FUCK YOU GOD!
喋れと言わないでくれて有り難う
09TH STAGE: You don't say me to speak more, thanks.
嗚呼神よ、もし居るのならば今この身体に宿る熱の行方を教えてくれたまへ。
猛る様にけれど穏やかに広がる熱は私を憂鬱な気分にさせる。
この気持ちの正体を知りながらしかし
そんなはずはないのだとまるで何かに言い聞かせる様に
戒めているのに。
何の束縛もなくなり孤独のお前は何故自らを戒めるのだ?
ともう一人の自分が嗤う。
けれどそれでいてそいつは自戒によって熱を縛ることこそがお前が自由でいられる事へ繋がるのだと語りかけた。
紛らわせる様に生活リズムを昼に戻した私は、ようやっと、そう、あの声や視線に縛られることのない生活を送っていた。
イノセンスとのシンクロ率を高めたり能力の発動に関してもっとイメージを掴んだり
穏やかだけれど確実に日々が過ぎていく。
私は何のためにあの世界を捨てたのだろう。
そんな疑問が浮かんでは消える。
まるで恙無く過ぎていく日々に疑問が埋められていく。
何処かで警鐘が鳴った気がした。気のせいの様な気もした。
「リナリー、お早う」
「お早う、鞠夜」
朝日の眩しさを久しぶりに感じた。一際眩しかったのは恐らくリナリーの輝かしい笑顔の所為だ。
室長助手も務めるリナリーは黒の教団の華だ。
アジア系のあっさりとした顔に長いまつげ。漆黒の髪は艶やかで、薄く塗られた唇の薄桜色に目を奪われリナリーの容姿と相まって綺麗だと感じた。
「その団服、よく似合ってるわ」
エクソシストとしての活動に備え始めた私の元へ団服が届いたのは昨日。
男物は基本的に長いのか、コート仕様らしいが私のは女物だ。
こっちへ来て痩せた……というか、どうにもやつれていたのと、寄生型のイノセンスにエネルギーを奪われるらしくいくら食べても余り太らない体質になったとは言うものの明らかにリナリーと並べば凡人以下の私の団服。
ジャケットの様なそれに今日初めて袖を通した。団服と言えど、矢張り一張羅はセットで作ってしまうと後で言われ、スカートだけは止めてくれとコムイさんに頼んだのだが、ジャケットに合う様に作られたのはブーツと七分丈のズボンだった。靴下までセットで作られていて、長めのそれはブーツから少し出るくらいの丈で、素足が出る部分はほとんど無い。
見た方が損した気分になる体型なのだから何も問題はなかった。
「……ありがと」
笑顔に押される様にしてそう言うと、更に笑顔の眩しくなったリナリーが私の腕を取る。これにはもう慣れた。
「鞠夜、今日の予定は?」
「朝飯食ったらコムイさん……科学班のみんなの所に行って一応、作ってくれたんだしお礼でも言いに。ついでにお披露目……かな。その後はいつも通り『訓練』して」
「そっか」
訓練の二文字にリナリーは顔を曇らせる。そんな顔をさせたいワわけじゃない。
私の能力が訓練出来る場所と言えばただ一つしかない。
血と死が充満する医療班の元だ。最近では手の空いたエクソシストが監修してくれるが、どうにもコムイさんの配慮なのか歳の近いユウとかリナリーとかアレンとかが多い。
あの場所は良い場所ではない。
ここの所訓練し始めたばかりの私では体力も何も追いつかず、瀕死の重症患者を助けるところまで行かないのが現状だった。どうしても向けられる私の力不足の問題に不満の感情を吐露されたこともあった。
それでも続けられるのは何処か冷めた自分がいて落ち込みかける私に向かって告げるのだ。
元より期待もそもそもの価値もないお前が何を落ち込んでいるのだおこがましいと。
唯一毎日飽きもせずに『訓練』するのはその所為だ。
一番下の、生きてても死んでいてもどうでもいい様な見向きもされない人間の底辺にいるという事実が、それだけが私を何とか保っていた。
期待を裏切って失望されるあのギロチンの様な刃を受けずに済むから。
「おーいユウ、今日の朝飯何食った?」
食堂に入って見かけた綺麗な黒髪に声を掛けた。
「テメェにゃ関係ねーだろ」
「ある。大いにあるね。日本人として同じ日本人であるユウが朝食に何をとったのか。これは人類始まって以来のテーゼじゃないかと」
「阿呆か」
「うん」
血と死臭にまみれよくもまあ正気が保てるものだ、と我ながら感じる。普通の可愛い女の子ならまず何も口には出来ないだろう。
だって腹が減るのだ。仕方がない。生きている証拠だろ。
生きているからには食べなければ駄目なのだ。
「鞠夜……そろそろ、辛くなってくるんじゃない?」
リナリーは、心配性だ。
「大丈夫。腹が減るうちは何も問題ない」
そう返すとちょっと笑ってくれる。
頼むから、私なんかのことで顔を曇らすのは止めてくれ。
科学班への礼もそこそこに私は廊下を歩いていた。
低く響く靴音自分の存在を主張している様なその音に背筋が凍る。
力不足の私をなじる声よりも私は最低な人間だ。
他人の血と死を見ることで自分が生きている様な心地を味わっている。
「おっ来たさー」
ふと間延びした声が聞こえて私は落ちていた視線を上げた。
「アンタが鞠夜?」
「……ハァ、そうです」
「ハジメマシテ、ラビっす。あ、同い年だし敬語抜きでいこ」
「……誰に」
「ん?いろーんな人から聞いた」
にこり、と目を細めてラビと名乗った長身の男は笑った。眼帯をして、バンダナをしている所為で髪が逆立っていた。
「今日は俺が担当になったんさ。んじゃ、早速だけどやろっか」
医療室の前、壁にもたれていたラビに言われ、私は頷いた。
開いた扉が死の門の様に思えて私は頭を振った。
入って私がすることと言えばひたすら傷の治癒だ。
エクソシストも稀に手がけるが基本的には捜索部隊の被害が圧倒的に多い。
ここで治療を受けるのは大半が軽傷の人間だ。けれど一日に『捌く』量で見ると大体10人前後は重傷者もいる。
他人を治療するのには半端無いイメージが必要だった。
何故だろう、アレンの時は苦でもなかったものを。
必死で力を使おうと傷を見るのに、早く素早く治癒できるようになって実践についていける程度にはなりたいのに。
軽い傷なら兎も角、重傷者の傷は何故だか殆ど癒えないのだ。
まるでその人間を見限っているかの様に。
「もしかすると、同じ寄生型同士、アレン君の方がイノセンスの使い方とか感覚とか、教えやすいのかも知れないね」
昼休憩、コムイさんの言葉に私は肩を竦めた。結局アレンとて私ではないのだから感覚など完全に理解出来るはずもない。指名されたアレンもその事は分かっているのかうーん、と声を上げた。
「でも、軽傷者の傷が治癒できるようになったんなら重傷者も同じように出来るんじゃないんですか?」
「どうだろう?寄生型は適合者の感情でどんな風にも使えるからね……もしかすると、鞠夜君の気持ちが乗らないのかな」
「え……」
気持ちが乗らない、と言われてもこれはそんな問題では済まされないだろう。
戦場で気持ちが乗らないからと言って力が使えない様では困る。私が。
「でもねー、アレン君の時はいつの間にか治ってたんでしょ?」
「ハイ」
「やっぱり気持ちに反応するんじゃないかなあ……。鞠夜君がその時の気持ちを事細かに教えてくれたら解決の糸口が或いは……」
「コムイさんの場合は他意があるので嫌です。アルに言うのも勿論嫌ですけど」
言うと、コムイさんは溜息をつく。彼が真剣なら私だって喜んで協力するのに。
本心を語るには私の心は邪すぎて躊躇するけど。
「んー……言いにくいかな」
「言えって言われたら言いますけど、少なくとも良い理由じゃないですし」
「え?良い理由じゃないんですか」
「うん」
言うとアレンはどんな理由なのか知りたがる様な視線を送ってきたが、それは決して言葉として私には伝えては来なかった。それは彼の優しさなのだろうか。
その後直ぐにコムイさんはリーバーさんに連行されていったが、私とアレンはなんとなく談話室に腰掛けていた。
する事がなかったのだ。
ティムキャンピーを掌の上にのせたり、羽を触ったりと私は忙しかったが。
イノセンスは適合者に著しい負担をかけると言うので私は余りイノセンスを使えない。アレンは吐血したことがあるそうだから余程なのだろう。
幸いにも目立った動きのない今は使う必要もさほど無い。元々軽傷者の傷など癒さずとも良いのだ。重傷者は現状何故か治せない。つまり、戦場へ行かない限り私の能力は使い甲斐もない。
「アルはさ」
「はい」
「……。苛ついたりしないの」
「え?」
努めて軽い口調を心がけたのに、不思議そうな声に私は声が詰まった。
「いっそ手早くAKUMAが大量にいる戦場にでも行って、身体にたたき込んだりとか」
「ああ……」
だらしなく笑いながら何の意味も成さないのに手を振る。
対照的にアレンは少し怒った様に私を呼んだ。知らず肩が震え、思わず目が逸れる。
「もっと、自分の体は大事にして下さい。僕の左腕を、イノセンスだとしても僕の身体の一部なんだから大事にしろと、言ってくれたのは鞠夜ですよ。鞠夜のイノセンスでAKUMAの毒を無効化出来て、自分の身体を治癒出来ると言っても……鞠夜の身体には違いないじゃないですか」
く、と息さえも詰まった気がした。
身体が熱くなる。
何もない。
頭の中に何もない。
言葉が飛んでいく。
脳が白い。
「おー、こんな所にいたんか」
「あ、ラビ」
辛うじて引き戻されて視線だけ動かした。そこには午前中世話になった長身の男がいて。
「お前ら付き合ってんの?」
「違います」
それしか言え無いのか、と言わんばかりのアレンの表情に徐々に言葉が戻ってくる。
「いやー良い雰囲気だったさ」
「ラビ」
窘める様なアレンの口調に、重ねる様に何か用なのかと尋ねる。
見かけたから声を掛けたとラビは言った。
「しかし……鞠夜は日本人だったっけ?」
「?ハイ」
「英語の発音悪いんだなァ」
飄々とした様子のままのラビの言葉に、固まった。
「アレンは綺麗だろ?」
「はぁ……まあ、一応僕イギリス人ですし……というか、イギリスで育ちましたしね」
「あ、そっか、アレだ、キングスイングリッシュか」
「いろんな所回ってましたし、訛りはうつってますけどね。……だから、鞠夜、英語の発音は気にしなくても良いと思いますよ?」
「……え?」
急に話を振られ、私は反応出来なかった。
「あちゃ、気にしてた?」
ラビが謝ってくる。私は首を振った。
そうか、アレンもコムイさんも触れてこないから分からなかった。
「……分かりづらかったりする?」
「気にしなくても良いですって。ね?」
元気を出せと言う様にアレンが笑う。取り繕われている気がした。気のせいではなく。だから曖昧に頷いた。
「……。俺、オジャマかなあ」
ボソリ、呟いたラビの言葉を無視して私はあることに気づく。
「アル!」
「!」
びくり、と震えた彼の肩をやはり無視する。
「……なんで私がアルの左腕のこと言ってるって知ってるんだ?あれは日本語で言ったはずだ」
「あ」
少なからずしまったと顔を固める彼をガン見する。
「てぃ、ティムキャンピーに、映像と音声を記録する能力があって……」
「で?」
「コムイさんが定期的にチェックするって言ってチェックした時にリーバー班長が居て」
「……」
「コムイさんが、訳させてました……」
何故、アレンは何もしていないのにこんなにビクついているのだろう私の顔はそんなに醜悪なのだろうか心なしかラビも離れている様な気がする。
「ぼ、僕も音声まで記録出来るなんて最近知ったんです……!」
「……あの人の場合絶対に他意があるから嫌だ……。最悪……。……!まさか他の言葉も」
「あ、はい、全部……」
「……」
言葉も出ない。怒りを通り越して呆れる。私はやはりアレンを睨み付けて詰め寄った。
「プライバシーも何もないのか!?」
「僕に言われても……!」
「アレンくじ運悪いなー」
「ラビ!自分だけ安全圏まで逃げるなんて卑怯ですよ!」
「アレンの怪力なら鞠夜くらいどうって事ないだろー」
「左手発動させた時の話ですよそれ!!!」
叫くアレンとラビの応酬を放置して、私はティムキャンピーを睨め付けた。
当のティムキャンピーは相変わらず愛らしくアレンや私の周りを飛ぶばかりで。
「――っ!!!!Fuck you!!!!!!!!!」
ティムキャンピー越しに見えたコムイさんの顔に、中指を立て思いきりそう叫んだ。
2006/09/19 : UP