関わり合うこともない。
「何か描くものと紙……っつーか、油絵の具?」
「……?」
「えーと、サムシングトゥードロウアンドピーシーズオブペーパーズ?」
「ああ!成る程」
手を打って了解したようにリーバーさんは顔を輝かせる。
「オーケー、んじゃ、モノが届き次第お前の部屋に送るよ」
「サンクス、ミスターリーバー」
「どういたしまして」
矢張り無精髭が格好良く見えたのは錯覚だと思いたい。
まるで呼吸のように自然な行いを昨日は出来なかった所為だろうか。いや、それでも落書きノートにくだらない落書きはしていた。
絵が描きたい。
と、言うのは散策中に良い場所を見つけたからなのだが。
思い立ったら湧き上がってくるこの衝動を抑えるのは酷く難しいことで、腹を満たしたら頼もうと思っていた。
「鞠夜?何を話していたんです?」
「ミスターウォーカーには関係のない話だ」
さらりと言うと、少年はリーバーさんに通訳を求め、リーバーさんは英語で私の言葉を少年に告げる。少年はそれを受けて固まったが、私が気にするはずもなかった。
「それじゃ、ミスターリーバー、用件はそれだけ」
バイバイ、と手を振って軽く会釈を。それから私は少年を撒くように駆けだした。
「ああっ!」
後ろで少年の悲鳴にも似た声があがる。
そもそも何であんなにしつこく付きまとわれなければならないのか甚だ疑問だしそれ以上に鬱陶しかったし邪魔だったしっつーかマジにウザい。
……まあ、犬のようで可愛いと思わなくもなかったが。そんな気持ちを膨らませては少年に対する自分の態度に罪悪感を感じそうで無理にでも押し殺した。
「ああ、アレが噂の」
「なんでもコムイ室長がえらく贔屓してるとか言う?」
「いや、リナリーが必死で説得したらしいぜ?」
「そんなに特殊なイノセンスなのかねぇ……」
「どっちみち」
「英語も話せないなんて」
「仮にイノセンスが使えても話が分からないんじゃぁなぁ」
「言葉も通じないんじゃ雑用にも使えない」
「単なるお荷物だろ」
「役立たず」
部屋に入って鍵を閉めた。あの視線と声が離れない。
離れない離れない離れないどうすればいい。
声が視線が口調が態度が目が全て訴えかけてくるお前は要らないと。
必要なのはイノセンスの力イノセンスを使役出来るエクソシスト。
私は何処にいる。
見つけたくて逃げてきたんだろ何故それを見失ってしまっている否ここの方がもっと見えない本当に私は何処だ私があるべき場所は姿は言葉は性格は本心は。
私は、どう【有れ】ばいい。
選択肢はない。
道はただ一つエクソシストとして黒の教団が作られた目的を遂行するのみ。
しかしそれでは私が消える。
何故自分を殺してまでそれしか残されていない選択肢を掴まなければならない。
他に何か選択肢はあるはずだ。
道は選ぶものではなく自分で作る。
今まで逃げてきた自分への代償か?
だとしたら逃げる道を何処までも走ってやる。
走って走って全てから逃げる。
逃げてそうして最後には全部から逃げ切って命からも逃げるのか。
死なない。
死ねない。
では逃げるには何時か限界が来る。
ベットに突っ伏して眠りこけた。
あの声も視線も身体からこびり付いて離れてくれない。
鬱蒼とした気分のまま目が覚めたのは真夜中だった。
空腹であることに気づかされる。
ジェリーの笑顔を見て不意に恋しくなった。
何か、食べたい。
「あら?どうしたの??眠れないのかしら?何か、食べる?」
明日の仕込みか何かか、ジェリーはまだ食堂にいた。……ここには昼も夜もないのだろうかと言いたいくらいには人はまばらに点在していた。
「……腹、減ったんです。アイムベリーハングリー」
腹を押さえてそう言うと、ジェリーは暖かい笑顔で何が良い、と聞いてくれた。
「んと……月見饂飩、白米、みそ汁、梅干しアンド海苔」
「……そんなに食べるの?白髪の坊やみたいねェ。彼には負けるけど」
全部日本食、とジェリーは言って笑って、いや単にこっちの料理の名前知らないだけとか思いながらドリアとかピザとかオムライスとかラーメンとか餃子とか炒飯とか食べたくなって思わず追加をすると本当に今度こそ驚かれた。
「ンー、鞠夜は寄生型なのかしらね?」
「?」
首を傾げられ言われたが、分からなくて同じように首を傾げた。ジェリーは何でもないわと直ぐに調理に入ってくれた。彼女の仕事は速い。
「サンクス、ジェリー。アイムベリーグラッド!!!アイラブユー!」
その料理のどれもが美味しそうで、思わず歓喜の声を上げて身を乗り出しジェリーに抱きつく。戸惑った声が聞こえたが構うモノか。腹が減ってるんだ。こんな美味しそうな料理を出されて感謝しない方がどうかしている。しかも味は絶対に美味しい。天麩羅蕎麦を食べた瞬間そう思った。今この時ジェリーが私にとって救世主だ。
メシア万歳。
蕎麦を食べた時はそれほど食べられなかったが、今はもう狂ってしまうくらい食べに食べた。ゆっくり食べようと心がけているのに食べ物を求めて勝手に身体が動く。味わいながら次々に箸が進む。
嗚呼、太る。
ただでさえ太っている方だというのにこれ以上太ったら確実にブタ呼ばわりされる。今度あの声が聞こえたら真っ先にブタの単語が出ないか耳を澄まそう。聞こえたからと言ってどうこうするわけじゃないけど。心中で悪態をついて罵詈雑言を吐き散らすだけだ。
臆病風に吹かれているわけではない。
単純にここの連中相手に喧嘩吹っ掛けて恐らくぶちのめされるのはこっちだろう。勝てない喧嘩なんて誰がするものか。しかし料理が美味い。
完食したらしたでまた驚かれてしまったが、もう一度感謝の気持ちを述べて食堂を後にした。
大丈夫だ。心は穏やかできちっと笑えた。
それでも、食堂から離れるに連れてまたあの鎖が戻ってくる。
人通りはほとんど無いが、記憶に焼き付いた確かな鎖が。
人に迷惑をかけるつもりはない。
だが、言葉も通じない以上手伝おうとすればそれは逆に迷惑になるかも知れない。そう思うと身動きが取れなかった。
出来る範囲でなら何でもするつもりだった。
出来る範囲がそもそも存在しなかった。
ただそれだけのことだ。
だが何故こんなにも心が沈んでいるのだろう。
誰にも必要とされていないことはこんなに辛いことだったか?
そんなはずはない。
結局の所人は最終的に一人で、他人を求めたならばそれは依存に他ならない。
他人との交流なんて自分の依存心を満たすためだけの、利益関係以外に何か姿があるはずもない。
他人の中に何か自分の欲を見つけそれを見たそうとするただそれだけで関係が成り立つ。
人間関係なんてそんなモノだ。
あっさりと関係は切れる。
誰かに必要として貰うという事は則ち、利用されると言うことだ。
それを欲する自分はどれほどまでに哀れな存在なのか。
馬鹿だ。嫌いだ。
この世界も人間も私も。
ただ、綺麗な風景だけが私の心を慰める。
他の何でもない、風景だけが私の心に働きかけてくる。
世界はこんなに美しいのに何と人の世の穢れきった卑しさよ。
年を重ねる事に汚く染まっていく人間の性と業の深さを呪いながらそして私は絵を描くのだ。
私だけが描ける世界とそれを描いたのは他ならない私だと言うことをこの世に残していくことをまるで無機質な人形がそれだけを覚えさせられたようにけれど生きた証を残すように。
その他大勢に収まるつもりはない。
私の名を私を、後世まで残し続けられたならば私は、私が生きたことの証になるだろう?
死んだら終わりだ。そして消え失せるなにもかも記憶も想いも残像もまるで淡々と流れる時の針はからかうようにすり減らしていくのだ人々からそいつが生きていたという証拠も軌跡も何もかもを。
感覚のない拷問に似た、遊びのようなそれに人々は何も気づかないまま容易くそれを手放す。
いっそ名を残せるなら何でも良かった。歴史に名を残す犯罪者でも。
でも結局それを選択出来なかったのは。
良くありたいとこんな汚い世界で願う汚い私の虚勢でしかなく。
しかし幼い頃より施されてきた道徳の意識は既に強く根付いてしまっていた。
ただ、それだけの話だ。
誰にも邪魔はさせない。
そう、例えそれが【神】であっても。
その手を矢張り私は反射のように払い続ける。
愛されるほどの価値もないのだ。元々。
祝せられています
神の母
2006/09/13 : UP