FUCK YOU GOD!
なに考えてるんだ?
07TH STAGE: I'm interested in your mind.
今も死ぬ時も
祈って下さい
皆が私に世界のために犠牲になれと言っている気がした。
力があるのに何故使わないと言われている気がした。
選ばれたのに何故歓喜しないと言われている気がした。
せめてその命尽きてもそれ以外に役には立てないのだから盾に位成れと言われている様な気がした。
体内の声は日に日に身体の外へ出ることはなく寧ろ皮一枚の所でより大きい波紋を作る様に反射してそれが止まらない。
コムイさんの言った言葉の意味を反芻していた。分からなかった。
相も変わらず絵を描いてそろそろ一ヶ月が過ぎようとしていた。
完全にサイクルは夜型になり、決まった人間としか話はしない。
大抵は部屋に籠もりきりで唯一の楽しみは風呂とジェリーの作る料理だなんて一体何時から自分はこんなに新婚の旦那になったのだろうか。
口を開く必要性があるはずもなく静かに時は過ぎゆく。
言葉を忘れるかと思ったが生憎とそんなことはなかった。
ただ体内で自らの声は大きくなり捌け口を失う。
そして会話で気を紛らわせることもなく私の中の波紋は大きくなっていく。
アレンは、あの後急に任務が入ったとかでリナリーという例の女と共に発ったらしい。それからのことは知らない。帰っているかも知れないし帰っていないのかも知れなかった。死んだのかも知れないしそうではないのかも知れない。単に姿を見かけないだけでもうすでに帰っていてのんびりと過ごしているのかも知れなかった。そう言えばユウを見ることもなくなった。
特に親しいわけもなく何よりも一線を引いたのはこっちだ。
何を気にする必要がある?
胸が痛いのは気のせいだ。
……何度馬鹿の一つ覚えの様にこれを繰り返すいい加減認めたらどうなんだともう一人の自分が笑った。
嘘だ。
罪悪感を感じているなんて嘘だ。
そんな資格はない。
今まで散々人を傷つけて罵倒してねじ伏せて見下して踏みにじってきた私が、今更罪悪感など抱いて何になる。
懺悔のつもりか、馬鹿らしい。
何時からそんな大層な人間になったんだ。
……ばーか、絵ができちまったってーの。はやく、取りに来い。帰ってこい。
顔を見せろ。話し掛けてこい。
ドアのノック。
まるで今はそれが救いに思えた。
そして扉は音を立てた。
「今晩は」
ドアを開けると訪問客は相変わらず穏やかに笑ってしかし左腕は吊られていた。
「……その腕……」
指を指すとアレンは殊更に笑みを濃くした。
嗚呼、よくよく見れば団服のコートの下に包帯が見え隠れしているじゃないか。
「ああ、これですか、スミマセン。任務はもう少し前に終わっていたんですけど……怪我の方が治らなくて。今はもう心配ないですし」
「……何時、帰ってきたんだ?」
「ハイ?」
「ホウェンドゥーユーカムホーム」
「ええと、……二週間ほど前、でしょうか」
二週間。
気づかなかった。
その間彼は苦しんだのだろうか。
「もっとその左腕、大事にしろ。……ええと、確か武器化?するって聞いたけど、アルの身体には違いないんだろ」
「?」
通じてないことは分かるが声を掛けずには居られなかった。
彼を心配する自分が馬鹿馬鹿しくて笑える。
心配して声掛けをする自分が偽善者に思えてならない。
【人として当然】のことをなぞって私は一体何を得るというのか。
結局は自分の心配しかしていない癖に何処からこんな心にもない文句がぽろぽろと。
「絵を、頂きに来たんです」
だが彼は、とてもとても穏やかな顔で。
私の心の所在など気にしない風に。
もう一度左腕を見た。
一体どれほど痛い思いをしたのだろう。
何故アレンはそこまでして動くことが出来るのだろう。
世界のために。
「入って」
答えが知りたかったし今は夜遅い。
まだ廊下よりは温度のある部屋に、入ろうとしないアレンを引っ張って引き入れた。
慌てているが気にせず、取り敢えず完成し、もう油も乾ききったカンバスを彼に手渡した。
「有り難う御座います」
何故自分は彼にこんなに礼を言われるのだろうか。
椅子に座らせて、私はベッドに腰掛けた。
彼の側には教団内でもよく見かけるゴーレム……ティムキャンピーというらしいが、それが飛んでいる。
「聞きたいことがある」
英語で告げた。
アレンは何ですか、と首を傾げ先を促す。
頭の中で必死に文法を組み立てて私は聞いた。
「何故……アルは自分が死ぬかも知れないのに、世界のために動けるんだ?それが宿命だから?怖くないのか?」
疑問は疑問以上の意味を持たない。
暫く間があって、アレンはふと、笑った。
自嘲の色が薫る。
「宿命なんて僕は知りません。怖くもないです。ああ……死ぬことは怖いですが。世界のために動いているつもりもありません。僕がエクソシストになったのは単なる償いですから」
そこで間があった。
「僕は過去に、大切な人をAKUMAにしてしまいました」
嗚呼、この子も弱かったのだ。
顔を少しばかり歪めて話すアレンの目が細められた。
……重い銀灰色の瞳。
灰色の中でチラチラと光る綺麗な粒が見える。
「僕の行いは、その償いです」
彼の苦しみは癒えることを知らないのかも知れない。
なぜならばAKUMAを破壊し続けることで逆に彼の記憶に残る過去の出来事はより色濃く脳裏に焼き付いて離れなくなるからだ。
償いなどではないだろう?
違うだろ
そんな綺麗なものじゃないんだろう
記憶に残る面影を引きずり出し心を痛めることで自分を痛めつけ死という簡単で楽な道を選ばなかったのは。
生きることで苦しみ懺悔し後悔し泣き叫んで血に血を重ねて拷問の様にそれをただ受け入れることが、
君にとって生きることを正当化するために君が選び取った相応しい姿なのだろう?
自分はそう有るべきだと。
綺麗な理由など無くても良いのだ。
汚くても良いのだ。
苦しんで耐え抜いて泣いて悲しんで恨んで憎んで泥にまみれ
藻掻いて足掻いて抗って
そうやって頭悪く地を這いずり生きていく道を
選ぶことは何も穢れては居ないのだ。
人間はどうやっても綺麗になんて生きては行けないのだ。
「左手を、見せて」
呟くとアレンは見せてくれた。三角巾で吊っていた左腕を外し包帯を解く。
その下には赤く染まり磔の様に彼の手の甲に居座る十字架が覗いていて
十字架に在るイエズス・キリストの血が大地に染み入り変色した様に見えた。
その手の所彼処にはまだ癒えない傷があって
しかしこれは決して勲章などではないのだ
触ることは出来なかった。
彼が選んだ道を私は否定しないしその権利もない。
ただ宿命も世界も関係なく純粋に自分のために力を行使するアレンの姿に思うことがあったのは事実だった。
清く有る必要はないのだ。
汚くてもそれがエゴ以外の何者でもなくても私が私ではなくなっても
私は誰かに必要として欲しい。
裏切られても恐れることはないただ絶望すればいい。
見捨てられても怖がることはない元より私には価値などないのだから。
その上で誰かに必要とされて役に立ち迷惑をかけないならば今それを選び取る他にどんな良い道がある?
自分を痛めつけるこの少年が満足できるまで側にいたい。
それは単なる好奇心だと知りながらけれど理に適っていることを理解していた。
イノセンスを使おう。
この少年の苦しみの先にあるものが何なのか見てみたい。
それは私の苦しみをも解放するのか気になった。
知るには、彼の側にいることだ。
その為にはイノセンスの力が必要だ。
「鞠夜……?」
「あ」
十字架を睨み付ける私をアレンはどう感じたのだろうか、私は慌てて礼を言って包帯を巻こうとして、気づく。
赤い手に走っていた幾つもの傷が影を無くしていた。
「鞠夜!今何したんですか!?ああもしかしてそれが鞠夜のイノセンスの力とか!?凄い!凄いですよこれ!!痛くなくなってるし麻酔も取れてる!ああもしかしてよく考えたら他の傷も……!?」
捲し立てる様に声を荒げたアレンは立ち上がって、急に見える位置にあるガーゼや絆創膏を剥がしだした。
「あ!?いきなり何して……!!!」
思わず立ち上がると、そこに有るはずの傷はなく。
傷など初めから無かったのだろうか、とは思うもののアレンがそんなことをして何か得するかと言えば決して得なことなど何もない。
「有り難う御座います、鞠夜!本当にありがとう!」
満面の笑顔で手を握られ、それを上下に力強く振られる。
事態を把握出来ない私はただ唖然とするしかなく。
矢張り何故こんなにも礼を言われるのかがさっぱり理解出来ないことも手伝って
彼を引き連れ、飯もそこそこにコムイさんの元へと急ぐことにした。
気持ちが急いて心臓の鼓動が早い、
まさか嬉しいなんて
嘘だ。――とは、何故か言えなかった。
否定しても溢れてくる感情を抑えることなど、出来なかったんだ。
神の母
あなたの体内のイエズスも
2006/09/14 : UP