FUCK YOU GOD!

黙ってろ
05TH STAGE: Keep your mouth shut.

あなたの体内の子どもである

イエズスも

 ――あれから幾日経ったのだろう、ここはどうにも時間の経過を把握しにくい。ただ朝日と同時に眠りについて日没に起き出す私が数えた限りでは一週間かそこらだと思う。
 部屋には衣装棚があって、着替えの必要性と風呂に入ることを決めた私がその中に替えの服を見つけるまでにそう時間は掛からなかった。そもそも初日に部屋の中はあらかた調べておいた。
 何故か大浴場になっている風呂に一人浸かる時のあの豪華さと言ったら無かった。
 その所為か深夜に風呂に入る。洗濯はどうやら所定の位置にある篭の中に入れたら良い様で遠慮無く服を突っ込む。

 夜は良い。昼よりも格段に人が少ない。

 黒の教団には女が殆ど居ないらしい。女風呂は深夜何時だって誰もいなかった。
 起きている間に私がすることと言えば教団内の散策で、良い場所を見つけたらそこでリーバーさんがくれた紙を広げスケッチを。
 絵を描くことを了承してくれたコムイさんから送られてきたという油絵の具に必要な道具とカンバスを立て、絵を描き続けていた。絵を描いている間は不思議と時間を忘れられる。
 まあ究極に腹が減る所為で休みがてら食堂に入り浸っているのは夜勤の人しか知らないだろう。
 今日も勿論そうするつもりだった。
 大浴場から出ると、そこに居たのはユウで。
「……!ユウ!!!帰ってきてたのか!」
 思わず声を上げると、迷わず苦汁でも舐めた様な顔をしたユウがデカイ声を出すなと絞った声を出した。
「お帰り」
「フン」
「つれねー」
 急いで去ってしまわない辺り何かあるのだろうかと思っていると、ユウは口を開いた。
「お前、頗る評判悪いぜ」
 言われ、思わず目を丸くして瞬きを。
「知ってるけど」
「……わざとか」
「ユウは何時帰ってきたんだ?」
「話をそらすな」
 ガン飛ばされて声が数段低くなったユウに落ち着けと一言声を掛ける。
「心配してくれてるのか」
「!馬鹿か」
「だろうな、そう言うのは余計なお世話って奴だ」
 うんうんと頷いてそう言うと、ユウは変な奴と呟いた。聞こえている。
「あー……腹減ったなあ……」
「俺は寝る」
「つれねー」
「フン」

 結局飯は一人で食べた。





 月の出る夜だった。
 ひたひたと凍えてしまいそうなほど足裏から這い上がってくる床の冷たさがどこか自然を思わせて歓喜しそうになる。
 足裏足首脹ら脛指先腕鼻の頭冷えた箇所と吐く息の白さが私の濁った心がこれ以上侵食されていくのを押しとどめる様に肌を刺す様な痛みにも似た寒気は美しすぎるほど張りつめていて綺麗に澄んでまるでそれは針の様な鋭さを持っている。
 夜は冷える。
 冷え切った空気は澄んでいるのだ。
 それを体内に取り込むことで汚いものが出て行く。
 私一人のそんなものなどこの空気はいとも容易く浄化してしまう。
 浄化された空気をまた吸う。
 その繰り返し。
 裸足なのは癖だがこの方がより自然に近い位置にある様な気がして気分が楽だ。
 私を人間から一つの生き物に変化させてくれる手段の一つ。

 長く息を吐けば何時か見た誰かの煙草の煙の様にしかし美しいほど白い吐息が辺りを舞った。

 一度部屋によって絵を描く道具を持ち再び部屋を出る。誰も起こさない様にするためにも裸足は良かった。
 食堂と談話室を抜けて深く入り込んだ、酷く物静かな階に出る。不思議とここには誰もいない。
 穴場なのだろうかと思いながらその階の更に奥、空の変化を見るために作られたのだろうか、袋小路の様な通路の先にある窓から外を見た。
 静かな森の上に月が一人で浮かんでいた。
 油絵の具の入った鞄を開けるとその独特の匂いが鼻につく。科学班の人に頼んで譲って貰った誰かのお古の白衣を着て三脚の上にカンバスを立てた。

 木製のパレットには既に何色もの色が置かれている。
 暗くてよく見えないことはなかった。
 月の光が始終窓から溢れて照らしてくれる。
 昼に見ると雰囲気が違う様にも見えたがこれもまた一興だろうと思い筆をとった。

 藍の色に呑まれていく様に見えるのに、なかなかどうして窓の外の光景は色に溢れていた。
 淡く青白く世界を照らす光は穏やかで、空は月を中心に大地へと徐々に色を濃くしてその色の変化は星の輝きによって飾られていた。
 どうして世界はこんなにも綺麗なのだろう。
 この世界にはAKUMAと言う他ならない人によって作り出された兵器がそこいら中に存在して人を殺し成長しそれを同じく人が破壊している。
 人の血の上に人の血が重なる世界には変わりない。
 不毛で何処までも続く争いと悲しみと憎しみ、心の傷にまみれたこの人の世界に救いなど存在しない。
 この世界には本当に神が居るのか?それは虚像ではなく?
 千年伯爵という悪魔が居るならばそれも有り得ない話ではない。

 人の弱さにつけ込む【彼】は恐らく甘美なまでに人を闇へと誘う悪魔なのだろう。

 悪魔の様に妖艶に魅力的に自由の中に存在することも能わず
 且つまた天使の様に規律を重んじ何処までも気高く有れ無い
 人とは何と中途半端な存在だろう。

 正義を振りかざしてそこに救いなど見いだせないそれはただの自己満足で傲慢な人間の自慰行為だ。
 世界を救うために何故犠牲にならねばならないのか。
 世界を救うために犠牲になれと言われてそう簡単になれるものか?
 何故黒の教団は死と隣り合わせで行動出来る。
 ノアの大洪水。暗黒の三日間。
 神が人間の傲慢さに怒り一度全てを精算しようとした。

 けれどノアの一族だけは箱船に乗ることを許された。
 生物をつがいで一種ずつ乗せる様に神に言われて生き残った。
 神に選ばれた人間達。


 神は一体何がしたい。


 静かな空間の所為で耳は小さな音も良く拾う。
 不意に聞こえた衣擦れの音に私は後ろを振り返った。
 ……一瞬誰も居ない所為で少し怖くなったが、不意に揺れて現れたそれに驚かせるなと心中溜息をついた。心なしか心臓が早くなっているのはしょうがない。怖かったのだから。

「ヘイ、コートの裾と白い御髪が隠れてないぞ。出てきたらどうだ、ミスターウォーカー」

「こ、今晩は、鞠夜
 現れたのはフードを被っている少年だった。何でこんな所にいるのだろう。
 不思議に思っていると、私の顔をどう捉えたのか
あの、邪魔するつもりは無かったんですけどどうやら歩き回っているうちに道に迷ったらしくて……鞠夜を見つけたのは偶然で……でも運が良かったです。」
 だらしなく笑って少年は私の隣までやってきた。隠したかったが生憎と油絵だしまだ絵の具が乾いてない。
 少年は至って普通の動作でコートを私にかけようとしたがそれを断る。心遣いは有り難いが白衣には既に油絵の具だけでなく油やその匂いが染みついてしまっている。少年のコートは黒の教団の団服だ。汚すわけにはいかない。
「……不思議な絵ですね」
 色彩のことを言っているのだろうか。それとも単なる話題探しか。
 写実主義でもないので幾分かフィクションのある私の絵と、外の風景を見て少年が言った。
 当たり障りのない言葉だった。
「でも……」
「……?」
 その後に少年が言葉を続けようとしているのを見て私は思わず少年を見る。
「この絵、好きです」
 次いで見せられた笑顔に言葉を失った。
 じわじわと心臓から熱くほとばしる何かが溢れそうになる。
 体が熱を持ち変に汗が出た。
 寒いのに。
 顔が、耳が熱い。
鞠夜?」
 不思議そうな少年の顔が近くて手で突っぱねた。
「……サンキューベリーマッチ……ユアワーズメイクミー……ハッピー」
 辛うじてそれだけを紡ぐと、そう言えば道に迷ったとか言っていたこの少年の言葉を思い出した。
 丁度良い。
 休憩がてらこの子をここから引き離そう。

 思い立って、直ぐにある程度の片づけを始める。散らばった絵の具を適当に箱に詰め込んで私は少年を見た。

 何故こんなに深夜に少年が教団内を歩いていたのか知る由もないし知る必要もない。どうせ夜中に目が覚めて散歩に出たら迷ったとかそんなのだろう。
「ヘイミスター、レッツゴー」
「え?」
 きょと、と目を丸くしている少年を置いて私は先に歩き出す。広い通路に出てそこで一度少年を振り返った。
 手招きをした。
 直ぐにそれは外国では追い払う動作だと気づいて、自分の横を指差した。
 少年はなんだか分からなさそうにしていたものの、ついてこいと言いたかったのが伝わったのだろうか、直ぐに少年も歩き出す。
「あの、鞠夜?どうかしたんですか?」
「道に迷った可哀想なミスターウォーカーを送り届けるだけだ。夜は冷えるしな。んでもってアイムゴーイングトゥイート、ビコーズアイムベリーハングリー」
 腹を押さえてそう言うと、少年は呆気にとられた様な顔をして私を見た。
 暫く歩いて談話室に出る。
 少年はあ、と声を上げた。
「じゃぁなミスターウォーカー。バイバイ」
 手を振って素早く少年から離れた。
 いや、離れようとして私は少年に詰め寄った。
「このこと、絶対誰にも話すなよ!……えーと、ドゥーノットスピーキングアバウトミー!!!!オーケィ?」
「あ、ハイ、分かりました……」
 ガン飛ばしてそう言うと、少年は素直に頷いた。私は今度こそ少年の元から離れる。
 絵を描いていることを知っているのはそう多くはないはず。
 広まるのは御免だ。
 これ以上余計な事を言われるのも。それに余計なことをしてくる輩が出てくるかも知れないし。
 他人と接触する回数なんて今以上に多くなったらストレスで死んでしまう。

 取り敢えず、少年の口が堅いことを願う。

女性の中で

祝せられています

2006/09/13 : UP

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